Brother

只今研修医1年生の忍足先生の弟が我が整形外科病棟へローテート中なのですが、
この1年半で忍足先生がナース達に全く感心を示さず、これはもう恋人がいるんだなという空気になったところへやって来たという事で、
現在兄に代わって人気急上昇中なのです。
が、何がお気に召したのかさっぱりなのですが、忍足先生の弟君、順也先生は一目惚れだと言ってくれました。
非常に申し訳ないのですが、医師に全く興味を持てない私は丁重にお断りしました。
ですが諦める様子がないおかげでこっちはメス猫どもの言われない嫉妬に晒されるわで仕事がやり辛くて仕方ありません。
これだから集団になった女子は嫌いなんです(と、うちの兄もよく言ってる)
あいつら、忍足先生の相手が財前君だと知ったらどうなるんだろう。
ちょっと気になりますが、これは絶対に知られちゃならんな、と本能が訴えます。

まあ、流石はあの忍足先生の弟だなあという一語に尽きる順也先生がいい人な事には変わらないし、決して嫌いではないのであの二人の話が聞けるのならばという内なる思いを隠して食事の誘いに乗りました。
とは言っても、休憩時間を無理矢理合わせて病院の食堂でご飯食べるだけなんですけど。
順也先生には悪いですが、これぐらいは許されるはずです。
色々気になる事があるんです。
まず一番気になったのは、あの二人が恋人だって知って何とも思わなかったのかって事ですよ。
だってそうでしょう。
うちのように兄がアレ状態な家族ならいざ知れず、本当に普通ーの学生だった兄貴がいきなり恋人ですヨと同い年の男を連れてきたら、ねえ。
お母様やお父様は何も言わなかったのかって思うじゃないですか。
「オカンもオトンも最初っから光ん事思いっきり可愛がっとったからなぁ…謙也より」
「そうなん?」
「あいつほんま自分ちみたいにうちでくつろいどったし、謙也おらんでも平気で家遊びに来とったなぁ…学校から帰ったらフツーにリビングでオカンと並んでテレビ見とったりして」
財前君の家の事情は詳しくは知らないのですが、親と思いっきり仲が悪いという事は知っていたのでその辺もあって忍足先生のお母さんに甘えてたのでしょうか。
そうか、先にそんな風に仲良くなった事もあって男だ女だっていうより財前君を、受け入れたって事なんでしょうね。
「先生は?先生は初めて聞いた時どない思ったん?」
「俺は…何とのぉ普通の先輩後輩やないなーって事は薄々勘付いとったからなー…何ぼ仲ええ言うたかて週半分は遊びに来るておかしいやん」
「いや…恋人でもおかしいて、それ」
最早忍足家が財前君の実家状態じゃないですか、それ。
「まぁそうやけどな」
「ゲッ!とか正直思わんかった?」
「あー…今も他の奴とかやったら思ってまうかもしれんけど…あいつらはそんなん思わんわ」
「何で?」
これだけ根掘り葉掘り聞いても嫌な顔一つせずバカ正直に答えてくれるなんて、やっぱりいい奴です。
「うーん……自然やったからかなぁ…」
「自然?二人の仲が?」
「それもやし、うちの家族ん中おってもすんごいナチュラルに馴染んでたっていうか…何となくやけど、これからもずーっとこんな感じでおるんやろなーって思ったから」
何その結婚相手見つけた時のような感想は。
思わず前のめりに聞いてしまいます。
「大昔にいっぺん謙也の彼女ってのもうち来た事あったけど…そん時は何や家族に異物混じったような感じしとったけど光はそれないねんなー…全く」
「ほなもう五人で家族なんや?」
「あー…うん。何やそれが普通になってしもて光がおらんようなるって考えれんわ」
「へぇー」
運命的じゃないですか。
何かもうこれ以上言う事なんてないですね。
「あ、けどいっこビックリした事あったわ、中学ん頃」
「何?何?!」
あ、しまった。がっつきすぎたか。
けどこんな風に言われたら気になりますよ。
「オカンが晩飯の用意しとって、俺と謙也と光でテレビ見とってんな、リビングのソファに座って」
「ふんふん」
テレビの正面にある三人掛けの大きいのに忍足先生と財前君、その斜め横に置かれた一人掛けのに順也先生が座ってたのだとテーブルに配置を指でなぞって教えてくれます。
「あいつらフツーに手ぇ繋いどってん」
「えっっっ?!」
自分の手を使って再現してくれるんですが、思わず目が点になりました。
最初はソファに置かれた手の上に重ねるだけの状態だったのが、指が絡んで忍足先生が手を握ったり撫でたりって、何その新婚さんのような行動は!!
「けど一番ビビったんはそれ見て何も思わんかった自分やな…」
「え?」
「そん時は別になーんも思わんで、三日ぐらいしてから何やおかしない?って思ってん」
本当におかしいですよ、それ。
ナチュラルに受け入れすぎですよ。
しかもその時はまだ二人が恋人だって知らなかったって言うじゃないですか。
「しかもな、それおかしいって思ったんが…男二人でお手手繋いで何しとんねん!!やなくて、光あいつ人に触られるん苦手やのに謙也やったらええねんなぁ…やってん」
おかしいですってば!!
「オカンも何も思ってへんかったみたいで、途中でこっち来た時もそんな二人見て何も言わんかったしなぁ…」
家族ぐるみでおかしいです。けど微笑ましい光景じゃないですか。
財前君は自分から甘えにいくタイプじゃないみたいな感じですし、そうやって忍足先生が甘えていくんでしょうね。
「その後もよぉ観察しとってんけど、ソファに二人でおるときは必ず謙也が右で光が左に座っとんねん」
「何で?」
「え?手ぇ繋ぐからちゃうん?あいつら右利きと左利きやし」
あ、そうか!お互い利き手がフリーになるポジションなのですね。
ダメだ。頭が想像に耐えられなくなってきました。
私の貧相な想像力の許容範囲を超えました。
「けど無駄にいちゃついてるわけちゃうかったし、ほんま自然にそこに二人でおるって感じやったわ」
その後、話しながらでいつもより長く時間をかけての昼食だったのですが、忙しい順也先生は無情な呼び出しに急いで病棟に戻ってしまいました。
私はまだもう少し時間があったのでゆっくりと昼食を摂っていると、食堂に見慣れた姿がやってきました。
忍足先生と財前君です。
どうやら奇跡的に休憩を重ねられたみたいですね。
人混みまぎれてひっそり観察していると、順也先生の言っていた通り、忍足先生が右側、財前君が左側に立っています。
カウンターに並んでプレートを受け取って、一瞬逆の立ち位置になったのですが、すぐに財前君は忍足先生の左隣に移動します。
落ち着かないんでしょうね、逆だと。
並んで座る時も忍足先生が右、財前君が左に座ってます。
っていうか、四人掛け席なんだし向かい合って座るんじゃないのかよ、と思わず心の中でツッコミを入れてしまいました。
でもその不自然な位置が、ごく自然なものに見えるあたりに順也先生の言葉の意味を知った気持ちになりました。

ほんでこの後白石が来て光の前の席に座って完璧な布陣となるわけですよ。

光は左側が落ち着く人です。
人間は本能的に守りたい存在を自分の左側に置きたくなるらしいよ。
そんで安心して置いておける存在らしいよ、左側に置ける人は。
急所(心臓)の一番側にいても大丈夫って事で。
謙也さんにとって光は、そういう事です^^

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