霞草で花束を。(前篇)

退屈な地区大会が終わり、いよいよ本格的に全国への今シーズンが到来したと感じるようになってきた。
ハッキリ言って、地区、県大会程度じゃ腕試しにも、練習にも、ウォーミングアップにすらならない。
レベルが違いすぎるから。
そんな退屈な大会も終わった翌日。
そういえば今週はあの人の誕生日だったなーって呑気に考えながら、便所から教室に帰る廊下を歩いてたら向こうから歩いてくる姿が見えた。
今、考えてた人が。
「柳さんっっ!」
「赤也」
こっち向いて歩いて来てるって事は、俺に用があったのだと思いたい。
だって2Dより先に特別教室とかないから移動って訳でもないだろうし。
わざわざ来てくれたって思いたい。
いや、思ってやる。
「俺に用っスか?」
「ああ」
やった!!思った通り!
しかも余計な付録もいねえし二人で喋れる。
けど一応念の為…
「フッ…心配しなくとも俺一人だ」
きょろきょろ見回してたら、柳さんに笑われてしまった。
でも確認しとかねえとコッソリ後ろつけられてたらどうすんだ。
また何か言われるじゃねえか。
「あ、で?何の用なんっスか?」
「……今週の水曜なんだが…」
今週のって…柳さんの誕生日だ。
何だ?
すんげー言いにくそうにしてる。
まさか…
「ちょっ…誕生日何か予定あるんっスか?!」
学校では絶っっっっ対小姑ズの邪魔が入るだろうし練習なんて四六時中真田副部長張り付いてて二人きりになんて絶対なれないし!
平日だから放課後ぐらいしか時間ねえかもって思ってたけど、まさかそれ一緒に過ごせないとかじゃねえだろうな?!
冗談じゃねえ!!
両思いになってお互いにとって初めての誕生日だってのに…そんなの絶対イヤだ!
「お…落ち着け赤也。話は最後まで聞け」
言葉にはしなかったけど顔に全部出てたみたいだ。
柳さんが引き気味になっちまった。
俺は慌てて一歩引いて次の言葉を伺う。
「すんません…で?」
「うちで…家族が祝宴の席を設けてくれるらしい。それにお前を招待したいのだが…」
「っっ―――行きます!!!!」
思わぬ一言にまた前のめりになっちまった。
「えっ……っていうか…それ俺が行っていいんっスか?」
「構わん。と、いうより母も姉も連れて来いと五月蝿いのだ。まあうちで食事をするだけになるが…」
「何があっても行くっス!」
季節外れの台風が来ても40℃の熱が出ても、這ってでも行く。
絶対行く。
こんな嬉しい誘いはない。
だって家族と一緒にお祝いできるって。
そりゃ二人きりにも憧れるけど、これはこれで家族の一員になれたみたいで嬉しい。
「週日だから無理はしなくていいんだぞ?」
「無理って…俺だってアンタの誕生日祝いたいっスよ。それとも俺が行っちゃやっぱマズいんっスか?」
「そんな事はない。俺だってお前に一番に祝ってほしい」
「んじゃキマリですね」
そう言うとホッとしたような顔をしてくれた。
柳さんもほんとは来て欲しかったんだって思えた。
「そうか。では部活の後そのまま俺の家に寄ってくれ」
「了解っス!」
上機嫌で柳さん見送った後、教室に戻って俺は別の問題で頭がいっぱいになった。
さて予定外の展開だ。
誕生日プレゼントどうすっかなー…
何あげれば喜んでくれんだろ。
こういう相談事って柳さん頼ってばっかだったから、誰にも相談できない。
というよりしたくない。
自分で考えたい。
それに余計な事言ったらまた何される事やら……
固い決心を胸に部活に臨んだから、先輩達の「柳の誕生日どうするんだ?」攻撃は何とかかわした。
けどこいつはそうもいかなかった。
「アンタ、明後日の先輩の誕生日どうすんの?」
「なっ……なんでてめぇが先輩の誕生日知ってんだよっ!!!」
家に帰って疲れたーってリビングのソファで伸びてたらお袋のそんな声が降ってきた。
「そんな事よりどうすんのよ?家にお呼ばれしたんでしょ?」
「何っっでそこまで知ってんだよ!!」
「ナイショ」
「気持ち悪ぃ…」
いい年ブッこいてウィンクとかしてんじゃねえよ。
「相談のってやろうって言ってんだから素直に言いなさい」
そういって背後から思いっきり首絞めてくる。
「いででででででででで」
虐待だ虐待!!
