La Familia〜Remember

あれからもう何年が経ったのだろう。
久方振りに見たそれに、懐かしい思い出が蘇った。





今日からひと月は絶対にすると決めていた事があった。
年末恒例行事といえば、そう、大掃除だ。
現在この家に住んでいるのは五名。
それに加えてほぼ毎日のようにやってくる人間が三名。
計八名。
大家族にして相応しい人数がこの家を使っているのだ。
もちろんそれぞれに当番の際掃除をしてくれているので、男ばかりの所帯の割には綺麗だと思う。
だがそれなりに汚れている。
換気扇の掃除もしたいし風呂のカビ除去も早いうちからやりたいと思っていた。
普段は手が回らない食品庫の整理や物置の掃除、それに床のワックスがけもやりたい。
「と、いうわけで今日は全員で大掃除をする」
「えぇーっっ!!!」
案の定な不満の声が上がる。
出所は赤也とブン太。
声には出していなかったが仁王も渋い顔を隠さない。
しかしそんなものは予想の範疇内だ。
「折角の休みに掃除なんてやりたくない、とでも言いたいのか」
「そーだよ」
「そーっスよ」
二人の声が綺麗に重なる。
「折角の休みだから、するのだ。平日などお前たちにそんな時間があるのか?」
「だーからって…まだ十二月入ったところっスよ?早くないっスか?」
「普通もっと年の瀬にやんじゃねぇの?」
「今日から少しずつすれば暮れ間際に焦らなくて済む。だいたい大掃除というものを一気にやろうとするから面倒になるのだ」
「蓮二の言う通りだ。お前たちも間借りをしている身なのだ。家主である幸村に感謝してこの家を綺麗に掃除せんか!!」
弦一郎の鶴の一声で今日の予定は無事大掃除と相成った。
しっかり見張っておかなければすぐに手を抜いてしまいそうだが、口喧しい弦一郎に神経質な柳生、
それに先程からリビングのソファに座ったまま無言の威圧をかけている精市がいるので大丈夫だろう。
「では今日の割り振りは…玄関は仁王、階段と廊下は弦一郎と赤也…」
「げっ!!真田さんと一緒?!」
「お前は目を離すとすぐにサボるからな」
そう言って弦一郎に睨まれ赤也が盛大に嫌がっているが、気にせずに先を続けた。
「柳生は二階の風呂とトイレ、ジャッカルが風呂場、ブン太は台所、精市は食品庫の整理だ」
「蓮二はどうするんだ?」
リビングから移動しながら精市が聞いてくる。
「外の物置の整理をしてくる。不要な物が多いだろう」
「確かに…あ、できればクリスマスツリー探しておいて欲しいな」
「解った」
「では全員作業に取り掛かるぞ」
弦一郎の声を合図にそれぞれの持ち場へと散り散り移動を始める。
渋々、といった様子だがとりあえずは全員始めたようだ。
それを見届けるとコートを着て玄関から表へ出た。
庭にある物置は精市が庭いじり道具を入れておくのに使っているものと、季節ではないものを片付けておくのに使っているものの二つ。
今日は後者の整理を予定していた。
精市の家の物なので遠慮していたのだが、先日和室に使うストーブを探そうとした時あまりの状況を見てそうも言ってられなくなった。
雪崩れ落ちる寸前の扉を前に気合を入れなおし、鍵穴に鍵を差し込んだ。
中でガタガタと不穏な音がする。
「崩れ落ちてくる確率98%…」
そう呟きながら引き戸を開ければ、段ボール箱の雪崩が起きた。
ドドド、という音と共に足下にはガラクタが散在する。
「おーい大丈夫かぁ?」
すぐ側にあるキッチンの勝手口から、その音を聞きつけたブン太が顔を覗かせる。
その手にはゴム手袋がはめられていて、真面目に掃除をしているようだ。
「うわっ!えっらい事になってんじゃん」
