それはきっと僕を救う歌

今日もまた、いつもと同じだった。
9回裏1アウト。
代打で出塁した1塁走者に代わって呼び込まれる自分の名前。
グランドに出ると同時に湧き上がる大歓声で、観衆が歓迎してくれているのだと解る。
だが同時に湧き上がるのはどうしようもない虚しさだった。

「あれ?」
あの瞬間の虚しさを表したような物悲しいギターの音に足を止める。
謙也はすぐに辺りを見渡す。
だが駅前は家路を急ぐサラリーマンや、週も始まったばかりだというのに居酒屋の前で騒ぐ学生でごった返しているだけだ。
それらしき音の発生源はない。
「謙也ー!店入るでー!」
「はい!!今行きます!」
少し前からする同じチームの先輩達の呼ぶ声に返事はしたものの、謙也の視線はまだ雑踏を彷徨っている。
しかし結局その音の主は見つける事は出来ず、痺れを切らせた一つ年上の先輩に頭を小突かれ店に連れて行かれてしまった。

謙也は今年で四年目を迎えたプロ野球選手だ。
高卒でドラフトにかかり、7位指名という何とも中途半端な順位で入団した。
だが幼い頃から憧れのユニフォームに身を包み、ドラフト一位二位選手達と比べスタートこそ躓いたものの、
長い二軍暮らしを経て今年はようやく一軍に定着出来た。
そして自慢の俊足を生かし、連日試合を荒らしている。
塁に出れば必ずホームへ還ってくるその神速とも呼べる速さにファンやチームメイトからは浪速のスピードスターとあだ名されていた。
だがスタートダッシュの甘さや他の選手と比べて打率が落ちる謙也はなかなかレギュラーに定着する事はなかった。
それでなくともレギュラーには長年チームを支えてきた不動の1番バッターがいて、なかなか謙也にお鉢は回らない。
彼の俊足もまた星に例えられる程で、謙也憧れの選手でもあった。
中学高校と野球部で汗を流していた頃、彼のプレイに憧れ何度も球場に足を運んだ。
いつか一緒に野球が出来ればと夢を抱いていたが、それも努力の甲斐あって共にチームを盛り立てるまでになった。
夏の盛りにあるシーズンで一番長い遠征を終え、ホームでの試合が明日から始まる。
日本で一番熱い球場で、たくさんのファンに囲まれてプレイ出来る幸せと、理想とする己の狭間で葛藤する日々がまた始まるのだ。

チームメイトである先輩に連れて行ってもらった分不相応な高級店から出ると、入店した時よりも少し人通りが減って歩きやすくなっていた。
店に呼んでもらったタクシーがやってくる大通りまでの少しの距離、
顔の知れている先輩が雑踏のサラリーマン達に気付かれたようで話しかけられている。
謙也もファンだという女性から握手を求められ、少し浮かれてそれに応えた。
だがその向こうに再びあの悲しいギターが聞こえてきた。
「ごめんな!ちょっ……明日からの三連戦応援よろしくな!球場来てな!!」
突然駆け出した謙也に驚く一同を振り切り、大通りを見渡す。
やはり音の発生源は見当たらない。
しかしよく見れば駅前の雑踏から少し外れた植え込みから少しギターが見えた。
「あれか…!」
謙也は足を止め、少し息を整えてからその影に近付いた。
植え込みの陰に見え隠れする背格好から、それが年の変わらない男であると気付く。
ストリートミュージシャンだろうかと思ったが、彼が歌っている様子はない。
ただ同じ旋律を何度も何度も繰り返しているだけだ。
だがその音は確かに謙也の聞いたものだった。
邪魔をしないようそっと近付き、ギターを抱える男の横顔をじっと見つめる。
「……何か用っスか」
「えっ」
少し離れた場所にいたが、やはりあまりに凝視しすぎたかと謙也は目を逸らし、声を詰まらせる。
挙動不審の謙也を見上げると男は抱え込んでいたギターを下ろしてしまった。
「ご、ごっごめ……あの、俺邪魔やったらどっか行くし!つ、続けてくださ……」
「いや、別に邪魔やないけど……あんまじっと見られたら落ち着けへんだけなんで」
本当に何とも思っていないのか、表情を変えずに謙也を一瞥する。
「ご、ごめんな……あの、ほんま続けてや。えっと俺、そこで音聞こえてきて……めっちゃええ音やなって思ってそれで……
ちょっと聞かせてもらおかなって思ってただけで……」
「聞こえてたんですか?」
「え?う、うん……あっちの…大通りのな、駅前のとこおってんけど、ええ音聞こえてきたから……」
謙也の言葉に男は少し表情を和らげ、ギターを再び抱えると音楽とも呼べない程の音を爪弾き始めた。
邪険にされている様子はないと思った謙也は少し距離を詰めると、男の座る植え込みに腰を下ろした。
何かの曲を弾いているようにないが、ただ出す音の全てが悲しく美しい。
