お義姉ちゃん視点のSSS番外篇でした。
ねーちゃん気付いてます。でも言わない。
思う存分ニヨニヨした後に爆撃してやろうと目論んでます。
そんで残ってた伏線も回収しました。
光がキャラになく怪我した謙也を心配して学校飛び出そうとしたのは上記のような理由からでした。
白石もそれを見越しての行動やったんですよ。
こっちも阿吽の呼吸でしたって感じです。
サイン/サイレン/サイレント11.5
大事な大事な義弟が家に部の先輩とやらを家に連れて帰ってきた。
一緒に晩御飯を食べさせてやってほしいのだと言って。
何となく光の考えている事が解り、快諾した。
光を溺愛している旦那、つまり光の兄はその先輩の派手な容姿に少し顔をしかめていたが、彼女を連れ帰ってきたわけではなかった為にホッとしている様子もある。
光の先輩、謙也君は蔵ノ介君ともユウジ君とも違うタイプで、だけど様々な事情を抱えた光をとても大切にしてくれているようだった。
警戒心の強い野良猫のような光が珍しい事だ、と思っていたが、謙也君を見ていると納得出来た。
誰に対しても物怖じしない謙也君の屈託ない明るさにほだされたといったところでしょう。
少し話しただけだがいい子だというのはすぐに分かったので私も旦那も安心していた。
光はとてもいい先輩に恵まれたのだと。
光の声には音がないので当然ではあるが、謙也君が一人で喋っている形ではあるものの、二人の間には会話があった。
音にならない光の言葉を、謙也君は的確に理解し、気持ちを拾ってくれている。
これは私のような医療に携わる者であっても難しい事だが、それを彼はあっさりとやってのけてくれている。
なかなかやるなぁと感心していたのだが、彼は光に甘いだけでなく、厳しい面も持ち合わせているようだった。
光は謙也君に対し、私達家族や蔵君、ユウジ君相手とも違う態度を取っていたのだ。
相手に甘える、自我を押し通す、派手に言い合う、そのどれもが私達の見た事のない光だった。
事の発端は夕食に出した一品だった。
今日は義父も義母も仕事で遅くなるという事で、食事当番の私が作ったレバーの香味揚げとサラダ、煮物、小鉢がメニュー。
嫌がるだろうな、と思えば案の定だ。
光は昔から魚の腑など、臓物の類が苦手でレバーが食べられない。
そんな光の為にちゃんと下拵えをして、調理法にも気を使い、匂いや食感など殆どレバーと解らない仕上がりにしてあるにも関わらず、光は絶対に箸を付けようとしない。
それが毎回少し悲しいのと悔しいのが半分、あとは絶対に食べさせてやるといった意地で、どれだけ嫌がろうと何度も食卓に出していた。
だが今日も光は綺麗にレバーだけを避けている。
それに気付いた謙也君はそれまでうちの息子と笑顔で喋っていたのだが光にその視線を向けた。
「何や光、それ食わんのか?美味いで?」
どうするか、と私も旦那も謙也君と光を交互に見る。
すると光は意外な言葉を口に象った。
『……レバー嫌いやねん』
いつもならば、こんな場面では別に何でもないのだと言って適当にごまかし自分から弱点を言ったりしないというのに、と驚いた。
「好き嫌い言うとったらおっきなれへんで。食べ」
それは私の常套句だ。
身長が思うように伸びない事に悩んでいる光は毎度嫌そうに顔を歪めて憎たらしい表情を浮かべながらも黙って聞いている。
だが今日ははっきりと言い返したのだ。
もちろん、声でなく小憎らしい表情と手と口の動きだけでだが。
『別におっきならんでええわ。これ食うたからっておっきなる保証もないし』
まるで子供の言い分に私も旦那も目を丸くする。
そして声もなく思わず目で会話してしまった。
光が、あの光が目に見えて他人に甘えている、と。
その珍しい光景に私達は食事するのも忘れて二人の言い合いを傍観してしまった。
私の記憶にある限り、光がこんな風に主義主張をはっきり前に出して、相手に自分の思いを伝える事は滅多にない。
元々毒舌で言いたい放題の子ではあったが、殊自分の意見や気持ちを主張する事はまずなかった。
都合が悪いと適当な言葉で切り抜け、以後は黙ってしまうのが光なのだ。
悪い癖であると分かっていたが、ついつい私達も甘やかしてしまい咎める事なく今日まできてしまった。
しかし謙也君を前に光が素直に心を開いている。
そして謙也君もそんな光を受け止めてくれていた。
「そんな事言わんと、出されたもんはちゃんと食べんのが作ってくれはった人への礼儀やで」
『嫌』
「こんな美味いのに。お義姉さんちゃんと食べやすいように料理してくれとって全然臭ないし、言われなレバーって解らんぐらいやで。
意固地にならんと一口ぐらい食べや」
いい子過ぎだよ謙也君、と思わずホロリときそうになった。
美味しいです、と言って笑顔で食べてくれていたが、私の苦労に気付いてくれていたのだ。
しかし光は相変わらずぷいっと顔を背け、意地を張り続けている。
『絶、対、嫌!』
「ほら、一口だけでええから!」
『いーやーやー!』
あれよという間に無理矢理口に運ぼうとする謙也君と嫌がる光の攻防が始まった。
息子も二人の様子に笑い声を上げている。
