ultimate victory

前門の虎後門の狼とはまさに、人の笑顔がこれ程に恐ろしいものだと初めて知った。
光は裏の見えない見慣れぬ笑顔と、いつも見ている胡散臭い笑顔とに挟まれ窮地に陥っていた。

事の発端は謎の遠征練習試合だった。
たかが練習試合で遠征など、と面倒に思っていたが、費用は交通費を含め相手持ちという破格の対応に顧問がNOと言うはずもなく、四天宝寺のレギュラー面々は遠路遥々神奈川にやってきていた。
かの全国に名を轟かせる立海大附属と練習試合を、しかも折角だからと練習も共に出来るこのチャンスは光にとって間違いなくプラスになるだろうと密かに気合いも入れていた。
だがこの不自然な遠征が、たった一人の個人的理由であると理解してしまった。

「ええ加減離れや、幸村君。うちのエースやで」
「フフッ…出たね、保護者面して」
ラケットを持つ左手を掴まれ、体を密着させての幸村のマンツーマン指導にもそろそろ慣れた頃、白石が割り込むように光の右手を掴んだ。
このやり取りをここ二日間で何度拝んだであろうか。
部員達も流石に見慣れた、と誰一人気にかける様子もない。
むしろ自分に面倒が降りかからなくて良かったとばかりに関わらないようにしているのが有りありと態度に出ている。
立海大附属の面々などいつになく機嫌のいい幸村に安堵の表情を浮かべ、のびのびとハードな練習をこなしている。
あの真田でさえもだ。
その分、面倒事を一身に受けている光は、最初は畏怖を抱き遠慮もしていたが、神の子と崇められている幸村も所詮は人の子で、しかもただの変態と理解してからはいつものように横柄な態度で好き放題に毒舌を吐いていた。
「珍しいな。精市が放言を許している」
迷惑そうな顔を隠さず、言いたい放題の光を見てのんびりとそんな事を言う柳に軽い殺意を覚えた。
珍しいからといってこんな害獣を放置しないでくれ、と。
他の部員に聞いた話によれば柳はこのテニス部において唯一幸村と渡り合える人物だという。
そんな奴が何を呑気な事をと睨んでいると隣から冷たい声がする。
「何見惚れてるんだい?」
顔は相変わらず微笑んでいるが、声に全くの感情が篭っていない。
「へ、変ないちゃもんつけんといて下さいよ」
「蓮二は皆の蓮二だから手出し無用だからね」
「せやから見てへん言うとるやろ……話聞けや」
最後に付け足した一言は聞こえない程のボリュームで言ったはずなのに、やはり常人とはかけ離れているらしい幸村の耳には届いてしまっていた。
「心配しなくてもちゃんと聞いてるよ。君の言う言葉は余さず聞きたいからね」
そういう意味ではないと否定する気力もなく、色々と諦めの境地に立った光は黙々と、淡々と練習をこなした。
そして運動をしただけではない疲れが襲う体をズルズルと引きずり部室へと着替えに戻る。
王者立海大附属の並々ならぬ練習量に、いつもは大騒ぎの小春やユウジも流石に疲れている様子で口数少なく着替えている。
いつも部活後に過剰に絡んでくる先輩達に迷惑しなくて済んでよかった、と思っていたのに、いつもと変わらない白石が光に絡んできた。
「財前…嫌なんやったら嫌てはっきり言わなあかんで。ああいうタイプは弱味見つけたらそこばっか狙てくんで。ひっつこい、蛇みたいに粘着されんで」
「はあ…そうっスね」
何を言っても聞いてもらえない相手にどうはっきり言えというのかと心の中で反論する。
だが口に出して反論する元気もなく、曖昧な態度でやりすごしていると、部室の出入口から問題の人が顔を覗かせた。
「人聞き悪い事吹き込んで印象悪くしないでくれる?」
「何がやねん。ほんまの事しか言うてへんで俺は」
笑顔で睨み合う部長を余所に光は今のうちに逃げようと着替えを済ませると荷物をまとめて部室を出ようとする。
しかし目敏くそれに気付いた幸村に引き止められてしまった。
「どこへ行くんだい?今日はうちに招待しようと思ってるのに」
「は?」
今日は校内の一室を借りて宿泊する予定のはずだ。
何の話だと驚く光に柳が平然と宣言した。
「すまないな、精市は一度言い出したら聞かないんだ」
冗談じゃない、このまま連れ帰られては貞操の危機に晒される。
光は辺りを見渡し一番最初に目に付いた謙也に近付いた。
「謙也さん助けて下さいよ!!」
「あ、アホか俺巻き込むなや!あの二人相手に俺勝てる訳ないやろ!」
そんな事は百も承知だが、今の光には藁にも縋りたい状況なのだ。
しかし光が頼りない相手に助けを求めている間に、何がどうなったのか白石まで一緒に幸村邸に行く事になっていた。

