二人は仲良くなれそうだという意見があったので、英さんとクララを絡ませてみました。
いい飲み友達になりそうだな、この二人。
もちろん酒の肴は謙光ですよ。
とある看護師の推理日誌2
私が彼らの関係をあっさり受け入れられた事には訳があります。
それは私の奇妙な家族構成が大きいです。
私には8歳離れた兄がいます。
職業は産婦人科医。何故かおネエ系。
ちなみに前はうちの病院にいましたが、今は東京の病院で働いています。
生まれた時は兄であり、今現在は姉であるその人。
「アタシは自分で子供は産めないけど、アタシの取り上げた子が日本全国に散らばってくのよ?こんなにステキな仕事って他にないわー」
と言って自分の生き様に自信と誇りを持っている兄…であり、姉を、私は誇りに思っています。
病気や怪我を治す事を主とする医師という職務の中で、唯一命を生み出す手伝いの出来る産科医を選び、その激務に文句一つ言わずに
「まだ体は男だからね。体力は男並みで日本一女心の解る産科医を目指すのよ!!」
と、張り切っている。
そんな人を身近に見てきているので、人より性差というものにあまりこだわりがありません。
ですが、そんな私とて女子です。好奇心は旺盛です。
気になるじゃないですか、二人の馴れ初めなどが。
珍しく財前君の深夜勤と忍足先生の当直の被らなかった日に、先輩命令と称して飲みに誘いました。
奢ってやる、と言うと文句を言いながらも付き合ってくれるようです。
何だかんだと言って、先輩という存在に弱いようです、財前君は。
院内でも時折白石さんにいじられている姿を見かけますしね。
そう思って二人で挟み込んでやろうとあまり親しくはないのですが白石さんも誘ってみました。
でも財前君を囲む会だというと快くOKしてくれました。男前は心意気も男前です。
病院から程近い小ぢんまりとした居酒屋のカウンター席に財前君を挟むように並んで座り、私と白石さんはビールを、財前君はコーラを頼みます。
「あれ?飲まへんの?」
「はあ…まあ…」
白石さんの言葉に曖昧な返答だけです。おや?
「歓迎会の時は飲んでたよな?飲めんわけちゃうんやろ?」
「…けど飲んでまうと明日朝起きれんし」
何故朝起きれないと問題なのだ、明日は羨ましい事に丸一日お休みじゃないかキミ。
と思っていると白石さんがおかしそうに笑います。
「ああ、そうか。明日久々に謙也と休み被るんやな。当直明けにあいつが家来る時ちゃんとお帰りって迎えたりたいんやろ?」
綺麗な顔で笑う白石さんを睨んで、財前君は照れ隠しのようにお通しの小鉢をもりもり食べます。
なるほど。そういう事だったのですか。
二人は一緒に住んでいるわけではないそうですが、病院のすぐ近所で一人暮らしをしている財前君の部屋で半同棲状態なのだと白石さんが教えてくれます。
ほんとにラブラブです。
だいたい10年も一緒にいてどうしてこうも高い恋愛テンション保ったままでいられるのか、その辺を教えてもらいたいものです。
「はーい質問です先生」
「はい、どうぞ英さん」
飲み進めている間に何となくノリで白石さんを先生役に質問大会となりました。
お題は当然忍足先生と財前君の事です。
院内で誰もが憧れている薬剤部の白石さんを相手に人の話など、うちのナースにバレれば吊るし上げられそうです。
どうせならもっと役に立つ情報を仕入れてくれ、と。
でも残念ながら彼に個人的な興味は全くないのです。ごめんなさいね皆さん。
私、ガテン系の黒くてデッカイ感じの男のが好みなんです。姉のような兄を持った反動なんです。
そう心の中で訳の解らない懺悔をしながら、質問をします。
とりあえず出会いのきっかけや付き合う経緯などはだいたい理解できました。
病棟イチのお人好しで優しい甘甘男は10年前から変わらず、そんな彼の優しい愛に包まれて財前君が立ち直っていくお話など、涙なしには聞けません。
「なっ…何泣いてんっスか先輩、キモッ」
「キモいって何やねん、キモいって。先輩に向かって失礼やな。それにしてもええ話やわー」
おしぼりで涙を拭いながら話を聞く私に、白石さんが小説みたいやけどほんまの話やでって言って笑います。
ようやく納得がいきました。
それだけの絆があれば離れ難くて当然です。
むしろなるようになったって事です。運命です。これぞ運命です。
でもここまで強い絆が綻ぶ事はなかったのでしょうか。
「10年も一緒におって他に目移る事なかったん?」
「浮気って事ですか?」
「そうそう」
「あ、それ俺も聞きたい」
嬉しそうに白石さんも乗ってきます。
が、財前君は心底呆れた様子です。
「先輩……ないの解ってておもろがってるでしょ」
「そんなん、俺知らんうちにあったかもしれんやん?」
