看護師って基本漢だと思う。
だらだらゆるーく、気付けば10年付き合ってた謙光でした。
それにしてもこの看護師、どうにも性格が悪く白石臭がするなあ…
とある看護師の推理日誌1
私の名前は英楓。
大阪市内にある総合病院で働く、所謂看護師というやつです。
看護専門を卒業して働き始めて四年目になりました。
そして今年初めて指導係を任命され、張り切っているわけなのですが…今年入った新入りナースはちょっと異色です。
配属から半年、すでに我が整形外科病棟の名物となりつつあるその人。
新入りだけど同い年で、専学卒の私と違って大学卒の上、院にまで行って修士課程まで修めてわざわざ臨床に戻った異分子。
どうせ知識だけを詰め込んだ頭でっかちで実地なんてできやしまいとナメてかかったものの、すでに実務経験三年の私を上回る技術を持っていた。
そしてそのどうせ知識だけ、の知識部分は医師顔負けの量を身に付けている。
だったら患者さんとのやり取りはどうなんだ、それは流石に私達の方が、と思えば付かず離れずの絶妙な距離感を無意識に掴めているようです。
ここまでくれば同僚から煙たがられそうなものですが、我が病棟でも他病棟でも、患者さんたちにも人気があるのは、その理由はきっと一つ。
その人が、眉目秀麗頭脳明晰という言葉の似合ううら若き男の子だという事。その一語につきると思います。
女で言うところの才色兼備というやつでしょうか。
多少言いたい事言いで毒舌で少々性格に難アリ、な部分はありますが、可愛い子というのは何と得なのでしょうか。
当院きってのキツい性格で有名なナース達が皆尽く陥落しています。
最近は増えたといえ、まだまだ少ない男性看護師。
この女の園でさぞかし喜んでいるのだろうと思いきや、淡々と職務をこなす毎日で、うちの病棟でも他の病棟でも、それ以外にも浮いた噂もない。
特にこの整形外科病棟は力仕事が多い為か若いナースがほとんどだというのに。
言い寄る患者もナース連中も尽くフラれていると聞いています。
同僚となって半年。
目下、私の興味は彼の知識や技術等看護に関する事ではなく、彼の色事へと移っていっていました。
先に申し開きをするならば、私は彼に男性としてあまり興味はない。
単純に顔が好みではないというのに加え、先輩として接していると何故か加護欲ばかりが刺激されてすでに母親のような気分になってしまっているからです。
そう、今私は年頃の男の子を持った母親のような気分なんです。
彼、財前光は一体何に興味があるのかが気になって仕方ないんです。
ここ最近。一二ヶ月でしょうか。
私は一つの仮説にたどり着きました。
もしや彼は女性に興味がないのでは、と。
去年配属された若いナースたちが噂していて、最初はそんなバカな、と思っていたのですがー…
最近はそれも強ち噂の領域ではないのでは、と考えているのです。
その根拠は、彼が勤務した頃からよく見かける光景。
一年先に配属されている一つ年上の整形外科研修医である忍足先生と、彼の同期の薬剤部配属の白石さん。
そして財前君の三人が時折職員用の食堂で昼食を摂っている姿を見かけるのです。
その三人が揃う事は滅多にないのですが、その滅多にないタイミングに遭遇した幸運なナースや職員達で三人のテーブル付近はいつも席の争奪戦になっています。
去年は二本柱であった当院の人気者に財前君が加わり、無敵の御三家扱い状態。
が。何が問題かというと、この三人、これだけモテるというのに彼女がいたという話を聞かないのです。全く。