「光くん食べさしてもろて赤ちゃんみたいやー」
「ほら!甥っ子君にまで笑われてんで光!!」
『誰に笑われても嫌なもんは嫌!!』
今度こそ完全にヘソを曲げてしまったようで、光は口をへの字に閉ざしたまま顔を背けて謙也君を見なくなってしまった。
その憎たらしい表情に流石の謙也君もカチンときたようで、無理矢理顎を押さえ付けて食べさせようとしている。
『止めろやアホ!!こんなん無理矢理する謙也さんなんか嫌いや!!』
「おーおー嫌いで結構じゃ。俺かて好き嫌い言う光なんか嫌いやからな!」
その言葉に光の顔が見る見る悲しげに歪んでいく。
それを見た謙也君は焦った様子で言った。
「そっちから言うたのに何で泣きそうな顔すんねん!!」
『うっさいアホ!!知らんわ!』
「あーもう!ええ加減食えや!レバーは体にええねんで!」
「…何かこーいうシーンあったよな…フォークとナイフで飯食えーって」
「ああ…ヘレンケラー…奇跡の人?」
「そうそう」
それまで呆然と傍観していた旦那の言葉に思わず笑ってしまった。
均衡を保っていた二人の闘いは、私達のアホな会話の間に謙也君に軍配が上がったようで、押さえ付けられた光の口元がもぐもぐと動いている。
流石に一度口の中に入れたものを吐き出してやろうとまでは思っていないようで、光は何度か噛み締めた後飲み込んだ。
「どや?美味いやろ?」
謙也君のキラキラした笑顔に触発されて思わず頷いてしまった光は慌てて顔を背けてお茶を飲み干した。
私達がいくら言っても、何をやっても食べなかった料理を食べさせてしまった。
それにしてもさっきの光の態度は、と一つ引っ掛かった。
滅多に出さない感情が彼の前では自然と漏れてしまっている。
二人の間にある関係性に興味が湧いた私は、後片付け当番の旦那と光をキッチンに追いやり、謙也君にジュースを出して話を聞き出す事にした。
「あの、手伝わんでええんですかね、俺」
「うちは家事全般当番制やからええんよ。光とうちの息子以外は皆仕事あるからね。謙也君お客さんなんやし気にしなや」
申し訳なさそうにソワソワとする謙也君にダイニングテーブルに乗ったお菓子を差し出すと漸くソファに腰を落ち着けてくれた。
「なあなあ、光に何か言われた?」
「へ?!な、何をですか?」
別に疚しいこともないだろうに、口をつけたジュースを吹き出しそうになる謙也君に思わず笑ってしまった。
「何て言うて連れて来られたん?」
「え、えーっと…うち親どっちも医者で共働きなんですけど、今日は二人とも学会や言うて帰らんから晩飯一人やねんって言うたら光が…」
「なるほどなぁ。うちも大人は皆働いとって一人で家に残される事多かったからな、一人でご飯って言われて自分に重ねて寂しなったんちゃうか、あの子」
「えっ…そ、そうなんや…」
嬉しそうに口元を綻ばせ、掌で堪えきれない笑みを抑える謙也君の姿に先程のぼんやりとした疑惑が確信になった。
でもそれはあえて何も言わず、気になった事を聞く事にする。
「あとはー…最近あの子の目の届かんとこで何かあったんちゃう?」
「え?」
「いつもと違う…不測の事態で心配かけた、とか?」
「な、何で解るんですか!?」
やっぱりそうかと思い、驚いて目を白黒させる謙也君に事情を聞いた。
「こないだ…俺、目ぇ怪我してちょっとの間学校休んどったんですけど…」
「ほなそれや。それからちょっと光過剰に構いたくってへんかった?いつもより一緒におりたがったりして」
返事はないにせよ、謙也君の表情が全てを語っているようで、回想して宙を彷徨う視線が定まらない。
「光な、自分があんな目遭うたからかなぁ…自分の知らんとこで何かあったらって思うといてもたってもおれんみたい。
せやから、もう暫く……気持ち落ち着くまではあの子のべったり病に付き合うたってな。そのうち気ぃ済むやろし」
「もっもちろん!もちろんです!!むしろずっとこのまんまでも…!」
そう言った瞬間謙也君の残像だけが目の前に残り、その背後から茶碗を洗っていたはずの光が恐ろしい表情で現れた。
『アホな事言うてんなやこのド阿呆』
「ひっ光っ…!」
これ以上何も余計な事を言うなと光はぐいぐいと謙也君の腕を引っ張り連れて行こうとする。
「部屋行くん?」
廊下の方へ向けて歩いて行こうとするので確信を持って聞けば光は頷く。
もうこれ以上は関わってくれるなと嫌そうな顔をしているが、あえて声をかけた。
「後でジュースとお菓子持っていこか?」
想像した通り、光は先程より嫌そうな表情で首を振る。
そして失礼しますと謙也君が言うより先に階段へと引っ張っていってしまった。
「あれ?光は?もう上あがったんか?」
いつもの事ではあるが、光より多くの片付けをしていた旦那がダイニングに来ると早速とばかりに光の行方を捜している。
何も答えなかったらいつものようにパソコンを触る為に部屋に行ったのだと思っているようだった。
光なら鳶に攫われました、と言えばどのような反応を示すだろう。
泣き叫ぶ旦那の顔を思い浮かべると、言ってしまいたいような、黙っておいた方がよさそうな、複雑な思いだった。