アイッタァー!!!!ほんまイタイなぁ…
けどロクデナシ男仁王ってカッコいいよね。
ブン太がえらい可哀想やけど…差し引いてもロクデナシ仁王がカッコよい。
そんでこの話の柳生が物凄く好きだ。小姑っぽい柳生大好きです。
別に仁王が憎くて口煩くしてるわけでなく、親友だからこそ色々言うてるんだ。
これ続きとか書いた方がいいのだろうか。構想がないわけでもないんやが…
ここでスッパリ終わった方かええんか。
感想お待ちしております。
最後の冬の日
何度目かの、その場面。
いつもの様に烈火の如く罵声を浴びさせられるものだと思っていた。
だけど次の瞬間見えたのは、怒りよりも深い無の表情。
何も言わずにあいつは、その場を去って行った。
とても寒い、冬の日だった。
「また浮気現場を見つかったんですか?本当に最っ低ですね」
柳生の鋭い声などまるで気にしない様子で仁王は参った参った、と大した様子でもなくヘラリと笑いながら言う。
「それで?今回もまた相手の女性に掴みかかって怒ったんですか?丸井君は」
「いや………」
言いよどむ姿はいつもと違う。
ようやく事の重大さに気付いた柳生は身を乗り出し本格的に話を聞く体勢に入った。
「何なんです?逆上して刺されでもしましたか?」
「………何も言わんかった…あいつ」
「…え?」
「怒りもしない泣きもしない……本格的に愛想尽かされたんかもな…」
はは、と自嘲的に笑いを漏らしている。
柳生は相手に届くような派手な溜息を吐き、懲りない奴だと呆れ返った。
仁王はもう二年も丸井と付き合っている。
だがそれだけでは飽足りないのか、他の女とも関係を持っているらしい。
柳生が知っているだけでも、仁王の浮気は二度や三度じゃない。
恐らくは両手両足で数えられるなんて生温い数じゃ納まらないのだろうと予想している。
そしてその現場を度々押さえられては、烈火の如く怒る丸井をいつもの飄々とした調子で宥めているのだ。
それの繰り返し。
柳生も、いい加減丸井君もあんなアホとは別れてしまいなさい、と何度口に出かかった事か。
しかし寛大なのか諦めなのか、丸井は毎度それを許している。
だが今回は少し様子が違うらしい。
いつもなら感情をそのまま相手の女なり、仁王になりとぶつけてくるというのに丸井は何も言わなかったとの事。
「まあこれでよかったじゃないですか」
「え…?」
「今までなし崩しで関係を続けてきて別れるキッカケ欲しさに浮気してきたんでしょう。全く不誠実にも程がありますよ」
「あ……あぁ…そうやの…」
別れる……そうだ。
やっとあの我侭な男から解放されるんだ。
何もリスク犯してまで男と付き合う必要なんてないじゃないか。
そう思い、手元にあったペットボトルに口をつける。
心に出来た僅かなしこりは吐き出される溜息で霞んで、その時は気付かなかった。
目に見えて解る変化なんて微々たるものだった。
やはり丸井は全てを許したのか二人の間は相変わらず。
柳生は練習中の二人の背中を見ながらそう思った。
何事もなかったかの様に二人でボールを打ち合っている。
今回も別れられなかったのか、と自分も練習に戻ろうと振り返った時目の前に立ちはだかる人物にぶつかってしまう。
「失礼…っと…柳君……どうかしましたか?」
柳生の背後に黒い影を落としていたのは柳だった。
「少し来てくれ」
「は?……はぁ…構いませんが」
そのまま柳生は柳に連れられコートの端にあるベンチへ向かった。
ちょうど日陰になった場所に腰を下ろし、柳が口を開く。
「あいつ、少しおかしいぞ」
「あいつとは…どちらの事でしょう?」
「丸井」
「そうでしょうか?」
「お前…気付かなかったのか?さっき見てただろう?」
「特には…何も…」
冷静で客観的に部内の様子を見ている彼だから気付いたのだろう。
柳生が気付かなかった丸井の微妙な変化を見抜いていたらしい。
丸井の顔から表情が消えていた事を。
他の部員たちとは相変わらず表情豊かに話している。
笑いも怒りもする。
現に仁王と練習をする直前まで赤也とじゃれ合って笑い声を上げていた。
いつもと何も変わらない様子だった。
だから柳生も気付かなかったのだ。
仁王相手に笑わなくなっていた丸井に。
浮気が発覚して昨日の今日だ、まだ多少は不機嫌なんだろうと柳生は楽観視したが柳は険しい表情のままだった。
そんな柳を置いて柳生は再びコートに戻り、改めて丸井の表情を見てみる。