総合病院、半分以上が女性職員で占められているこの職場、そういうネットワークは異様に発達しているというのに、
全く耳にしないとはどういう事なのでしょうか。
患者さんのカルテ情報より先に医師や看護師の不倫情報が出回るこの病院で。
ありえません。
白石さんは何度か合コンに誘う事に成功した、という話は聞くのですが忍足先生と財前君だけはそんな話を聞きません。
時々どこどこの病棟のナースがデートした、なるお話は耳にするのですが、それも大抵が女性側の下らない見栄で出来上がったガセネタです。
と、なるといよいよこの噂が本当なのではという気持ちになってきました。
「……なあ財前君」
「何っスか」
24時間点滴を受けている患者さんの薬剤を準備している財前君の背中に向けて話しかけると、忙しそうに手を動かしたまま返事をくれます。
今日は私、財前君、そして病棟主任とで夜勤です。
新たに入った患者さんも術後の患者さんもいなかったので比較的静かな夜なのをいい事に、丁度主任が用事で席を立った隙にそれとなく探りを入れてみます。
が、相手はとても手強いのです。
まず彼女はいるのか、の質問には一刀両断に、
「そんなん、もぉ噂んなってんでしょ?おらへんって」
とあっさり返されてしまいました。
「女ばっかの職場って、やりにくくない?」
「別に。働くのに男も女もないっスわー特にナースなんて、男より男前な人ばっかやないっスか。皆さん逞しいし精神的にも強いしタフやし元気ええし」
何だか格闘家かスポーツ選手のような意見を持たれているようです。
そしてそれを否定できないのが女として何だか悲しい気がします。
「そういや仲ええよな、忍足先生と」
「まあ」
おっ、これは否定しないのですね。
別に、が口癖の財前君が肯定ともとれる返答をするのは珍しい事です。
「同じ大学やったんやろ?」
「はぁ、まあ」
仕事をする手を休める事無く、しかし話はしっかり聞いてくれているのか返事はしてくれます。
ですがこれ以上は聞くな、という姿勢が見え見えです。
「先輩」
「はい?!」
そんな態度だというのにいきなり話しかけられ思わず動揺。
でも何故か彼の発音する先輩、という言葉にときめいてしまうのは私だけでしょうか。
言い慣れた風のその言葉が彼にはとても似合う。そう思いながら呼びかけられる度に心が躍るのです。
「…何ビビってんっスか」
「なっ何?ビビってへんよ?」
「そうっスか……あの、忍足先生狙ってんっスか?」
何故そうなるんだ!!!
あ、そうか。
探りを入れていると思われてしまったのですね。
疑いの目を向けられ、ますます私の中の仮説が真実に近付いていきます。
医師と付き合うなんて絶対ゴメンだと考えている私が彼を狙うなどありえない。それは絶対にないのですが、ちょっとカマをかけてみました。
「狙ってるように見える?」
「いや、全然」
チクショウ。やはり相手は手強いです。
無表情で答えられてしまいました。
「皆狙てるもんなあ、忍足先生」
あ、手が止まった。
よし、私よくやった。
「研修医言うたらまだ大した腕もないのに偉そうでうちら看護師見下してる嫌味な奴多いのに忍足先生は優しいもんなあ」
黙り込んだまま、点滴に患者さんの名前を書いていますが動揺しているのか漢字を間違えているのが見えます。
おおお!これはこれは!!
ここで突っ込んで聞かなければもうチャンスはありません。
「な、な、ほんまのとこはどうなん?!」
「何がっスか?あ、もしかしてあの噂ですか?」
「う、噂?」
「俺と忍足先生がデキてるとか白石先輩と忍足先生がデキてるとか」
知ってたのか!!
