59.あの日の柳Ver.です。
柳だって赤也に救われたんだよってお話。
赤也はアホで実直なので、色々考えすぎて迷走する柳を導く存在です。
一方的に赤也が面倒かけてるように見えて、
何だかんだで丁度ええ間柄なんです、この二人は。
しかし柳本人は全く気にしなさそうだ…オカマーとかってからかわれても。
絡まれて鬱陶しいのが嫌なだけで、からかわれるのは別に平気。
頭の悪い奴の言う事に耳なんて貸さない。
でもそんな態度が小学生には腹立つんやろなぁ…
そんでたとえ柳が許しても赤也は許しませんよ。
柳の悪口なんて聞こうものなら飛び掛っていくに違いない。可愛い奴だ。
La Familia 6.庭
今日からうちに"赤也"って子がやってくるらしい。
両親を亡くした後、親戚の家をたらい回しにされてから、うちに来るんだと父に聞かされた。
どうしてうちに?と聞いても答えてはくれなかった。
"赤也"は俺より二つ下で、9歳。
誕生日が来月だからまだ9歳だけど学年では一つ違い。
年も近いし仲良くなれればいいな、と思う。
うちには姉がいるが同性の兄弟とはどういうものなのだろう。
両親はあまり歓迎していない様子だが、俺は嬉しかった。
弟ができるって、どんな感じなのだろう。
お兄さんになるって、どんな感じなのだろう。
仲良くなれるだろうか、と考えて、それを自ら首を振って否定してしまった。
また笑われるかもしれない。
こんな姿では。
祖母は厳しい人だが、少々変わり者だった。
お前はこっちの方が似合うよ、と髪を伸ばすように言ってきた。
まるで日本人形のように綺麗に髪を切りそろえ、よく似合うよと笑った。
その所為でクラスの連中には馬鹿にされてしまった。
女みたいだ。
オカマだ。
そんな中傷も別に気にしないようにしていたが、言われて気持ちの良いものではない。
今日も姉とお揃いの浴衣を着せられている。
真っ赤な地に、紫と白の朝顔を描いた女物の浴衣を。
これを見て、赤也、という子はどう思うのだろう。
女みたいだって笑うだろうか。
男のくせにって気持ち悪がるだろうか。
せん無い事を考えて庭でしゃがみ込んでぼんやりと池を眺めていたら、バタバタと忙しない足音がして、一旦消えた。
あんな風に足音を立てて歩く人間は我が家に姉しかいない。
だが姉さんは今家の中にいるはずだ。
なら誰が、と思いそちらに視線をやると知らない子が庭で一番大きな木を見上げていた。
「……誰だ?」
また近所の悪ガキが紛れ込んだのだろうか。
そう思い声をかけると、大きな目をいっぱいに開いて驚いている。
じっと人の顔を見て、一体何だというのだろう。
ふと、今日来るはずの存在を思い出した。
「…もしかして赤也君?今日からうちに来るって聞いてる」
そう言うと、その子は見る見る表情を明るくした。
合ってるんだ。
答えは聞かなくてもその顔を見れば一目瞭然だ。
「そう!切原赤也です!よろしく!」
大きな声で元気よくそう言われ、少し驚いた。
そして、更に続く言葉にもっと驚かされた。
「えっと…この家のお姉ちゃんだよね?伯母さんに聞いてる。ここには姉ちゃんと兄ちゃんがいるって」
「え?」
「名前は?何て呼べばいい?俺の事は赤也でいいよ」
お姉ちゃん、って姉と俺を間違えているのか。
でもこの姿では仕方ないのかもしれない。
とりあえず名前を、と思い、帯に挟んだままにしてあった花名刺を渡す。
先日祖母が姉と揃いで作ってくれたものだ。
綺麗なそれは俺のお気に入り。
それまで使う機会がなくて残念だったから、ここぞとばかりに使った。
「…何これ?うわっすっげーキレイだ!!」
「花名刺って言うんだ」
「はなめいし?名刺なんだこれ…えっと…」
