Mysterious botanical garden〜別了〜Biera
春、少しばかり頭が足りなかった所為で大学に進学できなかった俺は、高校時代の担任の紹介で都内にある公園の管理室で働く事となった。
この就職難の時代に俺のような高卒で学力不良の人間を雇ってくれるような奇特な会社なんて無い。
中、高とテニスで鍛えていたから多少体力には自信があるが、ここ以外に俺の居場所なんて今の世の中になかった。
(略)
俺達が普段いる管理室がある正門と違い、東門は小さな警備室以外何もない。しかし鍵を保管しているのは正門にある管理室だけ。だから閉園時間になればわざわざ誰かが赴いて施錠をしなければならない。
少し面倒だがこれも仕事の一つだと諦めている。
それにこの季節、どの花壇にも色とりどりの花が溢れていて見ていて飽きないのだ。
俺は管理室に置きっぱなしになっている安物のビニール傘と鍵を手に東門へ続く遊歩道を歩き始めた。
「……あれ?」
降っているのか否か。霧の様な小雨降りしきる中、東門のすぐ側にある大きな楠の下に誰かが座っている。居眠りでもしているのか、膝を抱えて座ったまま微動だにしない。
「すんませーん!!濡れますよー?」
声をかけながら近付くと、その人は抱えた膝に埋めた顔を上げた。そして、思わず足を止めた。
真っ白な肌に頬の辺りまで伸びた真っ直ぐで真っ黒な髪、朱に染まった頬、そして未熟な苺を思わせる白と朱色の混じった唇。
男だとか、女だとか考えるよりも先にこの世のものかと疑った。まるで人形のような風貌。雨に濡れて着ている服が細い肢体に張り付いている。
ゴクリ、生唾を飲み込む音が小雨の音に消えていく。
「…………あ…の…濡れますよ?えっと……雨、降ってる、し…ここ…もう閉めるから……」
上手く言葉をつなげる事が出来ずに、何故か片言になっている。一体何年日本人やってんだ俺は、と自らの醜態に呆れてしまう。しかし不意に開いた瞼の下から現れた飴色に濡れた瞳に見つめられると、何一つ言葉が出てこないのだ。でも、このつたない日本語も相手に伝わったらしい。雨に消えそうな声が返ってきた。
「父さん……」
「え?」
「父さん…待ってる………ここで…待ってなさいって…だから……」
「父さん?けどこんなとこにいたら風邪引いちまうし…」
「でも……いる…ここで待ってる………迎えに来てくれるまで…」
その意志の強い瞳に負けてしまった。
俺は黙って傘を差し出し施錠せずに管理室まで走って戻った。閉園時間まではまだ時間もある事だし、と。
〜続〜