たまにはこういう話もいいかと思いまして。
季節感丸無視のミステリアスホラーでした。
如何でしたでしょうか。
いつものアホみたいな謙光とは完全にかけ離れた感じです。
でもちょっと失敗した感…説明しないと解りませんよね。
最初、光が謙也の親戚宅前にいたのは『迎え火』を焚いていたからです。
焦げた匂いはそれです。
で、それで謙也がやってきたと。
お互い好きで好きで好きすぎて、どちらもちょっと狂気に陥ったような恋でした。
四天京都シリーズ春秋(眩暈)ときて、今回は夏。
こうなったら冬も書いた方がいいのかな。
と、なると相手誰にするよ、これ。
クララ、謙也ときたら……銀さん?
考えておきます。
あ、丸竹夷は単にそれしか手鞠唄が思い浮かばなかったので使いました。
『丸竹夷二押御池 姉三六角蛸錦 四綾仏高松万五條 雪駄ちゃらちゃら魚の棚
六条三哲通り過ぎ 七条越えれば八九条 十条東寺でとどめさす』
これね、これ。
京都行くと何となくこれが頭ぐるぐる回る。
某探偵アニメの映画で使われてた唄は実はちょっと違うものなのですよ。
ではここまで読んでいただきありがとうございました!
葉月夕凪・夢日暮
ぴちゃん、ぴちゃんと雨音がする。
いや、これは雨音ではない。
もっと大きな水瓶に水滴る音だ。
その先では蝉の鳴く音と、鈴の音と泣き声がする。
ああ、あの子が泣いている。
早く慰めてやらなければ。
今度は何があったのだ。
野良犬に追いかけられたのだろうか。
それとも近所の悪ガキにいじめられたのだろうか。
早く行ってやらないと、と思うが体が自由に動かない。
何故、どうして、そう自問したところでいつも夢から醒めた。
翌朝、謙也が目を覚ました時にはすでに太陽は高く昇っていて、部屋の温度は上がり、蝉の鳴き声が耳鳴りとなっていた。
裸の体を密着させて眠っていたのだから暑いはずなのに、体温の低い光の体が逆に心地よい。
まだ眠っているのか、と寝顔を覗く。
だが顔色の悪い光が視界に入り、謙也は一瞬ヒヤリとさせられる。
青い、というより白い顔で身じろき一つせず、さらに呼気も感じられず謙也は慌てて口元に耳をあてた。
息をしているか否か、というほどに細い呼吸に驚き、謙也は光の両肩を掴み激しく揺さぶった。
「光っ!!おいっ光っっっ!」
しばらくは何の反応もなく、謙也は必死に何度も名前を呼びながら心臓に耳をあてた。
そこはきちんと一定リズムを刻んでいる。
それにホッとして、もう一度肩を揺さぶり名前を呼んだ。
「光っっっ!!」
「んっ……うるさいっ…」
「あ!光っ!!気ぃ付いたか?!」
ようやく目を覚ました事に安心した謙也は思いきり光の体を抱きしめる。
「何…?人が気持ちよぉ寝てるん叩き起こしよって…」
「せやかてお前…息もせんと気ぃ失ってるみたいやったから心配なってしもて……」
「あー…俺寝起きはこんなもんっスわ。心配かけてすんません」
「そうなんや…よかった…光が何ともなくって」
生きている光を確認するように、謙也は体を撫で回し、もう一度きつく抱きしめた。
「大袈裟やなぁ…」
「けど俺…光おらんようなったら嫌やし」
「どっこも行けへんわアホ」
泣きそうな声で訴える謙也の頭をよしよしと撫で、額を指で弾いた。
「暑いし。ええ加減ちょぉ離れてや」
「えぇー…もっと光に触ってたいのにー」
「アホか」
すねた様子でそう言って笑う謙也の額を今度は掌で叩く。
腕の力が緩んだ隙に体を離れ、布団の上に座ると窓の外を眺めた。
「暑いなぁ……」
ぽつりと吐かれる光の言葉に謙也も窓の外に視線を移す。
昨夜は暗くて見えなかったが窓の外にはヒマワリが咲いていて、その先に青い空が広がっている。
相変わらず蝉がうるさく、隣家の生活音すら聞こえない。
