光誕生日おめでとう!!
たまには謙也にもええ目見せてあげました。
折角の誕生日やしね。
アンジェラス シルキー21
そして迎えた財前の誕生日当日。
一体何が待ち受けているのだろうとドキドキとしながら待ち合わせ場所である公園へと向かった。
終業式の時、小春に期待しといた方がええわよーと言われ、どちらかと言えば楽しみに胸を膨らませている。
それでも拭いきれない不安は多くある。
何せ相手はあの悪魔達。予断許さぬ心境だ。
期待と不安入り混じる中約束の時間になり、やってきた千歳に早速とばかりに重い荷物を持たされた。
「な…何これ……」
「カメラたい。壊したら弁償させると」
「えっ…カメラ?!何で?」
「カメラでは写真を撮るに決まっとるばい」
「そ…そうやけど…」
物理的な重さに加え、絶対に壊せないというプレッシャーがかかり、余計に重く感じる。
「写真、好きなん?」
「そう。うちの趣味」
それにしても一体何を撮るつもりなのだろう。
そう思いながら見るからに高そうなカメラを準備する千歳を眺めていると、何かを見つけた彼女がファインダーを覗きシャッターを押す。
そして立ち上がり光、と呼びかけた。
「えっ?!」
振り返るとまるで絵の中から抜け出てきたかのような姿の財前が白石に手を引かれて歩いてきている。
大量のフリルやレースをあしらった見るからに重厚そうな装備をしたお姫様。
それが謙也の印象だった。
「あれ?先輩も来てはったんですか?」
「あ…ああ…まあ…」
意外そうに言う財前に、謙也は浅く頷き御座なりな返事をする。
これは可愛い。本当に可愛い。
先日の変身作戦の時のようなハードな印象もいいが、まるで砂糖でコーティングされたようなお菓子みたいなふわふわなワンピースも似合っている。
髪も綺麗に巻かれていてまるでよく出来た人形のようだと目が離せずにぼんやりと財前を眺めていると、それを遮るように白石が立ちはだかる。
「謙也、ヨダレ」
「嘘ォ!!!!!!!!!」
「ウソ」
胡散臭そうな視線を向けてくる白石の指摘に我に返り、慌てて口元を拭うが馬鹿にしたように笑われ思わず睨みつける。
それまで財前ばかり見ていて気付かなかったが、白石も着飾っていてまるで宝塚のスターの如き男装の麗人となっていた。
「な…何始まんの?」
「何て、このカッコでテニスするわけないやろ」
「わっ解っとるわ!」
季節外れの黒のピンストライプのパンツスーツに白のフリルが胸元にふんだんに使われたブラウス、シルクハット姿で誰が一体テニスをするというのか。
今度は謙也が胡乱げな視線を白石に向けた。
「店内ポスター撮影」
「は?何の?」
「このブランドの」
白石の指が自らと財前に向けて示されるが、一体何の話か解らないと謙也はぽかんとそれを目で追う。
「この服な、うちのお姉ちゃんが店長やっとるブランドのんやの。ほんで、店内ディスプレイに使うポスターのモデルやってんの」
「モデル?!」
店内でしか飾らない写真なのだが、本来ショップスタッフがする仕事を姉の命令でずっとしていたのだと白石が説明する。
メンズラインは着こなせるものの、このように甘いデザインのワンピースは似合わないからどうしようかと思っていたところ、
財前の存在を知った姉が是非にと頼み込んで以来、もう二年以上モデルをしていて、
こうして季節毎に新作の服をまとい、千歳がその姿をカメラに収めるのが定例となっているらしい。
「もー今日も光ほんま可愛い!!新作も良ぉ似合う!」
「わっっ」
また羨ましい事を、と謙也は唇を噛んだ。
目の前でまるで人形のような財前を抱き締める白石に成り代わりたいと心底思った。
「始めるっちゃよー二人とも」
「はいはーい」
白石はふふんと謙也に向け勝ち誇った笑みを見せた後、公園でも特にロケーションの良い場所へと財前と手を繋いで行ってしまった。
荷物を持ってついて来いと千歳に指示され、謙也は言われるままに千歳の重い鞄と白石の持ってきた大量の紙袋を手に後ろについていく。
