実は小春を科学部にしたのはイケメンの白衣姿が見たいから、という裏設定がある。
次は一応光のお誕生日記念小説になりますわー。
アンジェラス シルキー20
石田の暗躍のお陰で一瞬の不安は払拭され、期末試験はまずまずの成績を修める事が出来た。
中高の校舎の丁度境にある掲示板に貼り出される学年順位を眺めながら謙也は満足げに頷く。
だがどうあがいても白石に勝つ事が叶わないのが悔しい。
学年トップは小春が固定位置として、何度か白石がすぐその下に名を連ねている事があった。
今回は若干順位を落としているが、それでも学年トップ10には入っている。
謙也の名前はそこからぐっと下がって28位となっていた。
生徒数から換算すればかなり上位に食い込んではいるが、白石に勝てないというのが何とも悔しいのだ。
ただでさえ今は恋敵のようになっているというのに、何においても負けたくはない。
そういえば財前はどうなのだろう。
これまで勉強の話などした事がなかったが、あれだけの英語を操れるのだからさぞや頭がいいのだろう。
そう思いながら謙也はすぐ隣の掲示板を見上げる。
「財前…財前…って、ええっ?!」
思わず独り言を漏らしてしまったが、周囲も騒がしかった為に誰も謙也の声を気にしていない。
中等部の五教科順位のうち、国語以外全て一番上に名前が書かれている。
唯一順位を下げている国語も五位以内に入っていた。
「ほんまかぃな……」
「光ちゃんって蔵りんと一緒で才色兼備なのねえ」
「うっわぁあ!!びびびびっくりしたっ」
突然肩に重みがかかったかと思えば、すぐ近くに小春の顔が出てきて謙也は思わず飛び上がった。
「何よぉー失礼ねーそんなお化けでも見たような顔して」
「せやかて…っ!いきなり現れたらそないなるわ!」
背中にのしかかる重みから逃げるように後ずさるが、そこにはユウが立っていてそれ以上逃げる事ができない。
「あいつ要領ええからなぁー…大して真面目に授業も受けてへんくせに試験で点取るよって教師も何も言えんし。
ってゆうか、サボってるん怒られんの嫌やよって試験勉強はやっとるって感じやな」
「……天才肌ってやつか…」
とりあえずこれだけの結果を残していれば教師も文句のつけようがないだろう。
そういえば千歳と同じくサボり癖があると言っていたなと謙也は記憶を引っ張り出した。
「どないするぅー謙也君?光ちゃん一気に高嶺の花になっちゃったわよぉー?」
「た…高嶺の花……」
小春の言う通り、大変身以降は白石達同様財前の周囲にも人が絶えなくなってしまった。
こうなれば本格的に焦りを覚えるのだが、幸いにも財前は以前と変わらず接してくれている。
それに言い寄る大勢の男達には見向きもせず、相変わらず白石と千歳に盲目的な愛を奉げている。
変な野郎に取られるのも腹が立つが、どうあがいてもあの二人に勝つ事ができないのも悔しい。
どうしたものかとイライラしながら掲示板を眺めていると、唐突に小春が変な事を暗唱し始めた。
「"四天宝寺中等部3年7組14番。趣味は音楽鑑賞。特に洋楽が好き。血液型はA型。誕生日は7月20日の蟹座"」
「…何それ」
「光ちゃんのプロフィールやない」
「ちょっ…マジで?!何でそんなん知ってん?!」
「別に光ちゃんだけちゃうわよ。興味持ったら調べるのがアタシの趣・味」
ハートを飛ばしながらウィンクする小春に妙な不気味さを感じ、一歩下がる。
「忍足謙也君。四天宝寺高校1年4組3番。趣味はウィンドウショッピング、好きな食べ物は青汁とおでんのすじ肉。最後におねしょしちゃったのは小学校の…」
「ああああああああああ゛!!!!!!そそそそそそそれ以上は!!っちゅーか何で知っとんねん!!」
「四天一の情報屋ナメんやないでぇー…」
メガネの奥がきらりと光り、ぞっと背筋が凍った。
だがそれより気になる事があるのだと謙也は前に乗り出す。
「俺の事はええねん!それより財前さんの事もっと教えてや!」
「高いわよ」
「金取るんかい!!」
「イヤやったらええんよぉー別にぃー」
人の足元を見る嫌らしい笑みを浮かべながら、手を扇子のように見立てて扇ぐ姿に怒りを覚えるが、それをぐっと堪えて謙也は頭を下げた。
「ううぅ…今月ちょぉピンチやからあんま高いもんは無理やど」
「足りひん分は体で払てもらおかしらね」
「なっっ!」
一体何をさせられるのかと、更に一歩後ずさる。
だが背は腹に変えられないと渋々承知した。
「っていうか今誕生日7月って…」
「そうよー?7月20日。あと2週間弱ってとこかしら?」
謙也は慌てて携帯電話の待ち受け画面にしてあるカレンダーを確認して、小春の言葉通りだと青くなる。
「マジでかっっ!ちょっ……財前さんって何好きなん?!」
「あら、お祝いしてあげる気ぃ?」
「当たり前やろ!!そんな大事なイベント逃せるかっちゅーねん!!なぁ財前さん何かほしいもんとかあるんかな?!」