通りを行き交う人や車の音もなく、世界に二人だけ取り残されたような感覚に陥った。
「光…」
「何?」
「……光…」
「せやから何?」
そんな中でも光は存在していて、ちゃんと自分の声が聞こえている。
それだけで何故か泣きそうなほどにホッとさせたれた。
「光」
謙也は腹這いになり光ににじり寄ると座っている足の上に頭を置いた。
光は少し驚いた様子だったが、振り払う事もなくそっと頭を撫でる。
指先で髪をすき、耳の裏を撫で、そして掌で頭全体を柔らかく撫でる。
その心地よさにうとうととしていたが、いい加減足がしびれてきたから離れろと言って頭を強制的に布団に下されてしまった。
恨めしそうに見上げる謙也など意に介さず、光は昨夜謙也に脱がされた浴衣を羽織るとだらしなく帯を締めて部屋を出て行ってしまった。
しばらくすると洗濯された謙也の服を持って部屋に戻ってきた。
「着替えーや。風呂入りたいんなら使ってええし」
「光は?」
「朝飯用意してくる」
朝飯、というには些か時間が経ちすぎている。
もう昼食と言って然りな時間だ。
そんなに眠っていたのかと思いながら起き上がり、服を着ようかと思ったがあまりの汗にそんな気は失せてしまった。
光もああ言っていた事だと先に風呂に入ろうかと謙也は下着だけをはいて風呂場へと向かった。
そして昨日と同じく生温い水を頭からかぶり、汗や様々を洗い流してから洗濯されたシャツやズボンを身に付ける。
そう時間は経っていないが光はどうしているのだろうかと台所へ向かう。
蝉の声以外に物音がしない事を不審に思い、中を覗くと光は流し台にもたれかかるように俯いていた。
「光?!ちょっ…どないしてん!!大丈夫か?!」
「う…ん……暑さにあてられただけやから…」
片手を流し台に預け、もう片方は額に当てて床に蹲る姿はとても大丈夫とはいえない。
手の隙間から見える顔色は相変わらず青白い。
「ちょっ…ちょっと待っとけや!」
謙也は急いで風呂場へ戻ると新しいタオルを数枚掴んで台所に戻り、冷蔵庫にあった氷を包んで光の首元に当てた。
「冷たっっっ!!」
「す…すまん…けど気持ちええやろ?」
肩を竦ませ驚く光に反射的に謝ってしまったが、光はすぐに状況を察したようで大人しく謙也に身を委ねた。
暫くは肩を抱く謙也の胸に大人しく収まっていたが、徐々に調子がよくなったのか光は顔を上げた。
「すんません…もう大丈夫です」
「けどまだ顔色良ぅないで?飯とかいらんし無理しなや。横んなっとくか?」
「……ん…そうします…」
謙也に支えられるように立ち上がり、光はそのままよろよろと台所のすぐ隣にある居間へと移動して畳の上に横になった。
ぐったりとする様子は暑さにあてられただけではないように思える。
もしや昨夜の行為が過ぎたのかと謙也は少し罪悪感を覚えた。
遠慮がちに近寄ると謙也は座卓に置きっぱなしにされていたうちわを手に光のすぐ側に座った。
そしてゆるい調子で風を送ってやる。
謙也の用意した氷を包んだタオルを額にあて、じっと動かない様子に思わずすまん、と漏らす。
「何が…?」
「いや、うん…あの…ちょっと無理させすぎたかなーと思て…昨日…」
一瞬驚いた様子で目を見開いたが、すぐに光は笑いを漏らした。
「あれぐらいでへばったりせんわ、アホ」
「け、けど…」
「まだ足りんぐらいやし。今日はもっといっぱいしよな?」
「えっ…ええっ?!けどっ…お前そんなんで…」
先刻よりは幾分顔色は良くなっているものの、まだ白い頬が光の調子の悪さを示している。
「けーんーやくん。逃げんなや。俺もっといっぱい謙也くん感じたいんやから」
「えっ…」
光はオロオロとする謙也の肩を掴むと強引に体を引き寄せ、唇を重ねた。
「んん?!ちょとっ…!」
突然の行動に驚き戸惑う謙也をよそに、光は舌をねじ込み、謙也の舌に絡めた。