思い切り暴れたら何とか離してくれたけど、体力消耗して抵抗する気力が無くなった。
「うー…苦し……ったく…まだ考えてねえよ!」
「明後日なのよ?誕生日近いの知ってたんでしょ?何でもっと早く用意しとかなかったのよー馬鹿ねー」
「忙しくてそんなヒマなかったの!」
「デートした時さりげなく欲しいもの聞いたりしなかったの?
…っていうかあげたお金どうしたの?まさか全部自分の為に使ったんじゃないでしょうね」
何でそこまでこいつに報告しなきゃなんねえんだ!!
って思ったけど、逆らったところでいい事なんて何一つないから洗いざらい全部喋らされた。
もちろん記念すべきファーストキス……には語弊あるけど、それは言わなかったけど。
「まあ焦ってあんまり変なもん渡すんじゃないわよ」
両手ひらひら振って台所の方に行こうとするのを慌てて止める。
「ちょっ…相談のってくれんじゃねえのか?!」
ここまで話させといてそりゃねえだろ。
頭下げてお願いするのは反吐が出る。
でも…今はこいつ以外に頼れる人間が居ない。
小姑ズなんて、相談したら絶対もっと変な展開になるに決まってる。
俺はダンチョーの思いでお袋に縋る事にした。


そして迎えた6月4日。日本晴れ。
一応日付が変わる瞬間に電話しておめでとうって言ったけど、
どうしても顔見て朝一番におめでとうって言いたくて、目覚まし5個で早起き…
しようと思ったんだけど、結局全然起きれなくて乱入してきた姉貴に蹴り起こされた。
それで柳さんの家の最寄り駅まで行って待ち伏せした。
もう行ったって事ねえよな……
今日の部室の鍵当番は真田副部長なはずだから特に早く行くわけないだろうし。
改札の中でそわそわして待ってたら、まばらな人の間から柳さんの姿が見えた。
よかった!いつもの時間通り!
「柳さん!!」
「…赤也?」
声をかけるとビックリして一瞬立ち止まった後、足早に改札の中に入ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう…どうした?こんな早くに」
「誕生日おめでとうございます!!」
「……ありがとう…え?わざわざそれを言う為に来たのか?」
「一番に顔見て言いたかったんっス!」
ぱあって晴れ上がるみたいに柳さんの顔が明るくなった。
もうこの笑顔見れただけで、姉貴に蹴られた痛みも眠い思いして早起きしたのも報われた。
来て良かった。
「あ、プレゼントはもうちょっと待ってくださいね」
「そんなの…お前が朝一番におめでとうと言ってくれただけで充分だ」
ああもう。
そんな事言われたらマジでこの場でどうにかしちゃいそうです。
その後学校のある駅で電車降りたところで柳生先輩に会って、おめでとうって言われてたから、やっぱ駅で待ち伏せしててよかった。
絶対一番に言いたかったからな。
「今日は珍しく切原君とご一緒なんですね」
「ああ、朝一番にお祝いを言いにわざわざ俺の利用駅まで来てくれたんだ」
表情にはほとんど出てないけど、声は嬉しそうに少し高くなってる。
何か俺まで嬉しくなってへへって笑って視線を合わせた。
「そうだったんですか。良かったですね、柳君」
「ああ、世界で一番嬉しい誕生日祝いだった」
「おやおや、ごちそうさまです」
柳生先輩にからかわれるように小さく笑われて、やっとこの恥かしい惚気空気に気付いたけど
柳さんはご機嫌だし、まあいいかってだんだんどうでもよくなってきた。
でもこの場に仁王先輩や丸井先輩がいなくてほんっっとうによかった……

朝練では小姑ズが張り付いてしきりにお祝いムード出してて真田副部長の雷食らってた。
けどそれを参謀の誕生日なんじゃ、めでたかろうって片付ける仁王先輩がある意味凄い。
それでそれを許すような真田副部長じゃない。
たるんどる!って怒鳴られてクモの子散らすように…だっけ?
