Love Situation(中篇)

想い人からの電話に嬉しそうにする姿なんて見たくなかった。

とんだ邪魔者のおかげで折角楽しかった気分をぶち壊された。
それを告げたのは、柳さんの携帯電話の着信音。
今日の気分の浮き沈みはコレに左右されてる気がする。
CDショップを出て、エスカレーター横フロアにあるベンチに座ったところで鳴り始めた。
誰からか、なんて。
ディスプレイを見る柳さんの横顔で解ってしまった。
柳さんは一瞬躊躇った後、着信ボタンを押した。
「何だ、弦一郎」
やっぱり。
電話の相手は副部長。
あの人どっかで俺の事監視してんじゃないか?
ムカつく。
早く終われ、早く終われ。
って横から念を飛ばしてたら柳さんの苦笑いを返された。
「大方精市に言われてフォローの電話を、と思ったのだろう」
一瞬の間。
「フッ…案ずるな。俺は俺で楽しくやっている」
「へ?!」
いきなり携帯を突き出されてうろたえる。
大きな声を出してしまったから向こうにも聞こえてしまったようだ。
赤也か、という副部長の訝しげな声が聞こえてきた。
どさくさに紛れて柳さんの手を握って電話を遠ざけ、小声で叫んで抗議する。
「ちょっ…いきなり困りますよ!!」
「休みの日にまで弦一郎の説教は聞きたくないか?」
首が取れそうなぐらい縦に振ると、柳さんは声を上げて笑った。
「そういう訳だ弦一郎。デートの邪魔をしてくれるな」
「デートォ??!!」
『デートだと?!』
副部長…ただでさえ大きな声だってのに、驚いて更に声を張り上げたからバッチリ音盛れしている。
電話の中からする声と俺の声が綺麗に重なった。
「ではな」
何でもないといった風のいつも通りの涼しい顔をして柳さんは相手の返事も聞かずに通話を強制終了させた。
目を引ん剥いて思わず凝視。
「…何て顔をしている。ただの冗談だ。弦一郎をからかう為のな」
からかわれたのは俺の方だ!!
一瞬でも期待してしまった自分が急に恥ずかしくなってしまった。
そして少し憎く思ってしまう。
自分を踏み台にされて、好きな人へささやかな嫌がらせをしたという事に。
でもそれは本当に一瞬だけの気持ちだった。
すぐに目に飛び込んできたから。
ほとんど表情変わらない上一瞬だったけど、見てしまった。
柳さんの、悲しそうな顔を。
「…本当は今日弦一郎と出かける約束をしていたんだ。急に反故にしてきまりが悪く電話をかけてきたんだろう」
「もしかして幸村部長と一緒なんですか?真田副部長」
柳さんと先に約束してたのに、それを破って幸村部長の元へ行った。
会話の流れからして、そうなんだろう。
「どうせいつもの精市のワガママだ。弦一郎を責めてやるな。それにあいつが精市贔屓なのは今に始まった事ではない」
アンタどこまでいい人なんだよ。
くっそー…何かムカつく。
幸村部長って人がありながら柳さんをずっと傍らに置いたまま。
何ていうか…両手に花?