「こうなったら直接勝負だね、白石」
「負ける気せぇへんわ」
だから何故こうなったと光は部屋の隅に追いやられ、冷や汗をかく。
「ちょ…二人ともおかしいですって!なん……」
先制攻撃を仕掛けた幸村に唇を奪われ、狡いと抗議する白石の声が遠くに感じる。
こんな形で好きでもない、しかも男にファーストキスを奪われるなんて屈辱的だ。
散々口内を弄られ、ようやく解放されてホッとする間もなく、今度は逆方向から肩を掴まれたかと思えば目の前に白石の顔が現れた。
見慣れた顔だがこんなに近くで見た事はなかった。
知っていた事だが二人とも至近距離で見ても恐ろしい程に綺麗な顔立ちをしている。
女の子に不自由していないくせに、何故男の自分を狙うのかさっぱりと理解できない。
そんな余所事を考えていると、悲壮感漂う白石の声に我に返った。
「不意打ちなんか卑怯やんなぁ…可哀想に。消毒したるからな」
「は?……んんっ、ぅ?!」
可哀想に、というならこんな真似をしないでほしい。
幸村に続き白石からも不意打ちでキスされ、光は何とか逃れようと両手を白石の肩に置いて必死に押し返す。
だが、唇や舌を散々に蹂躙され上手く力が入らない。
「んんっ」
唇が離れる瞬間うっかりと鼻に抜けるような恥ずかしい声を上げてしまい、光は自分の手で口を押さえた。
「卑怯なのはどっちだよ、白石。嫌がってるよ?」
「そんな事ないやんなあ?」
聞いた事のないような悲しげな声で言われてしまい、うっかり頷きそうになったが慌てて激しく首を横に振った。
勝ち誇る幸村に勘違いされては困るとハッキリと言い放った。
「あの、どっちがええとか悪いとかやないんで!!好きでもない相手にこんな事されても…!」
「好きでもない?嫌いなの?俺の事」
「え?いや…あの、嫌いとかやなくって……そもそもアンタらん事そんな風には見れんし」
「だからそんな風に、見てもらう為にこうやってうちに来てもらったんじゃないか」
「ど、どういう理屈やねん!意味解らんわ!」
笑顔で言ってのける幸村から距離を置くが、そうすると背後には白石がいて完全に四面楚歌だ。
「兎に角!俺は嫌ですから!何で初体験が男三人でやねん…ありえへんわ」
「ほら、三人では嫌だって、白石。遠慮してくれないか?」
「何でやねん。アホか」
白石の言葉を受け、それは自分の台詞だと呆れ心の中で突っ込みを入れたが最早声に出す元気もなかった。
「なら光君に選んでもらおうか。初めてはどっちがいい?俺か、白石か」
「何で二択やねん!!俺の気持ちは無視かい!」
「何が不満なんだ?」
あっさりと言い切られ、光は今度こそ言葉を失った。
一体どこからその自信が湧いて出るのだと呆れている間に二人でじゃんけんでもして決着がついたのか、白石が荷物をまとめ始めた。
「ちょっ!部長!!こんな悪魔の棲家に一人置いていくつもりなんっスか?!」
「しゃーないやん、じゃんけん負けてしもてんから。二人一緒は嫌なんやろ?ほんまは俺が優しぃにしたろ思とったのになぁ」
何がどうしてこうなってしまったのか、申し訳なさそうにしながら白石は本当に帰ってしまい、広い幸村の私室に二人きりにされてしまった。
背後に壁が迫り、目の前には笑顔の幸村が立っていて、完全に逃げ場を失った。
冷や汗が背中を伝い、もう駄目だと諦めかけた瞬間、それまで作ったような笑顔だった幸村の表情が少し崩れた。
「フフッ、驚いた?冗談だよ」
「……へ?」
「そんなに嫌がってるのに無理矢理しないよ」
からかわれたのかと怒りより先にホッとした気持ちが先に立ち、光はその場で腰を抜かした。
そして一呼吸置いてふつふつと怒りが湧いて出る。
だがそれを口に出して再び機嫌を損ねられると困るので黙っておく。
「……関西人に笑えん冗談は勘弁してくださいよ」
とりあえず控えめな抗議をすると、幸村が助け起こしてくれる。
「ごめんごめん。嫌がってる姿が可愛いからついからかいたくなって」
「趣味悪……」
どうぞと促され、部屋に備わったライティングボードの椅子に座らされ、落ち着いて室内を見渡す。
一般家庭とは程遠い広さの部屋に改めて居心地の悪さを感じる。
謙也の家も広いがそれを上回る広さと豪華さがある。
「めっちゃ金持ちやったんっスね…ただもんやない雰囲気ある思とったけど」
「金持ちなのは親で俺じゃないよ」
「……金持ちなんは否定せんねんな…」
呆れた表情を浮かべる光を見て幸村が再び小さな声を上げ笑い始める。
今度は不思議そうな顔をする光に幸村が真面目な表情を向ける。
「そんな風に遠慮なく言ってくるのって蓮二以外で初めてだったから凄く新鮮だよ」
「はあ…そうっスか」
「蓮二のは五月蝿い小姑って感じだけど、君は俺と同じ目線で話してくれるから」
頂点に立つ人間の思わぬ孤独な一面を見せられ、光は幸村を見る目が少し変わった。