散り散りに仁王先輩たちが外周へと逃げていった。
やっと柳さんを解放してもらえた!!
俺は急いで近付いたけど、今度は真田副部長に阻まれる。
くっそームカつく…
練習メニューの相談してんのは解るけど…ムカつく。
基礎練の手止めてじーっと睨んでたら柳さんがこっちに気付いた。
やべっ!怒られる!!
ちゃんと練習しろって言われんの覚悟してたけど、何でもないって顔のまま柳さんが手招きする。
…何だ?
急いで近付くと、柳さんは無言で手を差し出してきた。
何だ何だ…金せびられてんのか?
サボってたペナルティ?
「お…俺今何も持ってないんッスけど…」
財布とか全部ロッカーに置いてあるし、代わりに渡せるようなもんなんて持ってない。
けど柳さんはフッと笑って、
「馬鹿者。こうだ」
っていきなり右手を握ってきた。
「へ?!」
「ぅ゙え゙?!」
真田副部長も驚いてカエル轢き潰したような声出してる。
俺も突然の事で何が起きたかわかんなかった。
「なっなっ…なな何をしとるか蓮二!!!」
「何だ弦一郎。お前とは繋いでやらんぞ。薄気味悪い」
「いいいいいらんわ!!」
「ちょっ…なっ……っっ」
いきなり手繋いで何考えてんだこの人!!!
思いっきり動揺しまくってる俺や真田副部長置いてけぼりで、柳さんは再び練習メニューの載った紙に目を落として説明を始めた。
左手は俺の右手を握ったまま。
結局そのままのカッコで説明し終わって、完全に毒気抜かれた真田副部長が肩落として練習に戻っていった。
「あ…あのー……」
「何だ?俺達も練習に行くぞ」
「えっあのっ」
「お前が弦一郎に嫉妬している姿が可愛くてな。つい触れたくなった」
「は?!」
繋いだままの手を引っ張られるようにコートに戻ってく間に、そうボソっと言われた。
心臓が変な音し始めて顔が真っ赤になるのが自分で解る。
ちょっ…マジ勘弁してくれ!!
何でこの人こういう事平気な顔して言えんだ?!
信じられないモン見る目で見上げると、微妙にだけど笑いかけられた。
ああもうほんと……幸せすぎる!!
朝練がそんな状態だったから、授業中はもちろん、放課後の練習まで気が気じゃなかった。
うわの空になってると容赦なく真田副部長の鉄拳が降って来るから、そっちにも気ぃ配らないとだし、
ふと気付いたら柳さんが隣に立ってるしでそっちに気ぃ取られるし…
だってこの人信じらんねえよ!!
音も無くやってきてぴっとり張り付いて、さり気なーく体の横に下ろしてる手に触ってくるんだぜ?!
ありえねえ!!
遠目には解んないんだろうけど、確かに手の甲と甲が触れ合ってる。
だんだん心拍数が上がってくるのが解って、耐え切れなくなって、
「あ…あの……触って…ますけど?」
って言ったら、
「嫌なのか?」
って悲しそうな顔をされてしまった。
そそっそんな顔しないでください!!!
っていうか嫌じゃないから困ってんだよ!
このままぎゅーって手ぇ握ってやりたいとか、あんな事やそんな事や…って頭ン中大変な事になっちまう。
俺ばっかりがこんな事考えてんのかなあ…
キスしてーとかってムラムラしたりしないのか?
