テイクアウト

*財前家は年の差20歳のほぼ親子兄弟
*学校は夕陽ヶ丘
*謙也は南大阪、光は北摂住まい
*もう付き合ってます
*忍足母はヒョウ柄着るような大阪のオカン像でお願いします





お笑い講座なる練習にもならない部活を早々に切り上げ、二人揃って駅までの道程を歩いていると不意に光が立ち止まった。
「どないしてん光」
手にしていたペットボトルを丁度口にしていた謙也は一拍遅れて足を止める。
振り返ると少し下がった場所で光は俯いている。
「……謙也くん…今日暇?」
「あー…まあ暇やけど。何、どっか行きたいんか?」
謙也は少し上向きになって逡巡した後、光に視線を戻す。
いつもの淡々とした無表情ではなく、どことなく落ち着きが無い。
トイレにでも行きたいのだろうかと考えていると、光は突然言い張った。
「今日謙也くんの家泊めてください」
「………は?!はぁ?!」
「あきませんか?」
「あ、いや…別に…俺はかまんけど」
「家の人があかんとか?」
「全然!全然!!光来たらオカン喜ぶし…」
「ほな何でそんな微妙な態度なんっスか…」
絶対飛びついて喜ぶ思たのに、とは言わない。
本当に飛びついてこられても困るからだ。
「いや、何かあったんやないかて心配なっただけやって。お前遊びに来い言うても電車賃かかるから嫌や言うやん…親と喧嘩でもしたんか?」
光はふるふると横に首を振る。
「ほんだら何でや?」
「…今日…兄貴の嫁さんの両親田舎から出て来る言うて…そんであんま家おりたないっちゅーか……」
「えっ…それやったら家おった方がええんちゃうか?家族揃うんやろ?」
「家族言うてもあれですよ、嫂の親ですよ?俺にしてみたらもう他人やっちゅーねん…」
うんざりといった光の態度に、謙也はもしや嫂やその家族と上手くいってないのではと心配するが、鼻で笑い飛ばされる。
「はあ?俺がそんなヘマするわけないやないっスか。謙也くんやあるまいし…」
「一言多いなお前は…」
「めっちゃエエ子にしててめっちゃ可愛がられとるわ」
「ほな帰ったったらええやんけ!!」
「しゃーからそれが嫌なんですって!!必要以上に構われんの嫌なんあんたかて知ってますやん……」
確かに言葉の通り、光は他人と距離を微妙に置きたがる。
レギュラー達とは上手く付き合ってはいるが、それ以外の部員などとは話どころか視線を合わせているところすら見た事がない。
それは親族でも同じ事なのかもしれない。
恐らくは円滑な親戚付き合いの為にいい子にならざるをえない状況から解放されたいのだろうと謙也は推測した。
だからこれ以上問い詰める事を止め、安心させるように頭を撫でる。
「解った。いっぺんオカンに電話して聞いてみるわ。光連れてってもええかって」
「ほんまですか?」
「おー任しとき」
「あーホッとしたわ。謙也くんおってくれてほんまよかったです」
珍しく素直に頼り喜んでくれたと上機嫌でポケットから携帯電話を取り出す。
が、次の瞬間光の口から信じられない言葉が聞かされた。
「謙也くんにアカン言われたら部長の家泊まらなあかんかったし」
「……ちょぉ待てそれ…どういう意味やねん」
「え?そのまんまの意味ですけど?」
「おま…っ!!アホか!!蔵の家で素泊まりなんか出来るかっちゅーねん!!何されるやわからんぞ!!」
「せやからよかった言うとるやないですか。理解力無いっスね」
「やかましわ!!っつーかまさかと思うけど他のやつに頼んでへんやろな…」
「いや…千歳先輩や師範は寮やからあかんし小春先輩はユウジ先輩があかん言うし逆もそうやし、
副部長は俺そんな親しないし…いきなり泊まらしてとかよう言わんし、金太郎ん家は近いから強制送還されるん目に見えとるし…」