くちゅくちゅと水音をさせながら存分に互いの唇を貪り合い、漸く光は顔を離した。
「はぁ…っ…その気になった…?」
「お前なぁ…!」
真っ赤になって抗議するその姿が何よりの肯定を示している。
光はおかしそうに笑いながらゆっくりと体を起こした。
「謙也くんのキスでちょっと元気になりましたわ」
「そ…そうか?」
確かにキスで高揚した顔は先刻の顔色の悪さと比べれば随分と調子がよいものに見える。
理由は半信半疑ながらも光の調子が良くなった事は喜ばしいと謙也は微笑み返した。
「ちょぉ遅なったけど飯食いましょか。つってもそうめんやけどな」
倒れる前にもう茹で上がっていて、丁度水に晒していた最中だったので少し伸びてしまったかもしれないと言いながら、
光は綺麗なガラスの器に入ったそうめんを持ってきた。
だがそれも杞憂で、謙也は嬉しそうにそれをすすり始めた。
「…光食えへんの?」
「あんたがアホみたいに食うてんのがおもろーて思わず見入ってしもただけっスわ」
しばらく箸をつける様子のない光を心配するが、呆れたように返され少しホッとした。
食欲がないのでは、と思っていたが遅れて光もそうめんを食べ始めた。
朝食という名の昼食も終わり、昼下がりの居間で年代物の扇風機がモーター音を上げながら回っている中、二人は特に会話もなく寝転んでいた。
夏休みの昼の番組などどれもさして面白くない上、部屋の熱が上がるだけだとTVもつけていない。
気まぐれに光がつけたタンスの上のラジオからは高校野球の中継が流れているが、それに耳を傾けている様子はない。
庭の縁台すぐ近くの木に止まった蝉が鳴く声に、時折それすらも聞こえなくなる。
そんな中謙也は隣でうとうととする光を眺め、何度も髪をすいてやっていた。
指で撫でる感触が心地よいのか、目を細めて身を委ねる光が小さな猫のように見える。
飽きずに何度も何度も頭を撫でていると、いつの間にか本格的に寝入ってしまったようだ。
座布団を枕にして丸くなり、すうすうと静かに寝息を立てている。
いくらこの猛暑の中でも腹が冷えてはいけないと、謙也は何か掛けるものはないかと探しに部屋を出た。
この部屋の奥には納戸があり、ここに布団の類はあるのか、とそっと覗き見る。
中は薄暗く、戸を開けっぱなしにした状態で中に入り、ぶらさがっている裸電球をつけるときょろきょろと辺りを見渡した。
すぐに布団の入った大きな袋が見つかり、その中から薄い肌布団を取り出す。
ふとその隣に目をやると、かつて光が遊んでいたであろうおもちゃが沢山入った箱が見えた。
「へぇ…懐かしいなぁ」
その中には謙也も持っていた物もあり、順番に手に取って眺めていく。
上から見える範囲のおもちゃがなくなり、その下から出てきたのは綺麗な鞠だった。
赤と金、白を基調にした鈴の音がするそれには謙也も見覚えがあった。
これはいつも光が持っていたものだ。
一人でこれをつきながら、いつも手鞠唄を口ずさんでいた。
そんな姿が気になり、謙也から声をかけたのがきっかけで仲良くなった。
自分一人なん?一人で遊んでてもおもんないんちゃうん?一緒に遊べへん?と。
思えば随分に軟派な声のかけ方だった。
だが光は不審がる事もなく、嬉しそうについてきたのだ。
「光何て言うて歌っとったっけなぁ……」
詞は思い出せないが節は覚えている。
鼻歌でそれを奏でながら、謙也はその鞠を手に取った。
何故か水に濡れて重く、不可解なその様に驚きすぐに手を離す。
「何や…今の……」
何かの間違いだ、そう言い聞かせながらそっと指先で触れると、先程の濡れた感触が嘘だったかのように乾いた鞠の感触が伝わる。
暑さでおかしくなったのだろうか、と不思議に思いながらも謙也はそれを持ち上げた。
そして肌布団と共にそれも持って居間へと戻った。