同じ男なのにこうも違うか、って思ってちょっと落ち込んだ。
柳さんはそんな風に考えたりしないんだろうか。

色々考えてると、あっという間に部活は終わった。
今は余計な事考えないでこの後の事考えよう。
柳さんの話だとお祖母さんはいるけどお祖父さんとお父さんは仕事で夜遅くになるらしい。
ちょっとホッとして、彼女の親父に初めて会うの緊張してる彼氏かよ、と自分にツッコミ入れた。
普段は面倒だからそのまま帰るんだけど、練習上がりで汗臭いまま行くのは失礼だろうからと思って部室棟にある風呂でシャワー浴びた。
絶対もう皆帰ってると思ったのに……小姑ズは許してくれなかった。
仁王先輩なんて普段なんか疲れたからって真っ先に帰るのに!!
何っで今日に限って…!!!
部室に戻ると柳さんだけだと思ってたのに、まだ皆残っていた。
柳さんが真田副部長と二人っきりじゃないってのは嬉しいけど。
真田副部長は用事があるって先帰ったらしいから、小姑ズも一緒に帰ってくれりゃよかったのに。
「何じゃ赤也。えっらい気合入れてシャワー浴びて…気ぃ早いんやないか?」
「ちがっ…そんなんじゃないっスよ!!」
「何でー?柳の誕生日じゃーん。いい記念日にしろよー」
また仁王先輩と丸井先輩に左右挟まれて尋問体制に入りそうになる。
慌てて抜け出して柳さんの元へ走る。
このままだとまた面倒な事になりそうだ。
「ちょっ…早く帰りましょ!!」
「何だ忙しないな…」
「こんなとこいたらまた何されるか解んないっスよ!!」
丸井先輩が失礼なーって怒ってるけど、俺は柳さんを急かして帰る準備をした。
でも結局何だかんだで一緒に帰るハメになっちまった。
あーもう……柳さん今度は柳生先輩に捕まっちまったよ…
余計な事考えてないで練習中に柳さんの手の感触堪能しとけばよかった。
がっくり肩落としてとぼとぼ歩いてたら校門の方から声がした。
「赤也ー!」
「へ?」
この声……は…
物凄い嫌な予感がして、回れ右して走り出そうとした。
が、相手の方が一歩素早くてあっという間に首根っこ掴まれちまった。
「なーんで逃げんのー?」
「てめえがこんなとこいるからだ!!」
「あれは…」
「何何ー?修羅場?年上女じゃーん」
柳さんに寄りかかって、完全に面白がってる丸井先輩の誤解を早く解かないと!
でも離しやがらねえ…!!
「いや…あれは赤也の」
冷静な柳さんの声が遠くのほーうに聞こえる。
先にさっさと誤解といてください!
こんなクソババアとどうこうなんて妄想でもされたくねえ!!
「ああ、赤也の姉貴か」
仁王先輩の声に、ようやく首根っこ掴んだままだった手を離してくれた。
「あらーいい子ね!私そんなに若く見える?」
「へ?」
俺はバカ話を遮るように慌てて間に入った。
姉貴と間違えられて浮かれ気味の、お袋。
「何しに来たんだよ!!」
「ちょっと赤也。あんた大事なもん忘れてってどうすんの」
「あ?…あーっっ!!」
お袋が手に持ってる綺麗な紙袋を差し出してくる。
そうだ!朝カバンに入れようと思ってリビングに置いてて、今日柳さん家行く事ばっか考えてて入れて来るのすっかり忘れてた!!
「ケータイ鳴らしても出ないし、しょうがないから持ってきてやったんじゃない」
そういや部活終わってからケータイ見てなかった……
「感謝しなさいよー」
「……サンキュ…」
くっそー……また借りが増えた。
でも助かったのは確かだ。
ふんぞり返って見下ろしてくるお袋に一応頭を下げた。
「ま、ついでだったしね」
「……は?」
ついで?
