スーパーセクハラタイム開始。
アンジェラス シルキー12
彩りのついた指先をまじまじと見つめ続ける財前に、ユウが不満そうに尋ねる。
「何やねん。折角やったったのに気にいらんのか?」
「ちゃいますよ。めっちゃ綺麗やなと思て……うちこんなんしてもらうん初めてやから」
仕上がるまで店にある待ち合い席に座っていた小春と謙也もそれを聞きつけ近付いてくる。
「あらー可愛いやなーい!赤とピンクのグラデーションが白い指によぉ似合てるわ。流石ね、ユウちゃん」
小春に褒められ、まんざらでもない表情を浮かべながらユウは使った道具を片づける。
髪をセットしながらそれを見ていた侑奈も感嘆を漏らした。
「ほんま、上手いもんやなぁーうちの店でネイリストやってほしいぐらいやわ」
「へぇー…綺麗やなあ。っていうかめっちゃ細かいやん…よぉこんなちっこいとこに絵とか描けんなあ」
グラデーションになった上にユウによって描かれた細かい花柄に謙也も感心する。
三人で頭を突き合わせるように覗き込まれ、財前は恥ずかしそうに手をケープの下に隠した。
「ほな頭も仕上げよか」
長さは程よく残したまま顔の横で切り揃えられたあまり見かけない奇怪な髪型に謙也が眉を顰める。
「…何や平安貴族みたいやな」
「姫カット言えや。顔の形シャープで綺麗やし、髪質もええからよぉ似合うわー」
背中を半分覆うほどあった長さの黒髪も随分と軽い印象となった。
程よい量を背中に残し、サイドだけを短く切った髪型は顔の小さな財前によく似合っている。
丁寧にブローされた髪は何もしていなかった時よりも更に艶を増し、天頂に美しい環が出来ている。
「これやったら顔の横の髪だけ立てたりふわっと崩したり後ろの髪巻いたりして色んな髪型できるからね」
「…何やうちやないみたいや」
鏡を合わせて前や後ろの髪型を見ながら財前がぽつりと呟く。
「あの、ほんまにありがとうございました!」
「どういたしまして!もーこんな可愛い子の頼みやったらなーんぼでも聞いたげるわー」
受付で預けた荷物を受け取りながら頭を下げる財前に、侑奈がけらけらと笑う。
「………どこのエロ親父やねん」
一人口の中で言ったはずの謙也の突っ込みはしっかりと侑奈の耳にも届いていて、反撃とばかりに首根っこを掴まれ耳元で囁かれる。
「そのエロ親父のおかげでええ目見てるんはどこのどいつやー…?
ナメた口きいとったら光ちゃんに寝ションベン垂れて大泣きしとるあんたのちっこい頃の写真見せんでー?」
「すみませんでした!!!」
それだけは堪忍したってくれと懇願する謙也を放って、侑奈は再び財前に視線をやった。
「こんなアホな従弟やけど仲良ぅしたってな。ほんでここにもまた来てくれたら嬉しいわ」
「はい!ありがとうございます!」
銘々に礼を言い、店を出る。
ほんの二時間ほど前とは見違える程に美しく変化していくのを目の当たりにして、謙也はますます興奮した。
これでもう彼女を馬鹿にする奴なんていなくなるはずだ。
その為にも最後の仕上げをするぞと小春に言う。
「じゃ、こっからはアタシの番ねーユウちゃんも協力よ・ろ・し・くっ」
「まあ小春の頼みやったら断れんわ」
仕方ないと言った風に言っているが、この後輩思いのユウの事だ。
いい加減な事はしないだろう。
四人は美容院から15分ほど歩いた先にある、大きなビルを目指した。
駅直結で多くの店の入っているそこは、今日も沢山の人で賑わっている。
そんな人ごみをかいくぐりながら、小春は一軒の店の前で立ち止まる。
「ここよー光ちゃん」
「え?ここ?」
財前は掲げられた店の看板を見て、思いついた。
ここは確か白石が一番好きな洋服のブランドだと。
値段は手頃だが、ここの服は対象年齢から外れすぎている。
これまでの流れからしてここで洋服を調達するのだろうと予想した財前は首を振って嫌がった。
「こんな、うち絶対ここの服似合いませんよ!!こっ子供っぽいし!」
「何言うてんの。女の子はちょっとぐらい背伸びするくらいで丁度ええんよー」
「けどっ」
否定の言葉など聞き入れない小春に手を引かれ、財前は無理矢理店の中に連行されてしまった。