まあこれだけ派手に噂されれば当人達の耳に入っていてもおかしくありません。
「ほんまええ迷惑なんっスよねー…高校ん時もそんなような噂あったし。あ、点滴の交換行ってきます」
「は、はいはい…」
チッ…逃げられた。
けど諦めませんよ、私は。
女の勘ナメたらあきませんよ。
こちらが駄目ならあちらがあります。
財前君は手強いですが、彼ならばきっと簡単に攻略できるはずです。
単純明快で非常に扱いやすいとナース達に重宝がられている、彼。
その彼が医局からやってきたようです。
「忍足先生、どないしはったんです?」
「あーえっと、財前います?」
おっと、早速ですか。
きょろきょろと見渡しながらナースステーションに遠慮がちに入ってくる忍足先生。
前から怪しんでいた理由の一つに、この忍足先生の当直の日と財前君の深夜勤日のエンカウント率の高さがありました。
忍足先生の当直に合わせているとしか思えないシフト編成が前々から気になっていたんです。
それに私は知っている。
勤務中は財前なんて余所余所しく呼んでいても、プライベートでは光と名前で呼んでいる事を。
「財前君やったら今点滴交換行きましたわ。すぐ戻ってくる思いますよ」
「…そうですか…」
面白い。見る見る元気のなくなる忍足先生が小動物的な何かに見えてきました。
「何か用やったんですか?」
「あっいや、大した用ちゃうんで!!」
あはは、と笑いながら置いてあるカルテを見る振りをしてナースステーションに居座るつもりのようです。
よし、今しかない。
私は火器を懐に秘め、攻撃を開始しました。
「忍足先生」
「何ですか?」
「財前君に聞きましたよー?お二人、いつから付き合ってたんですか?」
解りやすく持っていたカルテを落とし、凄いスピードで近付いてきました。
「ちょっ、えっ……はっ英さん…ひっ、あ、ざっ財前の指導係やってましたよね?!あいつそんな事まで話してんですか?!」
よし、ビンゴ。よくやった私。
「へぇー……ほんまやったんやぁー!」
「え?え?えええっ?!ちょっ…もももももしかしてハメられた?!」
見る見る青くなっていく姿を見ていると何だか悪い気がします。
「ごめんごめん。けど、誰にも…」
…言わんので安心してください、って言おうと思ったのに。
先に肩がっちり掴まれてしまいました。
何なんだ一体。
「ちょっ…おおおおお願いです!お願いなんで光には黙っててください!!」
「………はい?」
何故財前君?
そこは誰にも言わんといてくださいやないんですか、忍足先生。
そない動揺せんでも、と言いたいです。
けどどうやらそれは言い間違いではなかったようです。
「こここっ…ここの、びょっ…病院の人間にバレたら職場変わる言われてんです!折角同じ病院に勤めれるようなったのに…それ絶対嫌なんです!」
あ、そういう事なんや。
忍足先生はかかあ天下と脳内に書き込み作業です。
しかしお願いしますお願いしますって縮こまって言うのはいいのですが、
「うーん…それちょっと無理ちゃうかなあ……」
「えっ」
何故って、
「後ろ…」
「へ?!」
点滴交換を終えて戻ってきた財前君が能面みたいな無表情で立ってたから。
話もバッチリ聞かれてたでしょうよ。
「ぎゃーっっ光っっっ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっこのどアホ!!大ボケ!!何簡単にバラしとんねん!」
「ごっ…ごめんて〜〜〜〜!!」
これは珍しい光景。
普段ほとんど無表情な財前君が感情を露わにするなんて。
しかし暴力はいけないので、本格的に殴りかかろうとする財前君を宥めて椅子に座らせました。
「大丈夫やよ。私、普段喋りやけど秘密にしなあかん事では口堅いから」
「……何それめっちゃ信用ならんのですけど…」
凄い目で睨まれて、少し怯みましたがここで引いては女が廃る。
「皆に内緒にせなあかんねやったら味方は一人でも多い方がええやろ?協力するで?」
こんな面白い事、首突っ込まんでおれんわ、という内なる声は心に秘めて言います。
漸く財前君も渋々ですが納得してくれたようです。
「はーい早速質問です」
「…何っスか」
「いつから付き合ってるんですか?」
インタビュアー気分で手にしていたボールペンを財前君に近づけます。
「俺が中三の時やからー…」
「もう10年になるな」
「そんなに長く?!」
普通に付き合ってても10年なんて、無理ですよね。
私も歴代付き合った彼氏で一番長くて2年でした。
凄いです。尊敬します。
「っちゅーか中高に大学まで一緒で職場まで一緒やもんなあ」
「腐れ縁ってやつですかね?」
「光が俺追っかけてきてんやろー?」
「はあ?アンタが一緒がええて泣くからやろ?」
ふむふむなるほど。
二人の絆は軽々しく聞けるようなものではないようです。
少し反省です。
好奇心に任せて根掘り葉掘り聞き出すことはこれで終わりにしましょう。
これから少しずつ財前君を手懐け、忍足先生を手玉に取って聞き出しましょうかね。
そして二人の事がバレてしまい万が一にも別れるような事にならないように、協力する事にしますか。
「さーて、そろそろラウンドに行ってきますかー」
私は懐中電灯を手にさりげなく職務に戻り、少しの間だけ二人きりにしてあげる事にしました。