お袋はいそいそと柳さんの方に近付いていって何か箱をカバンから取り出した。
そしてその箱を柳さんの手の中に押し付ける。
これって…
「はい!誕生日おめでとう!!」
「…何っでてめえが先に渡してんだよ!!」
「五月蝿いわねー自業自得でしょ?」
「あの…」
「ああ、遠慮しないで。いつもこの馬鹿がお世話になってるみたいだから、お礼も兼ねてるしね」
バカで悪かったな……って恨めしそうに見てると思いっきり頭叩かれる。
「そんな世話など……でも、ありがとうございます」
ムカつく!何で俺より先にプレゼント渡してんだよ!
それに完っ全に外野じゃねえか俺。
訳わかんねえーって顔してる小姑ズと同じ位置かよ。
けど…変なもんあげたんじゃねえだろうな…
心配になったから柳さんに中開けてみてって言った。
中からは小瓶に入った液状の物が出てきた。
とりあえず変なもんじゃなくてよかった…
「…ダマスクローズウォーター?いいんですか?こんなにいい物を…」
「いいのいいの。この子が柳さんはすっげーいい匂いがするーなんて言うもんだから選んでみたんだけど。
パパに似てほんっとドスケベなんだから…変な事されそうになったらすぐ逃げてね、蓮二君」
「さっさと帰れよ!!!」
お袋の背中押して無理に追い返す。
マジでムカつく!余計な事ばっか言いやがって…!!!
しかも名前で呼ぶな!!俺だってまだ苗字で呼んでんのに!
「もー解った解った、帰るから!じゃあねー皆さん。また遊びに来てね」
やっと帰ってくれたけど、何かすげー疲れた……
元はと言えば俺が忘れモンした所為だけど、あの様子だとそうじゃなくても勝手に来て待ち伏せされてたような気がする。
「なあ、あれ誰?お前のねーちゃん?ソックリだな」
丸井先輩が肩に腕乗っけて、お袋の背中と俺の顔を見比べる。
姉貴が聞いたらキレんぞマジで…お袋は若く見られて喜んでたけど。
「彼女は赤也の母上だ」
俺の代わりに柳さんが答えると、
「何ぃぃい?!」
校門前に先輩達の絶叫が響いた。
そんなに驚く事か?
「ちょっ…マジで?えっ、継母?」
「何でっ!あれから生まれてきたんっスよ!」
考えたくねえけど、残念ながらあの腹から生まれてきてる。
認めたくねえけど、顔あいつのまんまだし。
間違いなくあのDNAで俺ができてる。
「むっっちゃくちゃ若ぇじゃん!」
「ただの若作りっスよ…」
丸井先輩が興奮気味に肩揺さぶってくるけど、そんないいもんでもない。
いい年して姉貴と似たようなカッコして、何考えてんだ。マジでキモい。
「若作りレベルじゃねえだろぃ」
「いくつなんじゃ?」
「仁王君…女性の年齢を尋ねるなど失礼ですよ」
あんなの相手でもジェントルマンな柳生先輩ってすげえと思う。
けど隠すような年でもねえし答えようと思ったら、先に柳さんが言った。
「33歳だ」
「何で知ってんっスか!!??」
「内緒だ」
同じ事言っててもあれと全然違う!!!可愛い!!
って柳さんに気ぃ取られたけど、小姑ズが思いっきり食いついてきた。
「若っっ若ァっっっ!!」
えっ…そうなのか?
ただの若作りじゃねえの?
「いーなー!若くて可愛い母ちゃん!」
「だよな。うちの母親なんてただの太ったオバサンだぜ」
丸井先輩やジャッカル先輩は羨ましがってくるけど、俺としては…
「柳さんのお母さんのが美人だし優しいし、俺そっちのが羨ましいっスよ」
「そうか?まあ将来的にはお前の母になるんだ。そんなに羨ましがるな」
なっっ!!あのネタまだ引き摺るのか!?
