サクラミズ1

サクラミズ
それは 春待たずして去ってしまった
君を想う香り





::: 壱 桜咲ク頃 :::




故郷を離れ京都にある大学に通い始めて二年、帝國は海を挟んだ大国と開戦するという噂が実しやかに流れ始めた。
それを心配した両親は帰郷するように呼び戻してきたが、どうしても帰る気にはなれないでいた。

今帰るにはあまりにも辛い想い出が多すぎる。

「けーんーやーくぅーん!今度の試験範囲教えてや。聞きそびれてん」
中庭にある大きな桜の木の下で読書していると、学内でも数少ない友人のうちの一人である一氏ユウジが近付いてきた。
ここに入学してすぐ、何人か近付いてきたがどうしてもそりが合わず皆離れていってしまった。
そんな中、ごく自然体で付き合えたのがこの男とその仲間だけだった。
謙也は分厚い本を閉じると呆れた表情で見上げた。
「何。また聞いてへんかったんか?前もやろ?」
「ええやんええやん、減るもんやないんやし、な?」
そう言いながらユウジはしゃがみ込み謙也の隣に正座した。
途端にふわりと鼻に届く、甘く優しい香りにユウジが気付く。
「謙也っていつもええ匂いするよな。何?香水?似合いもせんのに何いきってん?」
鋭いユウジの指摘に謙也は大きく目を見開いた。

この香りは君との想い出。
君への想い。

「けど変わった匂いやな…何ちゅーん?この香水?」
「……サクラミズ…」
「桜水?これの水?けど桜の匂いちゃうやん。あ、桜餅の匂いか?」
ユウジは謙也がもたれかかっていた幹を拳で何度か叩き、不思議そうな顔を向けた。
「ほら、これ試験範囲やから。仮進級やねんし落第せんようしっかり勉強しぃや」
「わかっとるわぃ!!」
話を逸らすように試験範囲を書いた紙を渡し更に嫌味を付け加えると、
ユウジの頭から香水の事はすっかり抜け落ちてしまったらしく慌てた様子で教室へと戻っていった。


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