あの男の楽観性

四天宝寺中において、セクハラなど日常茶飯事であった。
今更ながら大騒ぎするほどではなく、それは感情無味で何事にも無関心である財前も例外ではなかった。
挨拶代わりに部長に尻を触られようと、上背ある先輩に抱き心地が良いからとぬいぐるみのように抱き締められようとも動じず、オネエな仕草の先輩がくねくねと体を揺らし、明確に性的な動きで尻を揉んだとしても顔色一つ変えずに対処していた。
だが財前には一人だけ、どんな接触も許さない相手がいた。
呼び止める為に肩に触れればキモい、ダブルスを組んで連携が上手くいって嬉しくなりハイタッチを求めればキモい、冗談交じりに肩を抱けば振り払われキモい、どこを触ろうが何をしようがキモいキモいキモい。
普段は打たれ強い謙也も流石にここまで邪険にされては気持ちが折れると項垂れた。
つい先程も廊下ですれ違った財前のピアスが新しくなっていることに気付き、それカッコええなと触ろうとすると音速で避けられ心底嫌そうな顔で一言キモいと吐き捨てられてしまった。
「何やー暗いで謙也」
「せやかてなあ……毎度毎度あないキモいキモい言われたら。お前はええなあ白石……光の尻触り放題やんけ」
廊下の端で項垂れていると背後から白石に声をかけられ、うっかりと本音を漏らしてしまう。
「そういう事言うからあかんのちゃうんか」
「せやけど俺かって光の尻触りたいもん!!」
「うわっ、キモっ」
先程立ち去ったはずの財前がすぐ背後にいて、軽蔑を込めた冷たい視線で謙也を見上げている。
「どないしたんや?」
「朝練の時渡しそびれてたもんあったん思い出して戻ってきたら……」
白石の問いに答えた後、再び謙也に向け氷の刃の如き鋭く冷たい視線を送る。
そんな財前の様子にすっかりと縮み上がった謙也は無言で渡されるCDを受け取る。
だが痛い程の沈黙と視線に耐え切れずに逆上した。
「何やねん俺にばっかしキッツい態度取りやがって!!俺かって皆みたいに冗談言いたいっちゅー話や!」
「キモい。何で自分だけ嫌がられてるかよー考えたらどないですか?」
言われてみれば自分だけだ、とふと我に返った。
銀も金太郎も小石川も小春もユウジも白石も千歳も、他の誰もが財前に対して接触を拒まれてはいない。
謙也一人がこの理不尽に晒されているのだ。
それはつまり、と表情を明るくさせた。
「それって俺だけ特別やってことやんな?!」
「……はあ?」
「そうなんやろ?なあなあ、そうやんな?俺だけ特別に意識してしもて、ほんであんな態度になるんやろ?」
嬉々とする謙也に対し、財前はみるみる表情を歪ませ白石へと向き直った。
「何でこんな無駄にポジティブなんスか、この人。ほんまキモいんですけど」
「まあまあ、そこが謙也のええとこなんやろ。これからもこのドMに遠慮のお言うたり」
「おい、ちょお待てやドMて何やねんドMて。ちゃうっちゅーねん!俺かて優しいされたいっちゅーねん!」
謙也の叫びなど聞く耳を持たず、財前は心底嫌そうな顔を隠さないまま立ち去ってしまった。
だが謙也にはまったく堪えていないようで、まだ嬉しそうなまま白石の肩を揺する。
「なあなあ、絶対そうやんな?絶対あいつ俺の事意識してんやんな?」
「さあどうやろなあ」
「ほんま素直やない奴ちゃなあー可愛い可愛い」
本当に財前の言う通り、無駄にポジティブだと呆れて物も言えない白石は溜息と共に苦笑いを友に贈った。


うちの謙也さんはだいたいこんなイメージ。

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