謙也さんは不穏な空気を察する度に力技で別れフラグを折りますよ。
( ゚∀゚ )<ィヨッ!カッコイイネ!!
CREATURE
謙也さんの卒業式が別れの日なのだと、半年近い時間を覚悟して過ごしていた。
何を言われても、何があっても別れようと決心していた。
けど、今日でさよならですって言うつもりしてたのに、謙也さんは先手打ってきた。別れようなんか言わんよな、と。
俺の驚いた顔に答えを察した謙也さんは息も出来んぐらいにきつく抱き締めてきた。
身動きどころか呼吸もままならんぐらいに抱き締められて、謙也さんの思いは嫌って程に伝わってくる。
流される事も絆される事もないようにって固く決心したはずやったのに、俺はそれ以上何も言えんようになってしもた。
その時、謙也さんは約束してくれた。俺が不安な分だけ自分かって不安やから、その時は絶対一人悩まんと二人で解決していこうって。
そんな謙也さんを信じて、俺からは別れの言葉を出さんかった。
それから数ヶ月。
謙也さんが高校に上がって初めての夏休みが、俺にとっては中学最後の夏休みが始まった。
俺は部活に受験勉強にと忙しくて、謙也さんは謙也さんで何や忙しいらしくて近くに住んでてもなかなか会えん日が続いてた。
それでも何とか時間作って会おうって言うてくれて、謙也さんが努力してくれてるのは解ってる。
解ってるけど、胸を覆うドロドロとした黒い感情はなかなか晴れんかった。
俺が中学で過ごす間、同じ時間だけ謙也さんも違う場所で過ごしてるんや。俺の知らん誰かと笑って、喋って、色んな事しとる。
別に疑ってるわけやない。ただ漠然とした不安が晴れてくれへん。
この不安に押しつぶされる前に別れた方がええんちゃうかって思うんやけど、
そんな心の隙狙うみたいに絶妙のタイミングで謙也さんから連絡入って、それで会うたらそんな気持ちも無くなってしまう。
その場の雰囲気に流されてるみたいで嫌やねんけど、それでも会う度にやっぱり心ん底では全然納得いかんかって、
謙也さんと別れるなんか出来へんねやって妙に納得してる自分もおる。
このまんまダラダラとすっぱり別れる事も出来んままに付き合っていくんやろか。
俺が不安な時は謙也さんかて不安やって言うてた。せやけどきっとあの人は俺のおらんとこでも変わらんと笑ってるはずや。
そう思ってたけど実際その現場を捉えた時の心臓への負担って、こないあるもんなんやって漸く理解した。したくもなかったけど。
夕食後、勉強の息抜きにと思って近所のコンビニに行って大好きな冷やしぜんざい買って、すぐ帰ればよかった。
そしたらこんな場面に出くわさんで済んだのに、何で俺は呑気に立ち読みなんかしてしもたんやろ。
ほんま、さっさと帰ればよかった。こんなとこ見るぐらいやったら。
「光!!」
「……謙也さん…」
通りに面したコンビニの雑誌売り場、そのガラス越しに見える派手な金髪が俺に気付いてめっちゃ嬉しそうな顔して店ん中入ってきた。
その隣には知らん女が二人と男が一人。謙也さんの友達なんやろか、と思ったけど、男二人と女二人で、誰が見ても立派なダブルデートに見える。
せやけど何の疑いもなくこの人らが友達やって思えたんは、謙也さんが逃げも隠れもせんと迷わず真っ直ぐ俺の元に走ってきてくれたから。
疚しい事がちょっとでもあったら出来ひん。謙也さんはそういう人や。
「何やー受験生。こんなとこで油売っててええんか?」
「…息抜きっスわ」
俺の手に持った袋の中身見て、相変わらずやなって笑う。その顔は全然変わってなくて、俺も自然と笑えた。
けど謙也さんの後ろからする声に、俺の顔は凍りついた。
俺より更に背の低い女が、背ぇ高い謙也さんを上目遣いで見ながら、誰って俺の事を尋ねる。
「中学ん時の部活の後輩やねん。めっちゃ仲良ぅてなー今でもよぉ会うてんやけど…最近あんま会えんかったよって嬉しなってしもたわ」
ただの後輩やって言うたけかと思ったのに、謙也さんは何や余計な説明まで入れてくれた。そのおかげで知りたない事まで解ってしもたわボケ。
二人おる女のうちの一人、謙也さんに寄り添うみたいに立ってるこの女。間違いなく謙也さんの事が好きや。
俺と謙也さんがめっちゃ仲ええんやって聞いて羨ましいって言うたし、それに謙也さんを見る目は間違いなく好きな人を見る目をしとる。