普段はノリの良いアップテンポな曲ばかり聴く謙也だが、彼の出す音に何故か酷く惹かれるのだ。
その音に耳を傾けていると、再び音が止まった。
「……こんな練習、聞いてて楽しいですか?」
「え?あ、これ練習やったん?」
確かに曲を弾いている様子はなかったが、練習とは思わなかった。
何故こんな場所で誰に聞かせるわけもなくギターを弾いているのか、ますます興味が湧いた。
彼の出す音と、彼自身に。
先刻まで暗がりでよく見えていなかったが、その横顔は存外に整って綺麗だ。
「いやいや、ないやろ……」
綺麗って何や、相手は男やろ、とぶんぶん頭を振っていたが、男の冷ややかな視線に気付き慌てて姿勢を正す。
「な、何でここで練習してるん?」
話を逸らす為と、ただ純粋に湧いた疑問を解決したく質問を男にぶつける。
だが男は何もないような表情に戻り、別に、とすげなく返すだけだ。
特に理由はないのだろうか、それとも教えたくないような理由なのだろうか。
謙也はそわそわと落ち着きなく立ち上がり、ごめんな、と謝る。
「え?何で謝るんですか?」
突然元気をなくし、頭を下げる謙也を見て驚いた様子で男が顔を上げる。
今までの無表情が崩れ、ようやく人と相対しているような表情となった事に謙也は少し驚いた。
互いが互いの態度を不思議に思い、しばらく無言が続く。
だが質問されたのは自分だ、と謙也は慌てて説明した。
「あー……邪魔して悪かったかなと思って……」
「いや、せやからほんまに邪魔やないんで。じっと見られて落ち着けへんだけやから……」
居心地悪そうに視線を落とし、きょろきょろと視線を彷徨わせる姿に、照れている様子を悟った。
彼は怒っているわけでも不機嫌なわけでもなかった。
そうか、表情に出辛くて伝わりにくいタイプなのだなと察すると、謙也は再び腰を下ろす。
そしてあまりじろじろ見ないように膝に視線を落とした。
「一つ聞いてええっスか?」
「なっ、何?」
しばらく音を確かめるように一音一音弾いていた男だったが、不意に質問を口にした。
突然の事だったので謙也は肩をびくつかせ過剰に反応してしまう。
「……別に取って食おなんて思ってませんけど?」
「いや!すまん!!さっきから俺一人はしゃいで喋ってしもとったからびっくりして!!……ほんで何?」
「大した事ちゃうんですけど……何で俺の音に興味持ったんっスか?」
それは至極当然抱くであろう疑問だった。
だが謙也自身どこか曖昧で、何故ここへやってきたかはっきりとした理由が解らなかった。
首を傾げ、うんうんと唸りながら考え込む謙也を見て、男はふっと笑いを漏らした。
初めて見る笑う姿にホッとして謙也は肩の力を抜く。
「そない笑わんでも……」
「すいませ……けどさっきからビビってばっかやから」
そんなにビビってるくせに見ず知らずの人間に声をかける根性はあるのだな、と男はおかしそうに唇を歪めた。
派手に声を上げて笑っているわけではないが、最初が無表情だっただけに笑う姿が映える。
笑うと少し幼く見えて、先刻までのびくびくした気分は失せて消えた。
「なあ、いっつもここにおるん?ここでギター弾いてるん?」
「今日はたまたまですよ。こんな事いつもやってませんって」
「……そうなんや」
また聞きたかったのに、と思ったが、それならば今日出会えた偶然を逃したくはない。
謙也はポケットに入れたままだった、親にあげるつもりをしていた三日後の試合のチケットを取り出した。
「あ、これ!これもらってや!」
「何これ……野球の……試合のチケット?一緒に行こうって事ですか?」
「え?あー……一緒には行けんねやけど、誰か…あの、友達とか……かっ、彼女とかと一緒に……どうかなあと思って。
あ、別に変な意味やなくって、ええ曲聞かせてもろたから、そのお礼っちゅーか……」
ここまでまったく無反応だったから自分の存在は知ってもらえていないだろうと思ったが、やはりそうだったかと少しがっかりとさせられる。
だが自分の知名度など球団の熱狂的なファンに浸透している程度だろう。
「あの程度で貰うん何や悪い気ぃするんですけど……」
「ええねんええねん!!ほんま、遠慮せんといて!」
どうせ広報に頼んでもらったものなのだ。
親に渡す分はまた自分で買えばいい。
「ほな……遠慮のぅ……」
そんな謙也の熱意に負け、男は訝りながらも受け取ってくれた。
チケットをポケットにしまうと、男はギターをケースに片付け始めた。
「次、いつここ来るん?」
「さあ?あんまここで弾く事ないから……」
「……そうなんや。あ、せや!ほな連絡先!連絡先交換しよ!俺また自分のギター聞きたいねん!」
ファンというわけでもないし、女の子なら球団も問題にするかもしれないが彼なら大丈夫だろう。
