Glass Castle in a Sanctuary〜サクラメント
§2
「別に気になるわけじゃねぇよ…そんなんじゃねえからな……あいつの為なんかじゃねぇ…俺の為……俺の…」
「何をブツブツ言っている?」
「あ、何でもないっス!!」
「で、頼みとはなんだ?」
俺は久々に会う上役に少しの緊張を覚えた。
真っ黒な長い髪、真っ黒な瞳、真っ黒な服。
そして真っ黒な羽根がびっしりと生え揃った威圧的な大きな翼。
俺達下っ端とは違うオーラがあって近付き難い雰囲気がある。
最高位の、神様より力のある冥府の長である鴉沈様。
何でこんな人が俺の上役なんだろう。
昔っから不思議だった。
管轄内の秩序守る為に尽力してんのは解るんだけど、特定の誰かの上役ってわけでもなかったこの人が。
単に俺が誰の手にも負えない問題児ってだけなんだろうけどさ。
「すんません!こんなお願い馬鹿馬鹿しいって思うかもしんねぇけど…どうーしても過去に飛びたいんっスよ!!」
「過去に?」
確かこの人たちみたいに位の高い者には時空を行き来する力があったはず。
それが本当なら過去に飛べるって事だ。
「何の為に?」
「えーっと……歴史の勉強?」
「……まあいい。お前がどこの誰の為に何をしたいかは知らんが…これをやる」
どこから出したのか、綺麗な極彩色の花を渡された。
「何っスかこれ」
「天中花の一つだ」
確か時空の行き来が出来る能力がある、あの世とこの世の狭間に咲く幻の花。
長く天界やら冥府と関わってるけど天中花ってナマで初めて見た。
目的忘れて思わず興奮してしまった。
「どうやって使うんっスか?」
「胸にでも忍ばせておけ」
「持ってるだけでいいって事?」
「そうだ。天中花は所有者にその力を与え、限界を迎えれば枯れる」
「枯れたらもう今現在には戻れないって事か…」
「いや、そうでもない。俺が迎えに行ってやる」
「そうっスか!」
よかったよかった、と胸を撫で下ろしたのも束の間。
「気付けば、の話だ。期待はするな。それが何年、何十年後になるかは解らない」
「…扱いには充分気をつけるっス」
危ねぇ。
この人絶対冗談なんて言わないからな。
もし過去に飛んだまま放っておかれたら何の為に行くか解らなくなる。
俺はシャツの胸ポケットに花を入れた。
特別何かが変わったわけではない。
力が漲ってくるわけでもない。
いつも通りの俺だ。
物凄い効果を期待してただけに、拍子抜けした。
「…で?どうすればいいんっスか?」
「あとは幻影の時と同じ要領で強く願えばいい。できるだけ具体的にどの時代のどの場所に飛びたいのかを正確に思うんだ」
「解ったっス!」
「初めは不安だろうから俺も一緒に行こう。どこへ行くつもりなんだ?」
鴉沈様は淡々としてて行動は読めないし何考えてるかさっぱり解らないけど、優しい事は優しい。
面倒見もいいし頭の良くない俺にも根気よく付き合ってくれるし。
いきなり過去に飛んで帰って来れないって事態は避けたかったからこの申し出はありがたかった。
「平安時代の京都へ」
「源氏物語でも読んだか」
「はあ…」
読んだのは俺じゃない。
あいつだ。
レンジは母親に買ってもらった源氏物語を読んで、平安時代に興味を持ったらしい。
けど俺はその頃まだ転生前だったから当然記憶にない。
それを伝えると目に見えてしょげ返ってしまった。
何か可哀想になって、上役に縋りついたのだ。
事情を説明したら止められそうだから理由は言わなかった。
でも全部解ってるって顔して協力してくれるみたいだ。
「では西暦千年ぐらいだな」
「うぃーっス!」
俺は言われた通り、鮮明に脳裏に浮かべた。
レンジが見たがった、平安の都へ。
「で、これがどっかの貴族のお屋敷」
「凄い凄い!寝殿造だ!物語のままだ」
戻ってから早速レンジの元へと行き、幻影を部屋いっぱいに映し出してやる。
千年以上も時を遡った甲斐があった。
満面の笑みを浮かべ、景色に見入っている。
本気で喜んでくれているんだ。
「ありがとう赤也!本当にありがとう!」
「これぐらいどーって事ねぇって」
嘘です。
色々大変でした。
上役にも大変ご迷惑をかけました。
でもカッコ悪くてそんな事言えない。
少し気まずくて目を逸らしたが、そんなの気付いてないのかレンジは枕元に置いてあった歴史書を開き始めた。
