跡部景吾庶民化計画 第二弾〜洋服店〜

あかん。昨日のマクド事件でどっと疲れた。
あの後も色々大変やってんから。
…ああもう思い出しとーもないわ…ハァー…

「何朝っぱらから溜息吐いてんだよ」
「おはようございます忍足先輩!」

豪勢な校門抜けて、とぼとぼ音が出てそうなぐらい重い足取りで歩いてたら後ろから二人に声をかけられた。
お前らはいつも朝っぱらから爽やかさんでええわなぁ、宍戸に鳳。

「お前昨日跡部連れてマック行ったんだってな」
「そうやでこの裏切モン!岳人はクソの役にも立ちよれへんし…俺一人であの坊のお守やってんで」
「しょうがねーだろ…昨日はこいつが買ってきた映画の前売り券の期限だったんだしよ」

ああええわな。君らはええわな。放課後デートやいうて、映画やて。
はー羨ましい羨ましい。
俺なんかちょっと映画見たいわー言うたらオオゴトやねんぞ。
あいつの指パッチン一つで映画館まるっと貸切やぞ。
信じられへん。落ち着けへん。
あんな閑散とした中で見ても鑑賞した気せんわ。
他の人もええ迷惑やん。折角映画観にきたのに都合により本日は閉館いたしますーやて。
映画好きとしては見過ごされへん。

「贅沢な悩みだな…嫌味な奴だぜ」

ほんならお前一回あの男と丸一日付き合うてみぃ。
間違いなく精神に異常来たすから。
昨日かて慣れへん食いモンで腹壊すし、ファンタ飲ませたろ思たら思いっきり人の顔向けて吹きよるし。
挙句にこんなもの飲めるか言うて押し付けてきよった。
俺炭酸飲まれへんっちゅーねん。炭酸入り飲んだら鼻にきて涙出よる…

…って、そんな話どうでもええんや。
大体にしてあの捻じ曲がった金銭感覚は早めに叩き直した方がええ思うねん。
見た目はオトナ、頭脳はオコチャマや。
…何やどっかで聞いたようなフレーズやけどまぁええ。丁度そんな感じやし。
いつまでもあんな生活しとったら絶対間違うた人間になってまう。

「手遅れなんじゃねぇの?」

五月蠅いで宍戸。そう思うんやったらお前も協力したらんかい。
皆して俺一人に押し付けんなや。
俺はあいつの恋人やぞ。乳母やとちゃうんやからな。

跡部はいずれこの日本の法律は俺様が変えてやる、だからお前は俺様の伴侶となるんだーとか夢物語を公言しとる。
ほんまにやってのけそうなあたりが恐いよな。恐いよな。
指パッチン一つで国動かすんやて。
ありえへん話やけど、可能性がゼロと言い切れんあたりがますます俺の恐怖心を煽る。
そうなってからやと遅いねん!
今までみたいにコンビニ行ってファミレス行ってファーストフード行って、それでええねん。
俺はあいつみたいに人間界から離れた生活したないねん!
せやのにあの男は、てめぇも今からこういう生活に慣れとけ、言いよる。

アホか!!

何で俺がお前に合わせなあかんねん。
一方的や。強引や。
まぁそれが跡部景吾や言うたらそれまでやねんけどな…

「だったらお前があいつに庶民の生活教えてやったらいーんじゃねぇのか?」

お、言うたな。言うたな宍戸。
よっしゃ、ほんならお前も付き合えよ。

「何で俺が…っ!!」

お前が言い出したんやから、男やったら最後まで言葉に責任持てよ宍戸。激ダサやぞ。
お前は氷帝テニス部庶民派期待の星や。期待しとるで。

「あ、そういや忍足。放課後暇か?」
「何や、珍しいな。お前が俺誘うやなんて」
「ユニクロへ買物に行くんだけどよ、お前も行くか?新しいやつ欲しいつってただろ」

待ってましたその言葉!!
もちろん行かせて頂きます。
あの男も一緒にな…
あいつもちょっと量販店の服に慣れさせとかな。
何で毎日毎日オートクチュールやねん。何で最低レベルがプレタポルテやねん。
お前どこの星のモンや、ほんま。

で、放課後。
俺は嫌がる跡部を引き連れて宍戸の教室に向かった。
今日は部活休みやよってな。時間はたっぷりあるで。

「宍戸ー行こか」
「悪ィ忍足。俺掃除当番…って……」

やっぱりコイツも連れて行くのか。
そんな宍戸の視線が痛い痛い痛い痛い。
もちろん連れて行きますよー。
このアホ坊に出来合いのシャツ着せるんや。
庶民に近づけるんや。
そんなデッカイ溜息吐かんでや宍戸。幸せ逃げてまうでー。