「ああ……思ったより時間がかかりそうだな…」
「ま、お互いがんばろーぜぃ」
そう言って手に持っていた油汚れギッシリの換気扇のパーツを見せ付けてきた。
ブン太が再びキッチンに引っ込むのを見て、ガラクタの山に視線を戻す。
恐らく精市が面倒だからとそのまま物置に突っ込んでいたのだろう。
段ボールのほとんどは中身がなく、順番にそれを畳んでいく。
物置の中にあったビニール紐でそれを束ねて一旦外に出した。
そして精市に言われたクリスマスツリーを探し始める。
どう贔屓目に見ても、これはもう使わないだろうと思える壊れた電化製品などが積み上がる棚が見える。
捨ててしまいたい衝動に駆られるが、何か理由があって取ってあるのかもしれない。
後で精市に聞くか、と思いそれも外に出してしまう。
物置の横に段ボールと壊れた家電が山積みになり、比較的すっきりした中を見渡す。
それでもまだ山のように積まれている季節物、扇風機や葦簀に阻まれ奥がよく見えない。
狭いはずの庫内がやたら広く感じてしまう。
向かって左側の引き戸を開けていたのだが、その丁度対角線上の隅にツリーの写真が見えた。
恐らく入っている箱のプリントだろう。
このまま強行すれば必ず周りに積み上がった物が崩れ落ちてくる。
それを一つずつ下ろしていき、ようやくたどり着いた。
が、中身は空だった。
しかし他にもう目ぼしい箱はない。
「家の中の物置に入れてあるのか?」
一通り探したが、やはりツリーは見つからなかった。
仕方が無いので出してしまった荷物を綺麗に片付け、次に取り出す際雪崩などが起きないようにしてから鍵を閉めた。
「精市ー」
壊れた家電をどうするのか訊ねようとキッチンの勝手口から食品庫に向けて声をかけるが返事が無い。
勝手口からは真正面で、擦りガラス越しに廊下が見えるのだが、そこに精市の姿が見えない。
トイレにでも行ったのかと思った。
が、一つ思いつく。
その廊下の手前、キッチンにいなければならないブン太の姿も見えない。
見ればシンクには汚れた換気扇が浸かっている。
まだ掃除は終わっていないという事だ。
時計を見れば全員で作業を始めてから1時間が経過している。
早速サボっているというのだろうか。
だが物音すらしない。
皆どこへ行ったのだと思いつつキッチンから家の中に入った。
「精市ー?」
コートを脱ぎながら歩を進め、ダイニングの椅子にそれを引っ掛け廊下に出る。
玄関掃除を言い渡した仁王や廊下や階段担当の赤也、それどころか弦一郎の姿すら見えない。
一体どうしたのだろうと耳を澄ませば、向かいにある和室から話し声が聞こえる。
一人、二人ではない。
自分以外全員分の声がするではないか。
「何をしている」
「うわぁあああああああ!!!!!」
襖を開けた瞬間、絶叫が響いた。
驚いて見下ろせば、やはり全員が揃いも揃って畳に座り込んで何かを覗き込んでいる。
掃除を言い渡したはずだというのに、室内に所狭しと本が散らばっている。
よく見ればそれは赤也の中学時代の教科書やノート。
そして頭を付き合わせるように見ていたのは紙製の安物臭いアルバムに挟まった写真だった。
「……それはっっ!!」
急いで取り上げようとしたが、一瞬早く仁王が拾い上げて、さっと身を翻した。
記憶が確かならばあのアルバムに挟まっていたのは、と思い慌ててそれを追った。
ひょいっひょいっと音がしそうなほど身軽に逃げるので取り上げる事ができない。
「いやー可愛いのう参謀」
半ば諦め追うのを止めれば、仁王は面白そうにニヤニヤと顔を歪めて再び中を見始めた。
「赤也!!」
「い゙っっ!!??」
