霞草で花束を。(後篇)
人の波に揉まれながら電車を降りて、二人で並んで柳さんの家まで歩いて行く。
家に近付くにつれてだんだん緊張してきた。
お姉さんとお母さんは攻略済だけど、お祖母さんは初めてなわけだし。
柳さんやお姉さん見てて思ったのは、相当厳しい人なんじゃないかって事。
何か二人ともすげー厳しく躾けられてます、って感じだし。
あのぽやーんとした雰囲気のお母さんがキッツイ事言うとこなんて想像できないから、やっぱ厳しいのは祖父母なんだろう。
ってある程度は想像してたんだけど、実際はそれ以上の猛者だった。
「喝―――――――――――――――っっっ!!!!」
「へ?!」
いきなり降ってくる竹刀を辛うじて避けて、その勢いのまま門扉の前で尻餅をついた。
なっなっ…何だぁ?!
「まぁた芙蓉を追い回す輩かーっっ!?」
話が見えねえ!!!
柳さんが何かのハガキ出し忘れてしまったからってちょっと手前にあるポストに戻っちゃって、
ここで待っててくれって言われて門の前で佇んでたら、いきなりバアさんに殴りかかられた。
こっ…これはもしや…いやいや、もしかしなくても…柳さんのお祖母さん?!
たぶん…いや、絶対そうだ!
門の中から出てきてたし。
想像してたお祖母様とはかけ離れた、何かすっげー元気なバアさんだ。
俺は和装のおしとやかな、いかにも日本の母、みたいな感じの人を想像していた。
一応着物は着てるけど、襷で袂を縛って竹刀を振り回して。
あのお母さんを生んだってだけあって、昔は相当美人だったんだろうって感じ。
今でも結構キレーだし。
けど…中身が全然伴ってねえ!!!
「成敗!!」
「ちょっ…ストップ!ストップ!!誤解っス!」
「何してるんですか?御大」
横からする静かな声に、振り下ろされた竹刀が目の前で寸止めされた。
声のする方を見ると柳さんが立ってた。
助かった!!
俺は急いで立ち上がって柳さんの背後に隠れた。
「赤也?どうした?」
「いいいいいきなり竹刀で打たれそうになったんっスよ!!」
ぎゅっと背中にしがみつくという何とも情けない姿だけど、このバアさんの攻撃を避けるにはこれしか道がない。
まだ物凄い顔して睨んできてるから、柳さんいなかったら絶対間違いなく叩かれてた。
「どかんか蓮二!」
「どうかされました?」
雷みたいな声に竦んでると、門の中からお姉さんが現れた。
今日も相変わらず美人だけど、それ言うと柳さんが妬くからな…
と、余計な事考えて表情が一瞬緩んでしまった。
すかさずバアさんの鋭い視線が突き刺さる。
ごごごご誤解だ!俺は今柳さんの事考えてたのに!!
「もう、お祖母ちゃまったら…この方は私じゃなくて蓮二さんの大事な人よ」
お姉さんは微笑みながらとんでもない問題発言を投下してくれた。
「へ?!」
「今蓮二さんが、一番大好きな方よ」
助かったけど、何かすげえ事言われたぞ今!
つーか何でバレてんだ?!
今度はこっちについてものすっげえ怒られるんだと冷や冷やした。
もう二度と蓮二の前に現れるな、ぐらい言われる覚悟をした。
けど、
「なんだ。そうならそうと早く言わんか」
「…は?」
バアさんはあっさり納得して、握っていた竹刀を下ろしてくれる。
武装解除はしてくれたけど…まだこっちにすりゃおっかなびっくり状態だし。
まさかとは思うけど、俺が女に見えてるなんて事ねえよな…
「あっ…あのー…俺男なんっスけど…」
「そんなもの、見ればわかるわ」
まあ…そうだろうな。
最初お姉さんのストーカーと間違えてたぐらいだし。
やっぱ美人だからそういう変な奴に付回されるんだろうな…うちの姉貴じゃ無縁だろうけど。
それで、その度こうやってバアさんが脅して追い返しているんだろう。
「まったく、ニヤニヤと薄笑み浮かべて門の前にいるから芙蓉を付け狙う不埒な輩かと思ったではないか」
「その弟付け狙う男はいいのかよ!!」
やべっ
反射的に余計なツッコミ入れちまった。
「人間味の薄い蓮二が選んだという以上にお前を信用する要因などないわ、馬鹿者」
「…は?え?」
それって…どういう意味だ?
