ゆめまぼろし

静かだった病室に、数分前から苦しげな呻き声が響いていた。
いつもは穏やかな笑みを湛えている白面が苦痛に歪んでいる。
痛がっているわけでも苦しんでいるわけでもなさそうだと、仁王はただその寝顔を眺めた。
初めてこの姿を見た時は心配になり、慌てて揺り起こしたものだったが今はもうそれもない。
彼が今何に苛まれているかを知っているからだ。
知っているだけで、理解はできない。
当然だろう。
彼の今置かれている状況は彼だけのものなのだから、それを理解しようなどという傲慢な考えなど浮かびもしない。
だが、目を逸らさずにじっと見つめた。
彼の耐える姿を、頑張る姿を、闇から這い上がっていく様を。
それは考えていた以上に心に負担をかけるものだが、仁王は絶対に側を離れなかった。
ただ黙って彼が悪夢から目を覚ますのを見つめ続ける。
そうしてしばらくすると、前触れもなくふっと幸村が目を開いた。
「……やあ」
「よう」
まだ額に脂汗をかいたままだというのに、幸村は何事もなかったように軽く手を挙げて仁王に向け微笑む。
だから仁王も何も言わず、同じように片手を挙げて挨拶を返す。
「来てたのか。練習は?」
「……プリッ」
今頃真田が青筋を立てて怒り狂っている事だろうと幸村は苦笑いする。
だが仁王は我関せずといった様子で枕元に置かれたタオルで幸村の額の汗をぬぐった。
「時々……このまま目が覚めないんじゃないかって思うよ」
「ああ」
「でもちゃんと目を覚ませるんだ」
「どんなに苦しいても夢やからの、それは」
「それもそうだ」
仁王の言葉に納得がいったようで、幸村はようやくふわりと笑みを見せる。
しかしすぐにまた少し表情を崩した。
「まだ左手の感覚がおかしい……」
「それは夢やないからな」
「なーんだ。仁王が優しいから夢なのかと思ったよ」
思わずといった風に仁王は息を吹き出すように笑いを漏らし、繕うようにそりゃ残念やったのう、と呟いた。
「夢じゃないけど……ここまで回復出来た」
「そやの」
倒れた頃、入院した頃、治療していた頃を思えば順調に回復していると言えるが、それでも元の絶対的なあの姿からは程遠い。
幸村自身が一番それを感じているのか表情を曇らせる。
「でもこれ以上は努力次第らしいよ」
もうすぐ始まるリハビリでどこまで回復出来るかは幸村の頑張りにかかっている。
しかしそれも未知数で、リハビリをしたところでどれだけ回復するかも解らないという説明を受けた。
それでうなされていたのかと仁王は少し眉を顰める。
その僅かな変化も幸村は目敏く見つけ、心配するなと呟いた。
「そうは言っても俺には解らん事やからな……」
「お前でも不安になる事あるんだな」
「自分の事やと何が起きても平気なんじゃがの」
「俺と同じだ」
もしここで臥しているのが彼でなく自分であったら、幸村もこのような思いをするのだろうかと思うと仁王の心には何かむず痒いような喜びが不謹慎にも広がっていった。


仁王は手を貸す事も救う事も理解する事も諦めて、
見守るを選択したのです。
それはきっと誰にも出来ない支えとなってるはずです。
この二人は無駄口少なそう。
ただ一緒にいるだけって感じで。
折角なんで背景は入院中の写真使ったった。
幸村様もきっとこの千成瓢箪ぶち込まれていた事でしょう。

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