光は先刻と同じ格好のまま大人しく眠っていて、起きる様子もない。
今朝の事もあり、少し心配になって口元に手をやるときっちりと一定の呼気を感じられた。
ただ眠っているだけかと変な安堵感を抱いてから持ってきた布団をかけてやる。
そしてその隣に寝転んだ。
しばらくはじっと見つめていたが、一向に起きる様子のない光に謙也も徐々に眠気がやってきて、いつの間にか眠りに落ちてしまった。
丸 竹 夷 二 押 御池 姉 三 六角 蛸 錦 四 綾 仏 高 松 万 五条 雪駄 ちゃらちゃら 魚の棚
ああ、この唄だ。
あの子がいつも口ずさんでいたのは。
どこか悲しげな節だけが耳についていたが、後から伯母にあれは京の通りの名を読んだもんえ、と教えてもらった。
何とか覚えようと努力はしたものの、結局は覚えられないままにここへ来る事はなくなっていた。
そういえば俺は何故ここに寄り付かなくなったのだろう、休みの度にあんなに光に会う事を楽しみにしていたのに、と謙也は思った。
その瞬間、蓋を閉めていたはずの記憶が噴き出してきた。
それもまた断片的ではあったが、鮮明なものとして頭にこびりつく。
真夏の、暑い盛りだった。
光と二人池で遊んでいる自分の姿が見える。
記憶の中の光は謙也の初恋の子で間違いない。
そんな彼女、否、彼は綺麗な鞠を池の端でついている。
危ないで、と言った矢先の出来事だった。
軌道を変えて跳ねてしまった鞠が転がるのを追いかけた光が池に落ちたのは。
「まーる竹えーびすーに押御池ー…姉三六角蛸錦ー」
記憶が吸い込まれ、現実に呼び起こされた謙也の目に飛び込んできたのは、
縁台に足を投げ出して座り、手に鞠を持ったままあの唄を口ずさんでいた光だった。
その姿はとてもこの世のものとは思えないほどにはかなげで、謙也は飛び起きると思わず側に駆け寄り抱きしめた。
「うわっ…何やねんいきなりっ」
光が確かにそこに存在する事を確認してホッと息を吐く。
抗議の声を上げたものの、謙也の様子がおかしい事に気付き、光は腕の中で大人しくなる。
「光……この鞠、な…」
「…懐かしいですね…まだ残してたんや、オカン」
どこか寂しげに呟かれる言葉に謙也の心が締め付けられる。
あの後、光はどうした。
それを思い出そうとすると、蝉の大合唱が耳について離れない。
耳鳴りのような声が何度も何度も襲う。
泣き叫ぶ人の群れを見て身動きが取れなかったのを今でも覚えている。
そしてそれを今も後悔している事を。
「光…体しんどくない?もう平気か?」
「どないしたん急に…」
「…光の事抱きたい」
まっすぐなその言葉に一瞬驚いた後、昨夜見せたものと同じく熱の篭った瞳で見つめ返す。
そして頷く姿を見るや否や、謙也は光の体を部屋の中に引きずり込み、畳の上に押し付けた。
繋いだ左手はこの暑さにも関わらず、驚く程に冷たい。
生ある者であるその証の薄さに顔を歪め、謙也はそれからは目を逸らした。
だらしなく、とりあえず帯を結んだだけの状態である光の寝間着はあっという間に剥ぎ取られ、
夕刻の燃えるような空色が映えた部屋で光の白い体が浮かび上がる。
「謙也くーんっ…焦りすぎー」
昨夜より性急に体を暴いていく謙也の様子がおかしいのだと光はくすくすと笑いを漏らしながら体中を這い回る手を受け入れている。
「んっ、あ!」
「光…」
ここにいるはずだがここにはいない。
光はあの日、と思い出し、謙也は頭を振るとどんどんと行為を進めていく。
体を繋げ、恥じらいもなく喘ぎを上げる光を見下ろしていると、堪え切れずに涙が溢れ出てきた。
「…あぁっ…っ……ぇ…けんや…くん?」
「光……ひか…」
「なに……泣きなやほんま…子供ちゃうんやで…」
「ん…ごめん……」
頬に落ちる涙を感じ、光は謙也の目許に唇を寄せた。