しばらく考えて、やっと解った。
つまり柳さんが選んだ奴なら男だろうが女だろうが無条件で信用できるって事だよな?
「全く…食べ物だけでなく人との関わりまで薄味好みになりおって…」
そうブツブツと言いながらバアさんは庭の方に戻っていった。
な……何だったんだ一体………
呆然とその後姿を見送っていると、お姉さんが笑いながら近付いてきた。
「いらっしゃい!」
「あ…どもっス……」
「さあ中に入って!」
門を開けて中に促され、俺は遠慮がちに中に入った。
さっきのバアさんが庭で竹刀を振っている。
っつーか……どっかで会った事あるような…感覚がする。
初めて会った気がしないのは何でだ?
どっかで会った事あったっけ?
うーんって考えてると、柳さんのおかしそうな声が降って来た。
「俺が何故弦一郎の扱いに長けているか解ったか?」
それだーっっっっっ!!
そうだ!あのバアさん、真田副部長ソックリなんだ!
人の話聞かねえで自分の考え押し付けんのとか喋り方とか、すぐ手が飛んでくるとことか!
何つーか……天敵になる予感。
この家で柳さんに手ぇ出してるとこでも見られたら容赦なく殴られそうだ。
あの竹刀で。
「どうした赤也?早くおいで」
ぼんやりバアさんの素振り見てると玄関の中から柳さんに声をかけられる。
俺は慌てて走っていった。
「スンマセンっ」
「あら、二人ともおかえりなさい」
入るとすぐに柳さんのお母さんが立ってて笑顔で迎え入れてくれる。
「おじゃまします!」
印象よくしねえとって元気良く挨拶したのに、お母さんは不満そうだ。
…何で?
「おかえりなさいにお邪魔しますはおかしいでしょ?」
「へ?えーっと…」
おかえりになんだから…
「…ただいまっス」
「おかえりなさい」
にっこり笑って中へどうぞって言ってくれる。
合ってるみたいだけど…何、こないだの家族ネタの続きか?
どこまで本気なのかが解らない。
「夕食が出来るまでもう少しかかるから、それまでゆっくりしててね」
そう言ってお母さんは台所に行ってしまって真相は曖昧なままになってしまった。
「赤也、俺の部屋に行こう」
「あ、はいっ!!」
一瞬ファーストキス、って頭に浮かんだ。
二人きりの部屋で…という甘い映像は、竹刀によって切り裂かれた。
ダメだダメだダメだ…
あのバアさんにバレたらブチのめされて家から追い出されそうな気がする。
思わぬ刺客だ。
前の様子からして、お母さんやお姉さんだと驚きはしても大して怒られない気がするけど…バアさんははっきり言って怖い。
真田副部長と同じノリとテンションで怒ってくるからなー…
ここではあのバアさん、学校では小姑ズがいて、うちではあのお袋に姉貴。
俺のファーストキスはまだまだ先のような気がしてきた。
勉強合宿以来の柳さんの部屋は、前より少し散らかっている。
いや、俺の部屋みたいに汚いってわけじゃなくて、小説とかが床に積み上がっている。
あの時は試験中だったからこういうのが無かったのかな。
何か普段柳さんが暮らしてる部屋が見れて嬉しいかも。
「いきなり手荒い歓迎ですまなかったな」
「いや…はあ…まあ…ちょっと驚いたっス」
床に座るように言われて腰を下ろすなり、柳さんが謝ってくる。
別に柳さんが悪いわけじゃないし、驚いたけど怒ってない。
たぶんちゃんと歓迎してもらえたからだ。
どこまで理解してあの台詞が出てきたのかは解らない。
でも少なくとも悪い印象はないはずだ。
「我が家の女性陣には俺も敵わないんだ。特に姉には嘘も隠し事も通用しない。ああ見えて案外鋭くてな…
だから前にお前が来た後、言われたのだよ。あの子が今あなたの一番大事な人ね、と」
「そ…そうだったんっスか…」
それであんな風に言ってたのか。
けどもしかしてこれで家族公認って事か?
「俺もお前も家族公認だな。まあ父は解らんが少なくとも最強の女性陣は味方についたぞ」
同じ事を思ってたのか、柳さんが面白そうに笑った。
味方…味方でいいのか?