何の話だーっっってまた食いつかれそうになったから、
「おおおおおお疲れ様でしたーっっ!」
このままだと二人して頭から食い殺される。
俺は慌てて柳さんの手掴んで走り始めた。
そして駅まで行ったところでようやく足を止める。
「何だ突然…」
「あのまま放置してたらまた何言われるか解んないっスよ!!」
「俺は別に構わないが?」
「俺は構います!」
ああもう何でこの人こんなに危機感ねえんだ!!
ただでさえ何かネタにされまくってんのに気にならないのか?
「…それからさっきは言いそびれたが、折角忘れ物を届けてくれたお母さんに対して…何だあの態度は」
何だよ。
何で俺が怒られなきゃなんねえんだよ。
確かにちょっと態度悪かったかもしれないけど、それはお袋が余計な事ばっか言うからだし。
いつもあんな感じだからお袋だって別に何とも思ってないはずだ。
「柳さんには関係ないっス…」
絶対俺は悪くない。
そう思ってだんまり決め込んでたら頭上に柳さんの溜息が聞こえてくる。
俺達は無言のままホームに入ってきた電車に乗った。
折角の柳さんの誕生日なのにすっかり空気が悪くなっちまった。
こんな事ならさっさと謝ってしまうべきだったか。
けど柳さんも柳さんだよ。
俺はバラされたくない事ベラベラ喋られたくないからあんな言い方したってのにお袋の肩持つし。
お袋からのプレゼント先に受け取っちまうし。
あーもう……何かさっきからすっげー下らない事でぐるぐる考えてる気がする。
けど謝るタイミング逃してしまった。
沈黙がだんだん耐え切れなくなってくる。
あと二駅で柳さんの家の最寄り駅についてしまう。
何としてでもそれまでに言わないと、このまま家に追い返されてしまいそうだ。
「赤也」
どうしようか悩んでたら、先に柳さんが声をかけてくる。
柳さんは大抵の事を軽く受け流してオトナな対応してくるから、なかなか先に謝らせてくれない。
このままだとまた先に謝られて有耶無耶にされる!
「すんませんでした!」
俺は勢いよく頭を下げた。
面食らった柳さんがじっと見下ろすのを見上げながら、俺は慎重に言葉を選んだ。
「あの…お袋にはちゃんと後で謝るんで……あと…折角注意してくれたのに関係ないとか言ってすみませんでした…」
黙ったままじっと見下ろしてくる目が怖い。
何言われんだろ…
様子を伺うように見つめ返してたら、溜息をもう一回。
「関係ないなんて…淋しい事を言わないでくれ」
「ほんとすんません…」
目に見えて落ち込む俺を見て、やっと表情を緩めてくれた。
「お前は気に入らないかもしれないが…俺は嬉しい。お前の家族と仲良くなれるのは」
「…は?」
「自分の存在を認めてもらったようで嬉しい」
「それは…俺も…そうっス……」
こうやって家族での誕生日のパーティに呼んでもらって一緒にお祝いさせてくれる。
こんなに嬉しい事はない。
柳さんもそんな風に思ってんのか?
けどあのお袋だし何チクられるか解ったもんじゃねえし…用心しねえと。
「…そういえば何貰ったんっスか?うちのお袋に」
いつまでも悪い空気引き摺るのはイヤだし、話題転換話題転換。
「ダマスクローズの化粧水だ」
柳さんはカバンに入れた小瓶を出して見せてくれた。
ガラスの香水みたいな綺麗なビンに入ってる。
「つーか…こういうのって普通女にあげるもんじゃないんっスか?いらなきゃ遠慮なく捨てちゃって下さいね」
「折角貰った物を捨てられるわけがないだろう。それでなくともこんなに高価な物…」
「高い?高いんっスか?」
「貰い物に値踏みはしたくないが…この大きさならば五千円以上はするだろうな」
あんっっのクソババァ!!!!!
俺がこないだゲーム買ってくれって頼んだ時は金ねえって断ったくせに!
柳さんに対して態度違いすぎねえか?!
ムカつく!
「何してるんだ?降りるぞ」
「あ、はいっ!」
ドアの方向いて一人カッカしてたらいつの間にか駅に着いてた。

後篇

 

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