打ち合いもひと段落したのか他愛無い話をしている。
そして改めて参謀の偉大さと観察力の凄さを感じた。
柳の言った通りだ、と。
本当に表情が消えてる。
柳生は息を飲んだ。
その場から逃げるでもなく仁王の顔を見るでもなく、話しかけられても抑揚の無い声ではいーはいーと生返事を繰り返している。
仁王も流石にその様子に気付いている様で怒っているのか、と問うが丸井からは別に、と返るだけ。
拗ねているわけでも怒っているわけでもなさそうだ。
本当に何の感情も感じない。
機嫌直せ、またあの海に遊びに行こう、と誘っている。
だがついに丸井から言葉は発せられず、無言のまま頷くだけで会話は終わってしまった。
それから五日ばかりが過ぎた。
丸井は柳生にも、他の誰にも表情豊かに楽しそうにはしゃいでいる。
あの真田相手ですら、だ。
そこだけを切り取れば本当に何の変哲も無い日常だった。
ただやはり仁王相手になると途端に寡黙になり反応が薄くなる。
柳生と柳はどうしたものかと頭を抱えていた。
当人同士の問題にこれ以上口出しはできない。
だがあの丸井から対仁王の感情が消えるなんて尋常な事ではない。
一年の頃から好きで好きで追いかけて、かわされて。
それでも諦めきれずに追いかけ続けてようやく手に入れた恋人なのだ、仁王は。
そんな事を思っていた矢先、意外にも先に音を上げたのは仁王だった。
二人に相談してきたのだ。
どうにかして丸井から本心を聞き出せないか、と。
聞けば二人きりの時もずっとあの様子だと言う。
話しかければ普通に返事はするし、話しかけてもくる。
しかし表情は何も映さず、感情のない人形と話しているような気分にさせられる。
やっぱり怒っているのではないのかと咎めても怒っていないと言う。
訳が解らず、なら体に聞いてやると無理矢理抱いても拒絶しない。
完全にお手上げ状態だと言うのだ。
「丁度よかったじゃないか。このまま別れてやれ。その方が丸井もスッキリするだろう」
その柳の意見に柳生も賛成だった。
「潮時なんですよ。すっぱり斬り捨てて楽にしてあげたらどうですか?どうせ同情か遊びだったんでしょう?」
その言葉に納得しない、と憮然とした表情を浮かべる仁王に柳生は釈然としなかった。
この時を待っていたのではなかったのかと。
何だかんだと言って憎からず思っていたのだろうか。
柳に目配せすると煮え切らない態度に苛立っているのか、珍しく隠す素振りも見せずに不機嫌な表情が返ってきた。
肩をすくめてその場はお開きになるのかと思いきや、その場にやってきたジャッカルによって話が進展した。
「俺その原因知ってるぜ」
「何ですと?!」
「…いつからそこにいた、ジャッカル」
「ちょっと前から話聞いてたのに誰も気付かねぇからさ…」
やっと気付いたのかと、少し拗ねた様子のジャッカルを急かして言葉の先を促す。
「いや……ちょっと様子変だと思ったから仁王と喧嘩したのかって聞いたんだけど別に、って。
じゃぁまた浮気でもされたかって冗談っぽく聞いたらそうだって」
「……で?」
「いつもだったら目一杯愚痴聞かされんのにおかしいと思ったんだ。で、問い詰めたら一言疲れた、って」
「…ついに愛想尽かされたってわけですか…ご愁傷様です仁王君」
二人の関係は少なくとも丸井の熱烈な思いがあってこそのものだった。
これで本当に終わったな、と思った。
だがジャッカルの聞いた話はそれだけではなかったのだ。
「そうでもねぇみたいだぜ?」
「丸井君はこれだけの事されていてまだこんなロクデナシの事嫌いにならないというんですか!?何ていじらしいんでしょうっ」
「ロクデナシって……そんな本当の事をハッキリ言わなくとも…」
「…ヒロシ……柳まで…」
仁王指差し面と向かってはっきりとその言葉を言ってのける柳生も大概だが、フォロー入れているつもりだろう柳もなかなか酷い。
確かに同情の余地も無い仁王だが流石に気の毒だとジャッカルも乾いた笑いが漏れる。
「…それで?そうでもない、とはどういう事なんだ?」
「何かよー……仁王が浮気したりする事とか…他の事とか…
仁王に関する全部の事に対して怒ったり笑ったり泣いたりって…感情出す事に疲れたって。
じゃあ別れたいのかって聞いたら別れたいとか別れたくないとかって事も考えられないんだとよ。
仁王が別れたいって言うなら別れるし、別れたくないって言うなら別れない。