いきなり標的にされ、驚いて変な声を上げる赤也ににじり寄る。
「俺は先日お前に何と言って実家に帰した?」
「え…えーっと…受験対策用の資料を作るから中学時代に使っていた教科書と参考書を持ってこい…?」
「で、何故あれがここにある」
アルバムの中身は是非とも隠しておきたかった過去が写っていたのだ。
姉と揃いの装いをした、所謂女装写真。
一枚や二枚ではない。
春は淡いパステルカラーのワンピース姿で桜の木の下で撮ったもの。
夏は色違いの浴衣姿で近所の神社の境内で撮ったもの。
秋は深い色合いのタータンチェックのプリーツスカートにブレザーを着て紅葉の下で撮ったもの。
冬は正月に艶やかな着物を着せられた時に撮ったもの。
姉と祖母が結託して散々人をおもちゃにした過去が五十枚程詰まったアルバム。
できるかぎり目に触れたくなかったし、誰の目にも触れさせたくなかったので書斎の一番奥の本棚に置いてあったはずだ。
それが何故ここにあるのだ。
「そっ…そんな怒らないで下さいよっっ!!ふっ不可抗力だ!!」
「不可抗力?」
「丁度ねーちゃんが帰ってて荷造り手伝ってやるって言ってくれたからっ…
それで知らない間に教科書詰めてた段ボールに入れられてたんっスよ!」
「ほう……」
目を見開き、睨むように赤也を見つめた。
すっかり元気を失い、こちらの機嫌を伺うようにびくびくと視線を寄越している。
「ほっほんとですってば!俺だってびっくりしたんだから!」
「だからと言って皆に見せて笑いものにする事はないだろう!」
「わっ笑ってないっスよ!」
赤也との言い合いを部屋の隅で伺っていた一同にも一言言ってやらねば気がすまない。
いつもならば叱るはずの立場である弦一郎までが一緒になってこうしてサボっていたのだ。
他の奴らが作業をするはずもない。
「だいたい弦一郎まで一緒になって何だ!言っていた場所の掃除は終わったのか?!」
「すっ…すまん…まだ途中だ…」
恐らく作業途中に合流して、叱ろうとしたがミイラ取りがミイラになったというところだろう。
手には雑巾が握られている。
「まあまあ蓮二…ちょっとした休憩じゃないか」
「………精市」
「それに皆感心して笑ったりなんてしなかったんだよ?こーんなに可愛いのにさ」
そうは言っているが顔は笑っている。
「こんな事で感心されても嬉しくない!」
隙を見て仁王からアルバムを取り上げた。
ブン太と二人不満そうに口を尖らせているが知った事ではない。
早くこの話題から逃れたいという事もあり、精市に向き直り用件を言う。
「精市、物置にある壊れた電化製品はどうするんだ?」
「ああ、粗大ゴミの収集を頼もうと思って忘れてただけだから捨ててくれていいよ。
他にもまだ出てくるだろうし年末にでも引き取り業者を呼ぶよ」
「解った。……お前達逃げるな!」
丁度背後になって死角になっていたリビング側の襖から逃げようと足音を忍ばせていた仁王たちを呼び止める。
「今から買出しに行ってくるから帰るまでに掃除を終わらせておけ!いいな!!」
ブン太はジャッカルの背中を押し出して犠牲にしようとし、仁王は柳生の背後に隠れている。
「返事は?!」
「はいっ!」
「弦一郎もだ!」
「わっ…解ったっ!」
全員分の元気の良い返事を聞き、アルバムを持って和室を出た。
こんなものを持ち歩きたくはないが、このまま家に置いておけば、誰かが必ずまた探し出して見るに違いない。
それを鞄の中に入れ、コートを着込んで玄関から家を出た。
先程までは動き回っていたからそうは感じなかったが、今日はいつもより気温が低いらしく口から漏れる息が凍り付いている。
真っ白な吐息が空を舞った。
