オレンジ

・三年生引退後のお話です
・実際に千葉が目撃した中学生のチャリ2ケツを元に書いてます
・珍しく悲恋系かもしれない

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夏の大会を終え、三年生が引退してしまった。
二年間部長を務めた白石から引継いだ職は思った以上にキツく、今日も誰もいなくなってしまった部室で一人部誌を書いていた。
責任感のない顧問は自分を残しさっさと帰宅してしまった為、机の上に部誌を残し部室を出た。
そして施錠すると校門へ向かう。
薄暗い校内に人はすでにまばらで運動部で居残りをしている人達が時折いる程度だった。
そんな中、一人とぼとぼと音が出そうな程重い足取りで歩いていると、その場に似つかわしくない声が降ってくる。
「ひーかーるっっ!」
「……え?」
何で謙也さんが、と光はスピードを上げ謙也の立っている校門へと走っていく。
「遅ぅまでお疲れさんやなー部長」
謙也は笑いながら横に立てかけている自電車の前カゴに乗せてあったコンビニの袋から光の好きなジュースを手渡した。
「…何で」
「ん?コンビニ行こ思て家出たんやけどな、急に光に会いたなってやーほんで、気ぃついたらここおった」
会えてよかったわーと言いながら光の頭を撫でる。
よく見れば謙也はいつも部屋で着ている小汚いジャージ姿をしている。
本当にコンビニに行くついでにここまで来たのか。
そんな風に何気なく自分を思い出し、会いたいとわざわざやって来てくれた事が嬉しい。
本当に泣き出しそうな程に嬉しかった。
だが光がそれを素直に表に出せるわけもなく、いつもの不機嫌な表情しか見せる事が出来ないでいると謙也は心配そうに顔を覗き込んだ。
「何や、元気ないな?疲れてんか?」
「…別に、いつもの練習やったし。今日オサム先生来てたからちょぉ相手すんのしんどかっただけっスわ」
「ふーん…そか。あ、家まで送ってったるわ。乗りぃや」
「…どもっス」
謙也は光の肩からテニスバッグを取ると前カゴに載せた。
そしてサドルに座ると光が乗るのを待つ。
光が荷台に跨り腰を下ろすと、しっかり掴まっときやーと言ってゆっくりと漕ぎ始めた。
流石に腰に手を回し抱きつく事は躊躇われ、少し裾のほつれたシャツを握り締める。
「何やーそんなんやったら落ちんでー」
「落ちそうんなったら抱きついてアンタごと落ちるわー」
「おいおい」
乱暴やなあと笑いながら、謙也はどんどんとスピードを上げていく。
完全に学校が見えなくなり、住宅街へと続く大きな道をフルスピードで駆け抜けていく。
「なあ」
「んー?何やー光」
風に煽られ聞こえなければ困ると謙也がいつも以上に大きな声で返事をする。
「受験勉強…どない?」
「バッチシやでーこないだの模試もA判定やったしな」
「ふーん…」
「何や、喜んでくれんのか?」
つまらなそうに言う光にチラリと視線をやった後、謙也は前から来る車に気付き再び前を見た。
「光ー?」
黙ってしまった光を気遣うように声をかけると、ぽつりと呟いた。
「…何で離れる為の準備で喜んだらなあかんねん……」
「淋しいんやったら淋しいて言いや」
「そんなんちゃうわボケ」
そうは言っているが光は握ったシャツの裾をキツく握り直している。
無言で伝わる光の言葉にならない声は謙也にもしっかりと伝わった。
「あれ?…道間違えてるで謙也さん」
本来曲がるはずの交差点を通過して坂道を下る謙也に驚き、光は握ったシャツを引っ張る。
しかし謙也は前を向いたまま言った。
「ちょぉドライブしよや」
「ドライブて…ママチャリ乗って何カッコつけとんねん」
光がいつもの調子に戻り謙也は少し安心してペダルをこぎ続ける。
住宅街を抜け、次第に人が減り車が減っていく。
そして視界が開けた先には燃え上がるような夕日があった。
「日ぃ短なったなぁ」
「…そうっスね」
「秋やなー」
「うん」
「新人戦どうやー部長?」
「……うん」
「返事になってへんやん、光」
「………うん」
小さくなっていく返事に謙也はスピードを落とし、後ろを振り向いた。
「光?」
「頑張ってますよ…ちゃんと。先輩らみたいに凄いのおらんけど……今のチームも…結構頑張ってやってますから心配せんといて下さい」
「そうかー頑張ってんやな、光も」
ぽつりぽつりと語られる口調は隠し切れない淋しさを含んでいて、謙也の胸に影が落ちる。
だから次は明るい話題を振った。
勉強の合間に見た下らないTVの話、クラスで起きた事件、元チームメイト達の近況。
そのどれにもいつも通りの反応を返す事は出来ただろうかと、光は目の前にある広い背中を眺め、急激に胸が締め付けられた。
光は笑った拍子を装い、謙也の背中に額をくっつける。
「……熱い…」
「何やー?暑いんか?」
自分を乗せ、重いテニスバッグを乗せて漕ぐ事は大変なのだろう。
秋になり日が暮れれば冷たい風が吹いているというのに謙也は汗をかいている。
その体温に思わず出た言葉は謙也に誤解を与えてしまった。
だが光はそれを否定せず、黙って腰に手を回し背中にぴったりと顔を付けた。
「光ー?」
「…何?」
「たまにはええなぁードライブ」
「……そうっスね」
あと少し、卒業へのカウントダウンは始まっている。
それは即ち二人の別れを意味していた。
もうずっと前から決めていたのだ。
謙也が卒業する時が、別れの日なのだと。
目指すべき将来の違う二人の進路が分かれる事はもう既に確定している事。
そうなればあと半年もしないうちに、二度と同じ校舎に通う事はなくなってしまう。
同じ時間を同じ空間で過ごせなくなれば、きっと耐えられなくなる。
自分の目に映らない場所で彼が誰かと笑い、楽しく過ごしている姿など想像もしたくない。
それならば自ら幕を引くだけの事。
その決心を、まだ謙也には話していない。
話せば彼はどうするだろうか。
少し先の未来を思い浮かべ、光はまた少し胸が締め付けられた。

別れフラグびんびんに立ってるけど、きっとそれは謙也が許さない。
力技で折ってくれるよ、きっと。

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