だが、だからといってこの状況はおかしいと再び迫りくる幸村の体を押し返す。
「ちょっ、ほんま止めてくださいって!!」
「本気で嫌なら殴ってでも止めればいいよ」
「で、きるかアホ!!」
「フフッ、いいね。その調子だよ。強気な目がいい」
ドSに見せかけたドMかと心の中で突っ込みつつ、力の籠った幸村の手を跳ね除ける。
だが細い体に中性的な面差しからは想像がつかない馬鹿力に光の動きはあっさりと封じられた。
「本当に嫌?嫌ならはっきりそう言ってくれていいよ。もう君には近付かないから」
「え……あの」
そこまで引かれてしまうと逆に気になってしまう。
光が答えに窮し押し黙っていると、腕を引っ張られベッドに座らされる。
「なんっ、何でそんな両極端なんっスか……普通に、友達とかでええやないですか」
「友達の君なんていらないよ。全部手に入れたいから」
「そんっ…な事、言われても……」
「どうする?俺を殴って止めてみるかい?」
じっと目を見つめられ、思考も動きも凍り付いた。
対戦相手が五感を奪われるなどと言っていたが、俄かに信じ難かった。
だがこうして対峙すると理解できた。
「な、殴るとか……出来るわけないやないっスか」
「それはイエスと受け取るけど、いいよね?」
やはりはっきりと答える事など出来ないでいると、沈黙を肯定と受け取られてしまい、幸村はゆっくりと光の体に覆いかぶさってくる。
「え、あの……わっ、ちょ!!」
いきなりシャツの裾から手を入れられ、慌てて手首を掴んだがそれより一瞬先に胸元を弄られ力が抜けてしまった。
「もう止めても無駄だよ」
「んんーっっ……!!」
器用に乳首を弄られ、くすぐったさの奥に僅かに快感が湧いてきて、それがじわじわと光を追い詰める。
「フフッ…可愛い。普段強気な君が乱れるところが見られるなんて嬉しいよ」
「ほんま、悪趣味や…!!」
シャツを器用に剥ぎ取られ、灯の下に晒された肌を首筋から順に唇を押し当てられ、舌を這わされ、
だんだんと思考が麻痺してこのまま流されてしまっても構わないような気持ちにさせられていた。
だが手が下半身へと伸びてきた瞬間我に返る。
「まっ、待って待って待って!!!」
「何?ああ、キツかった?ごめんね気付かないで」
「は?!違うわアホ!!!」
光自身気付いていなかったが、すでに性器は形を変え始めていてそれに気付いた幸村が嬉しそうにズボンのファスナーを下ろした。
そしてそこから顔を出す半勃ち状態の光の性器に指を這わせる。
「違わないだろう?ほら、気持ちよさそうだよ」
「ううっ……んっんー!!!」
他人に初めて己の性器を触られ、快感を覚えるより先に衝撃が大きかった。
何故こんな事になっているのだ、どこで道を誤ったとぐるぐる考えていると、それまでの緩い快感から腰の抜けるような感覚に変化した。
「んう?!ええっ?!あっ…!!あっあ!!あ!」
何が起きたのか一瞬解らなかったが、股間に埋まる幸村の頭に自分の性器が舐められているのだと気付く。
「あっ!や…いややっい…や!ああっあ!」
「ん…可愛い。光君はここも可愛いね…フフッ」
屈辱的な言葉だと反論する事も出来ず、光は巧みな舌の動きにあっさりと精を放ってしまった。
「気持ち良かった?」
「はぁっ…は…」
一気に快感を与えられ、ぼんやりとする頭では複雑に考える事が出来ず、光は反射的に頷いてしまう。
「じゃあ次は俺の番ね」
こんな事をしろというのかと一瞬青くなったが、幸村は自身の性器を前立てから出すと力の抜けた光のそれに押し当てた。
「ん?!あ…ああっ」
光の痴態にすでに形の変わっていた幸村の熱い性器がごりごりと達したばかりの光を攻めたて、再び硬さを取り戻し始めた。
先刻出した光の精液が二人の間の潤滑油となり、卑猥な水音を立てる。
「んっ!あ!…は…ぁ!」
「光君」
少し荒くなった吐息混じりで名前を呼ばれ、不覚にもドキリとさせられる。
鼻先が合わさりそうな程の至近距離から熱の籠った目で見つめられ、光は自然と唇を強請っていた。
「そんな事されたら、止まらなくなっちゃうなぁ」
「え…あ…ああっ!あ!ん!!んーっっ!」
唇に噛み付くように深く口付けられ、息が出来ないままに下半身を激しく揺すられる。
互いの性器を擦り合わせているだけなのに、体の奥にまで入ってきているような錯覚が起きた。
そして眩暈がしそうな程の快感を与えられ、光は二回目の絶頂を迎えた。
それと同時に幸村も小さな声を上げ、達したようで性器に自分の物ではない熱を浴びる感覚がした。
荒い息を整え、幸村は光の頬や額に口付ける。
「これより先は君の口からはっきりと俺を好きだって言わせてからにするよ」
何を今更な事を言っているのだと呆れたが、もうそれ以上何かを言う気力も湧かず、光はそのまま瞼を落とした。