柳さんとこはともかく、うちのお袋は邪魔してくる気満々だし。
まあ反対されるよりはマシだけど。
しばらくは部屋に置いてある本の話とか、俺が持ってきたCD聞いたりしてゆっくりしてたんだけど、
ブックレット見てたら隣でシュッて音がした。
驚いて顔を上げると、柳さんがお袋からの誕生日プレゼントを手に吹いてる。
すっげー甘い匂いがする。
いつも柳さんからする匂い袋の香りとは全然違う。
「いい香りだな」
柳さんは嬉しそうにしてるけど、何か違う人みたいだ。
「どうした?嫌いな匂いか?」
「いや…全然……あの…」
確かにいい匂いだけど、いつもの柳さんじゃないみたいで落ち着かない。
何でこんなもんプレゼントすんだよあのババア!!
だんだんイライラしてムラムラしてきた…
「ほら、お前も」
ってさっきスプレー吹きかけた手の甲を鼻に近づけてくる。
ちょっ…今そんな事されたら……!!!
必死に逃げ道探して、思い出した。
「あああああ…っっそうだ!」
プレゼント渡さねえと!
俺は逃げるように体を離して持ってきた荷物に近付いて、
お袋が持って来てくれた紙袋を柳さんに向けて差し出した。
「誕生日おめでとうございます!」
何っで肝心のプレゼント忘れて来たんだ俺は。
おかげでお袋に先越されちまった。
でも順番じゃない。こういうのは込めた愛情だ、愛情。
「ありがとう赤也。開けてみてもいいか?」
「はい!もちろんっス!」
あードキドキする。
喜んでもらえるといいけど。
「…鉢植え?」
「あ、ハイ…こないだ来た時そこに観葉植物並んでたの見たの思い出して、一緒に置いてもらえると嬉しいかなーと思って…」
「何が咲くんだ?」
「かすみ草…ピンクのが咲くって言ってました」
細長い箱の中身は、素焼きの小さな植木鉢に緑の芽が生えたもの。
まだ咲く時期には早いから花は付いてないけど。
お袋にすがり付いて、なるべく金をかけずに喜んでもらいたいって言ったら、これを提案してくれた。
庭いじりが好きなお袋が植えたもんだけど、水やりとか肥料あげたりとか土の入れ替えとか強制的に手伝わされてたから、
一応俺も育てたって言ってもいいよな。うん。
その辺の事情も全部話したら、柳さんは嬉しそうに出窓に飾ってくれた。
「咲くのが楽しみだ」
「あの…プレゼント、そんなのでよかったっスか?」
「ああ、もちろん。それに赤也からは毎日たくさん貰っている」
「え?何を?」
「形じゃないもの、だ」
それって…
それって俺が想像したもんでいいのか?!
訳解んなくておろおろ目を泳がせていると、柳さんがふっと笑った。
そしてローテーブルに乗せた手をぎゅっと握って、言った。
「それで正解だ」
だから何でこの人俺の考えてる事全部解るかなー……
ほんと敵わない。
俺は手を握り返してぐっと引き寄せた。
今すっげーいい雰囲気じゃね?
今ならできる。
っていうか、したい。
柳さんも俺が何考えてるのか解ったみたいで、一瞬驚いたみたいだけど、抵抗しないでくれた。
ゆっくり顔を近付けて、あと十数センチ…
いよいよ百万回の一回目って思ったのに、次に感じたのは柳さんの唇の感触じゃなく…
「いっっっっっってええええええええええええええええええ!!!!」
しぱーんという小気味よい音と、脳天ブチ抜くような衝撃だった。
「なっ…なっ……」
「なーにやっとるんだ、破廉恥小僧が」
「げっっバアさん!」
急いで振り返ると竹刀構えたバアさんがすぐ背後に立っていた。
あっ…あれで叩かれたのか?!
どおりで痛いはずだ!!!
俺はバアさんの二発目の攻撃を避けるように柳さんに擦り寄った。
「なっっ…何するんっスか!!」
「こちらの台詞だ。口吸いなど百年早いわ、馬鹿者」
ううううう痛い…マジで痛い……真田副部長の鉄拳レベルで痛い…
けど柳さんがよしよしって頭撫でてくれて、ちょっと痛みがマシになった気がする。
「御大、いきなり殴りかかるのは良くないですよ」
そうだそうだ!
俺は柳さんという盾を手に入れて、ちょっと余裕が出来て軽く反抗してみる。
心の中でだけど。
「夕食だ。さっさと下りてこんか」
そう言い放ってバアさんは部屋から出て行った。
くっそーっっ邪魔された!!
あんなにいい雰囲気だったのに!