なるほど荷物持ちだ。
謙也は妙な納得をして撮影に入る三人を遠目に眺めた。
それほど密着する必要などないだろうと思わされるほどにぴったりと体を寄せ合い、千歳に言われるままのポーズを取っている。
途中、何度も小道具を変えて写真を撮っているのだがその度に白石の持ってきた荷物の中から指示されたものを探し出し、持って行く。
荷物持ちに雑用係と、謙也はまるで付き人のような真似事をさせられていた。
そこまでしているのに、今日はまだ財前と話もさせてもらえていない。
それどころか肝心の誕生日おめでとうの一言さえ言えてなかった。
こんな調子で本当に今日中に話ができるのだろうかと不安になる。
だが神は見放してはいなかった。
30分ほど様々な写真を撮った後、白石が服の着替えに行くと言い出した。
千歳もそれに付き添うというのでその間財前と二人きりになるチャンスが訪れた。
「日陰の涼しい場所で待っときや」
「解ってる」
早く行け、と心で叫ぶ謙也をあざ笑うように白石は財前の頬を撫でながら、まるで娘の心配をする母親のように注意を繰り返す。
「謙也」
「はい?!」
「光に日焼けなんかさせてみぃ…」
「な…何されんの…?」
「メッシュのTシャツ着せて日サロの機械にブチ込むからな」
日焼け跡がブツブツと気色悪い事になるに違いない、それは真剣に勘弁願いたい、と謙也は神妙な面持ちで何度も頷いた。
どこで着替えているのかは知らないが、ようやく立ち去ってくれた事に心底ホッとして、
荷物を纏めると公園の中でも比較的涼しい木陰になったベンチに財前をつれて行く。
そして近くの自動販売機でお茶を購入するとそれを渡した。
「ありがとうございます…あ、うち財布荷物ん中や」
「あーええってええって。それぐらい奢らせてや」
「え、けど……あの、ほな…今度お返しさしてくださいね」
そんなの別に構わないのに、と言おうとしたが、どうせ言ったとしても引いてもらえないだろうと謙也は頷いた。
それにしてもこの炎天下の中、この重装備で暑くないのだろうかとじっと見ていると財前は居心地悪そうに俯く。
「あの…変、ですか?」
「へ?!」
「このカッコ…おかしいですか?」
「そそそそそんな事ない!全然!!」
確かに奇抜ではあるが、本当に可愛い人形のようで、思わず見とれていただけなのだ。
しかし財前は沈んだ様子で俯いたまま顔を上げなくなってしまった。
「あ…あの…財前さん?」
心配して顔を覗き込むと恐る恐る謙也の顔を伺う。
「……あの二人が…」
「え、白石と千歳?」
「はい…あの、あの二人が…ね、いっつも可愛い可愛いって魔法かけてくれるから…勘違いしてまいそうになって」
そこは勘違いでなく、あの二人が正しい。
財前の杞憂など本当に些細な事で、事実本当に可愛いのだ。
だがこれだけ派手に持て囃されるようになったが、未だ財前は自分の事をよく解っていないようで全く自信を持っていない。
その辺だけは自分を理解しすぎている白石や千歳を見習えばよいのにと謙也はずっと思っていた。
「財前さんな、ちょぉ自分の事解った方がええで」
「え…す、すいません…」
「あ、ちゃう!あんな、悪い言うとんちゃうねん!!」
言葉が足りなかったようでまた勘違いさせてしまった。
本当に恥ずかしいが、そうも言ってられない。
謙也は慌てて言葉を付けたし補足する。
「財前さん、ほんま可愛いで」
「服がですか?」
「いや、まあそれもやけど…」
ここにきてそのボケ方はないだろう、と少し肩を落としながら言葉を続ける。
「財前さんが、可愛いねん」
「……は?」
怪訝そうに眉を顰め、何を言っているのだと真剣に訝っている。
「せやから、えーっと、そういう服って着てるやつ最近よぉ見るけどやー…ミナミとかで。けどな、正直こんなカッコしてる奴ってブスでデブばっかやと思ててん。
けど、ほんまな、財前さんはちゃうなって思って…最初見た時はびっくりしたけどめっちゃ似合ってる思うし。あっ、けど服だけ可愛いわけちゃうで?
