Home Sick Child16

精市へ

今まで世話になった。
弦一郎が帰ってきてこれで何の心配もなくなったわけだ。
だから俺は帰るべき場所にかえる事にした。
あの日拾われたのがお前でよかった。
どんなに追い詰められてもお前たちがいてくれたから馬鹿な事を考えずに過ごせた。
俺がお前たちにどれだけ救われたかなんて、顔を見ては絶対言えないから
黙って帰る事を許せ。
今までありがとう。
これからもお前たちは俺にとって一番大切な友達だ。
忘れないでくれ。
ではな。

追伸;
俺と弦一郎の間には何もなかった。
この俺を前に萎縮するような浅薄男の童貞はお前にくれてやる。







「蓮二…帰ったのか……?」
数日後。
蓮二が我が家を去ったと知った時、幸村は酷く取り乱した。
何度も何度も謝るのだ。
何度も何度も繰り返し。
それを、ただ抱き締めてやるしかできない。
蓮二が残した手紙の存在を教えてやろうにも、幸村の耳には届いていない。
「蓮二…俺があんな嘘をついたから愛想つかしたのかな……俺の側になんていたくないって……」
「幸村違う!!蓮二にはちゃんとお前の気持ちは解っている」
「ハハッ……自分の為に人を欺く事なんて何でもないって思ってたけど後悔しか残ってない」
「大丈夫だ幸村。お前の優しさに……あいつはお前に救われたんだ。自分に正直なお前の本当の優しさに…嘘で取り繕った俺の優しさなどではない…お前に……だから自分を責めるな」
俺がずっと側にいるから。
その言葉にようやく落ち着きを取り戻したが、幸村は腕の中で、ずっと泣いていた。
初めて出来た友と呼べる人。
そんな大切な相手を、裏切ってしまったという事が心に重く圧し掛かっているのだろう。
そうではない、お前の気持ちはちゃんと伝わっている。
きっとまだ、お前を大切な友達だと思っているだろう。

あいつは、帰るべき場所に帰っただけなのだから。








精市の言いたい事はよく解った。
何を望んでいるかも。
精市は、利用したのだ。
行きずりの男を。
ただそれだけ。
誰よりも大切な存在の、何よりも大切な夢を叶える為に。
今までの自分なら利用されてしまった事で怒りに満ちていたかもしれない。
それがないのは、たぶんあの嘘の無い瞳の所為だ。
精市はいつも本音で話してくれた。
友達だと、そう言ってくれた。
そんな胡散臭い一言でさえ信じられる。
そして、何より喜んでいる自分がいた。
精市がどんなつもりでいたにせよ、喜んでいるのだ。
初めて出来た、あいつ以外の心許せる存在を。
だからこそ、今だから、帰ろうと思えた。
どんなに押し殺そうとしても、湧き上がる気持ちを抑えることなんて出来なかった。
そしてこんな気持ちのまま、あの瞳を誤魔化し続ける事なんて出来ないと悟ったから。

帰るべき場所は、ここじゃなかったのだ。
だが、振り返ればきっと、彼らはまた両手を広げて待っていてくれる。
都合のいい考え方かもしれない。
それでも素直に、本当に心からそう思えた。

俺の帰るべき場所、それは。
駅前商店街。
少し離れた路地裏。
住宅が密集する中。
小さな2階建てアパート。
階段を昇り、一番奥の部屋。
傾いた夕陽が室内を真っ赤に染めている。
いつもお前が座っていた場所。
離れていた空白の時間が急速に埋められて行く。
俺は玄関に立ち尽くし、お前はその向かいにある窓にもたれかかり、こちらを見つめている。
逆光で顔は見えない。
ただ声が聞こえる。
「おかえりなさい」
そう、帰るべき場所はここにあった。
変わらない声が俺を迎え入れる。
もう逃げない。
逃げられない。
いや、逃げる必要もない。
赤也にとっても、俺が帰るべき場所だったのだから。
そう思い、俺は、静かに口を開いた。

「ただいま」

【終】

 

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