「ないです」
「5年以上前の事は時効や思うで?」
「ないですって」
「なーんや」
「ムカつく言い方やなぁ…」
ほうほうなるほど。この10年ただの一度もなかったと。
ほな忍足先生は?と尋ねると財前君より先に白石さんが答えます。
「ない思うで」
「ですよね、あのヘタレが浮気とか。やってたらバレバレですよ」
「えっ……疑惑とかもなかったん?!」
「あの男が二股かけるとか、そんな器用な真似できるわけないやんなあ?」
「そうっスよ」
白石さんは本当に二人の理解者のようで、今日誘った私よくやった。ほんとに誘って正解でした。
私一人ではここまで喋ってくれなかったはずです。
「せやし…もし謙也くんが他に目ぇやった時は浮気やなくて本気やわ。
そうなったら俺はどう足掻いてもどないもならんやろし…別れるしかないでしょうね」
氷が溶けきって薄くなってしまったコーラを飲み干して、目の前で調理をしている店員におかわりを頼む財前君の顔は、
物凄い事を言っている割に淡々としています。
「道理やな。そういう奴やわ、あいつは」
中学生の頃から二人を見守っていたからでしょうか。
そんな財前君の様子にも動じない白石さんにも歴史を感じます。
「けどな、喧嘩とかしてもー無理!とか思う事なかったん?」
「そんなんしょっちゅうですよ。ムカつく事ばっかやしアホやしすぐ約束忘れるし俺の服勝手に着たか思たら破って帰ってくるしその癖謝らへんし」
珍しく語気を荒げて一気にそう言い切ると、隣にあった白石さんのグラスに入った焼酎を一気に煽りました。
あれ。飲んだら明日起きられないからと言っていたあの決意はどこへ行ったのでしょう。
白石さんは苦笑いでおかわりを注文します。
「光大変やろから洗濯俺がするわな、って言うといて頼んだら色物と白衣一緒に洗うし、おかげで俺の白衣一着ピンクになってもぉたし。
部屋の掃除させたら部屋の隅っこにホコリ溜まったまんまやし、ええ加減料理ぐらい覚えぇっちゅーねん!!
何で超複雑な手の骨折の手術は得意やのに手羽が捌けんねん!」
いや、最後のは別物ですよ財前君。
私はこっそり白石さんに酒乱?と聞くと、飲んだらいっつもこうやねん、と苦笑いが返ってきます。
「ほんま、ただの恋人やったらとっくに別れてますわ」
おや、不穏なお言葉が。
しかしただの恋人ではないとは、それもまた興味をそそる言葉です。
「俺にとって謙也くんは先輩以上で友達以上で恋人以上で、もう代え利かんねん…
俺の事一番解ってくれてて親であり兄であり手ぇかかる子供でありって感じやし、もう謙也くん以外の人とか無理。考えられへん」
おおおおおおっっと、これはこれは。
ハイクオリティな惚気を聞いてしまいました。
まさにかけがえのない存在ってやつじゃないですか。
「だからね、先輩!!」
「はははははいっ」
何だ何だ。私に絡まないでくれ。
でもアルコールで少し潤んだ瞳と紅くなったほっぺを見て、ああ可愛いな、と思いました。
成人男子への言葉に相応しくないかもしれないですが、本当にそう思います。
「別れませんよ俺は。別れたりませんからね」
「そ…そうですか…それは何よりです」
そのままテーブルに突っ伏して、寝たのか?と心配になりましたが白石さんが肩を叩くとすぐに起き上がりました。
今のでアルコールが抜けたそうです。
飲み続ければ酔うけど、飲まんようなったら5分で酒抜けるねん、変やろこの子、と白石さんが笑います。
白石さん、貴方なんだかお母さんみたいですよ。
「謙也くんのオカンはもう俺のオカンみたいなもんやし、オトンも順也も俺の家族みたいやし…今更離れるとか考えれんなあ」
ん?順也?と白石さんに目で問うと、謙也の弟、と補足してくれました。
家族ぐるみの付き合いって凄くないですか。
「っていうか親にもうカミングアウトしてんの?!」
まずそこに驚かされました。うちの兄はおネエになった瞬間勘当されてましたから。
「中学ん時バレたんですけど、そん時もう謙也くんの家族とめっちゃ仲良かったし、別に普通に受け入れられましたよ」
「ほえー…凄いわ、それ。けど理解あるご両親やなあ……忍足先生が何であんな爛漫なんか解った気ぃするわ」
私の言葉に二人は大爆笑を始めます。
笑うって事は、二人も同じ意見という事なのでしょう。
「財前君の家族は?」
「あー…うちは元々親と折り合い悪かったんで絶縁状態で兄貴介してしかもう連絡取ってへん」
「ふーん…ほなもう忍足先生の家族が財前君の家族なんやね」
「まあそんな感じっスわ」
普通の嫁姑でも仲良くするには大変だというのに、忍足家は嫁姑関係良好なのですね。いい事です。
「お兄さんは何も知らんの?」
