La Familia 57.白と黒

甘い物は大好きだ。
食べてるとこの世で一番幸せになった気分になれるから。
が、そんな俺が唯一甘い物をもう二度と見たくないって思う瞬間が年二回訪れる。
一回はこないだのクリスマス。
そしてもう一回が―――……
「バレンタインねー…」
店の壁に貼られた大きなポスター見上げて溜息一つ。
明日に迫ったその日を目指して俺のバイト先も女の子でいっぱいになってる。
おかげでこっちは頭の先から爪先までチョコレートの匂いに染まってる。
最近家に帰ると幸ちゃんや真田に顔を顰められる。
風呂に入ろうとしても、残り湯がチョコレート臭になるから最後に入れと柳に怒られる。
ほんといい迷惑だ!!
でも皆幸せそうな顔して買って行くから、それもアリなのかと納得するよう努力した。
何だかんだ言ったって仕事だしな。
うちに帰ればゆっくりできるし、今日は夕食当番が柳だから、きっと美味いもん用意して待っててくれる。
そう思ってご機嫌で帰宅したんだけどー…
まさか時間外に働かされるなんて思ってもなかった。
帰るなり待ち構えていた柳に神妙な面持ちで相談を持ちかけられたのだ。
頼みがある、って。
どうせロクな事じゃない。
こいつが俺への頼みごとなんてどうせ…と思えば案の定。
「は?夜食になるようなチョコケーキ?」
「ああ。作り方を教えてほしい」
「何で夜食?」
「最後の追い込み時期だからな」
「…何でチョコ?」
解ってるけどあえて聞いてやる。
黙り込んで十秒。
「……チョコレートはストレスに対する抵抗力がつき集中力や記憶力がアップして学習能率が上がる。
それにケーキならば脳に必要な糖質が充分に補給できるからな」
非常に可愛げのない答えが返ってきた。
面白くねえ。
そんな理由だったら仕事でさんざんな思いしてんのに、教えてやる義理はない。
「明日がバレンタインだから、って言うなら教えてやってもいいぜぃ」
ニヤニヤ笑いながら言ってやったら、珍しく顔を赤くして俯いた。
何だ何だ。
今更バレンタインごときで動揺してる。
「もしかしてお前…赤也にチョコあげた事ねえの?」
「ない」
そんなキッパリ言わなくても。
「……ま、いっか。いいぜ。教えてやるよ」
「本当か?ありが…」
「ただし」
「…何だ?」
「お前のウンチク言い訳は腹にしまって、赤也にはちゃーんとバレンタインのプレゼントだって言ってやれよ」
10年近く一緒に居て今までそんな習慣がなかったのに、今更渡すのってすげえ恥ずかしいだろうけど、その分赤也は絶対喜ぶだろう。
ここであとひと押ししてやりゃ絶対勉強頑張るだろうし、ここは柳に折れてもらおう。
合格を確実なものにする為にも。
考える事数十秒、腹が決まったのか承知してくれた。

家にある材料で作れて、それでもって夜食に出来るチョコケーキ。
こっそり自分で考えてたフォンダンショコラを作る事にした。
ビターチョコの生地の中からホワイトチョコがとろーっと出てくる仕掛けの。
夜中に勉強すんのは寒いだろうし、これの温かいやつ出してやったら赤也も喜ぶだろう。
自分で食いたい為に考えたやつだけど、他に手はないし、これを作るか。
…クリスマスといい今日といい、俺の貢献度って結構なもんだよな。
見返りは期待してないけど、それなりの報酬は欲しいよなぁなんてセコい事考えてしまった。
柳はもともと料理の腕はなかなかのもんだし、お菓子作りもお手のもんだろうって思ったけど、意外に苦戦した。
それでも何とか出来上がった。
少し不恰好だけど、100%柳作のショコラ。
「赤也、絶対喜ぶぜ」
「……だといいが」
「ほんとは焼きたてが一番なんだけどな。出す前に電子レンジで温めてやれよ」
「解った。ありがとう」
そう言って嬉しそうに眺めた後、赤也に見つからないよう冷蔵庫の一番奥にしまう。

そうか。
だから店に来てた女の子達は皆嬉しそうな顔してたのか。
俺は貰う事ばっか考えてたから、何であげる側のこの子達がこんなに嬉しそうなんだろうって不思議だった。
たぶん、今のこいつみたいにチョコあげる相手の事考えて、選んで、喜ぶ顔を見るのを楽しみにしてる。
そういう事だったんだ。

そのお陰で、来年はもう少し優しい気持ちでバレンタインを迎えられそうな気がした。

あれ?赤也の為のバレンタインなのに赤也がいない…あれ?(笑)
ああ、蓮二さんの照れ隠しって論理的っぽいよね。

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