アンジェラス シルキー10

財前に余計な事を言った逆ギレ女に一言物申そうかと思ったが、今後同じような輩が後から出てこないとも限らない。
それならば根本を解決してやればいい。
翌日、謙也は一つの決心を胸に放課後、校門前で財前を待ち伏せした。
中等部と高校の校門は共通の為、ここにいれば必ず会えるはずだ。
そう思いしばらく張っていると、中等部の校舎から待ち焦がれた姿が見える。
自慢の俊足を活かし、逃げ出される前に謙也は相手の前に立ちはだかった。
「財前さん」
「え?あ…先輩……」
「よかった、捕まって…ずっと話したかってん」
戸惑う財前は周りをきょろきょろと気にし始める。
そしてタイミングの悪い事に、件の女生徒が物凄い視線を送っているのに気付き謙也は慌てて財前の腕を掴むと校門の方へと向かう。
学校から離れ、路地を曲がり、四天宝寺の生徒達の目がなくなった住宅地の片隅で漸く手を離す。
「ごめんな、強引に連れて来て」
「いえ…あの、話って何ですか?」
「白石に聞いてん。何や…俺の所為で嫌な事言われたって」
言葉を慎重に選びすぎたか、財前は何の事か解らないといった様子で首を傾げて謙也を見つめ返す。
だが自分を好いている女子から、などと言うのは些か憚られる。
どうしたものかと頭を掻きながら考えていると、財前は自分で理解できたのか、ああ、といつもの平坦な声で言った。
「嫌な事って。何かと思いましたよ」
「え?」
「先輩に迷惑かけんなブスってやつでしょ?ほんまの事やないですか」
「ほっ…ほんまなわけないやん!!」
あの女の言っていた言葉の中には何一つ真実などなかった。
謙也は迷惑などしていないし、そもそも財前がブスだというのもとんだ言いがかりである。
「折角先輩が友達になりたい言うてくれたのに、迷惑かけたらあかん思たんですけど?」
友達に迷惑かけたらあかんでしょう、とあっさりと言う財前に謙也の繊細な心がまた音を立てて壊れる。
そう友達友達と繰り返さないで欲しいと落ち込む謙也に、再びあらぬ誤解を与えてしまった。
「あ…すいませんほんま……そない思てあんま人前で話さんようにって思たんですけど」
そういう事だったのか。
昼間、急いで立ち去ったのはからかわれた事が嫌だったわけではなく、自分と一緒では謙也の沽券に関わると気を使った。
だがそれもいらぬ心配なのだ。
「せやから!!迷惑なんかやないねん!」
「え?けど先輩人気もんやからうちみたいなん側におったらあかんて言われたんですけど…よぉ考えたらその通りやなあと…」
「ちょっ…ほんまに、聞いてや!」
駄目だ、この子は言葉をそのまま鵜呑みにし過ぎてしまう。
謙也は必死に上手い言葉を探した。
「そんな訳解らん女に言われた事やなくて、俺の言う事聞いてや。とっ…友達やろ?!」
自ら首を絞める事となるが仕方ない。そう言う以外に言葉が見つからなかった。
「全然迷惑やないし、ほんまに」
真っ直ぐに見据える瞳に偽りのない事に、財前も漸く納得を示し始める。
だが根本的には納得していないのか表情は冴えない。
最後の一押しは、もうあれしかないだろう。
考えていた計画を実行すべく、謙也は携帯電話を取り出し、アドレスからある番号を呼び出す。
そして一旦財前に向き直った。
「自分、日曜ヒマ?」
「日曜日ですか?昼から蔵ちゃんらと遊びに行く予定なんでそれまでは暇ですよ」
「それ何時から?」
「えーっと…2時ですけど?」
「ほな1時まで俺に時間頂戴」
「え?」
何故、という財前の疑問には答えないまま、謙也は呼び出した番号に電話をかけた。
しばらくは電話の相手と何やら賑やかな押し問答があり、謙也のほなよろしく、という言葉で通話は終了した。
「あの…先輩?」
「自分の事馬鹿にしとる奴、まとめて見返したろ」
「はい?」
「あと夜中に裸ランニングはゴメンやから昼休みにあっこ行くんは止めるな」
「は?は?」
全く状況を理解できずにいる財前からどさくさに紛れて連絡先を聞き出すと、謙也はもう一つの目的を果たすために日曜楽しみにしているからと言い残し財前と別れた。
そして用事を済ませ帰宅した後、落ち着いた思考で自分の携帯電話に財前の携帯番号とメアドが入っている状況を理解して、徐々に興奮してくる。
これからはあの悪魔達を介さずとも心置きなくボタン一つで財前と繋がれるのだ。
その現実に、謙也はみっともなく笑いながらベッドの上で転がり回った。