やっぱこの家では無理だって結論に達して俺は肩をがっくり落とした。
「そう焦るな。チャンスはまだある」
「けどー…」
無意識に叩かれた部分を撫でていると、柳さんが手を取って頭を覗き見てくる。
「まだ痛むか?コブにはなっていないようだが…」
「…殴られんのには慣れてるっス」
毎日毎日真田副部長の鉄拳食らってりゃあね。
そりゃ石頭にもなるっつーの。
「それはあまり自慢できる事ではないぞ赤也」
まあそうだけど。
ムスッと膨れながら階段下りてると後ろから声がする。
「赤也」
「何っスか?」
振り返ろうとすると、叩かれた上の髪にキスが落ちてくる。
「へ?!」
「早く治るおまじないだ」
「ちょっ…それここにもっっ」
って唇指差したら、調子に乗るなってバアさんに叩かれた同じ場所に手刀が飛んできた。
ダイニングには前に来た時より豪華な料理がいっぱい並んでる。
どれもすっげえ美味そうだ。
誕生日おめでとうって乾杯でパーティが始まった。
お母さんはまた張り切って俺の皿に料理盛ってくれるし、お姉さんは俺の話に楽しそうに笑ってくれるし、
柳さんはいつもより嬉しそうで楽しそうだし。
最高の時間だって思ってたんだけど、真田副部長みたいな…
いや、それ以上にうるさ、じゃなくて厳しいバアさんが常に目を光らせててめちゃくちゃ恐かった。
実際怒られたのは一度二度じゃない。
箸の持ち方がなっとらん、箸で皿を寄せるな、料理を箸で刺すな。
その度に柳さんに助けてーって視線送るんだけど、笑ってるだけで助けてくれない。
何でパーティにお呼ばれして作法習ってんだ俺。
家では五月蝿く言われないから全然気にしてなかったけど、バアさんの言葉にハッとなった。
「箸の使い方を知らんで恥をかくのはお前ではない。お前を育てた親御さんだ」
お袋が恥かこうが別にいいんだけど。
あーいや、よくないんだけど、親不孝でカッコ悪い事なんだろうけど、それ以上に。
もし柳さんと一緒に飯食ってて、柳さんまで見っとも無いって周りに思われるのは嫌だ。
これからはもうちょっとこういう事も気をつけよう。
楽しさと厳しさの交錯した変な時間はあっという間に過ぎてしまって帰る時間が近付いてくる。
また明日も朝練あるし、早く帰らないとダメなんだけどまだ柳さんと離れたくない。
そう思ってたら、柳さんは駅まで送ってくれると言ってくれた。
けど、
「ちょっ夜道は危ないっス!」
「誰が俺のような大きな男を好き好んで襲うか」
俺が襲いますよ。
送り狼じゃなくて、送られ狼になってどーすんだよって思うけど。
荷物持って玄関を出ると門の外までお母さん達が見送りに来てくれた。
「ボウズ」
「はい?!」
まだ何か言われんのか、って柳さんの背後に隠れて身を硬くしたらバアさんに呆れたような顔をされてしまった。
そして懐紙に包まれたお菓子を渡され拍子抜けする。
「あ…ありがとうございます」
「また遊びに来い」
「は…はいっっ!」
「ただし!蓮二には手を出すな。お前にはまだ百年早いわ」
って釘をさされて、俺の中の狼はすごすごと巣穴へ帰っていった。
お母さんやお姉さんにもお礼を言って別れ、柳さんと並んで駅までの道を歩く。
行儀悪いけど中身が気になったから、さっきバアさんに渡されたものを開いてみた。
そしたら中からはすっげー綺麗な和菓子が出てきた。
「お前、祖母にすっかり気に入られたようだな」
「へ?」
「祖母がここの菓子をあげるのは本当に親しい友人か家族にだけだからな」
「そうなんっスか…」
何かすげーいじられ方したような気がすんだけど……でも気に入られたのなら嬉しい。
…あの説教は勘弁してもらいたいけど。
「あ、そういえば…柳さん、あのバアさんの事変な呼び方してませんでした?」
「ん?ああ、御大か。うちの家は祖母が全権を握っているからな…昔から親戚皆がそう呼ぶから自然とそれが移ってしまったんだ」
「え?お祖父さんは?」
「祖父も父も入り婿だからな。女性陣には頭が上がらん」
なるほど。
何か物凄い納得がいった。
つまり柳家はあのバアさんが全部取り仕切ってるってわけだ…
ん?待てよ。
二代続けてって事は…
「もしかしてお姉さんもお婿さん貰うって事?!」
「ああ、そうなるだろうな。あの祖母が簡単に姉を手放すとは考えられん」
だろうな…
ほんとに解ってんのかって思って、俺と柳さんが恋人でもいいんですか?ってはっきり聞いたら、
大事に育てた芙蓉をどこの馬の骨かも解らん輩にやるぐらいなら蓮二に熨斗を付けてお前にくれてやるわ、って言ってたし。
その時はどういう意味だよ、めちゃくちゃだ!!って思ったけど、あれってお姉さんに婿養子もらって家を継がせるって意味だったんだ。
それに同じだけ大事に育てられた柳さんくれるって…かなりすごい事じゃないか?