よぉ見るデブとかブスは服だけ浮いて可哀想な事なっとるから……似合うって事は、自信持ってええ思うで」
何と言えばちゃんと伝わるか頭をフル回転して考えるが、彼女を納得させる言葉が思いつかない。
だから謙也はとりあえず思っている事を全て言葉にした。
「最初……蔵ちゃんとちーちゃんにも…おんなし様に言われた…」
「ほなそれ信じてええ思うで?」
「そう…なんですかね……」
「大好きなんやろ?二人の事。それやったら信じたりぃや」
しばらく考え込んだ後、漸く財前は小さく頷いた。
それに安心したものの、やはりあの二人から離脱した考え方は出来なかったと謙也はこっそりと溜息を吐く。
「ほんまお人形さんみたいやな」
「…はあ…そう、ですね」
「暑ないん?めっちゃ重ね着してるけど」
「まあ暑いっちゃ暑いですけど…我慢できん事ないんで大丈夫です」
しかし我慢しなければならない程の暑さなのかと謙也は何かないかと紙袋の中を漁った。
すると小道具で使っていた扇子が出てきた。
謙也はそれを広げると財前に向けて風を送る。
「これでちょっとはマシになった?」
「あ、はい……ありがとうございます」
だが財前は自分で出来るからと謙也から扇子を受け取り自分で扇ぎ始めてしまった。
少し残念な思いをしたが、大変な事を思い出し謙也は大声を上げ立ち上がった。
「なっ…どないしたんですか?」
「ちょっ、ちょっと待ってな!」
突然の奇声に目を白黒させる財前に一言断りを入れ、謙也は自分の荷物を漁り始めた。
財布や携帯電話をベンチに乗せ、その奥に入っていた小さな箱を取り出す。
荷物を片付け再び財前の隣に座ると綺麗な包装紙に包まれたそれを財前に差し出した。
「え?何っスか?」
「えっと、誕生日って聞いたから…プレゼントやねんけど……」
「えっ…ええっ?!」
そんなに驚く事なのかと思いながらも、半ば押し付けるように財前の手にそれを収めた。
「誕生日おめでとう」
「あ……え…っと、あ…ありがと、ございます…」
財前は何度も謙也の顔と手に収まった箱に視線を彷徨わせながら頭を下げた。
「ごめんな…何がええかとか全然解らんかって、こんなんしか買うてこられへんかってんけど」
「いえ、ほんまありがとうございます。……中、見てええですか?」
「あ、うん。ほんま大したもんちゃうからあんま期待せんといてな?」
緊張で心臓が口から飛び出そうな思いをしながら、謙也はゆっくりとした手付きでリボンを解き包装紙を開く財前の手元と顔を何度も見る。
中から出てきた箱のフタを開け、中を見た財前は一瞬驚いた顔をした後すごく嬉しそうな顔で笑った。
「ピアスや…」
「うん、あの…財前さんピアスの穴ぎょーさん開いてるし……どうかなって思ったんやけど…」
「ありがとうございます!嬉しいです!ほんまに」
白石達の前以外でこれほどまでに嬉しそうな顔を見た事はなかった。
それだけで謙也がこれを手に入れるまでの苦労はすっかりと消えてしまった。
情報料代わりだと小春の買い物に付き合わされ、一日中あちらこちらへと連れ回されたのだ。
その途中でこれを見つけ、財前に似合いそうだと思い購入したのだが今日、渡す瞬間まで不安で仕方なかった。
今付けているピアス以外なんて要らないとにべもなく返されてしまったらどうしよう、こんなデザインのものは要らないと言われたら等々。
だが財前の笑顔に様々な事を頭に浮かべて一人思い悩んでいた事が嘘のように気持ちが軽くなった。
謙也自身ピアスはもちろん、指輪などアクセサリー類はほとんど付けない為にこれまでそう気を使って見ていなかったが、
財前を好きになって以降店先にあるアクセサリーをよく見るようになっていた。
そんな中で見つけたこれは、珍しく立体的なデザインになっていてこれならば彼女にも気に入ってもらえるかもしれないと思ったのだ。
蝶がいいと思ったのは、彼女が大切にしていた白石と千歳に貰ったという時計がそれだったからだ。
「うち蝶モチーフめっちゃ好きなんです…ほんまに、ありがとう先輩」
やはりそうだったのか、と嬉しそうに笑う姿に謙也まで嬉しくなり満面の笑みを返す。
余程気に入ってもらえたようで、財前は左耳を飾る3つのうち一番上に付けていたリングピアスを外した。
そして箱からピアスを取り出すと耳にそれを差した。
だが鏡がない所為で上手くキャッチが付けられないと悪戦苦闘する。
「貸して」
「え…」
見かねた謙也は財前の手から小さなキャッチを取り上げる。
「うわっ…ピアスとか初めて付けんねんけど」
こんな場所によくいくつも穴を開けられるなぁとビビり症の謙也は緊張しながらも財前の小さな耳に触れる。
途端に驚いたように肩を竦ませる姿に我に返った。
耳を覗くようにこれ以上なく顔を近付けてしまい、戸惑う財前が頬を赤らめている。
「ごっっごめ…っ」
「いえ…あの、自分で……出来るんで…」
「あ、いや、付けさして付けさして」
「ええっ」
照れて顔を真っ赤にさせる財前が反論するよりも先に、謙也は素早く顔を近付けピアスを付けた。
耳朶と軟骨の境目にアンティークゴールドの蝶が止まり、それを見て謙也は満足気に頷いた。
やはり思った通りよく似合っている、と。
「うん、可愛い可愛い。似合てるで」
「はい…あの、ありがとうございます…」
ここまでくればもう恥ずかしいなどという気持ちはすっかり抜け落ちてしまった。
謙也は照れて俯く財前の耳元を眺めて何度も可愛いと呟いた。