正体が暴露た後も、きっと悪用などしないはずだと無責任な確信を持つ。
謙也が携帯電話を取り出すと、男もしばらく考える素振りを見せた後、ポケットから携帯電話を取り出した。
お互いの番号とアドレスを交換して、漸く名乗り合う。
「あ、せや。俺謙也。忍足謙也って言います」
「俺は……光、です。財前光……」
「光な!よろしくな、光!」
初対面だというのにいきなり呼び捨てはやりすぎただろうか、と一瞬不安になったが、光の方から握手を求めるように手を差し出してくれた。
謙也はホッとしてその手を握り返す。
その時、雑踏の向こうから光、という声がした。
同じ年の頃の男が大きなワゴン車の前に立っていて、光に向け手招きしている。
「あ、迎えや……ほな、これで……」
「ああ、またな!あ、絶対来てや!試合!」
光は少し笑って確かに頷くと、迎えだと言っていた男の乗ってきた車に乗り込んだ。


それから何度かメールをやり取りしたが、謙也は練習に試合にと忙しく、光も忙しいのか一言二言返ってくるだけだった。
だが無視される事なく律儀に返されるメールに思わずにやけ顔になってしまう。
クールなようで案外お人好しなのかもしれない。
よくよく考えればあの日の自分の行動は相当におかしかったというのに。
試合後のロッカールームでにやにやと携帯電話を眺めていると彼女からメールかと随分からかわれたが、
いない相手からは送られてこないとしょげた態度を見せると爆笑が湧いた。
明日はいよいよホームでの三連戦最終日、光が試合を観に来る日だ。
こないだのお返しに、カッコいいところを見せなければと俄然張り切った。
自分の正体を知って驚くだろうか、無理矢理チケットを渡してしまったが野球に興味がなかったらどうしよう、
それより折角の機会だというのに自分に出番はあるのだろうか、
そんな事を悶々と考えながら翌日を迎えた。
試合前にグランドで練習していると、ファンがまばらに入場を始めているようで練習を見学しているのが見えた。
光の座席は解っているから何度もそちらを気にしてしまう。
試合前に来るのだろうかと少しがっかりしていたがそろそろ練習も終わるかという頃、ようやく姿を表した。
「あ……光ーっ!」
練習を終えベンチに引き揚げる際、丁度ネット裏の席に着いた光と目が合い、大きく手を振った。
だが光は恥ずかしそうに目を逸らし、他人の振りをされてしまった。
隣には先日光を迎えに来ていた男がいる。
目つきが悪くあまり印象は良くないが、一緒に来たのが彼女でなくてよかったと少しホッとした。
「……って別に女連れでもええやんけ…ホッとしたって何やねん、ホッとしたて」
「なーにぶつぶつ言うとんねや?お前こないだから携帯見てそわそわしよって彼女でも来るんか思たら……何や、あれ弟か?」
「友達や友達!」
同期入団した、一番仲の良い選手が後ろから羽交い絞めするように肩に乗りかかってくる。
全体重をかけられ、よろめきながらも何とか体勢を戻すとそれを振りほどいた。
そして再び視線を光に戻すと今度は少し会釈を返してくれる。
だがそれに浮かれて思いきり手を振るとまた他人の振りをされてしまった。
「あれ?……あいつどっかで……」
「え?知ってるんか?」
光の顔を凝視して顎に手をあて考える素振りを見せるので思わず勢いよく振り返る。
だが友は渋い顔のまま首を傾げた。
「いやー…知り合いってわけやないんやけど……どーっかで見た事あるねんなぁ」
「何じゃそら……」
勢いで誘ったものの、謙也自身光がどこの誰かを知らないのだ。
何か情報があればと思ったが、それ以上何かを思い出す様子はなかった。


光が見ているという気合いが監督や他の選手にも伝わったのか、はたまたただの偶然か。
この日の試合、チームは快打に恵まれた。
その為試合終盤は主力選手を下げ、謙也にも打席が回ってきた。
あとはこの気合いが空回りしないようにしなければ。
久しぶりにテーマソングを背に受け、深呼吸しながらネクストバッターズボックスから打席に入る。
だがプレッシャーに弱い謙也にそんな芸当は不可能だった。
それでも執念と持ち前のスピードで内野安打をもぎ取る事は出来た。
歓声に沸く球場に知らずとモチベーションも上がっていく。
ベンチからのサインを確認すると、すかさず二塁を狙った。
相手チームも負けを悟っての布陣で、新人に場数を踏ませるべく若手投手と捕手を登板させている為比較的簡単に二塁を落とす事が出来た。
しかし派手なプレイは球場を大いに沸かせた。
謙也のいる位置からでは光は見えなかったが、きっと光も喜んでくれたはずだ。
そして連日苦戦の続いていたチームだったが久しぶりの快勝となった。
