真田は他所様の子供を叱れる現代において貴重な存在だと思う。
でもちゃんと優しいです。伝わりにくいけどね。
さて、Reset本篇内の大宣言の伏線回収できました。
勢いとはいえ、恥ずかしい奴ですよ赤也……
真田が思わず吹き出すぐらい凄い台詞…と考えたらああなってしまった。
頑張れ。父ちゃんにはちゃんと心意気は通じたから。
他では柳は母親似って設定が多いのであえて父ちゃん似にしてみた。
真田が思わず慄く程に似てればいい。
La Familia 22.四面楚歌
蓮二がこいつを連れて家を出たい、と思った気持ちが解った気がした。
赤也の頼みを受け、俺は初めて柳邸へと向かった。
道中約二時間、赤也は殆ど何も話さなかった。
緊張しているのだろう。
どんな大舞台でもプレッシャーを知らず、己の精神力の強さで優勝を何度も勝ち取ってきているというのに。
着いた先は辺りでも一番の大きさであろう日本家屋。
大きな木造りの門が他の侵入を拒むようにそびえ立っている。
だが親近感を覚えた。
何故なら。
「何トカ組って看板でも上がってないのが不思議な感じしませんか?」
「そうか?うちの実家もこんなものだ」
「え?!そうなんっスか?!」
赤也は未だ慣れない、といった様子だが俺の実家も似たような門構えなのであまり気にならなかった。
中の様子も似たようなものだった。
ただ違うのは、うちは平屋で蓮二の家は二階建て。
あとは離れがあるというところだろうか。
離れには鬼が住んでるんっス、と赤也が言う。
蓮二の家族構成から考えて、祖父母の事だろうと推測した。
赤也が玄関にある呼び鈴を鳴らすと、着物姿の綺麗な女性が出てきた。
これが蓮二の母親か、と直感する。
顔は全く似ていない。
神経質そうな、若干キツイ印象さえある細面の人。
赤也の顔を見た瞬間、細い眉を上げ、平坦な声でおかえりなさいとだけ言う。
締め出す事はしなかったが、玄関の戸を開けたまま奥へ消えてしまった。
歓迎はしていないようだ。
「大丈夫か?」
何も言わず立ち尽くす赤也の肩を叩く。
「…いつもあんな感じなんで気にしないで下さい」
「……う…うむ、そうか…」
いつもの調子で明るくそう言ってはいるが、出鼻は挫かれただろう。
赤也は肩で一つ溜息を吐いた。
こんな空気の中で、蓮二一人がこいつの味方だったのだ。
無心の傾倒を向けたとしても何ら不思議は無い。
「赤也?帰ったのか?」
一瞬蓮二かと思った。
玄関から伸びる廊下奥の暗がりでする声に驚いて顔を上げると、蓮二がずっと年取った感じの紳士が立っていた。
こちらは顔を見てすぐに解った。
この人が蓮二の父親なのだ。
顔も声もそっくりで間違いようがない。
「おかえり」
「あ…えーっと……うん…」
「赤也!家に帰った時はただいま帰りましたと言わんか!!」
先ほどの母君とは違い、柔和な対応で出迎えてくれているというのに何たる無礼。
頭に拳骨を見舞い、後頭部を押さえて頭を下げさせる。
「初めまして。真田弦一郎と申します」
「ああ、今蓮二と赤也がお世話になっているという…」
「いえ、こちらこそ大変お世話になっております」
頭を深々と下げ、挨拶すると中へ通してくれた。
庭を臨める客間に案内され、赤也と二人待たされる。
ここは実家と変わらぬ凛とした雰囲気がある。
奔放な赤也には息が詰まるだろう。
蓮二はここから赤也を連れ出したかったのか。
やはり母君は赤也に会いたくないのだろう。
しばらくすると、お茶と菓子を盆に乗せた蓮二の父君が部屋に入ってきた。
寡黙で静かな印象のある父君は口数少なく、また赤也も何を話すつもりなのか考えている。
