この話の光はクララに憧れてます。
別次元にめっちゃ凄い人なので自分は手出ししちゃいけないと思ってる。
そんでうちのクララは毒電波使いです。外堀から攻めていきます。
直接光を落としにかかっても上手くいかん事を解ってます。
それプラス謙也をおちょくるとおもろい、という念で割り込んでる。
ヴァーサス
*謙也VSクララ×光
*光はクララを尊敬しててめっちゃ好き
*クララは謙也を好きやと思ってるので謙也譲ってや、と言われると光は平気な顔して差し出す
*光はクララに対してYes or はい
*でも謙也と付き合ってる
*それを知っててクララは引き裂く気満々
折角の休みやのに何でこの男と一緒に過ごさなならんねん、と謙也は目の前にあるやたら整った顔を睨んだ。
「そんな可愛ない顔しやへんの、謙也」
ずずーっと大きな音を立てながらジュースを飲み干し、不機嫌な表情のまま白石をもう一度睨んで謙也はトレイにグラスを置いた。
「まあお前の言いたい事も解るけどな。俺かて財前と遊びたかったのにお前で我慢したってんねんで?」
「我慢て何やねん我慢て!!ほんまやったら今日は光と遊びに行くはずやったんやぞ?!」
「知っとるわ。せやからお前連れ出したんやんけ」
あっさりと言ってのける白石の顔に前日の出来事を思い出し、ますます不機嫌に拍車がかかる。
練習の後、部室のベンチに座って着替えている光を待っていると、部誌を書いている白石がおもむろに顔を上げる。
「なあ、財前」
「何っスか?」
謙也と話している時よりも遥かに嬉しそうな財前が白石に体を向き直す。
こうして話しかけたとしても、謙也が相手ならばロッカーに体を向けたまま鬱陶しそうに返事をするというのに。
苛々しながら白石が何を言い出すのかと睨みつけていると笑顔でとんでもない事を言い出す。
「明日謙也借りてええか?遊びに行きたいねん。かまへんよな?」
「え…?」
突然何を言い出すのだと光も謙也も目を見開いて動きを止めた。
一瞬早く意識を取り戻した謙也が思い切り吠える。
「なっ…何でっっ」
「ウルサイでー謙也」
「むぐっ…」
白石に左手で首を絞められ右手で無理矢理に口を塞がれ、それ以上何も言えなくなる。
だから心の中で叫び続けた。
『光!断れ!!断るんや!!明日は久々の部活休みで二人でデートしよ言うてたやんか!!』
しかしそんな声など全く届いていないのか、光は一瞬困った顔をした後笑顔で言い放った。
「かまいませんよ。明日一日謙也くんと遊んだってください」
「すまんなあ財前…先約束しとったんやろ?」
「ええんですよ。他でもない部長の頼みですもん…断れませんわ」
黒い笑顔で平然と言ってのける白石も、それを笑顔で受け入れる光も信じられないと謙也は言葉を失う。
呆然と見上げていると、ほなお先失礼しますと光は謙也に一瞥もくれず部室を出て行ってしまった。
何とか白石の腕から逃れ、急いで光を追いかけるが既に校内にその姿はなかった。
どん底に落とされたテンションで暗い顔を引きずり部室に戻ると、白石の薄笑いに出迎えられる。
「おまっ……どういうつもりやねん!!」
涙目で訴えるが、ますます悪い顔になる白石に絶望する。
「どうもこうもあるかぃ。二人きりになんかさせへんでー……」
その宣言通り、何故か家に帰ってから光に連絡がつかなかった。
何度電話をかけても話し中。恐らくは白石が相手だろうこの長電話。
結局時間が遅くなってしまい、明日ミナミ出るから光も来て、と一応メールは送ったものの返事は返ってこなかった。
そして結局白石に言われるまま待ち合わせ場所へ行き、どこへ行くわけでもなく駅前のファーストフード店で文句の応酬を繰り返していた。
謙也にドタキャンという選択肢は用意されていなかった。