こんな近くにおってもこいつは気付かんねやろなぁ、この鈍感男は、と半ば呆れながら謙也さんを見てたら慌てて弁解するみたいに言い始める。
「あ、こいつらな、クラスメイトやねん。さっきまで一緒にうちで宿題やっとって駅まで送って行く途中やってんけど光の姿見えたから…」
「そうなんですか」
俺は気のない返事して手に持ったまんまその存在をすっかり忘れてた雑誌を棚に戻した。
「ほな、俺帰りますわ……勉強の途中やったし」
「そっか。頑張りや」
そんな俺の些細な変化なんか気付きもせんのか、いつもの笑顔でひらひら手ぇ振って店を出る俺を見送った。
謙也さんには謙也さんの時間が流れてて、俺を考えてない時間が増えて、いつか俺から自然と離れていく日が来るんやと改めて思わされる。
けど思ったより衝撃が少なかった事に俺自身そっちのがショックやった。
俺の方が謙也さんから心が離れていってるんやろか。謙也さんの事ばっか腹ん中で責めるような事思ってたけど、俺にも同じ事が言えるんや。
俺も謙也さんのおらんとこで、謙也さんの知らん奴と笑って喋って色んな事して過ごしてるんやから。
せやけどその中で謙也さんを思い出さん日はない。楽しい事あったら謙也さんと一緒におりたかった、悲しい事あったら謙也さんが側におったらって思ってた。
謙也さんはそんな風に思てくれてるんやろか。さっきのあの態度からして、俺の事なんか頭からすっかり抜けた状態でおるんちゃうやろか。
そんな事考えてコンビニの無駄に広い駐車場抜けようとしたその時、いきなり背後から肩掴まれて暗がりに引き寄せられた。
どこのヤカラじゃ、俺金なんか持ってへんぞって思って振り返った先におったんは、
「けっ…謙也さん?!」
さっき手ぇ振って別れたはずの人やった。
駐車場からコンビニの裏手に向けて無理矢理引きずられて、訳解らんまま俺はそれについてった。
何か言える雰囲気やない。暗がりで顔はよぉ見えんかったけど、さっき車のヘッドライトに照らされた謙也さんの横顔は怖いぐらいに真剣やった。
人通りの多いコンビニの表と違って、裏手は空き地になってて人目はない。コンビニの壁に押し付けるみたいにして謙也さんは思いっきり俺の事を抱き締めてくる。
あの日より、あの別れを覚悟した日より強い力で抱き締められて、この後に続く言葉は簡単に想像ついた。
「光…」
「…どないしたんっスか?」
聞かんでもこの人の考えてる事なんか解る。
そうや。謙也さんは鈍感や。鈍感やけど俺の事になるとアホみたいに敏感に察してくれるんやった。
そんなこの人が俺のあからさまな変化に気付かんはずなかった。
俺の不安な気持ち見透かして、それで不安になったんやろう。
また俺が別れようって言い出すんちゃうかって。
確かに考えてた事やけど、こんな風にされたらそんな言葉も消えてまうわアホ。
「嫌や」
「何が」
「光が他の奴好きんなったりしたら…それも嫌やけど……淋しいとか不安やとか、そんなんで離れていくんはもっと嫌や」
「どっこも行きませんて」
どこのガキやこれは。
妙な駄々に思わず笑ってしもた。けど、
「お前黙って何やしようとするから怖いねん……嫌な事とか不安な事あるんやったらちゃんと言うてや…一人で悩まんと俺に言うてや…全部ぶつけてや……」
泣きそうな謙也さんの声に俺は抱き締めてくる腕振りほどいて思いっきり抱き締めた。
胸に顔埋めるようにして抱いてるから背の低い俺に合わせて細長い体屈めてちょっと体勢苦しそうやけど、それ以上に吃驚してるみたいで動かんようになった。
「時々思い出してください」
「…え?何を?」
「俺の事…時々でええんで……ちゃんと忘れんと思い出してください。それで…十分っスわ」
それ以上は望めん、期待したあかんって思ったけど、謙也さんは不満そうに抗議してくる。
「アホか。時々どころかいっつも考えてるっちゅーねん。楽しい事あったらああ光と一緒やったらええのにとか、
嫌な事あったら光に会うて慰めて欲しいなあとか…全部お前に繋がっていっつも考えてるわボケ」
何や。
この人も俺と一緒やったんや。
ほんまアホな事で思い悩んでたんやな。
けどこの不安は離れてる限り付きまとってくるもんで、その度こうやって謙也さんは俺の中に生まれる怪物を食い殺してくれるんやろうか。
次もまた不安の闇に飲まれそうになってる俺を助けてくれるんやろか。
それを期待してしもて、俺はまた一つ別れるタイミングを逃してしまった。