勢いで家を出たものの、本当は買物の予定などない。
一日を掃除にあてるつもりにしていたので、夕食の買出しなどは昨日のうちに済ませておいたから。
行くあてもなかったので、いつも通っている大学までの道のりをゆっくりと歩いた。
昼飯時まではあと一時間ほどある。
さてどうしたものかと思案し、とりあえず駅前まで行ってお茶でも飲むかと進む道を変えた。
商店街に向けて歩いていると、小さな児童公園があった。
「……ここに…こんなものがあったか?」
そう思ったが、そこが何であったかを思い出した。
すっかり様変わりしてしまい、すぐには気付かなかったのだ。
そこは以前、赤也と住んでいたアパートの跡地だった。
建て替える、と言っていたが結局は市に売却した後公園となってしまったのか。
小さなすべり台とブランコ、ベンチがあるだけの場所となっていた。
幼い頃、家の近所の公園でよく赤也と遊んだな、と懐かしくなり、寒さも忘れて中に入り真新しいベンチに座った。
遊具もまだ新しいものばかりで、使われた形跡が全く無い。
最近出来たばかりのなのか、はたまた、近頃の子供は寒い日にわざわざ表に出るような事はしないのだろう。
そこには誰もいない為、風の過ぎる音だけが響き渡る。
一息置いた後、鞄からアルバムを取り出し表紙をめくった。
正直、女装姿の写真など燃やしてしまいたいが、隣に赤也が写っている為それはできない。
始めの頃は姉と二人写っていたものが、真ん中過ぎた頃から隣りに立つのが赤也に変わっている。
初めての写真は赤也がうちに来た日。
あの日お使いから帰った姉が撮ったものだ。
無表情な自分と緊張も解けて満面の笑みを浮かべた赤也。
赤い浴衣姿とTシャツにハーフパンツ姿が並んでいる。
一枚ずつゆっくりとページをめくるのと同時に懐かしい記憶が蘇ってゆく。
時間の経過通りに並べられた写真の中の自分に思わず笑ってしまった。
最初は嫌々だった顔が、赤也が側に写り始めた頃を境にだんだんと表情が柔らかくなっていっている。
夏祭りの時に撮ったもの、庭の紅葉を前に撮ったもの、年を越える頃にはカメラに向かい微笑む事をしていた。
この頃、暴れて障子を破いては祖母に怒られ、庭の池で釣りをしては祖父に怒られ。
赤也にとっては碌でもない思い出であろう事すら愛しい記憶だ。
そして改めて赤也という存在の大きさを感じる。
こんなに幼かった頃からいつも側にいて、ずっと心に棲み続けてきたのだ。
赤也が来てから無機質で無味乾燥だった家の中が一気に明るくなった。
赤也が側にいてくれて、ようやく笑顔の意味を知った。
不機嫌に顔を歪ませていると必ず赤也は悲しげにこちらを見ていた。
だが無理に笑ったとしても喜ばなかった。
心配そうに見上げる瞳が嘘を吐く事を許してくれなかった。
そんな赤也に心が温かくなり、心から笑ってみせると必ず破顔一笑してくれた。
アルバム最後の一枚は中学三年生の頃。
卒業式の後、テニス部の追い出し会の時罰ゲームで着せられた母校の女子制服姿。
この時は赤也も一緒に負けて、二人で女装させられた。
心底嫌そうな顔でもすれば慰めてやろうと思ったが、予想と反して初めての女装を意外と楽しんでいたように思える。
少し悔しかった。
今まで散々人に恥ずかしい格好をさせておきながら、と。
写真の中で破顔する赤也の額を指で弾いた、その時。
「柳さん!!」
公園の入口から大きな声が聞こえた。
「赤也…」
「ちょっとアンタこのクソ寒い中何やってんっスか!!」
買物に行くと言っただけで、どの店に行くとも告げずに家を出たというのに赤也は探し出してくれた。
「あーあーただでさえ冷え性なのに何でこんなとこでのんびり座ってんの?!」
