言わずもがな。侑士の姉ちゃん設定ですよ。侑士のにょたじゃないヨ。
そして例に漏れず謙也の周りの女子は全員ドS。
光のこれは天然ボケでなく『誰も自分なんて好きにならんだろう』思考です。
そんでやっと謙也は自分の一目惚れを自覚。
アンジェラス シルキー11
可愛いなんてものではない。
好みなんてものではない。
確かに作りの良さで言えば白石達の方が上かもしれないが、財前だって十分に綺麗だ。
否、十分どころではない。
一目惚れのように彼女が気になっていた理由がようやく理解できた。
本能で察知していたのだ、己の理想とする女の子がいるのだと。
寝顔ではない、猫のようなキツい瞳を見せた財前の顔は謙也の好み、まさにどストライクだった。
謙也は真っ赤になった顔と激しい鼓動を沈めようと何度も深呼吸してから店の扉を開けた。
「いらっしゃいませー」
店の中の方々から次々に出迎えの声が上がる。
ゆとりのある広く明るい店内を見渡し、財前はそこが美容院であると気付いた。
こんなところに連れてきて一体何の用なのだろうと不思議に思っていると、受付から派手な女性が近付いてくる。
「あ、ねーちゃん!」
「おはよう。いらっしゃい謙也」
「この子やねんけどな、いっちょ頼んますわー」
謙也は斜め後ろでオロオロしていた財前の肩を持つと、やってきた女性の前に差し出した。
「あっあの…ほんまに何なんですか?」
慌てた様子の財前に、謙也は漸く説明を始める。
「この人な、俺の従姉やねん。まだアシスタントやけど腕は確かやから、綺麗にしてもらい」
にこにこと笑いながら言う謙也を呆然と見上げる財前の荷物を取り上げ、謙也の従姉だという女性はさっさと財前を受付へと連れていく。
「えっ、けどうちそんなお金持ってきてへんっ」
「だーいじょうぶ大丈夫。金なんか取れへんから。謙也もさっき言うとったやろ?うちまだ見習スタイリストやからカットモデルって事でお金はいらんねん」
「そ…そうなんですか?」
「そうそう。謙也のアホみたいな金髪、あれもうちが練習台にしてやったってんねん」
アホみたいなって何やーと怒る謙也を受け流し、謙也の従姉は財前に名刺を渡した。
店の名前の下には『忍足侑奈』とある。
本当に縁者なのかと財前は名刺と顔を見比べた。
「ほなまずシャンプーしょーか。こちらへどうぞ」
侑奈に促され、されるがままにシャンプーを終えカット台に座らされると、何やら大きな道具箱を抱えた小春が現れる。
「今から魔法かけたるわねー」
「魔法?!」
「肝心の魔法使いが遅刻しとるけどな…」
謙也の言う魔法使いとは何の事だと振り返ろうとする財前を強制的に鏡の方に向かせると、侑奈はドライヤーで髪を乾かし始める。
そして綺麗に髪を梳きながら鏡越しに尋ねる。
「顔ちっちゃいなー!!髪も切るん勿体ないぐらいやらかくてサラサラで綺麗やし染めたみたいに真っ黒。何か特別な手入れとかしてんの?」
「いや…何も……」
「ええなー若い証拠やわ、うらやましいわー」
「ねーちゃん…オバン臭い事言うなや」
「だーれがオバハンやねん」
隣に立つ謙也を蹴り飛ばし、侑奈は再び笑顔で財前に向き直る。
「さーてどんな感じにしよかな?髪長い方が好き?っていうか切るんほんま勿体ないわー」
黒絹のような髪に指を通しながら侑奈は様々な雑誌を財前に差し出す。
だがどうしていいのか解らず中を見る素振りを見せるものの、真剣に選んでいる様子はない。
「うちこういうんよぉ解らんのですけど…」
「ほなねーちゃんに任せるか?」
「は、はい…すいません」
謙也の助け舟に乗り、身を縮ませて頭を下げる財前に謙也も苦笑いを返す。
「何謝ってんねん。悪い事してんやないのに」
恐縮して小さくなる財前の肩を軽く叩き、謙也は雑誌を引き取る。
「って事で任せるわ。変な髪型にすんなよ」
「うっさいよ謙也ーうちのセンスナメんやないでー」
侑奈は馬鹿にしたように笑う謙也に再び蹴りを入れる。
「俺魔法使い迎えに行ってくるよって、あとよろしくなー」
「えっ?ちょ…先輩?!」
今日初めて会って話した二人と放置され、どうすればいいのかと財前はうろたえたる。
だが話し上手の小春と侑奈に少しずつ態度を軟化させた。
しゃきしゃきと小気味良いハサミの音が進むにつれ、軽くなる髪を財前はぼんやり眺める。
鏡の中の自分がどんどんと変わっていくなあと思っていると、侑奈がくすくすと笑い始めた。
「謙也が女の子連れてくるって言うよって、どんな子か思たわ。こないだな、お店に直接来てうちに頼んできやってん。
髪切って欲しい子おるんやけど連れてきてええかーって」
「アタシにも電話かかってきたんよ。小春のセンスで服見立てたってーって」
「え…あ、やっぱ変です…よね」
「変?何が?」
侑奈は鏡から目を離し直接財前の顔を覗き込む。
すると見る見る態度を萎れさせ、財前は言い辛そうにぽつりと言った。
「忍足先輩は優しいよって言わんかっただけで…ほんまはやっぱりうちみたいなダサいんが一緒におったら恥ずかしい思てるんちゃうかって…思ったんっスわ」
「はあ?そんな訳ないやん!ちゅーかもしそんなアホな事思とったらこの場で上も下も丸坊主の刑やな」
