Love Situation(後篇)
再び静かな時間が流れた。
普段は煩いって怒られるぐらい饒舌な俺だけど、柳さんと一緒の時は無言の時間が苦痛じゃない。
間が持たなくて何か喋らなきゃ、って気が全く起きない。
どうでもいい事喋って笑い合ってても楽しいし、何も言わずただ同じ空気吸ってるだけでも構わない。
一緒にいられるだけでいい。
俺だけがそんな風に思ってるだけなのか?
退屈だ、とか思われてたらどうしよう。
何か喋った方がいいのかな?
けどフェンスに頬杖ついてさっきからぼーっと海眺めてるし邪魔しない方がいいのか?
何考えてんだろ。
横顔盗み見ても、いつもと変わらない顔をしている。
何も考えてないって事はなさそうだけど…
もし真田副部長の事考えてるっつーんなら、かなりヘコむ。
冗談じゃねぇ。
横に俺がいるのに。
俺の片想いの場合、好きになってもらうとか、気持ちを伝える、より前にやらなきゃなんない事がある。
それはこの人に俺の存在を認めさせる事。
居ても居なくても変わらない、とか(これはないと思うけど)
ただの後輩、とか(大いにありそうで嫌だ)
そういう代わりの利く様な事じゃなくて、俺を必要としてほしい。
もっと俺を見てほしい。
ダメだ。
このまま黙ってたらマジで俺の事忘れられそうな気がする。
やっぱ何か話そう。
「赤也」
あの、って言おうとして息吸ったところで先を越された。
口半開き状態で思わず呆ける。
けどとりあえず忘れられてはなかったみたいでよかった。
「今日は悪かったな、急に呼び出したりして」
「え…いえ…」
「先輩からの命令じゃ断れなかっただろう?」
それはない!絶対ない!ありえない!
って腹ん中で上手い事韻踏んで言ってる場合じゃない。
何て言えば伝わるか解らない。
上手く言葉にできなくて、ただ首を横に振ってそれを否定する。
今日ここに来たのは俺の意思だし、もし他の先輩だったら間違いなく断ってたし。
たとえ次の日理不尽な仕打ちを受けようとも、だ。
……まぁ幸村部長あたりの命令だったら従ってたかもしんねぇけど。
でもそれだと嫌々だったと思う。
「それを利用してお前を呼び出したんだ」
…ん?
と、いう事は……
「他の誰も誘っていない。お前に一番に電話をした」
アゴ外れそうなぐらいアホみたいに口開けてしまった。
まさかそんな言葉かけられるなんて思ってなかったから。
予想外の展開についていけてない。
頭フル回転で何とか柳さんの言葉を理解しようと頑張った。
数秒遅れでようやく脳天に達した答えにうろたえる。
「え…えぇっ?!」
誰か他にも誘ってダメで、結局俺に回ってきたんじゃないのか?!
「正直…今日は少し参っていた。気晴らしに一人で出かけようかと思って駅まで行ったのだが…
どうしてもそんな気になれなくてな……ふとお前に会いたくなった」
「俺?!」
どうやって今の会話から俺にイコールが繋がるんだ?!
全く理解できない。
再び脳ミソフル回転。
でもやっぱり理解できない。
「どう言えばいいか上手い言葉が見つからんのだが…赤也といるとすごく楽しい。元気になれる」
俺、今なら時期ハズレの海水浴できそうなぐらい舞い上がってる。
目の前の海に飛び込みそうなぐらい嬉しい。
それってつまり俺が心配してた第一段階はクリアできてたって事じゃん。
何でかはよく解ってねぇけど。
「お前は俺といては退屈だろう?無理につき合わせてすまなかった」
ない!絶対ないっ!ありえない!!
楽しくて嬉しくてしょーがねぇのに!
「無理なんて思ってないっス!ほんとに楽しかったっ」
今度はちゃんと言えた。
上手くは言えてないけど。
「そうなのか?いつもの勢いがないから心配したぞ」
「それは…」
二人きりで何か変にキンチョーしてたし。
いつもはその他大勢が周りにいる状態で、特に幸村部長と真田副部長は常に柳さんに張り付いてるからな…
こんな長く二人きりって、初めてじゃないか?