柳さんの家は俺の家と違って堅いイメージがあった。
うちのお袋なんて高校上がると同時にひと回りも離れた親父と結婚して在学中に姉貴産んだって、すんげー経歴あるし、
だいたいそれが容認されてる環境も色々ちょっとおかしい気がする。
でも柳さんの家は真逆で長男が家を継いで然るべきお家柄のお嬢さんと見合いして結婚してって、
そういう人生設計がされてるもんだってこっそり思い悩んでたんだけど、そんなのも今日一日で全部吹っ飛んだ。
ホッとして、ついだらしなくニヤけてしまった。
「赤也、今お前が考えていた事を当ててやろうか?」
「いいいいいいいいいいいいいいいらないっス!!遠慮します!!」
けど絶対バレてる!
すんげー勝ち誇った顔してこっち見てるし!!
そんな心地悪さを感じる間もなく駅についてしまった。
もっと一緒にいたかったのに。
こっそり溜息を吐くと、不意に柳さんが向き合って手を握ってきた。
「え?!」
サラリーマンの帰宅ラッシュに時間が重なって、駅には結構な人がいる。
なのに柳さんは全然気にしないとばかりに手を握ったままだ。
「冗談のように聞こえているかもしれんが…俺はこれからもずっと一緒にいられればいいと思っている」
それは俺も同じだ。
こんなに好きなのに、離れられるわけがない。
「家族のように切れない絆があればいいな。俺たちの間にも」
「もっと強い絆かもしれないっスよ?何があっても絶対切れねえ超頑丈な赤い糸とか」
「そうだな」
「それで来年も、再来年も、ずーっとこうやっていっしょに誕生日のお祝いするんっス!」
握られていた手を胸の高さまで上げて、指きりするように小指を絡ませる。
これは約束だ。
これからもずっと一緒だって指きり。
けど改札の中の電光掲示に前の駅から電車が発車したという文字が出てしまい、俺たちは手を離す。
「今日はありがとう。本当に楽しかった」
「俺もっス!…まああのバアさんにはちょっとやられたって感じっスけど……」
「そうか。では次は祖母と顔を合わせないようお前の家にお邪魔しようかな」
「来てください!絶対!あ!できればお袋も姉貴もいない時に!!」
言ってから、その言葉の裏にある卑猥さに気付いてしまった。
全然そんなつもりはなかったのに!
単にお袋に柳さん取られたくないだけなのに!!
そりゃ…全く下心がないかって聞かれたら…答えらんねえけど。
「いや、あのっ、ちがっ…!!」
「解った。俺もお前を独り占めしたいからな」
「へ?!え?!ええっ?!」
慌てて手を振って取り消そうと思ったけど、柳さんの思わぬ逆襲に対応しきれない。
「ほら、もう電車が到着するぞ」
って言われて改札の方へと背中を押し出される。
またからかわれたのかと思ったけど、柳さんも照れてるみたいだ。
いつもより早口になってる。
「あっ…あのっ」
「ではな、赤也。おやすみ」
「おっおやすみなさいっ!また明日!」
また明日。
何気なく出た一言だったけど、心に響いた。
手を振る柳さんに手を振り返して、ホームへの階段をゆっくりと上る。
振り返るとまだ柳さんは改札のところに立っててこっちを見ていた。
また明日。
ほんの数時間後にはまたあの人に会える。
それでも一度は離れなきゃなんないのが淋しい。
「あーあ…ほんとに家族だったらずっと一緒にいられんのになー……」
ガキっぽい夢で、それが現実になるかどうかなんて確証はない。
でも今は、そうなればいいと思って、明日の朝を迎える。
そしてあの人に会って一番の笑顔でおはようって言えればいい。
そんな毎日が、たぶんこの思いを現実にしてくれるはずだから。
【〜Happy BirthDay&Happy Days〜】