意を決したように蓮二との事を話し始めたのはいいのだが、いつも以上に支離滅裂だった。
思った事を脳を介さず即口に出すタイプの赤也だが、緊張の為か何を言っているのか解らない。
重厚な光を放つ木目の美しい座敷机を挟んで父君の前に座る赤也から一歩引いた斜め後ろに座っていたのだが、
あまりの状況につい口を挟みそうになってしまう。
だが赤也は必死になって蓮二との関係を話している。
そんな赤也の気持ちを汲んでか父君も黙って話を聞いてくれている。
他人が口を挟む事ではないだろうと、俺も黙っていた。
だが、赤也が蓮二に働いた酷い仕打ちの話になった時口篭り俯いてしまった。
一分、二分と沈黙が続く。
このままだんまりを続けば余計に話し辛くなる。
そう思い、小さく縮こまってしまった赤也の背中に言葉をかけた。
「赤也。自分の事だぞ。自分の犯してしまった罪ときちんと向き合い償う覚悟はできたのだろう」
赤也は黙って頷く。
「ならばここで誤魔化しても仕方あるまい」
もう一度頷く。
「返事は口でせんか!声に出せ!」
「はいっ!」
「よし」
それまで黙ってやり取りを聞いていた父君が突然笑い始めた。
一体何だと言うのか、赤也と二人顔を見合わせ首を傾げる。
「…いや、失礼。笑うつもりはなかったんだが…」
「はぁ…」
「それで?酷い事をしたとは?」
「……暴力で…押さえつけました……俺無茶ばっかしてて…それに呆れたニイに見放されそうになって…
だんだんと…離れていくのが解って…一人にされるのが怖くなって…それで…」
「なるほど。蓮二の手首の傷はお前の仕業か。本人は自分で怪我したと言っていたが」
「はい…けどっ…もう絶対あんな事しねぇししてねぇし…」
「蓮二はそれを許したのか?」
必死に弁解をする赤也を静かに制止する。
一瞬逡巡し、赤也は頷いた。
「許すどころか…自分が悪いから謝らなくていいって……」
「一人前に扱われなくて不満か?」
「はい…けど実際まだまだ未熟で子供でニイにも皆にも迷惑ばっかかけてる…」
「自覚できた分だけ成長したな、赤也」
「ニイにも同じ事言われた…」
本当の事を言われ、ますます落ち込む様子を見せる。
しかしすぐに顔を上げ、噛み付かんばかりの勢いでまくし立てた。
蓮二を取り返しに行く、と言っていたが、一度たりとも自分に蓮二を返せという事は言わなかった。
蓮二はものではない。
もしそんな事を言ったなら、始めの約束通り殴ってでも止めて謝らせただろう。
恐らく赤也はそこに本人の意志があるのならば、それに従い潔く身を引く。
だが今縛り付けているのが蓮二の意志ではないものだと解っているから、そこから解放してやってほしいという。
この窮屈な家ではなく、蓮二が本当の笑顔を見せるのはあの家だけなのだから、と。
そして座敷机に手を付き、前のめりになりながら何を言い出すかと思えば。
「っていうかニイを幸せにできんのはこの世で俺だけだ!!俺が一生側にいてニイを世界一の幸せ者にしてやる!!」
突然の自信満々の大宣言に、思わず吹き出してしまった。
笑ってもよい場面でない事は解っているのだが、これでは恋人の父親を前にした彼氏である。
父君も同じ事を思ったのか俯いて必死の様子で笑いを堪えているが、肩が震えている。
「ちょっ…何二人して笑ってんだよ!!」
「す…すまん…ブッ…」
自分の口にした言葉の意味に漸く気付いたのか、顔を真っ赤にしているのを見てますます笑いがこみ上げる。
「くっそー…馬鹿にしやがって…」
それまでは姿勢を正し、慣れない様子で正座をしていたが足を崩して胡坐をかくと不貞腐れたように頬杖をついた。
「そう腐るな赤也…ククッ…いや、すまん。笑って悪かった」