そんな事をすれば明日以降どんな目に遭わされるか解ったものではない。
「ほんっ…ま最悪や……」
先刻から何度も携帯電話を確認するが、メールの一件も入っていない。
光に売られてしまったような気持ちになっての怒りと、もしかするとこうしてのこのことやってきてしまった事に怒っているかもしれないという不安。
折角の休日に一体何をしているのだとテーブルに突っ伏していると、頭上から携帯を操作する音がする。
先程から気になっていた。
白石が何度もメールのやり取りをしている事を。
「…お前まさか……そのメールの相手光やないやろな?!」
「さあなー…」
パチンと小気味良い音を立てて携帯を畳み、ポケットに突っ込んでしまった。
「っちゅーか何で俺やねん……光と遊びに行きたいんやったらあいつ誘たらええやんけ…
いや、ええわけやないんやけど。ええわけないけど!せやけどいちいち何で俺に絡むねん!!」
「何でて…」
「…まさか……お前光狙てる振りしてほんまは俺の事好きなんか?」
突拍子も無い謙也の意見に、はっはっーと白石は棒読みで乾ききった笑いを上げた。
「そう見えるか?」
「まっっったく見えへん!!」
「やろなあ…だって俺が好きなんは財前やもん」
やもん、ちゃうわ!!と心の中で叫ぶ。
声には出さない、否、出せない。
謙也は行き所のない怒りをグラスにぶつけ、ぎゅーっと握り締めた。
「ほんま可愛いよなあ財前は」
「そんなもんお前に言われんでも解っとるわ」
こいつのいけ好かん顔見てたら腹立つ、と白石から視線を外し、そして何気なく向けた店の前を南北に走る商店街にある姿に心底驚く。
「…あっっ!!」
「何や?」
「光っ」
幻でも見てるんちゃうか、という白石の声など右から左へ、謙也はフルスピードで階段を駆け下り店を飛び出した。
店の向かい側にあるビルの前を歩きながら、映画の告知をする画面を見いているのは間違いなくあの子だ。
謙也は確信を持ってその後姿を追いかけた。
「光っ!!」
雑踏と、耳から伸びるイヤホンから出ているであろう音楽に消されないよう大きな声で呼ぶと、その人が振り返った。
「…謙也くん?何やってんっスか」
「こっちの台詞や…お前こんなとこで何やっとんねん」
「え……俺ビックカメラ行こ思て」
謙也の問いに照れ隠しというわけでなく、平然と別件の用事を口にした。
「何や…メール見て来てくれたんちゃうんか……」
そんな光の様子に項垂れる。
少しは期待していたのだ。別に謙也君探してたわけちゃいます、と強がって言う事を。
だが現実はそう甘くない。
「そんなわけないやないですか。ミナミとしか書いてへんのに」
「そうやけど…」
「せやし部長の邪魔した悪いし」
「邪魔しとんのはあの男じゃ!!!」
「そういや部長と一緒やないんですか?遊びに行く言うとったのに」
「あー……」
うっかりと視線をファーストフード店に戻すと、律儀に窓際の席に移った白石が笑顔で手招きをしている。
光はぱっと表情を明るくして、頭を下げてからそれを目がけて駆け出した。
「ちょっ…光っ」
謙也の止める声など耳に入っていない様子であっという間に店内へと消えていく。
慌ててそれを追いかけると狭い階段で白石と鉢合わせる。
「帰るんか?」
「はあ?そんなわけないやろ。財前の好きな白玉ぜんざい買うたんのー」
物で釣るつもりか、と忌々しい思いをしつつも、謙也は先に席へと戻った。
先刻白石が手招きしていた席に座り、光はiPodをカバンに片付けている。
向き合う席に座ると、光は謙也を見上げた。
「謙也くん部長ともうどっか行ったんですか?」
「いや、どこも。ここで話しとっただけや」
「そうなんっスか?けど部長何や用あったんちゃいますのん?」
「あらへんわそんなん…」