「どうやった?昨日は」
「お陰様で。上手くいったよ」
翌日、最後の合同練習の最中、笑顔で近付く白石に同じく曇りない笑みを幸村が返す。
「ほんまビックリさせられたわ。まさか一人に会いたいが為に俺ら全員招待やもんなぁ」
「フフッ、それだけ手に入れたかったって事だよ」
「まあええけどな…お蔭でうちはええ練習なったみたいやし。それにしてもえげつないわぁ幸村君……策士すぎやろ」
「あの子警戒心強そうだからね。普通に迫っても駄目だと思ったんだよ。あ、言っておくけど俺じゃないからね。蓮二の入れ知恵だよ?」
「人聞きの悪い。お前が困っていたから少し策を授けただけだ」
すぐ側に立っていた柳が不服を申し立てるが、誰の策にしろやっている事は詐欺紛いだと白石は呆れた。
「究極の二択を用意し退路を断ってしまってから、こちらならまあ良いだろうと思う側に常に精市が立っていれば
自ずと罠にはまるだろう、と言っただけだ。先に無茶な要求をすれば、後から多少無理な事を言っても妥協するだろう」
「それでほんまに上手い事いくから怖いわ……けど、財前に恋愛感情はないけど大事な後輩には変わりないんやから、
傷つけるような事だけはしたらんといたってや」
「そんなの当然じゃないか。君こそ俺が見ていないところであの子が変な目に遭わないようしっかり虫除けになっていてくれよ」
「フッ、この男が虫除けとは随分豪勢な事だな。だがそれは俺からも頼みたいところだがな。
精市がご機嫌でなければ部活に支障が出る」
そんな事を言って呑気に笑う二人に、白石はとんでもない相手に目を付けられてしまったものだと、
コートで必死に練習している後輩に同情の目を向けたのだった。

すごく豪勢なサンドイッチ(ただし全ては計算の上)

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