「本物の十二単が見れた」
「よかったな」
「これと同じだった」
「…うん」
こんなに喜んでくれるのなら実際に見せてやりたい。
俺の目を介したものじゃなく、こいつ自身の目に映してやりたい。
でもそれは許されない事だ。
ここから出られないからこうして俺が見せてやるしかない。
何で俺がこんな歯痒い思いをしなきゃなんないんだよ。
俺が俺の為にやっている事なのに。
「赤也…?どうした?」
「あ…いや…何でもねぇ!ちょっと用あるから帰るわ」
「…そうか……またな」
聞き分けのいいレンジは、こうしていきなり帰っても絶対に引きとめようとしない。
いきなり同僚に呼ばれて仕事に行かなきゃなんない時も、説教が鬱陶しくなって逃げ帰った時も。
そのくせ酷く淋しそうな顔をするから困ってしまう。
俺はいつも通り窓から一旦出た後、階段の踊り場にある窓からもう一度病院内に入った。
周りに誰もいない事を確認すると人の目に触れられる形へと変化した。
何故か昔っから俺には人間に変化する力が備わっていた。
これは位の高い鴉沈様や一部の天上人に与えられるはずのもの。
そりゃそうだ。
冥府の使いにそんなもん与えたら人間界で何しでかすやら、って話だし。
都合よく俺にも神様が振り分けてくれたんだと特に深く考えてなかった。
今回も役に立ってくれそうだしな。
「っと…こんなもんかな」
窓に映るヒトガタの自分を見て、早速小児科と書かれた方向へと歩いていった。
「へぇー…外ってこんな風になってたのか…」
いつも窓から直に行くからレンジの病室しか知らなかったので新鮮だった。
ガラスの扉で一般病棟からは切り離され、出入りが自由にできない状態になっている。
これだったら元の姿のまますり抜けて入った方がよかったか、
と思ったけど丁度いつも病室に来てる看護師が一般病棟の方からこっちに向けて歩いてきた。
チャンスとばかりに駆け寄る。
「すんませーん!ここって入れてもらえる訳にはいかないんっスか?」
「ごめんなさい。まだ面会時間じゃないから…それに…あの、あなたどなたか患者さんのご家族の方?」
「あーえーっと…柳!柳蓮二ってここ入院してんでしょ?」
「ああ、蓮二君のお友達?」
「そう!近所に住んでるんっス。入院したって聞いたから心配になって見に来たんだけど…」
口から出任せだけど相手は信じたみたいだ。
チョロいチョロい。
「そうだったの…蓮二君はご両親以外の面会謝絶だから直接は会えないの…ごめんなさいね、折角来てくれたのに」
「何で?」
そう。
それが聞きたかったからわざわざヒトガタに変化してまでこんな事やってんだ。
レンジは何であの四角い部屋に囲われてんのか。
その理由が知りたかった。
「あなた…蓮二君の病気については何も聞いてないのかしら?」
「あいつ我慢ばっかしてて全然俺に何も話してくんねぇから…」
俯き加減に悲しげに言ったら、同情したのか看護師が話してくれた。
「そう……蓮二君はね、先天性の免疫不全なの」
「って…どういう事?」
「体をウィルスや細菌から守る機能が蓮二君はちゃんと働かないの。生まれた時から。
だから普通の人なら何でもない事で感染症を引き起こしたり炎症を起こしたりして命の危険があるのよ。解るかしら?」
「そういう事か……」
それでその悪いモン排除したあの部屋に閉じ込められて、外にも出られない。
「もうずっと出られないんっスか?」
「ううん。そんな事はないわ。今はちょっと体の調子が悪いから入院してるけど、
元気になればちゃんとまた学校に通ったり遊んだりできるわよ」
「いつ?」
「いつかは…ハッキリ言えないけど……ごめんなさいね、忙しいから」
そう言って逃げるように看護師はガラス扉の向こうへと行ってしまった。
明言できないって事は死ぬのが早いか、回復出来るのが早いかって事か。
俺は人の目を避けるように物陰に隠れて再び元の姿に戻り、ガラス扉をすり抜けてナースステーションへと向かった。
さっきの看護師が他の奴と話してるのを見つけて近付いた。
俺との事が心に引っかかったのか、その話をしている。
「蓮二君のお友達だって子が来てたわ」
「へえ…あの子貞治君以外に友達いたの?」
サダハルって何だ?