約束の日曜日、指定した待ち合わせ場所にやってきた財前の装いは二週間前にあった合コンの時とさして変わらず黒のシャツにジーンズを合わせただけのものだった。
朝早くから何を着ていこうかと散々思い悩んでいた謙也の方がよっぽど乙女心全開と言えよう。
「おはようございます」
「お、来たな。ほな行こかー」
「えっ…あの、どこ行くんですか?」
「まあまあ、付いてきたら解るって」
そう言って謙也は財前を連れて歩き始める。
この間は人ごみで、しかも緊張しすぎてあまり何も考えていなかった。
正確には考える余裕などなかったのだが、今日は少し落ち着いて並んで歩く事が出来た。
そして解ったのが謙也と財前の歩幅と速度の差だった。
気をかけていないとうっかりと財前を置いて行ってしまいそうになる。
ただでさえいつもハイスピードで歩いているのだ。
さらにこの体格差では相当スピードを抑えなければ財前がかなり後方を歩いてしまう事となる。
「ご…ごめんな」
「え?何がですか?」
「俺歩くん早いやろ?しんどかったら言うてな?」
今までは誰と並んで歩いていても全く気にせず自分のスピードで歩いていたが、財前の事は放って行きたくない、並んで歩きたいと思う。
また少し離れてしまいそうになり、慌てて足を止めて財前が並ぶのを待つ。
「大丈夫ですよ。子供やないんでちゃんとついてってますから」
振り返っておらんようなってる事はないですと言って何でもない事のように笑う財前に切ない思いが胸に湧く。
どこまでも思いが一方通行なのだと。
しばらく歩いていくとおしゃれな店の立ち並ぶ一区画に入り、謙也はある一軒の店の前で立ち止まる。
ガラス張りの綺麗な店舗の前で待つ人が二人に気付き、派手に手を振っている。
それに気付いた謙也も手を振り返して応えた。
「おぅ!小春。朝早ぅからすまんなぁ」
「いやーん他ならぬ謙也君の頼みやなーい!水臭い事言いっこなしやわ」
謙也の肩を叩きながらハイテンションに話し掛けるその人に、財前も見覚えがあった。
金色小春。学校一の秀才で、いつも世話になっているユウの無二の親友。
お互い存在は知っていたが、こうして面と向かう事は初めてだった。
「この子が迷える子羊ちゃんね?あらあら可愛い子やない。流石、あのエンジェルちゃんらが目ぇつけるだけあるわー」
「あ…あの?」
うんうんと頷きながらじっと凝視する小春に戸惑い、財前は一歩後ろに引く。
「あらら?これもしかして伊達メガネかしら?」
「え?そうなん?」
二人してじっと顔を覗き込まれ、居心地悪そうに目を泳がせながら財前は小さく頷いた。
途端に小春は財前の小さな顔を隠す大きなメガネを外してしまった。
「ハイ没収ー」
「あっ…ちょっ」
語尾にハートマークを飛ばしながら明るく宣言され、挙動不審に陥りながらも財前は何とかそれを返して貰おうとわたわた小春の服を掴む。
しかし相手は一枚上手で手にしていたバッグにそれを入れてしまった。
「かっ返してくださいっ」
「こんなんで顔隠しとったらもったいないわよ、そんだけ可愛らしいのに。ねえ、謙也君?」
謙也から返答はない。
どうしたのだと小春が覗き込めば、謙也は真っ赤な顔をして固まってしまっている。
「ちょっと謙也くーん?」
「えっ…あっ…ええっ?!あ、えっと…ほっ、ほな行こかっ」
小春の声に我に返り、慌てて取り繕うように謙也は店の方へと歩いていった。

恋愛モノ少女マンガはイライザ的な存在が必要だと思うの。
そしてようやく小春姐さん登場。

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