じっと書かれている字を食い入るように見ている。
これで弟の方だと気付いたか、と思ったが違うようだった。
「これが名前。よろしくな、赤也」
「に…ニィ?」
読めないのか。
漢字が読めないだけなのか。
恐らく蓮が解らないのだろう。
その下の二だけを読んでいる。
「ニイって…それは――」
「蓮二!」
家の中にいたはずの姉が、縁側に置いてあった下駄を引っかけてやってきた。
母に何かを買って来るよう言付かったのだろう。
財布を握っている。
「蓮二、この子?赤也君って」
「そうだよ」
赤也は姉と俺の顔を見比べている。
やっと気付いたか。
「そっか、よろしくねー私こいつの姉貴だから」
「姉さんもちゃんと自己紹介しなよ」
「ごめん、ちょっと急いでんだ。帰ったらまたちゃんと話すから!じゃあね!!」
やはりお使いに出されたのか、とその背中を見送る。
「あの、もしかして…弟の方?」
「そうだ」
視線を赤也に戻すと、みるみる顔が青ざめていく。
面白い奴。
こんな風にころころと表情を変えて。
犬みたいだ、と思った。
尻尾を振って近付いてきて、勝手に思い込んで落ち込んで。
でも嫌われたわけじゃなさそうだ。
よかった。
「まぁこんな恰好だしな…お祖母様に揃いの浴衣を折角誂えたんだからって無理矢理着せられたんだ。
自分から着たわけじゃない」
言い訳がましくそう言うと、赤也はまたとんでもない事を言ってくる。
「でもっ俺たぶん半ズボン姿でもぜってー間違えてた!!アンタすっげーキレーだし!」
綺麗だって。
初めて言われた、そんな事。
皆俺の事は気持ち悪いって言うのに。
無表情で何考えてるか解らないって。
それなのに赤也は違った。
ただ思った事を思ったように口にしてくれたのだ。
「面白いな赤也は」
俺は久々に大きな声で笑った。
別に誰かに解ってもらおうなんて思ってなかったけど、それでも何故か嬉しかった。
今のままでいいのか、と思うと気持ちが少し楽になった。
赤也は俺の存在を否定する事無く、ありのままを受け入れてくれたのだ。
好きでこんな風になったわけじゃない。
俺だって同級生と同じ様に大きな声で笑ったりはしゃいだりしたい。
短く髪を切って外で遊びたい。
でもそれが許されない息苦しさ。
自分が自分でないような感覚になっていた中で、赤也の前でだけは自分でいられるような気がした。
たとえ俺がどんな風に変わっても、赤也ならきっと笑わず、馬鹿にせず受け入れてくれるかもしれない。
一度、聞いてみた事があった。
赤也は俺が気持ち悪くないのか、と。
すると赤也は心底不思議だという顔をしたのだ。
「何で?」
「何でって…こんな恰好してるし」
「ニイが気持ち悪かったら世の中皆気持ち悪い!!もしかしてイジメられてるのか?!
ニイの事悪く言う奴がいたら俺が全員倒してやるから絶対言えよ!!」
「虐められてないから暴力に訴えるなよ赤也」
「キレイなもんを素直にキレイって思えないような奴の言う事なんて気にすんな!
キレイで頭良くて運動神経も良くてカッコよくて…ニイはそのまんまで充分だ!!」
「ありがと赤也…」
自分の事では無いのに、必死になってこうして言ってくれる赤也。
時々失望させてしまうのでは、と思う事もあった。
だけど赤也はいつも真っ直ぐ俺と向き合ってくれる。
今、ここにいる俺を。
目を逸らさずに真っ直ぐ見つめてくれる。
赤也がいると、心と体がばらばらになりそうなぐらい辛い時も自我を取り戻す事ができる。
赤也の目に映る自分が、きっと本当の自分なんだ。
妄信的で、時々勘違いしてる時もあるけど。
それでも赤也が俺の真実だ。
赤也だけが俺の真実だ。
赤也の信じる俺でいれば、それが本当の俺なのだから。