ちゃんとパンツはいてるんで、は昔チャリ2ケツを注意してきた警官に言うて叱られた千葉の発言です。
そして例外なく光だってドSです。
アンジェラス シルキー16
4人で入場列に並んでいる最中、入場券の代わりとなるはがきを見せられ、謙也はようやく何故自分が誘ってもらえたのかを理解した。
このイベントはラジオ番組が企画したもので、番組ホームページ上から応募して当選者に届く招待はがきがあれば入場フリーとなる。
そして1枚で2人まで入場できるはがきが2枚当選したので、あと1人分空きがあったのだ。
本当は財前の兄が来るはずだったのだが、急な仕事が入り行けなくなったのだという。
不謹慎だが心の中でありがとうお兄様、と謙也は絶叫した。
「番組主催ライブなんでジャンル偏ってるしインディばっかしなんですけど…よかったですか?」
「もっちろんやで!前に言うたやん、音楽やったら何でも好きやって」
「あ、けど1こお勧めのバンドあるんでそれ出てきたら教えますね」
「おぉ!ありがとうな!」
フライヤーを見ても出演するバンドは知らないものばかりだったが、財前と一緒という価値以上に重要ではない。
それにロックは決して嫌いなジャンルではなく、むしろ好きなぐらいなので嬉しいぐらいだ。
ただし、この悪魔達が一緒でなければ。
どちらも邪魔をする気満々で、座席は自由にも関わらず4つ並んで空いてる場所がないという至極尤もらしい理由で引き離されてしまった。
財前は千歳と前の方の席を陣取り、謙也と白石は端の席に座った。
何故この組み合わせに、とうつむき唇をかみしめる。
「自分考えてる事なんかお見通しやわ」
「なっ…!」
「光とあんたの共通項って音楽だけやしなあ…これ機に距離縮めたろって魂胆やろ」
悔しいが白石の言う通りだった。
というより、それ以外に二人をつなげるものと言えば、この二人だけなのだ。
ある意味恋敵とも言える二人の話題など出来うる限り避けて通りたい。
「お前らなぁ…協力してくれとは言わんけどせめて邪魔はせんといてくれよ…」
「邪魔ぁ?心外やわーうちらは光の幸せを一番に考えてるだけで邪魔なんかしてへんよー」
何をぬけぬけと、と謙也がしかめっ面を向けるが白石は肩をすくめて取り合う事もない。
しばらくするとイベントが始まり、前方に見える財前が喜んでいるのが見える。
本当ならばあの笑顔をすぐ間近で見れたかもしれないというのに。
自分がいたかった場所には千歳がいる。
謙也は目に入れるとイライラが募るだけなので、ステージに集中する事にした。
どのバンドも3曲程を消化して、次々と入れ替わる。
出演バンドが多いイベントならこんなものかと思いながら見ていると、セットチェンジの合間に財前が謙也達のいる方へとやってくるのが見えた。
白石もその姿に気付き、手を振って笑顔を向ける。
「光っ!どないしたん?」
「次出るんが好きなバンドやねん」
「ああ、さっき言うとったおススメの?」
そうです、と言って財前は謙也の横にしゃがみ込むと、謙也が座席の下に置いたままにしてあったフライヤーの山に手を伸ばす。
まずい。非常にやばい。
謙也は焦った。
短いスカートから例のブラジャーと同じ柄のパンツが丸見えなのだ。
指摘すれば間違いなく白石に殴られてしまう。
見るな、と。
たとえ謙也の意思でなくとも彼女は間違いなく自分を悪者にするだろう。
そう思いながら目を逸らし、どうするを心の中で連発していると白石が指摘する。
「光、スカートの中見えてるよ」
「え、あ…すいません…久しぶりにこんな短いのはいたから」
恥じらう様子もなく、財前は立ち上がる。
「女の子やねんから気ぃつけな」