でも自分から別れたいとは言わない。たぶんまだ好きだからって……言ってたぜ」
当事者の仁王も、柳生も、直接話を聞いたジャッカルすらその言葉の真意を理解していなかった。
この言葉を理解できたのは柳ただ一人。
説明を乞う三人に柳は言葉を選んで話始めた。
「……丸井は仁王に麻痺したんだ」
「麻痺?」
「そうだ。好きとか嫌いとか、もうそういう次元じゃないんだろう。
自分でもコントロールの効かない場所に仁王がいて…感覚が麻痺してしまったのだ。
好いた惚れたと頭で考える余裕も無いぐらい深いところに棲みついたといったところか」
「……だから?」
誰一人として納得した様子を見せていない。
勉強に関しては頭が良いはずの柳生ですら。
頭の弱い奴に説明をするのは何と骨が折れるのだろうと柳は頭を抱えた。
「だから、仁王に対する感情が麻痺したんだ。
頭の中では好きだと思っているのだろうけど、それを感じる心の余裕がなくなったのだろう。
どうする仁王。あいつはもう二度とお前に笑わない怒らない泣かない。
感情取り戻したければお前はあいつから離れるしか手はないんだぞ?」
その時の柳の言葉が深く、深く、自分の心に突き刺さった事に酷く驚かされた。
何故なのか、理由は解らなかった。
別れたがっていたはずなのに。
そう、始まりは確かにそれだった。
我侭で手の焼けるブン太を、何を言っても何をしても犬のように尻尾を振って甘えてくるブン太を
少し鬱陶しいと感じ始めて別れるつもりで浮気を始めたのだ。
何故気付かなかったのだろう。
一度も、自分から別れを切り出さなかった事に。
簡単な事だったのだ。
こんな回りくどいやり方でなく、ただ一言別れてくれと言えば、
多少ゴタゴタあったとしてもすっぱりと別れられたはずじゃないか。
だったら何故、そうしなかったのか。
「怖かったのか……?」
小さく呟かれた仁王の声は海風にさらわれて丸井の耳には届いていない。
尤も、丸井はさっきから頬杖ついてぼんやりと窓の外を眺めているばかりだったが。
いい加減だろうと、何だろうと、丸井を失ってしまうかもしれないその言葉を
はっきりと言い切ってしまう事に恐怖を覚えていたのだろうか、と仁王は口の中で溜息を噛み殺した。
部活が休みになった日曜日。
約束通り、二人は海へと遊びにに来ていた。
これが今年最後になるかもしれない、灰色の空からは冷たい雪が零れている。
本当は海岸沿いを散歩でもしようかと思っていたが、あまりの寒さにフェリー埠頭にある待合室で暖を取っていた。
古い石油ストーブが一つと壊れかけのベンチ。
悪天候でここから出港するフェリーは全て欠航。
待合室には二人きりだった。
ストーブ近くにあるベンチに座る仁王と窓際で雪が落ちる様をぼんやり目で追う丸井の間に会話などなかった。
薄い窓は激しい海風と加えて海鳴りの音に共鳴してガタガタと震えている。
「…寒くないんか?窓際におったら風邪引くぜよ」
仁王は様子を伺うように話しかけるが黙って頷くだけで丸井が何を考えているのかは解らない。
「ブン太」
呼びかければ振り返ってくれる。
でもそこには何の感情もない。
押し殺されても溢れ出てくる感情ほど豊かだったのに。
こんな風に追い詰めてしまった事に今更ながらに後悔の波が押し寄せると同時に気付いてしまった。
どんなに酷く裏切っても、笑って許してくれていた。
どんなに酷く裏切っても、怒って許してくれていた。
どんなに酷く裏切っても、泣いて許してくれていた。
それが何を意味していたのか。
こんな状況になるまで気付かなかった自分の馬鹿さ加減に笑いがこみ上げる。
きっかけはどうであれ、途中からは違う感情で浮気していた。
こいつは、ブン太だけはどんな状況になったとしても自分について来てくれるものだと勝手な想いで振り回していたのだ。
現に、ブン太はこんな状況になってもまだついて来てくれている。
その引き換えにした代償はあまりにも大きかったけれど。
「ブン太…」
「何?」
こんな苦しい状態から解放してやる一言を、ブン太は待っている。
俺の口から出る、その一言を。
「外…出んか?」
だけど、言えなかった。
ブン太は黙ったまま頷き、後ろについて来てくれた。
海岸通りは冬のイルミネーション。
雪や海に反射して綺麗なはずなのに俺達の目には入ってこない。
ブン太はじっと俺の背中を見つめている。
何を思っている?