「掃除当番なん?」
「長太郎も行くつってるから、校門のところで待っててくれよ」

何やダブルデートみたいやな。
口に出したら宍戸が持っとるホウキが凶器になりかねん。
寸でのところで口押さえて、教室を後にした。

その足で校門まで行ったら大きな影が門扉にもたれかかってた。

「鳳」
「あ、先輩方!」

あぁもう何や、夕日浴びて飼い主待つ忠犬にしか見えへん。
俺らの足音には反応せんかったくせに、その5分後に来た宍戸の足音には反応しよんねん。
何やねんコイツは。
俺らの位置から宍戸まで何十メーターあった?今。
校舎の方に背中向けてたのに、あ!宍戸さんだ!!やて。
振り返っても向こうのほーうにちっこーい宍戸の影見えただけ。
どんだけ凄いねんお前。
宍戸もえらいのに好かれたもんやなぁ…

せやけど、宍戸も人事やない事実が一つ発覚した。

「俺ユニクロって初めて行くんです!!楽しみだなぁー」

何や………お前もか鳳……

そんな鳳の隣歩いてた宍戸の俺を見る目が、同情から同士の物に変わったのを感じた。
はは、宍戸。どうせ俺らはプロレタリアや。庶民や。最下層身分や。
お互い苦労するなぁ…

重苦しい空気纏った宍戸と、初めて行く店に浮かれ気味の鳳と、仏頂面のままの跡部を扇動して、氷帝から電車で1駅。
学校から一番近いレンガ張りの店。
今日も帝王様は自動ドアを前にして仁王立ちや。

「…へぇ、意外と広いじゃねぇの」

そら品揃え豊富なんが売りやからね。
さて、俺は制服の下に着るシャツと普段着買いに来たんやけどー……って跡部は?

「おい忍足…」
斜め後ろにおった宍戸が呼び止めてきた。
何や何や…

「しっかり見張ってろよ」

……何を?

…あぁ!!アレをか!!
宍戸の指差した先には広い店内をキョロキョロと見渡しながら歩いとる跡部。
ほんまや。放っといたら何しでかすか解らんしな…

「宍戸さん、同じ服がいっぱいありますね!」
そんなキラキラした目で見渡しなや鳳ー…
せやけどこいつらかもし出す空気がエエとこの坊ちゃまやから、田舎者に見えへんねんなぁ…
普通こんだけ各地にある量販店に行った事ないゆーたら…店建ってないような僻地に住んでるんかなー思うけどもやな…

お、さすがや宍戸。しっかり鳳の面倒見とるわ………ってあいつどこ行った!?

…あぁよかった…そこにおるわ…
「どや?跡部。よーけあるやろ?」
「フン…値段のわりによく出来てるじゃねぇの」
棚に重ねて置いてあったシャツ広げてじーっと眺めながら、ぼそっと言いよった。
昨日と違て今日はえらい好印象やな。ええこっちゃ。
「…何でこんなに安いんだ?」
「さぁ?大量生産してるからコストかからんのとちゃうか?」
「使い捨てか?」
「…は?」
物色しとったシャツ、思わず落としてもぅたやんけ。
何言い出すんやこの男は。
「これなんて390円だぞ…水に浸けたら溶けるんじゃねぇの?」
「安モンの方が丈夫なんやー」
毎回毎回クリーニングに出さなあかんようなお前の服のがよっぽど耐久性ないわ。

人間かて庶民の方が頑丈に出来てるがセオリーやろが。
お前みたいにちょっと怪我したー言うたら使用人何十人とすっ飛んでくるような環境で育ったら、モヤシっ子決定や。
貧乏人はなー親に頭怪我したー言うて血ィだらだら流しながら訴えても「舐めてたら治る」の一言やぞ?
デコ切ったー言うとんねん。どうやって舐めぇ言うねん、ホンマ。
お前みたいに咳一つで親が救急車呼ぶような環境で育ったら、人間に備わった自然治癒能力まで無くなってまうっちゅーねん。
庶民はなー風邪引いて親に熱あるんやけど、言うても「気のせいや、寝てたら治る」の一言やぞ?
しかも何回か訴えてやっとの事で聞いてもらえて、医者連れて行ってもらえるんか思たら民間療法や。
喉痛いんやったら焼いたネギ首巻いとけーやら胃痛いんやったら温めた牛乳飲んどけーやら。
熱出たら頭に乗っかるんは冷えたタオルやのぉて潰した梅干なんやー。

どや?!解ったか?!

そうやって人間はどんどん強なっていくんや。

「お前も苦労したんだな忍足…」

……アカン、同情の目で見られとる。
俺の話全っ然解ってへんやろ、自分。
もぉええわ…
庶民との格差を説明する事諦めて、棚の商品見渡してたら
「よし、俺が選んでやるよ」
やて。ほーん…ほなお前のセンス見せてもらおやないの。
そう言ってから5分後。
どんだけ文句言うたろかて構えてたのに、跡部が持ってきたのは意外な事にシンプルな黒無地のシャツやった。
「これなんてどうだ?」
「ええやん。サイズも丁度やし、これにしょーかな」
鏡で自分の体に合わせて満足気に見てたら、跡部はごそごそと棚からそのシャツのLサイズを全部取り出し始めた。
「……何やってんの?」
「洗い替えだ」
「1枚でええわ!!!」
同じシャツそんな何枚も何枚もいらんわ。
そういう意味で言うたのに
「金の事なら心配するなよ」
て、お得意のカード攻撃や。
いや、金の問題ちゃうねんて。
そんな同じシャツばっかり毎日着てたらそれこそ貧乏人やん。
不服そうな跡部を放っといて、俺は宍戸・鳳ペアを探し始めた。
そしたら遠く、パンツコーナーで仲睦まじく品定め中やった。
邪魔せんようにそっと跡部の元に戻ると、何やら棚の商品とにらめっこ中や。