指を折りながら経緯を話す光に、思わず脱力してしまった。
「それ考えたらもう謙也くんか部長しか無理やし。頼む人おらんし」
「俺は消去法で選ばれたんかい!!」
「選ばれたんやからええやないっスか」
よくもしゃあしゃあと言えたものだと怒りに震えながらも、ここで怒りに任せて断ってしまえば白石の家に泊まりに行ってしまう。
それだけは断固阻止しなければと謙也は再び携帯電話を開いた。
着信履歴から家の電話番号を呼び出してかける。
この時間では自宅横にある父親の医院へパートに出ているかもしれないと思ったが、予想外に相手はすぐに出てくれた。
「あーもしもしオカン?俺。………って何でやねん!!お前が生んだ謙也じゃボケ!……うっさい人の話聞けや!!」
何が起きたのか、謙也がいきなり電話口でキレ始める。
状況を知らない通行人はさぞや気持ちの悪い事だろうと思いながら、光はオーバーリアクションの謙也を生温く見守った。
謙也の母親には何度か会った事はあるが、派手好きの喋り好き、世話焼きという典型的な大阪のオカン像だった。
割とおっとりとした自分の母親とはまるで正反対だと、謙也とのどつき漫才のようなやり取りを眺めていた覚えがある。
そういえば前に会った時は前髪に紫と緑のメッシュが入っていて、思わず「インコかい!」とツッコミを入れそうになって堪えるのに必死だった。
「ちゃうわボケ!っちゅーか今日やー…後輩一人連れて帰ってええ?泊めたってほしいんや。………は?何言うとんねん!
アホかちゃうわ!光や光!!覚えとるやろ!何べんも家連れてったテニス部の後輩の財前光!」
往来で人の名前を連呼しないでほしい。と、いうより一体どんな会話の流れがあればこんな事になるんだと光はぼんやりと考えた。
「ええから!いらん気ぃ回さんでええねん!!は?!知らんわ!!あーもう……ぜんざいやぜんざい。白玉ぜんざい」
何故自分の好物の名前が出るのだと目を見開くと、謙也はすまん、と小さく謝りもう一度電話に向き直った。
今のはどういう意味の謝罪なのだろうと一瞬不安になる。
「あの…迷惑やったらほんまええですよ。無理に…」
「ちゃうちゃう、逆や逆。大歓迎しとるから抑えとんのや」
「…は?」
「光は何も心配せんでええから」
「はあ…」
とてもそうは思えないが、とにかく今は謙也に任せようと光は口を噤んだ。
途端にマシンガントークが再開する。
「……は?いらん事せんでええ言うとるやろ!!やから、いらんわボケ!!」
そこからは何か、あー、とか、おい、とか言葉を遮ろうとしている。
だが一向に途絶えない相手の言葉についに謙也がキレてしまった。
「〜〜〜…もおええわ!早よパートでも何でも行きさらせ!!」
ようやく通話を終了させ、謙也は肩で溜息をついた。
「謙也くんて内弁慶ですよね…その強気、学校でも出したらもうちょっと先輩らにイジられるんマシなるんちゃいますか?」
「うるっさいわ!!」
「ほんでどうなったんですか?俺、行っても大丈夫なんっスか?」
「ああ…連れてこいて。ほんまいらん事ばーっかり言いよってから……」
一体どういう流れであのようなケンカ腰の電話になったのかが気に掛かるが、とりあえず宿が確保できてよかったと胸を撫で下ろす。
同時に嬉しそうな謙也の顔が飛び込んできた。
「久々やなあー光がうち来るん」
「あ、言うときますけど変な事せんといてくださいよ。襲ってきたら大声で謙也くんのおばちゃん呼ぶし」
「はあ?!ちょっ…勘弁してや!!シャレならんて!」
「そう思うんやったら自粛してくださいよ。あくまで消去法で選ばれたんっスから」
光が冷たくそう言い放つと謙也は目に見えて落ち込んでしまった。
そんな謙也の様子に光は不満げに唇を尖らせ心の中で一人ごちた。