「今日だけじゃない。俺と二人で居る時お前の口数が減る確率が高いのが気になっていた」
うぇええ?!やっぱ気になってたんだ!!
…っていうかそれって俺は喋ってねぇとダメだって事か?
「俺が静かなのを好むから無理に合わせているんじゃないか?」
「ないっ!それはないっ!!」
「お前が大人しいと腹でも痛いんじゃないかと心配になる」
この人俺の事何だと思ってんだ…
「…俺だって色々考えてんっス…いつもいつも騒がしいわけじゃない。
柳さんと一緒の時は…別に他の奴と居る時みたいに騒いだりしなくても充分楽しいし」
「そうか。今日はお前のデータが色々更新された」
「何のデータ取ってたんっスか?!」
「さて?どうだろうな」
怖っ…薄笑い浮かべて何企んでんだ。
けど嫌な気分じゃない。
どんな形であれ、俺の事もっと知ってほしい。
……まあ俺の不利になるような事はできれば目ぇつぶってて欲しいけど。
「……もう一つ…謝りたい事がある」
さっきまでの楽しそうな様子からは一転、ワントーン低い声で呟いた。
一瞬何を言っているか解らなくて思わず聞き返す。
「え?何…」
「お前に嘘をついた」
「嘘?」
柳さんは一瞬何かを考えるような素振りを見せた後、ウサギの覗くカバンの中から何か袋を取り出した。
それはさっき行ったCD屋の袋。
でもおかしい。
プレゼントにするには質素で味気なさ過ぎる。
何の包装もされず、商品が店名の入った手提げ袋にそのまま入っているだけだ。
このまま家に持って帰って、自分で封を開けるだけのような…
「…プレゼントというのは嘘だったんだ」
「は?」
「これは俺のだ」
「え゙?!」
何だって?!
「従弟へのプレゼントというのはお前を呼び出す口実だ。いくら先輩命令での呼び出しでも何か理由が必要だろう?」
いらないって!
理由とかなく、ただ会いたくなったっつってくれればよかったのに。
そしたら俺もっと舞い上がってただろうけど。それこそ手ぇつけらんないぐらい。
「…俺の嘘から出た話だというのに…お前があまりに真剣に選んでくれていたから心が痛んだ」
柳さんは頭を下げて小さくすまなかった、って呟く。
俺は慌てて肩に手を置いてそれを止めた。
「ちょっ…謝んないで下さい!」
全然怒ってねぇし。謝られる事もされてないし。
むしろお礼言いたいぐらいなのに。
「しかし…」
あーあーそんな悲愴な顔しないで下さい。
何でウソ吐いた方がそんな悲しそーな顔してんだよ。
「ホント、ウソとか理由とかどーでもよくって!今日俺は楽しかったんだし、それでいいじゃないっスか!