謙也は上機嫌でロッカーに引き揚げ、携帯電話を手に廊下に出るとすぐに光に電話をかける。
何度かコール音を聞いた後、耳元に光の声がした。
光はまだ座席にいるのか電話口からは周囲からする勝利の歓喜に沸く声が聞こえる。
「あっ、光?!」
『謙也さん?』
「どう?どう?見ててくれた?めっちゃカッコよかったやろ?あ、ってかびっくりした?びっくりしたよな?」
『……そないいっぺんに聞かれても答えれんのですけど」
呆れた声に少し落ち着きが戻り、謙也は頭を掻きながらゆっくりと息を整えた。
「す、すまんすまん……」
『まあちょっとびっくりしましたけど……アンタがあんなに活躍するとか』
「それどういう意味やねん!!素直にカッコよかった言えや!」
『はいはい、カッコええカッコええ』
適当な言葉にカッとなったが、少し心に引っ掛かる何かがあった。
だがぼんやりとした思いはあっという間に過ぎ去り、謙也はすぐに別の話題に移る。
「あ、なあ。時間ある?これから。晩飯食いに行けへん?」
『あー……すみません…これから仕事戻らんなならんから……』
「そうなんやー……ってか、え?自分学生ちゃうん?」
『はあ、まあ……一応、働いてます』
以前メールで一つ年下だという情報だけは得ていた為、てっきり大学生なのだと思い込んでいた。
しかしこんな時間から仕事とは、と思い壁にかかった時計を見る。
今日は攻撃が長引いた為にいつもより試合の終了時間は若干遅いのだ。
「まだ仕事て……大変やな。あ!もしかして無理させてもうた?時間。ごめんな!!」
『ああ、いや、今からやから大丈夫ですよ。この時間は空いてたんで。せやし、楽しかったっスわ、試合』
「ほ、ほんまに?ほんまに?」
『はい……え?……うん』
雑音に混じり、光を急かす声がする。
時間だと一緒に来ていた男が言っているのが聞こえた。
『すみません謙也さん。今日はこれで……チケット、ありがとうございました』
「あ、ああ、うん……あ!」
『あの、明日からもまだこっちなんですよね?』
「へ?」
突然話を切られ、謙也は驚いて間抜けな声を思わず上げた。
「ああ、うん。遠征続いてたし、来週までホームゲームやねん」
『ほな時間空いたら連絡下さい。今日……あー…明日過ぎたらヒマやし、遅い時間とかでも平気なんで都合ええ時にでも』
「解った!そうするわ!」
電話を切り、浮かれた調子でロッカールームに戻るとまた彼女かとからかわれてしまう。
だが、むしろ彼女がいた時よりも浮かれているかもしれないと自分の心持ちに若干気持ち悪さを感じた。
相手はつい最近出会ったばかりで、延べにして一日も一緒にいないのだ。
何故ここまで光が気になるのか、思い当たる原因は一つだった。
「あの音……やんなあ……」
心の隙間にするりと入り込んできた、悲しい音。
あれが謙也の心の襞に引っ掛かり、こんなにも光に興味を持たせたのだ。
ただ、今は純粋にあの音に対する興味より、あんな音を出せる光に対する興味が勝っている。


だがそんな重い疑問は翌日、割とあっさりと解決されてしまった。
昨日光に見覚えがある、と言っていたチームメイトが教えてくれたのだ。
光の正体を。
「謙也ー!思い出した!これこれ!こいつやろ?」
「え?何が?」
練習前にロッカールームで軽くストレッチをしていると、チームメイトがばたばたと雑誌片手に近付いてくる。
これを見ろ、と差し出されたのはあまり手に取る事のない音楽雑誌だった。
「何?」
「ほら、お前が昨日連れて来とった友達!」
指差された先に載るCDジャケットの人物が光とは俄かに信じ難い。
何故ならこってりと綺麗に化粧が施されているからだ。
女装というより最早仮装の域に達した姿に一目でそれが光だとは気付かなかった。
「今インディーズでめっちゃ人気あるんやろ?」
「……あいつ…プロやったんや」
上手いはずだ、と、驚きよりも納得が先にやってくる。
光はインディーズシーンで活躍するパフォーマンス集団の一員だったのだ。
バンド形式で音楽を表現するだけではなく、映像やステージパフォーマンス全てで表現するアーティスト。
自分達が好きな事を好きなように表現する為に、あえてメジャーシーンには出ず活動をしているらしい。
だから一般知名度は皆無だが、一方で熱狂的なファンを抱える人気集団なのだと、雑誌の記事にはそう書かれている。
「お前よぉ解ったな…こんだけ化粧しとって、昨日あんだけ遠ぉから見ただけで」
「ああ、うち妹がこういうん好きで良ぉ話に聞いてたんやって。雑誌とかDVDとかめっちゃ見せられててん」
なるほどそれでか、ともう一度雑誌に目を落とした。
だがその記事では光個人を取り上げている表記はなかった為、それ以上何も知る事は出来なかった。
