と、まぁこういう経緯で真田も柳邸に行ったわけです。
22.四面楚歌に続きます。
La Familia 33.意志
ぐっと拳を握り締め、意を決して言った。
「真田さん…お願いがあるんスけど」
柳さんが実家に帰ってしまってから数日。
ずっと考えていた。
このまま帰ってこなかったら、と。
小父さんが倒れたと聞いて、心配はしなかった。
昔から仕事で忙しかった小父さんと俺の接点は少なかったし、
無口で何を考えているか解らないところがあったから滅多として俺から近付く事はなかった。
それよりも、それに心を裂いているあの人の方がよっぽど心配。
目で見えるよりもずっと心労が溜まっているはずだ。
図太そうに見えて、身内の事となると途端に繊細になるんだ、あの人は。
たぶん小さい頃からずっと自分の事より家族を優先させてきたから。
家を出るきっかけは俺だったけど、あの家に縛り付けたままでいいはずがなかった。
今もだ。
小母さんの事だから、これを機に家に帰るように言ってるかもしれない。
二人暮らしを始める前、最後まで反対していたのは小母さんだった。
俺はすぐにでも追い出したかったみたいだけど、それに柳さんも付いていくっていうのが許せなかったみたい。
そうは言われても俺だって譲れない。
小父さんや小母さんにとっては親子として切れない絆があるかもしれない。
けど俺と柳さんには俺自身とあの人自身の繋がり以外に何もないのだ。
希薄ではない。
弱いものではない。
比べられるものではないのかもしれない。
それでも家族のそれと比べられると、全く自信がなくなる。
血のつながりも戸籍の繋がりも無い、あの人にとっての俺の存在なんて所詮そんなものなのだ。
いや、柳さんはそうは思っていないって事は解っている。
態度にも顔にも出ないけど、ちゃんとあの人が俺を思ってくれているのは解っている。
でもそれは柳さんにとっての俺、であって他の者には赤の他人として扱われる。
このままでは柳さんがあの家に帰ってしまう。
俺の為だけじゃない。
あの人の為を考えてもそれは避けたい。
試合後、その足でスクールに戻った俺は裏で休んでいた真田さんを呼び出した。
今日はおばさん相手のグループレッスンが一つ入ってただけだから、今は事務処理をしていると解っている。
受付で呼び出せば、すでに私服に着替えた真田さんが出てきた。
「どうした赤也」
「これから…付いてきて貰えませんか?」
「どこにだ?練習か?」
「柳さんの家…」
「一人で行け。誰かについててもらわなければ行けないのなら最初から行くな」
俺が怖気づいている為の付き添いを頼んでいるのだと勘違いした真田さんは、すぐに踵を返した。
「違うんです!!」
慌てて腕を掴んで止める。
「俺……今まで逃げてばっかいたけど、もう逃げたくない。柳さんをあの家から取り返したい」
「それで?」
「……一人で行くのが怖い…いや、あの…違うんです。怖気づいてるとかじゃなくて…まだ自分を抑えられる自信がないんです。
もし……キレそうになったら…止めて欲しいんです」
じっと目を見て言うと、俺の気持ちは真田さんに伝わったらしい。
黙ってついてきてくれた。
昨日、偶然聞いてしまった。
幸村さんと柳さんとの電話を。
一人寝に慣れず、眠れそうになかったから水でも飲もうかとリビングに行くと、二人が電話をしていた。
柳さんが何を言ったのかは解らないが、会話の感じからして実家に引き止められている事はわかった。
俺は今の生活が好きだ。
それはあの人だって感じてるはずだ。
実家にいた頃より、二人で暮らしていた頃より楽しそうにしている。
やっと手に入れた居場所から柳さんの幸せを奪わないでほしい。
久しぶりの柳邸は、離れた頃よりもどこか威圧感が増したような気がする。
大きな木造りの門を前に深呼吸を一つ。
「怖気づいたか、赤也」
「いえ、大丈夫っス。もし俺が情けない事言いそうになったりキレたりしたら…遠慮なく殴って止めて下さい」
「解った」
そう言ったものの、中に入って早々拳骨を食らうなんて思わなかった。