「どないしたん?」

何か欲しいんか?
何てことない普通ーのTシャツが積んである棚の前でじーっと商品見とる。

「おい、このシャツはここにあるだけなのか?」
「え?在庫やったら店員に言うたら出てくるんちゃう?」
「そうか…」
「何?サイズないん?」
「いや」

………ハッ!!ちょっと待て…この展開まさか……
背筋にたらーっと嫌ーな汗が流れた瞬間やった。

「おい、そこの店員!!」

パァーチィーン!!!
店内に響く跡部の指パッチン。
うぉー…店員どころか他の客の視線も集中や。

「はい!お待たせしました!!」
店のニーチャンも律儀に飛んで来んでえーねんて。
跡部は俺の制止も無視して店員に言ってのけた。

「このシャツを各サイズ100枚ずつ用意してくれ」

はぁ?!100枚?!S〜LLまで?全部で400枚?!

「ちょっっ……っっ何するつもりやねん!!!」
「何って…平部員の部室に置いておくんだよ。あいつら汗だくのシャツもそのままにしやがるから部室が臭いんだとよ。萩之介が文句抜かしてやがる」
「…直談したって相当なんやろな……って、これは部費では落ちへんやろ…」
「だから俺が買うんだろうが」
「意味解らんし。何で自分がそこまでしたらなあかんねんな」
「バァーカ、氷帝テニス部は肥溜めみてぇな部室だなんて噂が立ったらどうすんだよ。俺様の沽券に関わるだろうが」

……その前にお前の奇行の数々に対する噂のがよーけと立ちそうなもんやが。

「これだけありゃあいつら全員に行き渡るだろ」

何なんやろうなぁこの男は。面倒見がええんか羽振りがええんか、いや…思考回路がズレとるんやな。
脳ミソが若干ズレてるんや。ズレて入ってるんや。
普通自腹で部員に買わんやろ。
200人やで200人。

「あの…お客様……?」
あ、すまんニーチャン、放っといてしもた。
ほれ見てみぃ。本気か?コイツ、何言うとんねんって顔してるやんか…
「早くしろよ。柄や色は適当でいい。どうせ俺が着るわけじゃないしな」
「え……あ、はぁ…」
バタバタと慌てふためく店員他所に、相変わらずの俺様節は続いてる。
「おい忍足、それも一緒に払ってやるよ」
「そらどうも…おおきに……」
400枚も買うたらこれ混じってても一緒やわな。
何やもう俺までアホになりそうや。
麻痺してきよった。
アカン、もう止める気力あらへん。

棚買いやて。初めて見たわ。っちゅーかこいつそのうち店買いしよるで。
何の為に庶民の味方の店に連れて来たんか解らんがな。

「何やってんだよ」
宍戸と鳳のささやかなお買物は済んだらしい。
二人で同じグレーの袋持ってやってきた。
まさかとは思うけど……

「宍戸さんと色違いのシャツ買ったんです!!」

……さよか…よかったな、鳳

宍戸は俺にからかわれる事心配したみたいやけど、スマン、今はお前の期待には応えられへん。
もう、どぉーっっ……っと疲れてんねん。

「どうしたんですか?顔色悪いですよ?忍足先輩」
「………まさか何かしでかしたのかよ?」
うん、まぁそんなところや…
俺の疲れた顔に、二人は察してくれたようや。

「なぁ忍足よ」
「…今度は何や」
「この店、校内に作ったらいいんじゃねぇの?」

……ごめん、精神疲労で耳までおかしなったみたいや…

せやけど自信満々の跡部の顔と、ぽかんとした宍戸の顔に空耳でない事を悟った。

「何言ってやがんだよ!」
ありがとう宍戸。俺の代わりに盛大に叱ったってくれ。
「そしたらお前らわざわざここまで来なくてもいつでも買いに行けんじゃねぇのよ。」
「それはいいですね、跡部部長!」
しっかり止めんかぃ鳳!!

店買いどころか店舗買いかい。
金持ちのやる事はやっぱりよぉ解らんわ……

どっちにしても、店作りたいんやったらせめて学校の目の前にしてくれ。
それが俺からのささやかなお願い事や…





翌日、平部員部室に届いたTシャツの山に、跡部はまた自分の株を上げよった。
俺の胃痛と引き換えに。

………これって…内助の功って言うてええんやろか?

 

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