「何びっくりした顔しとんねや?友達なんやろ?」
「あー……ああ、うん……最近知り合うたばっかしやから…知らんかったわ」
「そうなんや。けど俺ら野球バカにはこういう芸術っぽいのんは良ぉ解らんよなぁ」
そう言ってチームメイトは先にグランドへと行ってしまった。
確かに芸術分野には疎い謙也であったが、光の描く世界には不思議と惹かれるものがあったのだ。
まだその片鱗しか見れていないから正確には興味が湧いた、だ。
そう思い始めるといても立ってもいられなくなり、謙也は早速光と会う約束を取り付けた。
そしてホームでの最終日の試合を終え、約束した場所へと向かう。
「あ、謙也さん」
週明けを前に人通りもまばらな駅前で待っていた光はあの雑誌に載っていた人物と同一人物とは思えない。
だが謙也が初めて会った時と同じ光でどこかホッとさせられる。
初めて姿を見つけた植え込みの陰に座り、今日もギターであの音楽ともいえない音を奏でている。
謙也はそっと近付き隣に座った。
聞きたい事は山のようにあったが言葉が上手く見つからない。
だから先に別の質問をぶつけた。
「あー……えっと、びっくりした?」
「は?何がですか?」
「え、だから俺が……選手やったん」
光はあー、と間延びした声を漏らし、少し困った顔で俯く。
その様子にもしや、と思いつく。
「もしかして……解ってたん?」
少し考えるように頭を揺らし、光は首を縦に振った。
「えっ……マジで?!全然そんな感じせえへんかったし!!」
「それは……まあ、自分で名乗らんし……隠したいんか思って空気読んだんですけど」
「はあ?!自分から俺プロ野球選手やねんって名乗るんキモいやろ!」
女の子と一緒の酒の席でモテたい、と前のめりになって自らを名乗っていたチームメイトを見て、自分はああはなりたくないと思っていたのだ。
そう息荒く抗議する謙也を見て光はふっと笑いを漏らす。
その機嫌よい姿に謙也は一番の疑問を漸く口にした。
「けど……俺はびっくりしたで」
「え?」
「これ」
謙也はチームメイトから貰った光の載った雑誌を見せると、ああ、と素気無い返事が返ってきた。
言ってはならない事だったかと思ったが、横顔は少し照れているように見える。
「有名人やってんなあ、自分」
「そうでもないですよ。俺はどっちかっていうと裏方ばっかしやっててステージにも出てへんし」
「え?そうなん?これは?」
「その曲に合うジャケット欲しいから言うて撮られただけっスわ。何せ少ない人数でやりくりしてるんで拒否権なんてないんですよ」
光は主にコンポーザーとしてパソコンを前に曲を作っている時間の方が長いのだと言って少し笑った。
メディアに顔を出すのは最小限に抑えているのだが、チームメイトの妹のように熱心なファンは当然光の顔を知っている。
そのような人が他にも当然いるわけで、立場は違えど謙也と同じような知名度だったのだ。
「せやから最初は変なファンか思いましたよ……」
「へっ、変て!!」
「そうか思てよぉ見たら有名人やし……ほんま意味解らんかったんですよ」
光の立場を知れば、確かにあんな風に声を掛けられては居心地が悪かっただろう。
謙也は反省して俯いていると、再びふっと笑う声が聞こえた。
「けどまあ……こういう偶然もええんやないっスか?」
「お、おう、うん」
「つーか俺……」
「うん?」
しかし光は何かを言いかけて口を噤んだ。
謙也が伺うように顔を覗き込むが光は何もないです、と言ってギターを奏で始めてしまった。
しばらくは沈黙が二人の間に流れ、謙也も光の出す音に聞惚れていた。
やはり光の奏でる音は謙也の心の深い場所に届く。
「なあ……あんな」
「何っスか?」
「いっこお願いあんねんけど……ええかな?」
「……変な事やないでしょうね」
「ちっ、ちゃうわアホっ!!」
一体どういう目で見ているのだと顔を赤くして怒る謙也を見て光はおかしそうに顔を歪ませる。
その憎たらしい顔は年相応で可愛いかもしれない、と思いハッと我に返る。
この間から光に対する己の評価が少しおかしい、と。
「謙也さん?ほんまに変な事……」
突然頭をぶんぶんと横に振り、ぶつぶつと独り言を漏らし始める謙也を見て光が訝る。
「ちっ、ちゃうわ!!一曲、何でもええから弾いてるん聴きたい言おう思ただけや!」
「金取りますよ」
「嘘ォ!!!?」
「嘘。何がええんですか?オリジナル?コピー?」
からかわれただけかと湧き上がる怒りを飲み込み、光の好きな曲でいいと伝える。
すると光は笑いを噛み殺しながら、静かに曲を弾き始めた。
それは謙也も知らない古い洋楽のようで、光が口遊む物悲しいメロディが深く心に入り込む。