あの悪魔は俺とお前を引き裂く為だけにここに呼び出したんや、とは言えなかった。
光は白石に対して絶大なる信頼を寄せていて無心の傾倒を向けている部分がある。
そんな相手がまさか裏で卑怯な真似をしているなど、言ったところで信じるはずもない。
こちらが嘘つき呼ばわりされてしまうだけだと謙也は思っていた。
そしてそんなところまで計算ずくなのだ、白石は。
「光は?ビックカメラ行って何か買うつもりしとったんか?」
「いや、別に用あるわけやなくって…パソコンの新しいモデル出たらしいんでそれ見に行こ思て」
「ほな俺もついてってええ?」
「え…けど」
「あかんでーお前は今から俺の買いもんに付き合うんやからな」
悪魔が笑顔で戻ってきやがった。
謙也は俯いて盛大に溜息を吐いた。
白石は光の隣の席を陣取り、トレイに乗せられた大好きなデザートメニューに目を輝かせる光の顔を間近で眺めている。
それ以上近付くなアホ!!と心で叫ぶが、光は顔を赤らめはにかんだ。
時々謙也の心を掠める思いがどっしりと身に降りかかる。
光が本当に好きなのは実は白石なのではないかという不安。
「美味いっスわ。ありがとうございます部長」
「こんなんで喜んでくれんやったらなんぼでも奢ったるで」
この前同じ店でこれ奢ったった時は不味い言うて半分残してたやんけ、と謙也が心の中で毒づく。
が、やはり声にはできなかった。
謙也が相手では光はこんな風に素直に自分の事を言わない。
認めたくないが相手は顔もええ頭もええ、性格にはちょっと、いやかなり難アリやけど光には底抜けに優しいしテニスは上手い。
謙也はそこまで考えて敵うはずがないと落ち込んだ。
今はまだ邪魔をする程度で済んでいるからいいものの、これが本気で落としにかかられると正直勝てる気がしないのだ。
それでも絶対に手放したくない。
自分の前では絶対に見せない笑顔でぜんざいを頬張る光の顔を見つめる。
太陽の下でスポーツをしているくせに不健康な色をした頬を上気させているのは、好物が原因か、自分を見つめる憧れの人が原因か。
光の顔が作り物のように綺麗に整っている部分では白石と同じ。
しかし陶器で出来た人形のような印象の白石とは違った、腹に機械を詰め込んだぜんまい仕掛けの人形のように少し無機質で冷たい印象がある。
そんな顔で睨みながら毒を吐かれるのだから心臓への負担は相当だ。
「謙也くん?何変な顔してるんですか?」
「変?!」
「ははっ…ぼーっと口開けてマヌケ面やったなあ」
「ですよね」
「うっさいわボケ!!」
白石の馬鹿にしたような顔を睨みつけるが、すでに光に視線を戻していた。
「そんなに好きなんやったら今度甘味処一緒に行こか。学校の近所に美味い店あんねん」
思わぬ白石の誘いに光が目を丸くする。
ああこの後頬染めて頷くんやろなあと思いながら謙也が睨むように強めの視線を光に注いでいると、意外にも光は顔を横に振った。
「折角やけど…遠慮しときますわ」
「何で?謙也に遠慮してんか?」
「いや、それはないっスわ」
「っって無いんかい!!」
光の態度にどんどんと自信がなくなっていく。
だがどうして断ったのだろうと不思議に思う。
「部長と一緒やと…緊張して俺たぶん味とか解りませんわ」
本心なのか他に理由があるのか、随分可愛らしい断りようではないか。
白石も驚いている。
「何で?今は?」
「今は……おるし」
光は行儀悪くぜんざいを掬っていたスプーンで目の前に座る謙也を示した。
つまり白石と二人では緊張してしまうから断ったという事なのか。
俺は衝撃緩和材かと、その微妙な理由に謙也は項垂れた。
「ほなしゃーないよって謙也も一緒に連れてったるわ」
「しゃーないって何やねん!」
このまま問答してても埒が明かない。