父君も悪かった、と謝っているが声が笑いに震えている。
「小父さん!!」
赤也の必死の訴えに一度、二度と咳払いをして父君は笑いを飲み込んだ。
そして真剣な表情でこう言った。
「赤也。男なら一度口に出した事は必ず実現してみせろ」
「え…」
「今までこの家で窮屈な思いをさせてきたんだ。お前も、蓮二も。
特に蓮二は聞き訳が良過ぎるところがあるから自分を押し殺す悪い癖がある。
お前の前で自然体でいられるというなら…あいつをよろしく頼むぞ、赤也」
思わぬ言葉に俺も赤也も一瞬理解できなかった。
「は…はいっっ!!」
だが先にその言葉の意味を汲んだ赤也が、大きく返事した。
「喉が渇いたな…コーヒーでも買ってこい」
「え?俺入れてくるよ?」
「面倒だろう。ほら、何でも好きなの買ってこい」
そう言って父君が財布を渡すと、この家にいた頃いつもそうしていたのか
縁側から出て、置いてあるつっかけを履いて出て行った。
残された俺の方を見て、先程まで赤也が座っていた座布団に移るよう手招く。
「……何か…俺に話が?」
「鋭いな」
わざわざ赤也を使いに出したのだ。
そう考えるのが自然だろう。
「私は仕事で家を空けてばかり、家内はあんな調子で蓮二も赤也には甘くてなかなか躾が行き届いてなかったと思っていたが…
君のように叱ってくれる存在がすぐ側にいるのはありがたいな」
胸中複雑だったが、頭を下げ礼を言った。
蓮二の親から見ても俺は父親のように見えているのだろうか。
先程笑ったのもその所為か、と思いつく。
「赤也は随分と大人になったな…それも君のおかげか?」
「いえ、蓮二の存在が大きいです。赤也も自分で言っていましたが…まだ未熟な部分も確かにあります。
テニススクールでも試合でも喧嘩ばかりしてますし…」
「…その辺は変わらないな」
「俺は現場に居合わせる事が多いので即行動に移せますが、いつも一緒な訳ではありませんから。
ですが最近はカッとなった時は蓮二の事を思い出すようです。心の堰になっているのでしょう」
「なるほど」
そして他の連中の影響も大きい。
実際叱る立場にあるのは俺が多いが幸村たちの影響も大きいだろう。
だいたいにして、幸村の方が赤也には厳しいような気がする。
甘やかしている部分も多いが、絶望の淵に叩き落すような事もよく言っている。
俺の場合は口煩い事を毛嫌いしているようだが、幸村は違う。
赤也も本気で恐れ戦いているのだ。
「今テニスのプロを目指しているらしいな」
「はい。来年には高校受験もする予定です」
「ほう…あれに勉強を教えるのは骨だろう」
「ええ…まあ…」
蓮二と同じような事を言っている。
昔から相当成績が悪かったのだろう。
「最初友達と暮らすと聞いた時は心配だったが……何の、取り越し苦労だったようだな。
君のような人が側にいるなら安心だ」
「いえ…そんな」
「これからもあの二人を見守ってやってください」
そう言って頭を下げられ、気付いた。
この家は針の筵ではあるが、二人の味方はちゃんといるのだ、と。
暗くなる前に柳邸を後にし、帰路に着いた。
「よかったな、赤也。理解が得られて」
「けど…ちょっと釈然としないとこもあるっス」
真剣に言った事を笑われた事を言っているのだろう。
「そう言うな。殴られて家を追い出されても不思議ではないんだぞ」
「解ってるっス…」
何故父君があれほどにも理解を示してくれたのかは解らない。
だが事態が悪展開とならなくて本当によかった。
この二人が再び離れ離れになるなど、許されるべきではない。
「蓮二は必ず帰ってくる」
「そう信じたいっスね」
「信じてやれ」
あいつの帰る場所はお前だけなのだから。