「え?……謙也さん?」
「え?あ……」
「寝てたんちゃうやろな」
「ちっ……泣いてたって聞けや!」
俯き微動だにしない謙也を見て、今度は光が顔を覗き込む。
謙也の目には薄っすらと涙が浮かんでいて、光はそれに驚くとからかう態度を収めた。
「すごいわ……自分、ほんま……めっちゃ凄い」
「いや、こんなもんで泣けるアンタの感受性のが凄いやろ」
「うるさいわ……何にでもこんなんなれへんちゅー話や」
「……ふーん」
ほなもっと泣かせたろ、と言って光は先刻より更に暗い雰囲気の曲を弾き出した。
謙也は慌ててそれを止めさせるともっと明るい曲を、と有名な洋楽をリクエストする。
不満げにしていた光だったが、謙也に言われた通りに曲を弾き始めた。
だがその明るい音色に惹かれたらしい通行人達が俄かに集まり始める。
それに気付いた光は一曲を終えたところで荷物をまとめると頭を下げて逃げてしまった。
謙也も慌ててそれに続く。
それを惜しむ声や歓声、拍手を送る人々をすり抜け、二人は人通りもまばらな駅の裏通りへと出た。
「何で逃げるん?」
「警官に見つかったら面倒やないっスか……絶対怒られるし」
そういえば路上で何かパフォーマンスをするには管轄の警察署の許可がいったな、と謙也は記憶を引き出す。
では彼はあの日何故あの場所でギターを弾いていたのだろうか。
人目を忍び、隠れるようにわざわざあんな場所で。
だが今はそれよりも光に言いたい事があった。
謙也は上機嫌で光の肩に手を回す。
「なっ……重っ」
「やっぱ自分すごい!音楽一つであんだけの人集めて感動さして……凄いわ!」
「……っスか」
ストレートに褒められる事に慣れていないのか、光は今までになく顔を赤くして俯く。
「なあ、もういっこお願い聞いてや!」
「……せやから変な事は…」
「変ちゃうって!俺のテーマソング作ってや!」
「テーマソングって……ああ、出囃子ですか?」
ホームでの試合の時野手がバッターボックスに立つ時や投手が交代する際、球場に大きく響き渡る音楽。
選手が好きな曲を背に自分を鼓舞し、ファンもその曲に応援の声を更に高くする。
唐突にそれを作れと言われ、光は目を丸くしている。
だが謙也は本気で言っているのだと嬉しそうに、真剣に、声を弾ませた。
「……やっぱし変な事やんけ」
「なっ、何でやねんっ変ちゃうわ!自分の曲聴いたらいつもより頑張れる気ぃするから…っ」
「つーかあんた代走要員で全然使われんやないっスか、出囃子。こないだの試合でほんまに久々に聞いたんですけど」
光の冷たい声が心に突き刺さる。
確かにその通りなのだが、もう少し言い方というものがあってもいいじゃないかと謙也は顔を歪ませた。
「使われもせん曲作りたないんですけど、俺」
「そ、そんな言い方せんかてええやんけ!俺かて別に好きで―――……」
「好きで控えやないって?よぉ言うわ。明らか努力足りんやろ」
「なんっ…!!」
何故そこまで言われなくてはならないのだと流石の謙也も頭に血が上り、思わず光に掴みかかりそうになる。
だがそれは寸前で何とか堪え、一瞬出た手を引いた。
しかし光の目から冷たい光りが消える事はなかった。
「ま、レギュラー定着したら考えんでもないですけど」
「いらんわアホ!!」
上からの物言いに謙也はそう言い捨てる。
完全に頭に血の上った謙也とは対照的に、光の視線はどんどんと冷え込んでいく。
数秒無言のまま睨み合い、先に目を逸らしたのは光だった。
溜息を吐き、先程までの険のある冷たい瞳を緩めて、今度は少し苦しげに眼を伏せた。
その仕種がただ謙也を責めているだけではないように見え、冷静さが戻る。
だが湧き上がった怒りは簡単に収まる事はなく、謙也はその場を後にした。
喧嘩というより、本当の事を指摘された謙也が一方的に怒りを露わにしただけの事だった。
しかし一軍に定着する為にしてきた今までの自分の努力を否定されてしまった気持ちになり、謙也の中の怒りが収まる事はなかった。
「荒れてるな」
連日の苛々した気持ちを吹き飛ばす為にいつもより力の入った練習となった。
そんな謙也を見ていたチームの先輩が声を掛ける。
それは謙也憧れの件の先輩で、くさくさしていた気持ちが少し凪いだ気がした。
「あ……お疲れ様です」
謙也は座っていたベンチを譲り、自分は立ち上がる。
先輩は空いたベンチに腰かけると少し横を空け、謙也に座るように促した。
「噂の彼女と喧嘩でもしたか」
言われるままに腰を下ろすが思わぬ言葉にまた腰が浮きそうになる。
「は?!何っスかそれ!!!」
何がどうなってそんな噂が立っているのだと謙也は慌ててその存在を否定して事情を話した。