上も下も?と首を傾げる財前に、侑奈はごめんごめん、何でもないと謝る。
「光ちゃん、謙也君はそんな人見かけでどうこうゆう子ちゃうわよ」
隣で見ていた小春も加勢して情けない顔をする財前を励ます。
「それに、そもそも光ちゃんは可愛いんやから外野の言う事なんか気にしたらあかんの」
「そうやでーだいたい、あのアホの謙也がそんなややこしぃに考えてるわけないやん。
どーせ見る目ない連中見返したる!!とかそーいう事考えてんやって。そうゆう単純な奴やねん、あいつは」
小春と侑奈に両脇から肩を叩かれるが、まだ不安げな表情を崩さない財前に鏡の方を向かせる。
「ほら、そんなブスーッとせんと。笑って笑って。ほらほら、にーって」
笑顔を向けた後、顔を思い切り崩して変顔をする小春を見て、財前は堪え切れずに吹き出した。
「ちょっ…先輩…その顔めっちゃキモい」
「キモいって何よ光ぅー!そうゆうあんたは可愛らしい顔して笑えるんやないの!」
「ほんまやで。それにこの天才美容師忍足侑奈様の黄金の右手がヘアスタイル決めたってんやで?可愛ならんわけないんやから!もっと自信持ち!な?」
「ありがとーございます」
ようやくにっこりと笑い、心から納得した顔で頷く財前に、小春と侑奈は顔を見合わせて笑った。
「あの子な、あーんなチャラいカッコしてやんのに中身めっちゃ純情で硬派やねんで」
「えっ…そうなの?よぉ女の子とも喋ってるみたいやけど…仲ええ子多いし…っとと」
余計な事を言ったかと小春はちらりと財前の様子を伺うが、相手はさして何とも思っていないといつもの表情を崩さない。
「あー友達は多いけどな、ほんまに好きな子には何もできんヘタレやねん。好きやって寄ってくる子とは付き合えるくせに自分からは絶対告白でけへんし…
うちの弟のがよっぽどタラシやわ。謙也と同い年やねんけど口ばーっかり達者でヘタレの謙也とは正反対」
「うちも…」
「え?」
「うちも先輩に友達になってくれ言われました。先輩女友達多いんって、そうやって積極的に声かけるからなんですかね」
「ええぇっ?!」
「ええぇっ?!」
小春と侑奈は声を揃え驚き、財前をカット台に残し二人手を取り合い後ずさる。
そして声を顰めた。
「ちょっ……何、あの子もしかして気ぃ付いてへんの?」
「謙也君があそこまでやってるのに…ほんまに全く全然気付いてへんみたいやわね…あんだけ解りやすいのに……」
「あのアホ肝心なとこで引いてまうからなぁ…どうせ友達なんやから、とか強ぅ言うてボケ倒してる光ちゃん混乱させてんやろ…ほんまヘタレやわー…」
「何やってん?」
「うわぁっっ謙也っ?!」
いつの間にか店に戻ってきていた謙也に二人は飛び上がり驚く。
しかし謙也はさして何とも思っていないのかすぐに財前の元へと歩いていった。
「お待っとーさん。おっ、ええやんええやん。めっちゃカッコ良ぅなってきてるで」
財前は鏡越しに満足げに頷く謙也に戸惑いながらも礼を言う。
「魔法使い、連れてきたったでー」
そうして謙也の影から現れたのは、財前もよく知る人物だった。
「ゆ…ユウちゃん?!」
「もー…折角の日曜やのにやー朝早ぅから何やねん…」
「ごっごめ…」
折角侑奈と小春が解きほぐした緊張が再び高まってしまう。
いつも以上に不機嫌な顔を隠さないユウに、何故こんな事になったかも解っていない財前が反射的に謝った。
だがそれを見た小春が間に入る。
「もう、ユウちゃんそんないけず言わんの!」
「小春の頼みちゃうかったらけーへんわ、ほんま。小春に感謝しぃやー光」
「あ、はいっ!ありがとうございます先輩!」
何の為にこれだけの人が動いているのかはさっぱり解らないが、とりあえず皆自分の為に一生懸命になってくれている事は解る。
そう思いぺこりと恭しく頭を下げる財前に気を使わせまいと、小春はそれまで以上に明るい声で返した。
「ええんよ、そんなん。アタシかて好きでやってんやから」
「そうやどーユウ。お前かって何やかんや言うて財前さんの為に来たってんやろ」
「そっそんなんちゃうわ!小春の為や言うてるやろ!」
「はいはい、何でもええから早よやったってよユウちゃん」
天の邪鬼なユウの扱いなどお手のものな小春は軽く諌めるとユウに大きな道具箱を渡した。
渋々とそれを受け取り、ユウは店の椅子を借りると財前の斜め前に座った。
「手ぇ出し」
「え?あ…はい…」
差し出される左手を不機嫌な顔で握ると、甲を上にして肘掛に手を乗せた。
「アホ。掌出してどないすんねん」
そしてユウが道具箱を開けると、中から色とりどりのポリッシュやストーンなど、数々のネイル用品が顔を覗かせた。
「…マニキュアや……」
「そうよーユウちゃんはネイルアートがプロ顔負けなぐらい上手やから、指先まで綺麗にしてもらい」
「ありがとうユウちゃん」
「せやから小春の為にやってんやから礼なんかええのー!」
素直に礼を受け取れないユウは真っ赤な顔をしてごしごしと財前の爪を磨き始める。
少しずつ綺麗になっていく思い人の姿を鏡越しに見つめながら、謙也は満足げに笑った。