浄玻璃ノ鏡2

それはまだ京に都があった頃の話だった。  
京の中心部から遥か離れた山間部の小さな集落、そこから更に少し離れた山間にあまりそこに似つかわしくない程に大きな寺があった。
そこには住職を始め数人の僧が寝食を共にしている。
そして数ヶ月前、もう一人若い僧がそれに加わった。
名は銀といい、若いが信心深く辛い修行にも辛抱強く耐え抜いていた。
更にこの寺にはもう一人、寝食を共にする少年がいた。
「しはーん!」
寒風吹きすさぶ庭で枯葉を掃いていると、本堂の方からぱたぱたと足音が近付いてくる。
銀は落としていた視線を上げ、声のする方へと向けた。
「どないしはった。そんな薄着で出たらあかんやろ」
「ごめんなさい…師範の姿見えたから嬉しなってもーて」  
いつもは仏のように大らかな表情を見せる銀が珍しく険しい顔になるのを見て、駆け寄ってきた少年は態度を萎れさせた。
叱られた子犬のようになってしまった事に慌てて言葉を足す。
「ああ、すまんな。つい心配になって強うに言うてしもたんや。光が悪い言うてんやないで」  
銀は首に巻いていた分厚い襟巻きを光と呼んだ少年の首にかけてやった。
銀の温もりの残る襟巻きを口元に当て、光は嬉しそうに顔を綻ばせる。  
光は銀がここにやってくるより一年程早くこの寺へとやってきていた。
親を亡くした為にここの住職に引き取られたと聞いていたが、それ以上の事は何も知らない。
だが銀を師範と呼び、慕ってくれている光を彼はとても可愛がっていた。
「何や用あったんちゃうんか?」
「せやから姿見えたから来ただけですって。あ、邪魔でしたか…?」
「いや、そんな事あらへん。……せやな、そしたらちょっと手伝うてくれるか?」
「はいっ!」  
普段は誰が相手であっても、たとえこの寺の住職であったとしても、横柄な態度を改めない光であったが、銀が相手であれば途端に素直になり、年相応の笑みを見せる。

銀は笑顔の戻った光に塵取りを渡し、手伝うように頼んだ。

光は可愛い。
とても可愛い、好ましいと感じていた。
だがそれは純粋な、ただ己を慕う者への親愛の情ではない。
これは劣情であると銀は薄々感づいていた。
この思いは絶対に気づかれてはならない。
光は本当に純粋に自分を慕ってくれているだけなのだ。
このように汚れた思いを晒してはきっと彼は自分に絶望して離れて行ってしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
その為にこの思いを胸に秘め続ける事など造作の無い事だった。


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