「どうした赤也…眉間に皺が寄っている」
幸村部長と柳さん両腕に抱えて高笑いする真田副部長を想像して、うっかり激高してしまった。
危ねぇ危ねぇ…妄想してる場合じゃねぇよ。
「そんな事よりお前は見たい店はないのか?」
「え?あー…えっと…あ!そうだ!姉貴に頼まれてたんだ!」
ヤベェ!すっかり忘れていた。
買って帰らなかったら殺される。
このブーツ履いた状態で足切られちまう。
ポケットに突っ込んだままにしてあったフロアガイドを慌てて取り出してその店名を探し当てた。
「何かここのクッキー買ってこいって言われて」
「そうか。なら次はここに行くか」
「すっげー並んでるって聞いたんっスけど……」
「話でもしていればすぐだろう。長い時間を待っていても今日は二人だ」
この人ほんと俺の扱い上手ぇなあ…
さっきまでのヤな気分吹っ飛んだ。
そうだったそうだった。
今日は二人…とそこまで考えてまた顔がニヤけた。

店の前には想像してたより短い列が続いていた。
それでも待ち時間三十分は固いだろうな…
辺りには甘いいい香りが漂っている。
行列に並んでる客相手に、エプロン姿の店員が小さな包みに入った試食品を配っていた。
それを受け取って、口に入れる。
「ウマっ!何これっ」
「ほう…噂に違わぬ美味さだな」
俺は甘いモンでも何でも好きだけど、柳さんはこういう甘い物苦手そうなのに嬉しそうに食べている。
「俺も買って帰るか。いい御茶請けになる」
「って…茶道の?そういうのって和菓子じゃないんっスか?」
「そうだな。しかし格式張った茶会でなく楽しむ為なら特に気にしない。俺はな」
「へー」
意外とサバけてんだ、この人。
真田副部長は一切の妥協も許さん、って感じだけど柳さんは割と融通きくとこもあるし。
って考えてまたヘコんだ。
くっそー忌々しい…いちいちセットになって出てくる真田副部長が。
それぐらい一緒にいるんだよな、部長と、副部長と、この人は。
俺には絶対割り込めない三人だけの空気がある。
「赤也」
「ふぇ?!」
突然眉間を人差し指で押さえつけられ、思わず顔を跳ね上げた。
「皺」
「あ……」
ヤッベェ…また不機嫌な顔になってたんだ、俺。
「どうした?何か気に障る事でも…」
「ちっ違っ…!!違う!ありえないし!」
「そうか。よかった」
他の事考えて不貞腐れてる場合じゃない。
今この人の目の前にいるのは俺なんだから。
そう考えて余計な思考はさっさと絶ってしまう。
「それにしても横暴だぜ姉貴の奴……」
「何か弱味でも握られて脅されたのか?」
今朝あった出来事を話すと、柳さんはおかしそうに笑い声を上げた。
「お前は姉に頭が上がらないのだな」
「ありゃー鬼ですよ、鬼。柳さんもお姉さんいるんっスよね?似てますか?」
「顔はあまり似ていないな。俺は母親似で姉は父親似。父と母は正反対のタイプだから……ほら」
柳さんはカバンから手帳を出してそれに挟んであった写真を見せてくれた。
今より幼い感じの柳さんと、すっげー美人が一緒に写った写真。
「こっこれ柳さんのねーちゃん?!」
確かに顔は似てないけど、柳さんが日本人形ならお姉さんはフランス人形って感じ。
はっきりした顔立ちの、風の吹き抜けるような美人っつーの?
超が100個ぐらいつきそうな美人。
柳さんとこの人と二人で歩いてるとことか見たら、彼女と勘違いして絶対落ち込んでた。
「似てないだろう?」
「似てないけど…すっげー美人っスね……うちの姉貴と交換して下さいよ」
「そうだな…姉は内向的で積極性に欠けるところがあるからお前の側にいれば少しは明るくなるかもな」
柳さんは写真を手帳にしまいながらそんな事を言って笑った。
……それって俺が落ち着き無くて五月蝿いって事か?
まあ間違いではないけど。
けど柳さんの年不相応な落ち着きが何となく理解できた気がする。
家中あんな人間ばっかならガサツに育ちようもない。
うちは…無理だな。
あの親、あの姉、だし。
どうしてお前はそう落ち着きがないんだって俺一人悪いように責められるけど、少なからず家族の影響ってあるはずだ。絶対。
「…その靴、お前のではなかったのだな」
「へ?何で?」
「いや、似合っているから」
ハイ、姉貴から買取決定。
…借りパクなんて絶対させてもらえないだろうし。
それこそ足ごとちょん切られちまう。
8割引値段とやらに多少色付けしてもいい。
褒められた。
褒められた。
柳さんに褒められた。
けど服とか靴とかあんま興味なさそうなのに、意外と見てるんだ。
と、ぼーっと横顔見上げてたら
「どうした?」
「なななな何でもないっス!!」
いきなり顔近づけてこないでください!!
そんで覗き込まないでください!!