話を聞いた先輩は少し困った顔になり、こんな愚痴を聞かせてまずかったかと謙也は表情を曇らせた。
しかし先輩は話に聞く光の肩を持った。
「それ、友達の方が正しいかもな」
「え……?」
「お前が努力してないって言ってるんじゃなくて……もっと出来るって事」
そんな風に自分を評価してくれていたのかと謙也は思わず抜けた表情になってしまう。
「貴重だぞーそんな風に冷静に客観的に言ってくれる人は。俺だっていつまでも現役じゃないんだしな」
だからもう少し耳を傾ければどうだと言われ、謙也はまだ納得はいかない表情を浮かべているが小さく頷いた。
いつまでも自分の前を走り続けて欲しい、目標であって欲しい、憧れの存在であって欲しいと思っていた反面、
いつか越えたいと思う存在でもあった。
彼もいつまでも現役ではないのだ。
実際今季は怪我に悩まされていて満身創痍の状態。
早急に彼の跡を継ぐ若手を育成しなければとフロントも躍起となっている。
それは一番の後継者候補である謙也の成長を待つものだった。
「ま、はっきり言われて頭にくる事もあるかもしれないけどもう一度話聞いてみたらどうだ?何か突破口見つかるかもしれないしな」
「はあ……そう、ですね……」
早く俺をビビらせるような活躍をしてくれ、と。
謙也は肩を叩かれ、その時にかけられた言葉で心に火が点いた。
そうだ、彼は憧れの存在でもあるが、同時にライバルでもあり、大切なチームメイトなのだ。
怪我を押して無理に出場している彼を楽にさせてやりたい、だがそれはレギュラーポジションを脅かす存在となりうる事で、
その事が謙也の心の枷となっている事を先輩は気付いていたのかもしれない。
そしてそんな心の枷を動かしたのは光の辛辣な言葉。
その光と出会わせてくれた、あの音。
「こんなとこで腐っとる場合ちゃうわ……」
謙也は一礼すると急いでロッカールームに戻り携帯電話を取り出した。
アドレスから電話番号を呼び出すと、光にコールする。
仕事中かと思ったが、すぐにコール音は消えた。
『何?』
寝起きなのか若干掠れていて不機嫌な声が聞こえてきて一瞬怯んだが、決心が鈍らないよう声を上げた。
「見とけや!!!!!今シーズン中に絶対スタメン定着したるからな!!」
『……は?』
突然の絶叫に電話の向こうで光が呆然としている姿が目に浮かぶ。
しばらくは電話越しに沈黙が落ちたが、次の瞬間光は火が点いたように笑い始めた。
「ひ……光?」
『そんな宣言……する為に電話してきたんっスか……ぷっ』
こんなにも光が感情を露わにするのは初めての事で、こんな風に笑う事も出来るのかと謙也は怒りが消えていくのが解った。
『あー笑ろた……あー苦し……ほんで?』
「え……えーっと…せやから、せやから!!こないだ言うとった事、ほんまやんな?約束せぇよ!!」
『こないだって……ああ、出囃子作れってやつですか?」
「せや!それや!俺は本気やからな!」
もう一度そう宣言すると光が電話の向こうで一瞬息を詰めたのが解った。
だがその次の瞬間聞こえてきたのはやはり光の大笑いする声だった。
「なっ……笑うなや!」
『す、すんませ……くくっ……ほな俺も、本気で作るんで……ほんまにスタメン定着して下さいよ。俺の曲、球場に響かして下さい」
光も最初は笑っていたが、最後の真剣な言葉は再び謙也の心に火をつけた。
頑張れと言われるよりも、ずっと心に重く響く。
そしてもう一つ、自分の為だけでなく、光の音をもっとたくさんの人に聞かせたいという気持ちもあった。
自分一人の気持ちだけでは立ち上がるきっかけにならなかったが、光の為、先輩の為と思うと俄然やる気も湧いて出る。
「っしゃー!!やったろやんけ!!」
必ずスタメンに名前を連ね、一試合に何度もバッターボックスに立ち、その度に光の曲を球場に響かせるのだ。


だがそんな気持ちだけでどうにかなるほどプロは甘くない。
先輩の怪我の具合があまりよくなく、後半戦は謙也も試合に出る機会が増えた。
それは謙也自身の望む形ではないが、チャンスはチャンスと思い、毎日の試合に臨んでいた。
しかし今一つ殻を破れないでいる謙也に、試合が終わる毎、光から辛辣なメールがやってきていた。
「……へた、くそ……だァ?」
試合後、挑発的なメールが届く度、謙也は携帯を握り廊下に飛び出す事が日課となっていた。
それは最早日常と化し、あれほどからかっていたチームメイトもいつもの事だ、と誰も相手にしなくなっている。
「下手くそって何やねん下手くそって!!」
『そのまんまの意味ですけど?アンタそんな日本語も解らんのですかー?」
憎たらしい口調に苛立ちが募る。
しかしそれも深呼吸で飲み込み光の言葉を待った。