一人勢い良く喋り、自ら巻いていたマフラーを外して首にかけてくれた。
その時に触れた頬が思ったより冷たかったからか、赤也は驚きに顔を歪ませ手を握ってくる。
「やっぱり!すんげー冷えてんじゃないっスか…もー…ほら、俺の手袋も使ってよ」
コートのポケットに入れっぱなしにしていたらしい手袋を渡され、黙ってそれに従う。
それを見届け、赤也は手を引っ張り立ち上がらせた。
慌てて膝の上に置いたままだったアルバムを鞄に入れて赤也に付いて行く。
「ほら帰りますよ。掃除ならもうすぐ終わって、今丸井さんが昼飯作ってくれてるから」
手を繋いだまま道路の端を選んで歩く。
昼過ぎの商店街は多くの人が歩いていたが、不思議と気にならなかった。
「赤也」
「何っスか?」
「何故俺があそこにいると解った?」
一瞬思考を巡らせる表情を見せた後、苦笑いしながら言い放ったのは、
「勘」
「何?」
酷く曖昧なものだった。
「さっきのアルバム見てさ、懐かしいなーって思ってたから…
もしかしたらアンタも昔の事思い出してたのかもって思ったら案の定、ってやつ?」
そうだ。
そうだった。
赤也の言葉に急速に蘇る記憶。
昔、幾度となくあった思い出。
赤也は家の者に叱られたり、つまらない諍いを起こして拗ねた後必ず取る行動があった。
家を飛び出した後、近所にあった小さな児童公園にある大きな遊具に隠れる。
それを探しに行くのは決まって自分の仕事だった。
半べそかきながら、薄暗い夕日を浴びて真っ赤に染まった山型の遊具内部で隠れるように膝を抱えて座っている。
見つけてもらう事を待っているのだろう。
赤也は必ずそこで待っていた。
他ならぬ、自分の迎えを。
「俺、あそこが公園になってるって知らなくってさ、先に別のとこ行っちゃったよー」
「俺も知らなかった」
「え?そうなの?…んじゃ別に昔の事思い出して行ったわけじゃないんじゃん!!」
「すまん。でも、見つけてくれて嬉しかった」
繋いだ手をぎゅっと強く握ると、赤也の嬉しそうな顔とぶつかった。
破顔する時の心の滲み出る表情はあの時と変わらない。
「へへっ…何年一緒にいると思ってんっスか」
「そうだな」
出会ってからもう何度過ごすだろう冬空の下。
赤也の得意げな声が響く。
しかしすぐに表情を曇らせた。
「あー…俺のせいじゃないけど…でもさっきは嫌な思いさせてゴメン」
「もういいよ。怒ってないから」
「ほんとに?絶対?」
よく表情をコロコロと変えるところは可愛いと思う。
こんな時でも素直に心を映せる赤也を羨ましいとも思う。
「ああ。俺もつまらない事で少し怒りすぎた」
「これ見て」
赤也はポケットに突っ込んだままの財布を取り出し、中から何やら紙切れを出した。
「…これは―――…!!」
「懐かしいっしょ?」
赤也に手渡されたのは、初めて会った日に渡した花名刺。
作ってもらった事が嬉しくて、会う人会う人皆に渡して気付けば手元に残らなかった綺麗なそれ。
角が少し毛羽立ってはいるが、あれから何年も経っているというというのに色褪せもしていない。
「どうして…まだ持っていたのか?」
「もっちろんっス。だってアンタからもらった最初のモンなのに失くすわけないっしょ?」
薄紅色の花柄に流麗な文字が書かれた花名刺を再び赤也に返す。
「これさ、あのアルバムに挟んであったの。ほら、最初に一緒に撮ったやつ…ねーちゃんに撮ってもらった」
「ああ…あの写真か」
「さっき仁王さんと取り合いした時落としたみたい」
一旦繋いだ手を離して鞄の中からアルバムを出す。
そして最初に赤也と一緒に撮った写真の裏側に挟んだ。