この人ほんと心臓に悪い……
「おかしな奴だな」
返す言葉もないです。
そんなやり取りをしているうちに列は進んで、あっという間に順番が回ってきた。
思ってたより早く買えてよかった。
店のロゴの入った紙袋を手に列から離れ、一息つく。
「もうこんな時間か…腹は減っていないか?赤也」
えっ嘘っ
携帯の時計を見て驚いた。
昼時も過ぎてすでに一時半。
いつもだったら十二時過ぎたら腹減って死にそうな思いしてんのに。
脳ミソの占める割合が柳さん100%だったからな…全然気付かなかった。
「いつもは昼を過ぎれば五月蝿いぐらいに腹が減ったと言うお前が何も言わないから具合でも悪いのかと心配したぞ」
「何っスかそれ…」
「今日付き合ってもらった礼に昼は奢ろう。何がいい?」
「えっ!そんなっ…悪いっスよ!!」
こんないい思いしてんのに、その上お礼とか必要ない。
むしろこっちがお礼したいぐらいなのに。
「遠慮するなんてお前らしくない。何がいい?お前が好きなのは焼肉と寿司か。昼間から肉は少し重いな……寿司でいいか?」
「マジでそんな気ぃ使わないで下さいよ!」
「気など使ってない。それとも他に食べたい物があるのか?」
「いや…そうじゃないけど」
「なら遠慮するな。どうせ回転寿司のランチタイム価格1200円、時間90分の食べ放題だ。味には期待するなよ」
そう言ってさっさと歩き出してしまった。
えーっ
えぇーっ
好物と大好きな人のダブルコンボなんて、いいのか?
後で大どんでん返しとかは無しにしてくれよ。
そんな訳の解らない事で疑心暗鬼になっていて無言になってしまった。
全席カウンターの店内で並んで座って、様子のおかしい俺に気付いた柳さんが再び心配そうに顔を覗きこんできた。
「どうした?部活が終わった後は何か奢れとよく騒いでいるではないか」
「いや…何か制服でもジャージでもないから別の人といるような気分っスよ」
「そういえばこうして休日に会う事はなかったからな…しかしどんな恰好をしていても俺は俺だ」
「そうなんっスけどね…」
「言わせてもらうが俺もそうなんだぞ」
「はい?!」
飲みかけていたお茶を鼻から吹き出しそうになった。
いきなり何言い出すんだこの人。
「いつもの赤也じゃないみたいで新鮮だ」
あっぶねぇ!!
吹き出さなかったけど緩んだ口元から漏れてきた。
慌てて湯飲みを持っていない方の手でそれを拭った。
「いつも私服はそんな感じなのか?」
「はあ…まぁ出かける時はこんな感じですかね」
嘘。
もっと適当なカッコでウロウロしてる。
家にいる時なんてもっとひでーカッコしてるし。
絶対この人には見せたくない姿だ。
つっても今日も急だったからちょっと小奇麗程度なカッコしか出来なかったけど。
「似合いませんかね?」
「いや、よく似合っている」
心の中で大きくガッツポーズ。
柳さんはお世辞とか言うタイプじゃないし、思ったことズバッと言うからほんとに褒めてくれてんだ。
「そのジャケットもいいな」
「あーでもこれ量産品の安物っスよ」
テーブルの下に突っ込んださっきまで羽織っていたジャケットを広げてみせた。
お袋が勝手に買ってきたものだけど、黒で着回しが利くから最近頻繁に着てる。
「間服に丁度いい…俺も一着欲しいな、そういったジャケットが」
「マジっスか?!」
チャンス!
お揃いの服を着るチャンスだ!!
「なら同じ店ここにあるし、後で覗いてみましょうよ」
「ああ。しかしまずは腹ごしらえだ。沢山食べろよ」
「うぃっス!!」
ああもう…!!すでに幸せで腹いっぱいだ。

制限時間を三十分残して腹も胸もいっぱい状態で店を出て、さっき言ってた服屋に行った。
季節物だしもう売ってなかったらどうしようって思ったけど、まだ商品は山のようにある。
が、この人のサイズってあるのか?横は余裕だろうけど縦がなぁ…
「これか…あ、白もあるのか」
ダメだ!色違いとか…同じやつがいい!!