『6回の何あれ?スタート下手すぎ。遅すぎ。ビビりすぎ。一瞬ためらうだけで間に合わんやろ』
「う……うん」
『盗塁は足速いだけではどうにもならんねんからええ加減テクつけぇや。いつまで若い気でおんねん。
体力落ちてスピード落ちたら目も当てられんで。打率悪いわ守備普通やわやったらアンタええとこなし―――……』
「わっ、解った!解ったから!」
これ以上ボディブローを食らっていれば打たれ強くなったとはいえ、流石にへこんでしまうと慌てて言葉を遮る。
謙也がこうして言葉を素直に受け入れられるようになったのは、光の経歴を聞いてからだった。

随分と解った風な口をきいてくれるなと思っていたのだが、中学高校時代に野球部のマネージャーをしていたのだと告げられたのだ。
「マネージャー?選手やなくて?」
「はあ、まあ……」
ビジターでの試合を終え、再びホームへ戻っての三連戦が始まる。
その前日、時間を作って光を呼び出し夕食を食べに行った先で話してくれた。
「どっか悪かったとか?」
「いや、別に……選手やってた時期もあってんけど今と一緒で……裏方のが合うとったから」
「自分ほんま……」
面倒臭がりやな、と言いかけて言葉を止める。
その表情に、珍しく隠しきれない物悲しさを感じたからだ。
言葉にしないだけで、何かあったのかもしれない。
謙也はそれ以上何も聞く事が出来ず、押し黙る。
会話が途切れ、しばらくの沈黙の後、光が唐突に口を開いた。
「俺ね、アンタの事嫌いやったんです」
「…………はい?」
突然の事で一瞬聞き間違えたのかと思った。
だが最初の頃見せていた少し冷たいとも取れる態度に納得がいく。
そうだったのか、と酷く落ち込んでしまう。
スポーツ選手とはいえ、プロともなれば人気商売なのだから好きだ嫌いだという声はよく耳にするのだが、
こうして面と向かって言われるとなかなかに堪える。
しかし今までにもそのような機会がなかったわけでもなく、何故これほどまでショックだったのか理由は一つだろう。
相手が光だからだ。
少しずつ自分でも誤魔化しきれない気持ちが生まれてきていたのには気付いていたが、目を逸らし続けている。
今はこのままでいい、と。
「な、何で?」
「単純ですよ。自分がファンの選手脅かす存在とか、うっといだけやないっスか」
「あ……あー……」
何故光が自分を知っていたか、ようやく納得がいった。
光はチームのファンで、謙也の先輩であるあの選手の大ファンだったのだ。
もしかして自分のファンなのでは、という淡い期待は最初から持っていなかったが、少し寂しい気持ちもある。
「次代やの後継者有力やのちやほやされとる割には全然実力足りへんやんけーって。何ちゅう厚かましいアホやねんこいつって」
「……ハッキリ言うなぁ」
「けどほんまの事やし」
あれだけの期待を受け、環境も恵まれているのに、そこに甘んじている姿に苛立ちが募っていたと言って光は小さく笑う。
そして本当に偶然、謙也が光を見つけ、こうして一緒に過ごすようになり、少しずつ印象は変わっていったようだ。
「来シーズン、楽しみにしてますよ」
「え?」
「満員の球場で俺の曲、流してくれるんやろ?」
「おう!絶対やで」
手を差し出すと光は少し首を傾げ、何を求めているかに気付いたようでその手を握り返した。


あの約束があったからここまで来られた。
あの日光に出会えたから、今の自分があるのだ。
謙也はスターティングメンバ―表の端に載る、自分の登録名『謙也』を見つめる。
不動の一番バッターだった先輩はベンチで自分をじっと見ている。
その目に険はなく、ただ期待する思いだけが伝わってきた。
まだオープン戦とはいえ、ようやくこの場所に立つ事が叶った。
球場に鳴り響くファンの歓声やメガホンの音に負けない大きさで流れるのは約束の曲。
出会った夜に聞こえた悲しいメロディではない、底抜けに明るい謙也をイメージした曲。
それを背に受けバッターボックスに入る。
何万人といる観衆の中に、この曲を作った彼がいる。
自然とそれを探すように視線を彷徨わせると、いくつかのボードにある誕生日を祝うものがある事に気付く。
そういえば、日付が変わってすぐにメールが入っていた。
『明日観に行ったるからバースデーアーチ打ってみろや、アホ』と。
光らしい励ましの言葉とその視線を感じると自然と気合が入った。
プレイボールのコールと共に投げられる白球が向かってくる。
次の瞬間、球場に響き渡る快音と大歓声を受け、謙也は一塁に向けて全力で走り出した。

お察しの通り、わたくし阪神ファンです。

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