「別に言うてもええんですけどね……自分は家族作ってそれが一番幸せやって思ってるとこあるから何や言い辛くて」
「色々あるんやね」
「ずっと一緒におるって言うても兄貴みたいには結婚もできんし…子供も作れんし、
謙也くんの家族も大事にしてくれるけど、やっぱちょっと後ろめたい気持ちもあるんです」
それは、そうでしょう。
うちの兄を見ていても思っていたのですが、好きな人と一緒にいる為に乗り越えなければならない事が山積みで、
でもだからこそこうして10年もの時間を過ごしてきた彼らが凄いと思うんです。
「けど後悔はしてへんねんな?」
「はい。後悔もしてへんし罪悪感もないです。リスクとか全部背負って、それ込みでありのままの俺の事受け止めてくれた謙也くんに失礼や思うし」
白石さんの言葉に頷き、真っ直ぐに言い切る財前君は本当に素敵です。
打算だらけで忍足先生に近付こうとするメス共から私が守ってやりたいぐらいです。
「あ、そうや。忘れてたけど、もし謙也くんが浮気したら俺も浮気するって言うてあったんや」
「え?そうなん?誰と?」
「順也」
「うわぁー……身内はきっついわー…」
「うわぁー……身内はきっついわー…」
思わず顔を歪めて頭を抱える白石さんとハモってしまいました。
「けどまあ…今のところそんな心配もないみたいですけどね」
愚痴を一通り言ってすっきりしたのか、財前君は自分のコーラに口をつけます。
「喧嘩しながらも10年一緒におったんやもんなあ」
よしよしと白石さんに頭を撫でられ、少し照れながらも頷きます。
「めっちゃムカつくし腹立つし、何でこんな思いせなあかんねんって事多いけど…別れるって、それだけは一回も思た事ない…です」
その言葉に、何故か白石さんが大爆笑を始めます。
何だ、一体。今のどこに笑いのツボが潜んでいたんだ。
「ははっ…ほんま自分ら…似た者同士やなあ」
「え?」
「どういう意味なん?」
思わぬ言葉に私は前のめりに食いつきます。
ほらほら、勿体つけずに早く話してください。
「ずっと前、高校の時かな…謙也も同じ事言うとってん。ムカつく事多いし腹立つ事もあるけど別れたいなんか一回も思た事ないんやって。
その時もめっちゃしょ―――もない喧嘩しとったんやけどな、別れたくないから喧嘩すんや言うてムキになっとってん、あいつ。ほんまアホやろ?」
「いやああああラブラブやぁーっ可愛いわぁー自分ら、ほんま可愛い!」
隣の財前君の背中ばんばん叩きながら称えたったのに、ウザいキモいと散々に毒舌を吐かれてしまいます。
でもね、財前君。顔に全部出てますよ。
お酒はすっかり抜けたのに、顔が真っ赤ですよ。
嬉しいなら嬉しいって言いなさい。
両脇からからかわれてすっかり機嫌の悪くなった財前君でしたが、鳴り響く携帯を覗いた瞬間顔が綻びます。
ああ、聞かなくても解ります。相手は彼ですね。
「謙也から?」
「……あの人、俺の事何や便利屋か何かと勘違いしてんとちゃいますかね…」
私と白石さんにも見えるようにテーブルに携帯を置いて中を見せてくれます。
メールは案の定当直真っ最中の忍足先生から。
内容は、
『腹減ったぁー!光の手料理食べたいけど無理やから駅前で売ってる話題の焼きカレーパン食いたいー!!』
というもの。
医師忍足謙也しか知らない私には新鮮な、一人の人間忍足謙也を垣間見てしまいました。
本当に普通の男の子です。こうやっていつも年下の恋人に甘えているのかと思えば、可愛いです。
「めっちゃムカつく。俺パシらせるんとか100年早いっちゅーねん」
「おいおい、二日連勤頑張ってんやから差し入れぐらいしたりぃや」
返信もせず携帯電話を鞄に仕舞いこむ財前君に白石さんが言います。私も同意します。
が、財前君はその鞄を持って立ち上がりました。
「足にされるんムカつくから、手作りのカレーパン作ってったる」
「ええっ?!」
そっち?!駅前まで行って買って持って行ってあげる方が簡単なのでは?と呆然としたままの私に向き直り、言います。
「ほな俺、お先帰らしてもらいますわ。ご馳走様でした、先輩」
「あ、ああ…お疲れさん…」
「お疲れ様です」
「おつかれさーん。謙也によろしくなー」
「はーい」
呆然とする私とは対照的に笑顔で送り出す白石さんは、やっぱりお母さんみたいです。
「ほんま素直やないなあ…付き合い始めた頃と全然変わってへん」
「そうなんですか?」
「財前、この足で駅前まで全力疾走してるわ、きっと」
そう言って白石さんは忍足先生にメールを入れていました。
今カレーパン速達で送ったったから財前の手料理は明日まで我慢しなさい、と。
きっとこの10年、ずっとこんな調子だったんだろうなと、何だか胸があったかくなりました。