「けど俺、ちょっとムカついた。こんな可愛い姿俺だけが知っときたかったのにって思って…」
赤也がアルバムを覗き込んでくるので、隠すように鞄に再び入れる。
「可愛くなどない」
「んな事ねぇって!!アンタ絶対自分の事過小評価しすぎた!」
本当の事を言っているというのに、赤也は全力で否定してくる。
「…俺、あの頃からアンタの事ずっと特別に思ってたのに…」
「赤也…」
「それなのに自分否定すんなよ!俺まで否定された気分になる」
「……そうか…そうだな」
いつだって赤也の目に映る自分が真実だった。
「お前がそう言ってくれるなら…きっとそうなのだろう」
「んー…何かちょっと違う気もするけど…まあいっか」
二ッと笑顔を見せ手を握りなおす。
商店街を抜け、住宅街に入った。
家はもうすぐだ。
「可愛いというのならお前の方が可愛い」
「ありえねぇ…絶対アンタのが可愛い!」
「赤也が可愛い」
「柳さんが可愛い」
「赤也の方が可愛い」
「柳さんの方が可愛い!」
下らない言い合いをしていて、いつの間にか家に着いていた事にも、門の前に人が居た事にも気付かなかった。
「天下の往来で何惚気合ってんだバカップル!!」
「あ…」
自分の持ち場の掃除が終わったのか、ジャッカルが門扉の前をはいている。
今の会話を聞かれていたのかと思うと些かきまりが悪い。
「ったく…早く入れよ。昼飯もう出来てっから」
ジャッカルは箒と塵取を物置に片付けると、呆れた顔を隠さないままに玄関へと向かう。
それを見届けた後、聞かれちゃいましたね、とヘラリと言ってのける赤也の頭を一発殴ってやる。
「いってぇーっっ!!!」
背後で赤也の絶叫がするが、聞かない振りをして玄関を開けた。
使い終わった雑巾を洗うために洗面所へ向かう途中の弦一郎が目に入る。
出掛ける際の機嫌の悪さを思い出したのか、まるで悪戯を見つかった子供のようにびくりと肩を揺らす。
「お…おかえり蓮二。言われた場所の掃除は終わったぞ」
言い訳がましくそういう弦一郎がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「ただいま。大丈夫だ、もう機嫌は直った」
「そ…そうか」
よかった、と小さく呟いたのを聞き逃さなかった。
いつも偉そうにしていながら、意外と気が小さいのも弦一郎の良い所か。
精市も作業が終わったのか、昼食の準備の整ったダイニングテーブルについている。
「おかえり蓮二。ちゃんと赤也と会えて良かったよ。お前、携帯置いていっただろう?」
その存在をすっかり忘れていた。
昨晩自室で充電するのを忘れていた為、リビングにある仁王の充電器を今朝借りて繋ぎっぱなしだったのだ。
「お昼だよって電話したらここで鳴るから吃驚した」
「すまない」
赤也が貸してくれたマフラーと手袋を外し、コートを脱いで鞄と共にリビングのソファに置く。
そして精市の隣に座った。
「けど赤也なら見つけてくれると思った」
「うん」
「あいつ匂いでも嗅いで探したんじゃねぇの?」
出来上がったばかりの昼食をテーブルに並べながら、ブン太が笑う。
「だーから人を犬扱いすんのはやめて下さいって!!」
いつの間にか部屋に入ってきていた赤也がそれに猛抗議する。
賑やかな声に誘われるように、一人、また一人と席に着いた。
弦一郎の合掌を合図に食事が始まった。
あの写真を撮った頃には想像も出来なかった風景。

ただ、今もこれからも、ずっと続けばいいのにと願わずにはいられない。
そんな幸せな午後。


 

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