っていうか最初から柳さんが自分で使うって解ってりゃもっと色々考えて選んだのに!!」
「赤也……ありがとう」
よかった。
やっと笑ってくれた。
俺と居る事で元気になれるって言ってくれたんだし、こうやって笑っててほしい。
「あ!そうだ!!ちょっ……待って!ここで待ってて!!」
ある事を思いつき俺はその場を離れようとした。
「……赤也?どこへ行く?」
「すぐ戻るっス!!」
さっきまでの様子とは打って変わって、トイレか?という抜けた声が聞こえてきた。
けどそれを否定する事なく、俺はある場所へと走った。
「柳さん!!」
5分後。
走って戻ると柳さんはここに来た時と同じようにフェンスにもたれて海を眺めていた。
これぐらい走っただけじゃ息も上がらない。
俺は勢いのままに柳さんの手を取って、渡す。
今買ってきたものを。
「何だ?」
「受け取って下さい!」
いきなりの事に滅多に見せてくれない瞳を開いて俺を見つめてくる。
途端に心臓跳ね上がった。
全力疾走にはビクともしなかった心臓が物凄い勢いで動き始める。
が、すぐに手渡した物に視線を移してくれたおかげで俺の心臓は口から飛び出さずに済んだ。
「…CD?あ…さっきの」
柳さんに便所に駆け込んだ疑惑までかけられたけど、本当はさっきのCD屋に飛んでいった。
試聴コーナーでいいな、って言ってたあのCD。
あれを買ってきた。
どうしても柳さんにプレゼントしたくて。
さっきプレゼント用に買ったやつは厳密に言えばこの人にあげたくて選んだんじゃないし。
実は家を出る直前、お袋に呼び止められて五千円を握らされた。
女の子に割り勘させるようなカッコ悪いマネすんな、って。
けど結局割り勘どころか奢ってもらうという失態。
ここまで使う機会がゲーセンと姉貴へのお供え物だけだったからまだ残ってたし。
「これのお礼っス!」
ゲーセンの派手な袋に入ったPSPを見せて笑った。
あまりに値段に開きがあるけど…まぁいい。
柳さんが欲しいっつったもんあげたかったし。
「しかしそれは…」
「いくら俺が厚かましくてもこんな高いもんタダで貰えませんよ」
申し訳なさそうな顔させたくてあげたわけじゃないんだし、笑って欲しいなぁ…
と思って、じっと見てたら柳さんに伝わったみたいで小さく笑ってくれた。
「元気になりました?明日からまた頑張れますか?」
「ああ…赤也のおかげだ。ありがとう」
その一言で充分。
アンタの笑う顔見れただけで充分。
真っ赤な夕日が海に沈んでいく。
少し暗くなり始めて海辺にいる層が家族連れや友達連れからカップルに入れ替わる。
「帰るか」
そう言って歩き始める柳さんの後ろをゆっくりと歩いて駅へと向かう。
何か…濃い一日だった気がする。
部活やってる時より時間の流れが早かったなぁ…
今日はこの人の中での俺の位置みたいなのも解った。
とりあえず部長や副部長には絶対敵わないっぽいけど、俺は俺でちゃんと柳さんの役に立ててるんだって。
窓の外を流れる夜景眺めてる柳さんの横顔眺めながらそんな事を考えていたら、
結局別れるまでずっと無言のままになってしまった。
柳さんの家の最寄駅を告げる車内放送でようやく我に返る。
このまま別れたくなくて一緒に降りた。
俺が降りるのは、こっからまだ3駅先だけど。
「赤也?」
それを知っている柳さんは訝しげにしていた。
でもどうしても伝えたい事があった。
「あの……家まで送ってっていいですか?」
「話があるならここで聞くが?」
流石柳さん、察しがいい。
…けどこんな五月蝿い場所ではちょっと……
そう思い、黙ってしまった俺を見て、また察してくれた柳さんが頷いてくれた。
「まぁ…お前がそうしたいと言うなら構わないが…少し帰りが遅くなるぞ?門限は大丈夫なのか?」
「平気っス!!」
お袋には晩飯までに帰ってくんなって家を追い出された。
あんたがいないならお父さんと晩ご飯食べに行くからって。
どういう親だよ、って思ったけど今となってはありがたい展開だ。
駅から柳さんの家までは10分ぐらいらしい。
もちろん行くのは初めてだ。
帰り道ちゃんと覚えてねぇと…
辺りをキョロキョロと見渡す。
何ていうか…閑静な高級住宅街?