「けど着回し利くのは黒っスよ!白は汚れやすいし」
……あー必死になってカッコ悪ぃー俺…
けどそんな俺の勧めを聞いて柳さんは俺の着ているやつより一つ大きなサイズの黒のジャケットを羽織った。
似合ってる…けどー……サイズが。
丈は丁度いいけど胸、腰あたりに布が余ってる。
この人スポーツマンのくせに腰とか腕とか細すぎだよな。
痩せてるってわけじゃないけど引き締まりすぎてるっつーか…
いつも横にいるのが筋肉ダルマみたいな副部長だからだと思ってたけど単品で見ても充分細い。
背高いし何かモデルみてぇ。
って…やべっ
一点凝視してたら怪しまれる。
案の定眉顰めてる。
「…少し大きいか?」
側にあった鏡で姿を映しながら、鏡越しに俺を見て訊ねてくる。
「上着だったらそんなもんなんじゃないっスか?」
「そうか…」
迷っているように見えたので、もうひと押し。
「似合ってますよ。マジで」
あまり下心むき出しに鼻息荒く主張しないように、でも強い調子で言うと柳さんは顔を緩めた。
「お前がそう言うなら買うか」
よしっ!やった!!
思わずやってしまった小さなガッツポーズを見られてしまった。
そんな俺を見てフッと唇の端を上げて、柳さんは心掻き乱す一言を残してレジへ向かった。
「これでお揃いだな」
俺、今なら幸せ死できる。

買物して飯食ってまたブラブラと店見て回って。
何か…ほんとにデートみたいだ。
けどさっきからちょっと元気がないように見える。
元々口数も少ないし、俺が一方的に話しかけてる事が多いからいきなり無言になっても別に何てことないんだけど。
疲れたのかと思ったけど、どっちかっていうとうわの空って感じ。
原因は解っている。
さっきまた鳴った携帯電話だ。
短い音だけが鳴って、すぐに切れた。
メールだった。
柳さんはそれを見て、すぐに携帯を鞄に入れてしまう。
「返信しないんですか?」
って聞いたら
「迷惑メールだ」
って返って来た。
けど、それが迷惑メールでない事ぐらい俺にだって解った。
一緒にいる俺に遠慮してるのかと思ったけどそれなら後で返す、って言えばいい。
こんな風に嘘を吐かせる相手なんて一人しかいない。
またあいつに邪魔をされた。
ある意味迷惑メールには変わりない。
メールの内容までは解らないけど、それが柳さんをヘコませたのは解る。
どうしよう。
聞いたらもっとヘコませちまうかな。
っていうか上手くはぐらかされてしまうかもしれない。
口でこの人に勝つ事はできないし。
どうしよう。
何とかしてまた元気になってほしい。
俺が何とかしてやりたい。
さっきまでみたいに楽しく笑い合いたい。
でも俺が出来る事って限られてる。
この人何が好きだっけ?
何か好きな事とかしたらヤな事忘れれるよな。
っていうか俺だけなのかな、そんな単純なのって。
えーっとこの人が好きなのって…読書?
何かいっつも難しい分厚い本読んでるイメージがある。
あとは書道とか…
ってダメだダメだ。
どっちも真田副部長連想させるキーワードじゃねぇか。
けど他に思いつかねぇーっ!