拭えど拭えど溢れ出す涙に呆れながらも光は謙也の頭を胸に抱き寄せる。
「んっ…謙也くん泣かんといて……俺はここにおんねんから…」
「……っ…ん…うん…せやな…」
「あっ…もう…っ、いらん事考えんよう……もっといっぱい…気持ちええ事しよ…」
涙で上手く力の入っていない謙也から体を離し、仰向けに寝かせると馬乗りになった光は自ら中に謙也の中心を迎え入れた。
「あぁっ…んっんっ…謙也…くんっ!けんや…ああっあっ!」
汗が夕闇に光り、ぼんやりと浮かぶ光の体の影が年不相応なまでに官能的で、謙也はあっという間に限界を迎えた。
光の中に欲望を撒いた後も離れ難く、体を起こし目の前の光の体を強く抱きしめた。
「謙也くん……好き…です…ほんまに」
「うん…俺も…離したない。光とずっと一緒におりたいなぁ…」
「何言うてんっスか。一緒におれますよ…ずっと、ずーっと」
それまでの柔らかい口調でも、いつもの淡々としたものでもない、冷たい色をした声に謙也は一瞬寒気がした。
気のせいか、と思い目を凝らして見れば光は疲れたようで眠っている。
謙也は光の中から萎えた性器を抜き取ると、畳の上に寝かせた。
途端に体が重くなり、謙也もその隣に横になるといつの間にか眠ってしまっていた。
闇の先に手鞠唄が聞こえる。
あぁこの声は間違いなくあの子のものだ。
今迎えに行くから、それまでそこで待っていて。
次に目が覚めた時にはすでに彼は隣にいなかった。
うるさかった蝉の鳴き声からいつの間にか庭を這う虫たちの声に替わり、辺りはすっかりと真っ暗だった。
今何時なのだろうかと壁の時計を見れば、すでに日付が変わる寸前だ。
明日にはもうここを離れなければならない。
残された時間は僅かだ。
そう思い、家中を探すがその姿はどこにも見つからない。
まさか、もしや、と慌てて衣服を整えるとそのまま家を飛び出した。
虫の集まる薄暗い街灯だけを頼りに、路地を右へ左へと駆け抜ける。
そして行き着いた先は小さな池のほとりだった。
「謙也…くん……」
水面を眺めながらぼんやりとたたずむ姿に光は何と声をかけてよいか解らない。
鏡のような綺麗な水面に、彼の姿は映ってはいない。
全てを知られてしまった。
彼が真実に気付かぬよう嘘をついていた事も、この真実も。
謙也は全てを悟ったように綺麗に微笑み、静かに口を開いた。
「そうや……あの日池に落ちて亡くなったんは光やない…俺の方やったんやな…」
寂しげな様子に居た堪れなくなり、光は謙也の体を思い切り抱きしめた。
この時期になると彼は必ず里帰り、をしてくれるのだ。
光の成長に合わせるように年を重ねた姿で。
ただ、毎回光の事は忘れているようだったが、それでも会える事以上の喜びはなかった。
「謙也くんはまだここにおるよ…」
「光…けど、俺はもう…」
「嫌や。離せへん!帰らせへん絶対!!」
「けど俺が側におったら…光どんどん衰弱していってまう」
確かに無理は百も承知であった。
住む世界の違う彼を体に受け入れる事は容易ではなく、今朝倒れたのもその所為だった。
だが、だからといって何だというのだ。
彼の側にいる事以上の真実など光には必要がなかった。
光は謙也の腕を掴むと一目散に家へと戻った。
玄関をくぐり、鍵を落とすと光は上がり端に謙也の体を押し倒し、またがると何度も何度も口付けた。
「んっ…ひか…」
「黙ってや」
「ちょっ…こんなとこでっ」
焦る謙也の声など無視すると、ズボンの前立てを開き、中からまだ萎えた状態の謙也の性器を取り出した。
そしてそれを巧みな舌の動きで追い詰めていく。
卑猥なその動きや音に謙也のそこは痛いほどに勃ち上がってくる。
じゅっと濡れた音と共に光の口の中で弾け、光は全てを嚥下してしまった。
更に性器に絡まる精液を舐め取る様子にまた徐々に頭をもたげ始める。