お上品な豪邸や、どこまで続いてんだ?!って白壁の続くお屋敷。
そんなのがずらーっと並んでいる。
そして駅を出てから丁度10分。
柳さんが足を止めた。
「ここが俺の家だ」
ずっと続いていたお屋敷に比べたらちょっとは庶民寄りだけど、それでも充分すぎるぐらいでっけー家。
木で出来たでっかい表札には『柳』の文字。
この人ほんとにここに住んでるんだ…
変なとこに感動して思わず凝視。
「上がって行くか?まぁ大した持て成しもできんが」
「いやっ!それは結構っス!!」
上がりこんだら絶対帰りたくなくなる。
それにいきなり押し掛けたら迷惑だろ。
…まぁこの人の事だから俺の部屋みたく汚ぇ事してないだろうし、いつ人が来ても大丈夫だろうけど。
「そうか?…ならここで。今日はありがとう赤也」
今日この人の口から何度聞いたか解らない、感謝の言葉。
でもそれは俺からも言いたい言葉だ。
今日は柳さんの色んな面を沢山見れた。
今まで知らなかった事を沢山知れた。
でももっと知りたい。
「あのっ…」
門を背に向き合う様に立つ柳さんの顔を見上げる。
でも何言えばいいか言葉が見つからない。
どうした?と首を傾げられて咄嗟に出たのは、手に握っていたPSP。
「俺の方こそありがとうございました!これ大事に使います!!」
ってそんなお礼じゃなくて!!
しっかりしろ俺!
PSPも確かに嬉しかったけど、そういうのじゃなくて、言いたいのはもっとプライスレスな事に対してのお礼だ。
「ああ。俺も大切に聞かせてもらう」
それが言いたい事なんだと勘違いしたのか、柳さんは家に入ってしまう体勢になった。
ちょっ!待って!まだ話終わってない!!
「あのっ!」
あまりの気合に近所迷惑になりそうな程の声を出して、思わず手首を掴んでしまった。
やばっ…話続けないと。
でもまだ言いたい事がまとまっていない。
でも何か言わなければ。
そんな渦巻く思考回路に半ばパニック状態で言い放ってしまった。
「今度は…あのっ…理由とかそんなのいらないから!」
「…え?」
「ウソとかつかなくても呼ばれたらいつでも行くし、ただ会いたいってだけでも…全然オッケーっス!
理由も理屈も抜きで俺はいつだって柳さんに会いたいし…
だから柳さんが元気出したい時とかヘコんだ時とか一番に思い出してください!俺…すぐ飛んできますから!」
一気に言って、柳さんの顔を見上げると驚いた顔して固まってた。
だと思う。
一生懸命になって言ったけど、言いたい事支離滅裂だし、よくよく考えたらすっげー恥かしい事言ってる。
あ、やべっ
自分の言葉がだんだん脳ミソに染み渡ってきて、恥かしくなってきた。
顔に血液が集まるのが自分で解る。
これ以上顔見られたくない。
今絶対真っ赤になってる。
そう思って後ろ向きに体を返して来た道帰ろうとした。
失礼だと思ったけど、顔は合わせらんないからそのまま挨拶して。
「あ…じゃ、失礼します!!また明日!」
「赤也!!」
予想外に腕掴んで引き止められてしまった。
心ん中で悲鳴上げて、でも声にはならなくてよかった。
っていうより声にできないぐらいビックリしてしまった。
「な…なんっスか?」
恐る恐る振り返って顔を見上げる。
「……いや、何でもない…明日の朝練に遅れるなよ」
「…は…ハイ」
何だったんだ?
柳さんは一瞬考えて、たぶん言いたい事は違うんだろうって事を言った。
そして掴んでいた腕を放し、門を開けた。
「ではな、赤也。おやすみ」
「…おやすみなさい」
格子になった門扉の隙間から見える背中が玄関に吸い込まれるまでぼけーっと眺めてしまう。
結局何だかよくわからないまま別れてしまった。
俺はゆっくりと来た道を帰り始める。
今日起きた信じられないほどの出来事の数々を思い浮かべながら。
夢みたいな一日だと思った。
けど俺の右手には姉貴へのお供え物があって、左手にはPSPの入った袋が握られている。
今日起きた事は全部紛れも無い事実だ。
遠い存在だと思っていたあの人に少しだけ近づけた気がした。
理由はどうであれ会いたいと思ってくれて、それで俺の事あんな風に思ってくれてて。
俺の気持ちは次の段階目指してすでに動き始めている。
今は違う方向を見ている目を俺に向けて欲しい。
俺の事を好きになって欲しい。
そしたら俺の感じてる幸せ、全部アンタに分けてやるから。