Home Sick Child1


『アンタは俺から逃げられない、絶対にね』
そう言ったお前の瞳は
酷く冷たい色をしていた―――



レンジ
レンジ
起きな もう朝だ


軽く揺さぶられ、目をこじ開けた。
酷く目覚めの悪い夢を見ていたらしい。
体中どこもかしこも汗びっしょりだ。
そして目の前には、心配そうに瞳を揺らす精市がいた。
「どうした?朝だよ?ご飯できたから真田が呼んで来いって」
「あ…あぁ…」
曖昧な返事を返す事しかできない。
今もあの鋭い眼光に睨まれたままのような気がする。
どこからか監視されているような、それは己を追い詰めるには十分すぎる妄想。
精市はまだ半分夢に支配されている顔を覗き込んできた。
「蓮二?起きてますかー?」
「起きてる…よ」
ゆっくりと体を起こし、体を覆っていた布団から出た。
相変わらず精市は心配そうに後ろから顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だ。心配ない…少し怖い夢見ただけだから」
「何?どんなの?」
そう言って覗き込んでくる綺麗な瞳。
強く気高く、硬質なガラスで出来たようなゆるぎない焦点。
この瞳から逃れる事はできない。
一度見つめられれば金縛りにあった様に身動きができなくなってしまう。
そしてこの瞳に、どれだけ救われたことか。
彼に拾われてから。
「蓮二?ほんとに大丈夫なのか?真田には俺から言っておくからもうちょっと寝ていろよ」
はっと我に返ると精市が身を屈めながら顔を覗き込み、本当に心配そうな表情を浮かべている。
彼がこうしてあからさまな表情に出す事は少ない。いつも微笑んでいるからだ。
「いや…大丈夫。腹が減ってるからボーっとしていただけだ」
安心させるように口角を上げればようやくいつもの笑顔を見せた。
「そうか。今日はな、俺も早起きして手伝ったんだ。朝飯作るの」
「……それに対する品質保証はあるのか?」
「どういう意味だ、それは」
そうして軽いやりとりを交わしながらダイニングに向かう。
ガラスの張られた扉を開けると朝食のいい香りが鼻をくすぐった。
「おはよう蓮二」
その中からする声は芯の通った力強いもの。
「おはよう弦一郎」
小さく返事を返すと精市が急かすように背中を押し、席に座らせた。
「ほら座って座って」
湯気が立ち上る真っ白な皿を前に席に着き、遅い朝食が始まった。
途中交わされる何気ない会話が好きだった。
穏やかに流れる時間が好きだった。
そして。
目の前に居る二人の幸せそうな顔を見るのが、好きだった。
厳しい仏頂面から時折漏れる弦一郎の優しい表情が。
精市の幸せそうな表情が。
この二人の全てがうらやましかった。
精市は優しかった。
弦一郎も優しかった。
二人とも親身になって心配してくれた。
そして行き場のない寂しさ、哀しさ全てを包み込んでくれた。
でも、ここは本当に自分の居るべき場所なのだろうか。
その疑問に呼応するかのように毎夜、毎夜、悪夢にうなされていた。

【続】

 

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