今度聞いてみよ。
「ちょっと年上の…近所の子だって。いつ退院できんのかって聞かれて答えられなかったわよ」
「そう…」
やっぱり。
やっぱりそうなんだ。
「いい子なのにね」
「大人しくって他の子みたいに暴れたりしないし薬も注射も嫌がらないし」
騙されてる騙されてる。
「ほんとほんと。それに可愛いし」
騙されてますよオネーサン方。
テンション高くはしゃいでそう言う若い看護師達に思わず呆れてしまう。
しっかりあいつの術中にハマってんじゃん。
でも何故か優越感が心を過ぎる。
本当のあいつを、俺だけが知っているのかと思うと何故か嬉しかった。
「けどだからこそ良くなってほしいんだけどね…可哀想で見てらんない。あんなにいい子なのに…」
だからいい子じゃないって。
俺の前じゃ可愛げのカケラもねぇのに。
「そうねー…このままだと合併症引き起こして無菌室から出られないままだし」
「回復の見込みがないわけじゃないけど……」
「原発性は難しいわ。薬で抑えても根本治療が出来なきゃ同じ事の繰り返しだしね」
話が難しくなってきてよく解らなくなってきた。
早い話がもう二度とここから出られないかもしれないって事か。
どうにかして回復して外に出られるようになんないのかな。
そしたら今よりもっと色んな事してやれるのに。
「…ってだから何で……」
俺の為俺の為。
「何をしている?」
「うぇえええっっいいっっ!!」
いきなり背後から声かけられて思いっきり飛び上がった。
誰かに見られたのかと一瞬ヒヤッとしたが、振り返ったところにいたのは鴉沈様。
「あーびっくりした…いきなり現れないで下さいよ!!」
「どうしたんだ?こんなところで…誰か亡くなる予定でもあるのか?」
「いやあの…」
「…あの子のところか」
半ば呆れともとれる口調で言われ、驚いて顔を上げた。
「えっ…っていうか何でっ…!」
「お前が毎日フラフラとどこに行くか、俺が気付かないとでも?」
「…スミマセンでした……」
お見それしました。
そうだよな。この人が気付かないわけがない。
こうなれば全部話しちまって協力仰いだ方が早そうだ。
とりあえず魂肥えさせて狩ります、って部分は伏せて事情を説明した。
「なるほど。あの者は俺も前から知っていた」
「そうなんっスか?!」
「いかにも悪辣に狙われそうな甘い魂だからな…生まれた時から目にかけていた」
「…って事は…あの子が何で今みたいな事になったのかとか知ってるんっスか?」
「全てを見たわけじゃない。だがある程度の事は見てきた」
鴉沈様の話では、レンジも昔は今ほども体が悪かったわけではなく、少し体が弱い普通の子供だったそうだ。
友達もいて、外で遊びまわって、学校に行って。
けどある時を境に病気が悪化して、以来入退院を繰り返しているらしい。
「最近殊に生気が薄れている……このままでは心の隙を突かれ冥府の使いに魂を持っていかれる事になるだろう」
「…そんな…!!」
「お前……何故そこまであの子を気にかける?己の誇りを忘れたか?」
何故。
何故?
そんなの、俺の、為だ。
俺の。
でも本当にそうなのか、と自問自答を繰り返す。
それは随分と前から心に引っかかっていた事だった。
もう認めてしまった方がいいのだろうか。
本当は全部、あいつの為なのだと。
§3