「ひ…光?」
「なぁ…ずっと一緒におりたいって言うてましたよね?」
「え…う、うん…それは…」
「せやから今年こそ、俺もそっちに連れていってください」
まっすぐに見つめる瞳は真剣そのもので、謙也は思わず息を飲んだ。
「もう離れたない!年にいっぺんしか会えんとか耐えられへん!それにあんたが…
あんたが俺助けた代わりに死んでしもた事後悔しながら生きていかれへん!」
「光……俺がやった事は…お前にいらん負担与えてしもとったんか…?」
「違う!!…けど、年重ねるにつれて…もう耐え切れんようなってしもた……謙也くんとずっと一緒がええ…そうやなかったら生きてても意味ない…
謙也くんの分もしっかり生きなさいって周りは言うけど、そんなん出来へん…謙也くんが謙也くんの命使わな意味ないやんか!」
泣き叫ぶ光の声に謙也が息を詰めるのが解った。
光は目の前の謙也の顔に手をあてると、存在を確かめながら何度も優しく撫でた。
「なあ…謙也くん…謙也くん……ずっと俺と一緒に…いてくれますか?」
謙也は光の言葉に頷くと、体を抱き上げた。
そして昨夜のように光の部屋に連れて行くと、敷きっぱなしになっていた布団に横たえる。
「……ほんまに、ええんやな…?後悔せぇへん?」
「後悔なんかもう飽きるぐらいやったったわ。ええから早よ連れて行けアホ…」
「…わかった。最高の気分のまま…こっちに呼んだるわな」
「楽しみにしてます」
謙也はまだ夕刻の余韻の残る光の後ろに昂ぶりを当てると一気に中に突き入れた。
「あああっ!!あぁっ!」
その衝撃に反らされた体を押さえつけるように首に手をかけると、謙也は耳元でそっと呟いた。
「光…好きや……これからはずっと一緒やからな…」
その囁く声に光は最高の笑みを零し、静かに瞳を閉じた。
京都の夏は油照りとも呼ばれ強烈な暑さであることは有名だ。
だが今日は珍しく冷たい雨に見舞われていた。
しかしこの雨も間もなく止むだろうと思いながら、家主は家の鍵を開けた。
「ただいまー」
「ただいま光ー」
静かだった家が一気に賑やかになる。
旅行から帰った家族は大きな荷物を抱え家の中へとどやどやと入ってきた。
「ちょっとー光ー?どこおんのー?お土産買うてきたったよーあんたの好きや言うとった饅頭」
「あーあかんよオカン、光部屋で寝とったから起こしたらまた不機嫌になるわ」
居間にいくより先に光を探しに行っていた兄の言葉に母親は呆れた声を上げた。
「何やの昼間っからごろごろして…だらしないなぁ。けど一人で羽伸ばしたいんやて生意気言うてただけあって…家の中は綺麗にしてるやない」
「あら?お義母さん、この浴衣なんでしょうね。鴨居にかかっとったんやけど…」
「光が出して着たんやろか……けどあの子には丈長いのに」
「誰か来とったんとちゃうか。食器はみんな二人分出てるしな」
父親の指摘に母は女でも連れ込んだのかと笑った。
「ほんましゃーない子やねぇ」
仕方ないから先に荷解きをしようと各々に片付けを始めた。
騒がしくしているにも関わらず、一向に目を覚ます様子のない光にいい加減痺れを切らせた母親が、夕飯の支度をしながら兄に頼んだ。
「あ、雨も上がった事やし送り火焚こか。お兄ちゃんちょっと光呼んできて」
「おいおい怒られるん俺かぃ…」
兄はそれを渋り、いくら寝起きの悪い光とはいえ流石に子供相手には怒らないだろうと自分の息子にその任務を託した。
そして張り切って出ていったはずのその子は不思議そうな表情を浮かべたまま戻ってくる。
「どないしたんや?怒られたんか?」
「んーん。光くんな、声かけてもな、体叩いてもな、起きへんねん」
「何や…具合でも悪いんかな」
心配やから見てきます、と言った義姉の悲鳴が家中に響き渡ったのは、それから僅かの事だった。
【終】