「大丈夫ですよ。ちゃんとパンツはいてるんで」
「そーゆう問題ちゃうやろ……」
パンツはいとったらええんかい!!というツッコみを必死に飲み込み、謙也は思わず項垂れた。
流石の白石も呆れ気味に苦笑いを浮かべている。
「……あ、これ。これです」
財前はそんな二人の様子など我関せず、マイペースにフライヤーの中からおススメのバンドのものを引っ張り出し謙也に渡す。
「これなんですけど、リズム隊がめっちゃ上手いんですよ。せやから先輩も聞きごたえある思いますよ」
「へぇーそうなんや。楽しみにしとくわ」
「はい」
頭を下げて席に戻るかと思いきや、逆方向へ歩いていく財前にどこへ行くかを察した白石が声をかける。
「光!一人でいけるん?」
「うん。次のバンドまでに戻るから」
謙也が首を傾げて見送ると、客席の隅にある手洗いへと消えていった。
何だトイレか、と思いしばらくは財前に渡されたフライヤーを見ていたが、セットチェンジを終える頃になっても財前は戻らない。
「なあ、遅ない?」
「トイレ混んでるんやろ」
それもそうかと納得したが、司会者が出てきて次に出るバンドの紹介を始めても戻ってこない。
流石にそれを聞けば、よほど催していない限りは席に戻るはずだ。
その出番が目当てのバンドであるならなおさらに。
白石も気になり始めたと立ち上がる。
「戻れへんなぁ…ちょっと見てくるわ」
「あ、俺も…!」
「アホ。女子トイレ入るんかー?」
「そ、そうやけど何かあったんやったら…心配やし」
何も反論がなかったので白石の後ろに付いていくと、案の定な展開に陥っている。
数人の軽そうな男に囲まれ、財前は不快感を表情に露わにしていた。
無表情な彼女があそこまで嫌な表情を出すなど、相当嫌がっているに違いない。
そう思い一歩踏み出そうとしたが、誰かに腕を掴まれる。
「なっ!」
振り返ると白石が笑顔で首を横に振っている。
「大丈夫やよ」
「なっ何言うとんねん!早よ助けんと!」
「心配せんかてあの子一人で対処するから」
「は…はあ?!」
いつもは過剰な程に過保護だというのに何を呑気な事をと怒りの矛先を白石に向けた途端、背後から信じられない声が聞こえてきた。
「ええ加減にしさらせコラァ!!!」
一瞬何があったか理解できなかった。
信じたくないが、あの声は間違いなく財前のものだ。
「どのツラ下げて誰に口きいとんじゃわれぇ!!俺ナンパしたいんやったら鏡見て出直せどアホ!!」
謙也と同じように一瞬理解出来なかった男達も、逆上して言い返すがその三倍はキツい言葉を返されている。
その中の一人が力技に出ようとしているのが見え、今度こそ助けなければと一歩踏み出すが、その瞬間大柄なその男が宙に浮いた。
そして地面に叩きつけられている。
「キモいツラ晒すだけやのぉて女に手ぇ上げる腐った根性しくさってこのカスが…いてまうどコラァ!!怪我したないんやったらケツまいて去ねボケ!!」
「えっ?えっ?!ええっ?!」
「おー上手い上手い。ちゃんと実践できてるやん」
呑気に何をおっしゃるのかこの白石は、と謙也が間抜け面で見下ろすと笑いながら説明をする。
「あーゆーアホな輩に絡まれたらこうしぃ、って護身用に合気道の技教えてん」
「あ、合気道て…」
確かにそれならば小柄な彼女にも有効だが、というかあの豹変は何事か。
沢山の事を処理しきれない謙也が固まったままつっ立っていると、財前がそちらに気付いて近付いてきた。
「蔵ちゃん」
「かしこいかしこい。ちゃんとうちらが教えた事覚えとってんな」
財前はよく出来ましたと頭を撫でる白石に笑みを浮かべ喜んでいる。
「あ!演奏始まってまうわ!ほなうち席戻ります!」