そんなん照れ隠しに決まってるやん
端から謙也くんしか頭に浮かばんかったっちゅーねん……

光はツンデレ。
光はツンデレ。
そしてそれに気付けない鈍感へたれ謙也。

ちなみにオカンとの会話の全容は↓こちらです。
本当に書きたかったのはこの会話かもしれないという程に生き生きしてますね^^

「あーもしもしオカン?俺」
『はぁー?うちはオレちゃんなんて息子を持った覚えはありませんけどー?』
「って何でやねん!!お前が生んだ謙也じゃボケ!」
『せやかて初めに名乗らな解らんしやな…今の世の中声だけで解ってもらおなんて甘いでー謙也ー』
「うっさい人の話聞けや!!」
『何やのうるさい子ーやなー何の用やの。晩ご飯のリクエストやったらもう締め切ったで』
「ちゃうわボケ!…っちゅーか今日やー…後輩一人連れて帰ってええ?泊めたってほしいんや」
『何やのアンタ、お持ち帰り宣言かいな?いやーやるやないのーお母ちゃん出かけた方がええんか?その為に電話してきたんか?』
「は?何言うとんねん!アホかちゃうわ!光や光!!覚えとるやろ!何べんも家連れてったテニス部の後輩の財前光!」
『ああ〜光ちゃんかいな!何や、うち来るんか?いやー楽しみやわあーあの子ほんまかいらしいもんなあ…何や、やっぱりうち出かけた方がええんちゃうん?あ、嫌やわー前にあんたのシーツ洗濯したんいつやろ…今から替えといた方がええか?』
「ええから!いらん気ぃ回さんでええねん!!」
『ほな美味しいもん用意しとかんなならんな?あの子何好きやのん?』
「は?!知らんわ!!」
『何で知らんの?!それぐらいリサーチしときぃや気ぃきかん子ぉやなーそんなやからモテへんねん。侑士君見てみいな、あの子はマメやでー?」
「あーもう……ぜんざいやぜんざい。白玉ぜんざい」
『ぜんざい?!白玉?!いやぁー可愛い子は好きなもんまでかいらしやんかぁー!せやけど今から用意して間に合うかな』
「は?いらん事せんでええ言うとるやろ!!」
『そない言うたかて好きなもんでおもてなししたいやんかー今やったらマツゲンさんかオークワさんやったら特売してるさかい今から買物行ってくるわ』
「やから、いらんわボケ!!」
『あんたはええかもしれんけどお母ちゃんの気ぃすめへんやろー?ああーけど5時からお母ちゃんパートやわ。戻らなならんねん。ほんま、大変やねんて。午後診で受付やってくれてる角のやぁもっさんの奥さん。あの人一人で旦那さんのお母さんの介護してるらしいんやけどな、病院行かんならん言うて急に休みはってん。そうやわ、あの奥さんお菓子作るん得意やったのに、おったらおぜんざいの作り方聞けたのになあ…そうやん、お菓子いうたら隣の若奥さんなあ、むか新さんでパート始めた言うてたわ…行ったら安ぅにしてくれんかな?』
「〜〜〜…もおええわ!早よパートでも何でも行きさらせ!!」


誇張なく、何ら変哲の無い日常の風景です。
南の方に下るとこういうオバチャンが多く生息しています(スキン・オブ・ヒョウ)
光は北摂住まい設定なので、こういうマダムにはあまり馴染みがありません。
大阪狭しといえど、地域格差があるのですよ。
一概には言えませんが、北に行くほど冷たく、南にいくほどホットで東に行くほどガラが悪い。それが大阪。
北摂は万博以後に大阪に転勤してきた人が多く生息するので、地に根付いた人間が少ないらしい。
ネイティブ大阪は淀川より南のが傾向として強いです。

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