謙也は意を決し、白石がトイレに立った隙にずっと思っていた事を口にした。
「光、お前もしかして……白石の事好きなんちゃうんか?」
「は?」
一瞬呆けたので何を馬鹿なと否定される事を期待した。
だが光は平然と当然やないですか、と真顔で言い放った。
「はあ?!おま……」
「けど俺と部長がどうこうなるとかありえへんし」
思わずお前俺と付き合うてるんちゃうんかと大声で言うところだった。
いくら騒がしい店内といえど、周りに変に思われてしまう。
口を手で押さえ、余計な事を言わないようにして光の言葉を待つ。
「っつーか部長が俺好きになるとかないやろし。ありえへんわ」
ありえてるから心配しとんじゃ!と思いながらも更に先を促す。
「ほな……もし、もしも、やで。もし白石に好きや言われたら……どないすん?付き合うん?」
「それもないっスわ」
即答され一瞬喜んだものの、その理由が気になる。
この様子では謙也くんがおるし、という答えは期待できないだろう。
そしてその予想通りネガティブな返答が突きつけられる。
「俺みたいなん部長みたいなパーフェクトな人と一緒におったらあかんやろ…」
「ほな俺はええんかい」
「俺には謙也くんぐらいの人が丁度ええんですよ」
嬉しい事を言われているはずなのに、何故か素直に喜べない。
「部長とおったらめっちゃ緊張して何もよおせんけど謙也くんやったら言いたい放題言えるし」
「何っじゃそら…」
「褒めてんっスよ?部長と一緒やと嫌われたらどないしよとかそんなんばっかり考えてて、
ええ子でおらなあかん気ぃするけど謙也くんやとそんな心配せんで自然体でおれるし」
「それって何や仲ええ友達とかそういうんと変わらんやんけ…」
「文句あるんやったら別にええんやけど?」
今日初めて謙也に向けられる笑顔は棘だらけの台詞と共に、だった。
「…ほ、ほな逆はどないやねん。こんな風にあいつに誘われて俺が遊びに行ってもいっこも何とも思わんのか?」
「そらまあちょっと羨ましい気はしますけど…部長とデートとか」
軸のズレた返答にツッコミを入れる元気が削がれる。
だが手にしていたスプーンを置き、空になった容器に視線を落とした光の声は思いの外暗いものだった。
「もし部長が本気でかかったら俺なんか太刀打ちできんやろし…あんなめっちゃかっこよぉて綺麗でテニス上手ぁて頭も良うて優しい人……」
他の部分はともかく最後の一言だけは何が何でも訂正したい衝動にかられる。
しかし光が拗ねたように睨むので言葉は寸前で止まった。
「謙也くんがしっかりしとったらええんですよ。部長に目移りせんように」
「光……」
「何っスか」
色々と誤解があるようだが、これだけは絶対に伝えておかなければと、謙也は向かいに座る光の肩に手を置き真剣な声で訴えた。
「それだけは地球ひっくり返ってもありえへんから心配すんな」
「は?」
「この世から男も女もみーんな消えてもそれだけはありえへんから。あいつとどうこうなるぐらいやったら道頓堀飛び込んだ方がマシやわ」
「ほな飛び込んでもらおかー」
いつの間にかトイレから戻った白石が謙也の背後に立ち、怖ろしいほどの笑顔で二人を見下ろしていた。
「げっ」
「阪神も優勝してへんのにご苦労さんやなあ謙也」
「もっ…物の喩えじゃ」
一体どこから話を聞いていたのかと謙也の心臓は変な音を立てて軋んでいる。
白石はそれ以上何も突っ込まず、再び光の隣に座ると空になった容器に視線をやった。
「もう食べたんか?おかわりは?」
「いや、もう充分です。それに俺行きますわ。これ以上邪魔したら悪いし」
「邪魔してんのはこいつやからお前は気にせんでええねん」
毛を逆立て、珍しく全身で怒りを表している謙也に光が言葉を失う。
しかしそれも白石には全く通用しない。