何を考えている?
何故何も言わないの?
何故何も聞かないの?
何故お前は俺を許そうとする―――…?
胸が軋む様に痛いのは寒さだけの所為じゃない。
こんな事になるなら、鬱陶しいほどに感情剥き出しにしていた頃の方がよかった。
怒っていてほしかった。
泣いていてほしかった。
何より、笑っていてほしかった。
こんな風にしてしまったのは、自分なのに。
彼は待っている。
別れの一言を。
その一言を言ってやればブン太は解放されるのだ。
俺という束縛から。
俺という呪縛から。
再び笑顔を取り戻す為には離れるしかない。
このままでは二度とブン太の笑顔は俺に向けられない。
でもそれを言ってやれないのは、気付いてしまったから。
一番近くにいたいという身勝手な想いに。
でも、笑顔を取り戻したいという矛盾した思い。
「仁王」
不意に話しかけられ驚いて振り返ると、やはり何も映さない闇色した瞳とぶつかった。
「一つだけ教えろよ」
「…何じゃ?」
「何で俺が告白した時…受け入れた?同情?好奇心?それとも何も考えてなかった?」
同情で男と付き合おうなんて、ましてや好奇心で付き合ってやろうと思うほど飢えていない。
そしてふと気付いた。
その選択肢の中に、好きだからという言葉が無い事に。
あれだけ酷い事をされていて、愛されているとも思えないで、何故今までついてきてくれたのだろう。
そう思うと急に胸が苦しくなった。
そして、
「好き…じゃから……かの…」
口を吐いて出たのはそんな言葉。
柳あたりが聞いたら嘘臭いと嘲るだろう。
ジャッカルか赤也あたりが聞いたら何を言ってるんだと大笑いするだろう。
柳生は、と考えて思考から消した。
またとんでもなく厳しい意見が突き刺さるだろう。
でも自分でも驚いたのは、それがすんなりと納得のいく答えだったから。
言ってしまえばそれが一番心に落ち着いた答えだった。
そう、俺は確かにブン太を愛していた。
でももう遅い。
ようやく声にして伝えられたその想いは虚しく空に舞った。
この言葉を信じて再び裏切られる事に脅えているわけでもなく、
ましてや、やっと聞けた本心かどうかも解らないこの言葉を信じて喜んでいる様子もない。
ブン太は小さくそう、と呟いただけ。
あいつの心の鏡に俺は映っていない。
もう二度と映らない。
だけどきっと、俺が手放す日までずっとブン太は俺の後ろをついてくる。
突き放してやる事がブン太の為。
なのに言ってやれない。
それがどんなに惨酷か、解っている。
解っているのに、最後の言葉がどうしても言えない。
こんな状況になってようやく気付いた、心に潜んだ真実。
今、永遠にブン太を失う別れの言葉は選べない。
側にいればまた笑いかけてくれるようになるかもしれないという、愚かな期待をしてしまっているから。
真摯に想いを寄せてくれていたブン太をヒトガタにしてしまった己の罪を全部償いきれば、また笑いかけてくれるかもしれない。
苦しめるだけの結果は目に見えているというのにまだ己のエゴで縛り付けている。
それが新たなる罪になる事も解っている。
繰り返し繰り返される矛盾の中に閉じ込められてもなお、ブン太は俺の側を離れない。
そんな彼に甘えていたのだ。
そしてこれからも。
「……ごめん…」
「何に対してのごめんだよ」
「…………やっぱり離してやれない…事に対して…」
そして抱き締めた腕の中のブン太は、抑揚のない声で解った、と一言呟いた。
ブン太の笑顔を取り戻す為の別れより、傷付けてでも誰よりも側にいる事を選んでしまった。
それが意味する真実に、彼は気付いてくれただろうか?
まだ雪は止まない。
最後の冬の日。
Endless End