「この早漏」
ユウからの不意打ちの膝カックン攻撃と思わぬ言葉に謙也は思わずその場に崩れ落ちた。
「ななな何ちゅーことっっ…女の子やろっ!」
「そうよユウちゃん。日本語の使い方間違えてるわよ…まあほんまに謙也君がそうなんかどうかは知らんけぇーどぉー?」
謙也は慌てて立ち上がり意地悪くニヤニヤと笑う二人を全力で否定する。
だが真っ赤になった顔では信憑性も薄まるだろうと思わずうなだれた。
「で、何が早とちりなん?」
無二の相方はユウがどのような意味合いでその言葉を使ったのかを的確に察知して話を進める。
「そーんだけ大事なイベントやで?祝わしてもらえんか?自分」
「あ………」
「どない考えてもあいつら二人にスケジュール押さえられてるやろ」
「あああああああああーそうかっ……」
相思相愛の者同士、誕生日を祝うのは至極自然の事。
あれだけ可愛がっている財前の生まれた日を、白石達が一人にさせるはずもない。
きっと三人で仲良く楽しく過ごすのだろう。
うんうん唸りながら頭を抱える謙也を見下ろし、小春とユウは目を合わせしょうがない奴だ、と肩をすくめた。
「おっちょーうどええとこに……おーい!蔵ーっ!千歳ぇー!」
「ええっっ」
ユウの声に顔を上げると、丁度同じように掲示板を見に来ていた白石達とバッチリ目が合ってしまう。
二人は手招きするユウを見て、こちらへと歩いてきた。
「何?どないしたん?」
「質問やねんけどや、20日ってどないすん?」
「20日?光の誕生日やろ?そんなん一緒に遊ぶに決まってるやん」
やはりそうなのか、とがっくり肩を落とす謙也を見ると、白石はふふんと自慢げに鼻を鳴らす。
「何期待してたんかしらんけど、光は誰に何言われて誘われてもうちらとの約束最優先にしてくれてんやからな」
「な…何それ」
「2年か…3年か忘れたけど、何やうちのガッコで一番イケメンや言われてる先輩ー…あー名前忘れた。サッカー部の」
あーアタシ知ってる、とイケメン好きの小春が挙げた名前は謙也にも聞き覚えがあった。
見るからにチャラチャラとしたいけすかない奴だ。
あんな奴からも声をかけられるようになったのかと謙也は顔を歪める。
だいたい他の奴らにも一言どころか山程物申したいのだ。
これまで散々にダサいだのエンジェルズの付録だの、いい餌だのと言っていた奴らがこぞって掌を返したように財前に近付き性懲りもなく誘っている。
お前達ほんの半月前まで何と言って彼女を傷つけていたのだと、腸の煮え繰り返る思いをしていた。
それだけでなく、謙也と仲がいいと解った奴らは紹介しろとまで言ってきているのだ。
一体どの口が、と怒鳴りつけたくなる気持ちをぐっと抑え、自分で何とかしろと軽くいなしている。
だいたいそんな事をしているとバレればこの悪魔達に何をされたか解ったものではない。
「で、そのサッカー部の先輩がどうしたって?」
謙也はイライラしながら白石に先を言わせる。
「誕生日祝いたいって言うとったんやけど、うちらと約束あるから無理って一刀両断にされとったで」
相当に自信があったらしいナルシーな彼は大勢の前で誘ったのだが、あっさりと白石達を優先され酷く憤慨していたのだと白石は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「まあええんちゃうか。ロクな男ちゃうわそんなん」
ユウの言葉は尤もだ。
しかし逆ギレに晒され、財前はまたトンチンカンな事を考えてやしないかと心配になった。
以前、軽い調子で肩を叩いただけで何かされるのではと驚いていた。
少なからずそんな思いをさせられた事が過去にあったのだろう。
「ねえ蔵りん、謙也君も寄してあげたら?」
話を聞いていない間に何があったのか解らないが、小春の言葉に謙也の意識がここに戻ってきた。
「えー……どげんすっと?」
渋い顔を隠さない千歳と白石が期待に満ちた顔をする謙也を見ながらひそひそと話し合う。
頼む、頼むとじっと睨むように見つめていると、白石が溜息混じりに言った。
「何でもするて約束する?」
「こ……事による…かな」
いくら財前を祝う為とはいえ、裸でグランドを走ったり急所攻撃などはごめんだ。
「荷物持ち」
「へ?」
「荷物持ちすんねやったら寄したってもええけど?」
「する!」
どんな酷い命令をされるかとビクビクしたが、それぐらいの事ならできる。
謙也は勢いよく頷いた。
「あ、けど荷物持ちって…買いもんにでも行くん?」
「ちゃうけど」
「え……ほな…」
一体何をさせられるのだろうと問うが白石も千歳も口を閉ざし、来れば解るとしか言わない。
小春とユウは何か解っているのか、ニヤニヤと笑いを浮かべている。
謙也は何が待ち受けているのだろうと不安と期待を胸に、その当日を待った。