仁王→柳の片恋。こんな感じの出会いだったと。
こっちはブン太と違ってまだ心の整理できてません。
もう望みはないと頭では解っているけど心がついてこない。
そんな切ないキュン恋です。
ま、仁王の事だから上手く隠し通すだろうけどね。
La Familia 13.通り雨
あいつと初めて会ったのは、雨の図書館だった。
午後の授業は休講。
そして通り雨。
不運な偶然が重なった先での出会い。
突然の雨、傘も無い。
湿気と雨粒がじっとりと体にまとわり付く。
校舎からはもう遠く離れてしまった。
ここから一番近いのは、図書館のある棟。
入学してから一度も足を運んだ事のない場所だ。
足早に入った図書館には、同じような雨宿り組がいた。
まだ6月だというのに効きすぎた空調に、一瞬身震いする。
雨で冷えた体にこの冷房は厳しい。
そうは言っても、走って帰るにしても雨足はどんどんと強まっている。
どうせ通り雨だ。
すぐに止むだろうと、諦めて雑誌を置いてあるコーナーへと足を進めた。
ふと本棚の影にある重そうな鉄扉が目に入る。
白い紙に『関係者以外立ち入り禁止』の言葉。
銀色のノブを握る。
カギは掛かっていない。
悪戯心が湧いて出た。
ギイ、っと音を立てる扉の裏に入れば、そこは書庫だった。
近代的な図書館のスチール製の棚とは違う、背の高い重苦しい雰囲気の木の棚が整然と並んでいる。
薄暗いが場所が場所だけに適温適湿で過ごしやすい。
雨が止むまでここにいるか、と奥に見える腰の高さの本棚に腰掛けた。
高い位置にある窓からは雨音が止め処なく流れる。
静かでそれ以外の音は全て消されている。
だが消えなかったものが、一つ。
誰かいる。
入った時には気付かなかった気配が近付いてくるのを感じた。
司書だったら問答無用に追い出されてしまう。
息を詰め、動向を見守る。
「誰かいるのか?」
棚の向こう側からしたのは、予想に反して若い声。
同じ様にこっそりと入ったのだろうか、と姿が現れるのを待った。
出てきたのは背の高い男。
「何だ、雨宿りか」
文学部の奴なのだろう。
古めかしい本を手に持っている。
「ああ…ここはお前さんのテリトリーか。すまんの。ちょっと見逃して」
「図書館内は空調が効きすぎていて寒かったか」
こちらの事情など見透かしたような口調で断定してきた。
おや、と目を見開くと確信していたのかふっと口の端を上げた。
「当たっていたようだな」
目の前にある棚に視線を移し、こちらの事など気にしない様子で再び本を探し始めた。
今まで薄暗くてちゃんと見えていなかったが、窓の下になった事で顔がはっきりと解った。
生徒数が多いこの大学でもかなり異質に思える、他にない雰囲気の男だった。
昨日居眠り目的で潜り込んだ東洋文芸論の講義で配られたプリントに載っていた菩薩像。
それが第一印象。
真面目そう。
堅そう。
でも頭ごなしに怒り、ここから追い出すような事はしなかった。
何冊か本を選んだ後、司書に見つからないようにと言って出て行った。
この雨ならあと13分で止むだろうから、という予言を残して。
人とは誰かを好きになる時、自分とは違う種類の人間に惹かれるものなのだろうか。
あの言葉通り、雨はキッチリ13分後に止んだ。
偶然か、と思ったがそれ以来何故か気になって無意識にあいつの姿を探すようになった。
特に用もないのに図書館に行ったりもした。
親友には訝しがられた。
好きな女の子でも追いかけているのですか、と。
言われて気付いた。
いつの間にか気になって目で追いかけるようになったのも、その所為なのだ。
まさか、と否定した。
当然だ。
俺は男に対して恋愛感情なんて持つはずがない。
そう思い込んでいた。
だがそれはひと月後、打ち砕かれてしまった。
図書館で談笑する親友とあの人物を見た時。
チャンスが巡ってきた、と感じたのだ。
親友を介して急速に仲良くなり、彼という人がどんな奴なのかが解るのと同時に知ってしまった。
彼にはもう他の誰かがいる、という事を。
湧き上がる不快な感情。
それは紛れもない嫉妬という薄汚い感情だった。
もう否定する事はできなかった。
あの雨の日以来、俺の心は確実に引き寄せられていたのだ。
諦めるしかない。
でも諦めきれない。
でも、どうにもならない。
湧き上がる思いがいつか止むのをただ待つしかない。
あの日の雨のように。