「あ」
「どうした?」
黙りこくって無意識にウロついてるうちにたどり着いたのは、フロアの端にあったゲーセン。
派手な電飾が施されていて、この人には全然似合わない場所。
でも、俺が大好きな場所。
「ゲームセンターか…」
「ねっ!行きましょうよ!今日は堅い事言いっこなしで!」
眉顰めてたけど、俺は無理矢理腕を引いて連れて入った。
「初めて入った」
「マジっすか?!」
柳さんは興味深そうにきょろきょろと見回している。
ほんとに来た事ないんだ…データ取る時の目になってるし。
けどこれでちょっとは気が紛れたらいい。
「お前はどんなゲームが好きなんだ?」
「えーっと……これ!超得意っス!」
格ゲーがずらっと並んである一角。
家でもゲーセンでもよくやってるやつを見つけて椅子に座って財布から小銭を出してコイン投入口に入れた。
柳さんがすぐ背後に立ってじっと見てるのが画面に映りこんでる。
うわっ…キンチョーする……
試合ならじっと見られても何ともねぇのに。
いつもより手の動きが悪い。
思うように動いてくれねぇ。
けどいいとこ見てもらわねぇと、と思って派手な技で次々KOキメていく。
柳さんの感嘆の声が聞こえてきた。
「っしゃーオールクリア!!」
「上手いな、赤也」
いつの間にか隣の機械の椅子に座った柳さんの顔がすぐ近くにあった。
思わず仰け反る。
「テレビゲームなんて目が悪くなりそうだと懸念してたが…動体視力を鍛えるにはよさそうだ」
「あ、柳さんもやってみます?」
「俺には合わん」
確かに。
柳さんはまた周りを見渡しながら奥へと歩いていった。
慌ててそれを追いかける。
「…っっとと…」
急に立ち止まるから背中にぶつかってしまった。
「どうしたんっスか?」
視線の先にはクレーンゲーム機。
カップルがはしゃぎながらぬいぐるみを取ろうとしている。
何度か挑戦したけど結局取れなくてどっか行ってしまった。
「…あと1.3センチ」
「は?」
「あのクレーン。あと右に1.3センチ動かしていれば取れていたぞ」
そう言ってすたすたと歩いて行ってしまった。
この人今の一瞬で頭の中に数式はじき出してたのか?!
こんなもんまで科学してるのか?!
ただのゲーム機だぞ?!
お金入れて、すっげー真剣にガラス越しにぬいぐるみを睨んでいる。
あまりの気迫に声もかけられない。
しばらくすると取り出し口に手を伸ばして中からデッカイうさぎのぬいぐるみを取り出した。
すげぇ!マジで取れたんだ。
「赤也」
それを持って近付いてきた。
「取れた」
って、嬉しそうにぬいぐるみ頬につけて可愛い顔して無邪気に微笑まないで下さい!!
ほんとアンタ何狙ってんっスか!
違う…無意識だ!天然だ!!怖ぇ!!
そして後ろ向いて鼻血出てないか確認。
「……どうした?」
「い…いえ…何でも…」
よかった。
顔に何か生温いモンが流れたから一瞬焦ったけど、鼻血でなく汗だった。
「しかしこういうのは取るまでの過程が楽しいのであって大して欲しい物でもないな」
「そんなもんなんじゃないっスか?」
いるか?って聞かれたけど、流石にぬいぐるみは…
柳さんがくれるっつー付加価値差し引いてもなぁ……
俺がこんなの部屋に飾ってたらお袋や姉貴に何言われるか。
乗り気でない俺を見て、柳さんはカバンにそれを突っ込んだ。
耳がはみ出した状態だが、あまり気にしてないみたい。
俺は柳さんが部屋にこれ飾ってるとこ想像して、また鼻血垂れそうになった。
けど実際のとこ持って帰ってどうすんだろ。
さっき写真で見た美人の姉ちゃんにあげるのかな。
「ぬいぐるみ以外他には何があるんだ?」
「そうっスねー…最近はお菓子とかおもちゃとか…あ、ゲームとか入ったやつもありますよ。ホラ」
空箱を積んであるだけで、それが取れたら後で商品と店員に交換してもらうシステムのクレーンゲーム。
小学生の子供に強請られて、PSP本体を取ろうとしているお父さんがいる機械を指差す。
ああいうのって大抵客引きの為に入れてるから取れないんだよな…
さっきのカップルと同じように、そのお父さんも結局取れなくて泣きじゃくる子供を引きずるようにどっか行ってしまった。
「そうか…」
「へ?!」
また真剣な顔をしてじっとガラスの中を見ている。
さっきからブツブツと口の中で数字を繰り返し呟いてる。
まさかとは思うけど…また頭ン中数式だらけになってんじゃねぇか?