二人に向け手を振り、座席に戻る財前を謙也は呆然と見送る。
今のは誰だ。
知っている財前光ではなかった。
まだ何が起きたかはっきりと理解できていない謙也を半ば引きずるように席に戻り、白石は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「ビビったか?あれが光やで」
「え…あ……嘘やろ?」
「嘘ちゃうわ。あの子思いっきり外弁慶やからな、知らん人間には容赦ないねん」
「そ……そうなんや…」
きゃー!などと叫び声を上げる姿も怖がり一人震える姿も想像し難いが、それにしたってあの豹変は想像つかなかった。
そんな何やら考え込む様子の謙也の頭に白石は手刀を入れる。
「幻滅した?」
「いや、めっちゃカッコええやん!惚れ直したわ!!」
手を祈りのポーズで組み、感動したとキラキラした瞳を向ける謙也に一瞬身を引く。
「ふ…ふーん……そのうち蹴られたいとか鞭でしばかれたいとか言い出しなや…」
珍しく引き気味の白石などお構いなしに、男相手に大立ち回りができるなど尊敬に値すると謙也は熱っぽく語った。
先日のCD屋での英語で話す姿を見た時も、今日のナンパ男を撃退した時も。
か弱い可愛いイメージとは裏腹の肝の座った財前をカッコいいとさえ思う。
そんな風に思える相手には今まで出会った事がなかった。
女の子は弱いものだから守ってあげたい、守ってあげなければと思っていたが財前は違う。
もちろん助けてやりたい、守ってやりたいとも思うが、それ以上に自立できている姿を頼もしく思える。
財前ショックの余波で、結局おススメだと言ってくれていたバンドの演奏は1曲しか聞けなかった。
だが財前の言葉の通り、ドラムとベースが非常に上手く謙也にとっても聞きごたえのあるものだった。
その演奏が終わり、次のバンドへと交代する為のセットチェンジが始まった頃、財前と千歳が席を離れるのが見える。
「どないしたんやろ…」
「ああ、もう時間やわ」
「え?ああ、門限ある言うとったな」
謙也がポケットに突っ込んだままの携帯電話の時計を見ると、時刻は6時を回っている。
財前の家がどこにあるかは知らないが、8時に間に合うように帰るならばギリギリの時間なのだろう。
財前はまっすぐに白石の方を向いて歩いてくる。
「もう帰るんか?」
「うん。蔵ちゃんらは最後まで観ていく?」
「そうやな…折角やし」
「じゃ、謙也。光んこつ家までしっかり送り届けろ」
千歳に肩を叩かれ、その予想外の展開に謙也は飛び上がって驚く。
「は?!俺?!ええの?!」
「ええのて…最初っからそのつもりやったんやろ?」
「そ…そうやけど」
「そんな大荷物光に持たせて帰らせんか?」
「えっええですよそんな…!うち一人で帰れますし」
財前は勝手に話を進める白石達を慌てて遮る。
「さっきんごたる男にまた狙われたら大変ばい」
先刻の騒動を席から見ていた千歳は心底心配している、という表情で財前を見つめる。
だが財前は謙也に悪いといって遠慮する。
しかし白石は譲らなかった。
「ええの。送ってもらいなさい」
「そうやで。俺も心配やし、遠慮せんで。な?」
結局三人に押し切られるような形で、財前は渋々頷いた。
そして謙也は財前の荷物を持ち立ち上がる。
だがすぐに白石に襟首を掴まれ再び座席に縫いつけられてしまう。
「わかっとる思うけどー……一応確認しとくわ」
「な…なに…を?」
耳元で囁かれ、謙也は背筋が凍りつく。
「もし光に何や変な事したらー……」
「し、したら…?」
「まずは右の玉から犬に食わすからな」
案の定の脅しの言葉を心にしまい、自制をかけ謙也は財前を連れて会場を後にした。