そして小春がレジに立っていた店員に声をかけると、バックヤードにいるから勝手に入ってと、更に奥へと促される。
そこから続く廊下にいた綺麗な女性に小春は声をかけた。
「お姉ちゃん!」
「あら、小春。よう来たわね。皆もいらっしゃい」
それは小春の実姉であった。
顔はあまり似ていないなと財前が観察していると、すぐ前に立っていたユウが軽く手を振り挨拶する。
親友の姉ともなれば面識もあるのだろう。
しかし謙也は初めて会う為笑顔で自己紹介する。
「初めまして。忍足ですー」
「あら男前やない。やるわねー小春」
「イヤやわぁ姉ちゃん、謙也君はアタシのやないわよ!」
ニヤニヤと笑いながら小春に財前へと目配せをされ、謙也は照れながら頭をかいた。
「それより頼んでたの、用意してもらえてるかしらー?」
「勿論やよ。こっちにどうぞ」
廊下に並ぶドアのうち、一つの中に入ると大量の段ボールが山積みになっている。
中身が全て洋服で、そこが在庫の倉庫だという事が解った。
「こっから…ここまでの、全部サンプル品とか廃棄分やから好きなだけ持っていってね。もうスタッフらには配って全部余りもんやし遠慮いらんわよ」
「ありがとうお姉ちゃん!助かるわぁー」
床に等閑にされた3箱を示し、小春の姉は仕事があるからと言って倉庫から売り場へと行ってしまった。
「あの、小春先輩のお姉さんって…」
「ここの店長なのよ。蔵りんから聞いてへん?」
「いえ、何も…」
「そうなの?蔵りんのお姉さんもね、このビルで働いてて…同じフロアのお店でね」
「あ、それは知ってます」
以前白石に連れられて来た事があるのだ。
あの時は散々だったと財前は渋い顔をする。
千歳と白石が服を買ってやるからというので嬉々としてやってきたのはいいのだが、胸や尻やと揉まれ触られ半泣きになりながら試着をしたのだ。
もう懲り懲りだ、と思っている間にも他の三人は箱の中を開けて次々に服を出している。
「これ何?どうやって着るもん?」
「あら可愛い。コルセットやない」
服の山から謙也が探り出した黒の布のような物を見て小春が答える。
「何それ?」
「ウェストの形整えて細く見せるものやねんけど…光ちゃんには必要なさそうねぇ」
「ひゃぅっっ?!」
おもむろに小春に両手で腰を掴まれ奇声を上げる財前に謙也が驚き肩をびくりと震わせる。
「…54cm」
「なっっ」
「正解やったみたいね」
真っ赤になる財前に小春はニヤニヤと笑う。
それを聞いて同じように真っ赤になる謙也はそれを誤魔化すように再び箱の中を探る。
細い細いと思っていたが、具体的な数字を聞いて想像がより具体性を増す。
54cmって、自分の頭囲と変わらないぐらいではないか、と。
抱き締めれば壊れてしまいそうだと考えた後、邪な映像が脳裏を過ぎろうとするので急いでそれを振り払う。
「謙也くーん変な妄想しないでくださーい」
探しているようで、ちっとも働いていない謙也と違い、すでに候補を何着か選んでいるユウが隣から茶々を入れる。
「なっ!ももっ妄想なんかしてへんわっ!!」
「ふぅーん……まあええけどー?選ぶ気ぃないんやったらこっちに出したん畳んでいっといてんか」
「……は、はい…」
ユウに指示され、全く役に立たない謙也は段ボールの上に乱雑に放置された洋服を畳み始める。
その間に小春とユウはあれでもないこれでもないと相談しながら大量の洋服の中から財前に似合いそうな物を選び出した。
「ほなちょっと試着しよか、光ちゃん」
「えっ…ここでですか?」
「その山の向こうやったらいけるやろ」
ユウの指差す先は天井近くにまで段ボールが積みあがっていて、
その向こう側は小物などを入れた小さな段ボールや事務用品などを収納している金属のラックがあり、視界は十分に遮られている。
それを見て財前は頷いた。
「まあ…別にええですけど」
「ほなさくっと着替えまひょかー」
小春が財前を連れ、その山の向こうへと消えて行き、その後ろについて行くユウが一言を残す。
「覗くなよ、謙也ー」
「のっ覗くかボケ!!」
とはいえ、布擦れの音は聞こえる上、時折小春から出るセクハラまがいな言葉が謙也を翻弄する。
なるべくそちらに気を取られないように謙也は洋服を畳む事に集中した。