小銭を入れて取ろうとしたけどさっきのぬいぐるみのようにはいかないらしく、何度か挑戦してる。
その度データを更新してるのか、確実に商品は穴に近付いてきている。
最初は無理だろうって思って見てたけど、だんだん俺も期待し始めた。
そして1400円投資したところでゲットできた。
「っしゃァーっ!!やりましたね!」
柳さんは派手に喜ぶタイプじゃないけど、俺は思わず声を上げてしまった。
っていうかこの人PSP取れたって事より自分の計算が合ってた事喜んでそうだ。
俺の声を聞きつけてやってきた店員がその空箱を商品に替えてくれたけど、それに対してはあんまり喜んでねぇし。
「ほら」
「……はい?」
いきなり目の前に突き出されるPSP。
対応しきれず思わず目を剥いた。
「ゲーム、好きなんだろう?」
「だって…え?くれるんっスか?!」
「持っているのか?」
「持ってないっスけど…マジでいいんっスか?!」
これは今年の誕生日に強請って買ってもらうつもりをしていた。
だからまだ持っていない。
原価がかかってないとはいえ、こんな高価な物をあげるって言われても。
「俺が持っていても宝の持ち腐れというやつだ」
「あ…じゃあ俺ゲーム代出しますっ」
本体の値段は払えねぇけどこれに投資した分ぐらい出さねーと。
ポケットから財布を出して金を払おうとしたけど、柳さんはやんわり制した。
「いい。これは礼だ」
「礼?でもさっき昼飯も奢ってもらったしっ」
「出よう。少し静かな場所に行きたい」
「柳さんっ!」
話が噛み合ってない。
でも表情を見てこの喧騒が嫌なのは解った。
ゲーセンからは直接外に出られるらしく、柳さんは人ごみを避けるように建物を出た。
途端にする潮の香り。
このショッピングモールのすぐ裏は海に繋がっていた。
浜辺があるわけではなく、高い防波堤に阻まれた鉛色の海が遠くに見えているだけ。
隣はゆるい階段になっていて、何組かがそこに座って夕日の映り込む海を眺めている。
柳さんは無言のまま夕凪の海をぼんやり眺め、ゆっくりと石畳の上を歩いていった。
俺は声がかけられず、少し離れた場所を後ろからついていく。
「……さっきはありがとう」
足を止めて胸の高さまであるフェンスにもたれかかり、柳さんは俺に顔を向けないまま呟いた。
何に対する礼なのかが解らない。
この言葉も、無理矢理手渡されたPSPも。
「あの…」
「さっき、俺の様子が少しおかしかったから気を使ってくれただろう?」
「いや…その…」
柳さんはいつだって周りに気を配り、部長や副部長と共に部を導いてくれる存在。
些細な空気の変化にだって敏感なこの人が、俺の解りやすい変化に気付かないはずがなかった。
俺がオロオロして考え巡らせてるのなんてお見通しだったんだ。
「一生懸命俺の事を励まそうと…色々考えてくれたんじゃないか?」
「……でも俺…何もできなかったし」
そう、結局何も出来なかったけど。
考えたけど、どうすればいいのか解らなくて。
ゲーセンだって結局は俺一人楽しんだだけだし。
「いや、俺は何かをして欲しかったわけじゃないんだ。ただお前の気持ちが嬉しかった」
「……っス…」
逆に気ぃ使わせちまったかな…
何か俺、今日一人でカラ回ってる気がする。
カッコ悪い。
少し間をおいて柳さんの隣りに立ち、俯いて波の揺れるのをじっと見つめた。
顔を上げられない。
声をかけられない。
しばらく無言の時間が流れ、不意に柳さんが俺の頭を撫でた。
「楽しかったな、ゲームセンター。ただ五月蠅いだけの場所だと思っていたが案外楽しめた」
「え?」
「また行こう」
落ち込む俺を励ましてくれてるんだ。
いつも以上に優しい声で言われて、俺の中の嫌な部分が刺激されてしまう。
「けど真田副部長に何言われるか…」
って自分から言ってどーすんだよ!あの人の名前!!
思わず言ってしまって大後悔。
この人にも嫌な思いさせちまったんじゃないか、と焦って顔を上げた。
でも柳さんは悪戯っぽく笑ってこう言った。
「あの小うるさい奴には内緒でな。俺とお前、二人の秘密だ」
俺の心を動かす一言を、この人はよく解っている。
一瞬で浮上した。

後篇

 

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