「そうやで、財前。あ、謙也がお昼奢ってくれるて。食べていき」
「はあ?!」
「嫌なんか?」
「嫌や…ないけど……光何食うんや?買うてきたるわ」
「珍しいっスね…いっつも奢れ言うたらごてんのに」
「何がええねん!!」
昼飯ぐらい気前良く奢ろうかとカッコつけようにも、ダブルパンチでへこまされる。
二人きりにさせるのは反吐が出るほど嫌だが、今はとりあえず気持ちを落ち着かせる為にも一旦席を離れたい。
謙也は財布を手に立ち上がった。
「で、何食うん?」
「あ…ほなカルボナーラ…」
「俺はロースかつサンドのセットな。飲みモンはダージリンで」
「お前は自分で買え!!」
乗じて奢らせようとする白石の意見を切り捨て、謙也は階下にある注文カウンターへと向かっていった。
「ほんまあいつからかうとおもろいなあ」
「…ほんまにからかってるだけなんっスか?」
「まあな。あいつとおったら暇せんでええわ」
けらけらと笑いながら言うと刹那、光は表情を曇らせた。
それに敏感に察知して白石は安心させるように光の頭を撫でる。
「そんな顔せんと。俺はお前からあいつ取ったりせぇへんよ。謙也はただの友達なんやし」
「はあ…」
不意に頭を撫でられ、紅潮する光の顔を見て、白石はああやっぱり可愛いなあと噛み締める。
何故自分ではなくあのようなヘタレを選んだのだろう。
この手に入らない後輩に些かの怒りに似た感情が湧いて出てきた。
「財前はあいつのどこがええん?」
「えっ…どこて………どこやろ…」
首を傾げて真剣に悩み始める光に思わず苦笑いが洩れる。
この子は気付いていないのだ。
そしてあのアホも。
財前にとっての自分はあくまで『憧れの先輩』であって、信仰の対象にすぎない。
所詮はヘビーなライクで尊敬してくれているだけ。
崇高な思いを抱いてくれているのはありがたいが、それは即ち裏切った後が無いという事。
財前の思う完璧でない自分になった後の幻滅は避けられない。
それに比べ、謙也は人として見てもらえている。
どんなに恰好悪い部分を見ても、駄目な部分を見ても、財前は幻滅などしない。
それが謙也だと解っているからだ。
互いに自然体でいられるというのがいい証拠。
現に今、緊張しているのかそわそわと落ち着きなく謙也が戻ってくるのを待っている。
自分では素の彼を引き出してやれないのか。
嫌われたくないと言ってくれているのは嬉しい。
だが謙也にはそれプラス、好きでいてほしい、愛して欲しいと願っている。
つれない態度で謙也自身は全く気付いていないが、見ていれば解る事。
今日財前は特に用もなくフラリとここへやってきたと言っていた。
謙也の杞憂も実は当たっていた。
謙也と話をしながらメールをしていたのは財前だった。
どこにいるのかと聞けば、難波です、と答えが返ってきた。
心の中では期待してたのだろう。
もしかすればこうして偶然会えるかもしれないと。
財前の家からならば、ミナミに出るよりキタに出る方が便がいい。
目的もなくやってくるには遠すぎる。
家電量販店に行きたいのならば、キタにだって大きな店はあるのだ。
「かなゎんなあ…」
「え?」
「何でもないよー」
だからといってまだ諦められない。
これから世紀の大逆転だってありうる。
ならば今は『憧れの先輩』として、財前の羨望の眼差しと謙也の嫉妬の視線を受けようではないか。
財前が何かに気付き顔を上げた。その先に視線をやると、予想通りに謙也が階段を上ってきていた。
あのお人好しは、文句を言いながらも三人分の昼食をトレイに乗せてやってきた。
仕方ない、今すぐ引き裂くのは止めておいてやろう。
謙也の姿に一瞬凄く嬉しそうな顔をしたくせに、遅いっスわーなどと毒づく後輩の横顔を見ながらそう思った。