埋み火

 真っ白な雪が降りつもる街。
 君と出逢ったこの街に降る雪。
 記憶の中に、この日に雪が降るなんて事はなかったはず。
 俺自身初めてのホワイトクリスマス。
 君も同じ様にはしゃいでいた。
 ホワイトクリスマスを過ごせるなんて、と。




 今年最初の雪の日は
 最初で最後のクリスマス








「柳さーん!!!」
人ごみ掻き分けてやってくる真っ赤な衣装に身を包んだ君。
駅前にある巨大なクリスマスツリーの前はたくさんのカップルや家族連れで賑わっている。
そんな中でひときわ明るい笑顔が近付いてきた。
「今日の主役登場だな」
「どうっスか?俺のサンタ姿」
赤也はクリスマス単発のバイトでサンタクロースの格好をして子供たちに風船やお菓子を配っている。
その後遊びに行く約束をしていた俺は、少し早めに迎えに行った。
「似合ってるよ。寒くはないか?」
「寒いなんてもんじゃないっスよー!これ見た目に反して生地薄いの何のって…あ、けど楽しいからそんなの全然平気っス」
「そうか」
「柳さんも寒いっしょ?あそこの喫茶店入ってて下さいよ。終わったらすぐ行くんで」
「了解。あともう少しだ。頑張れよ」
大きく返事をして、赤也は人ごみの中へと帰っていってしまった。
若い夫婦に連れられた子供に笑顔を向け色とりどりの風船を配っている。
しばらくその様子を眺めていたが仕事に夢中の赤也は俺に気付く様子も無い。
俺は指定された茶店で待つことにした。











夏の終わり、赤也に出逢ってから俺の生活は一変した。
家の近所にあるコンビニの店員の一人だったというのに、今はこんなにも愛しくて仕方ない。
念願叶って気持ちは確かに通じ合ったのに、俺たちは期限付きの恋人だった。
俺はこの冬が過ぎれば、この街を離れてしまう。
学校を卒業するのと同時に田舎に帰るのだ。
実家には何度も掛け合った。
こちらに残らせてくれ、と。
しかし答えはいつも決まっていた。

だから別れよう、とも言えなかった。
誰だっていつか別れを迎える日が来る。
だったらそれまで楽しく過ごそうと言って離さなかった。
離したくなかった。
たった半年とはいえ、赤也を他の誰のものにもしたくなかったから。

赤也も同じ気持ちでいてくれた。

ただその事実だけが嬉しかった。
俺の支えだった。
過去に置いてきた辛い思い出の所為で強くなれない俺を、赤也はそのまま受け入れてくれた。

赤也に出会えた事を後悔しないように、精一杯の思い出を作った。
赤也と過ごす時間は何事にも代え難いほど楽しい。
その楽しい想い出が、いつか邪魔者になる日が来ると解っていても、
それでも俺たちは一緒にいる事を選んだ。
いつかくる別れの苦しみを考えずに、今を楽しむ事を。


「お待たせっス!!すみません、なかなか片付けが終わらなくて…」
「お疲れ様赤也」
「はー…ここあったけぇー」
「風邪なんか引くなよ」
「あー大丈夫っスよ」
「馬鹿は風邪を引かないからか?」
「丈夫だからですよ!!」
こんな軽い言い合いも、全てが愛しい。
「あ、そうだ!!」
赤也は何かを思い出し、持っていた鞄から箱を取り出した。
目の前に差し出されたのは赤いリボンのかかった緑の小さな箱。
「え…?」
しばらく何も言えずにぽかんとしていると、目の前に座った赤也が悪戯っ子のような笑顔を見せた。
「メリークリスマス!!」
「俺にか?」
「そっ!」
「すまない!俺は何も用意してなかった」
「いいんですよ。俺があげたかっただけだから」
開けてみて、と言われリボンを外して箱を開ける。
中身は
「時計?」
銀色に光る、シックなデザインの時計だった。
箱から出して掌に乗せて眺めていると、赤也がそれを取り上げる。
「貸して」
左手を握り、それを腕にはめる。
よく見れば同じデザインの時計が赤也の左手首にもあった。
「へへっ…おそろい!」
「…高かったんじゃないのか?」
「全然っ……って言いたかったけど実はちょっと足りなくてさ、今日のバイトをダチに紹介してもらったんっスよ」
「そうだったのか…ありがとう赤也」
これの為に、寒空の下働いていた。
嬉しい。
どうしようもなく。
赤也はいつも身のやり場に困るほど、俺の気持ちをかき乱す。
今すぐ抱き寄せたい衝動を堪えるのに必死になった。

「ね、これからどっか行くんですよね?今日どこ行っても混んでますけど大丈夫なんっスか?」
「ああ、そうだったな」
「どこ行くんですか?」
「着いてからのお楽しみ、だ」
「何っスかそれ!気になるじゃないですか!!」
「なら早く行こう」

支払いを済ませると、再び賑やかな駅前へと出た。
扉一つ隔ててまるで別世界。
連れ出したのは、駅前にそびえ立つビル群。
その一画。
巨大なショッピングモール。
閉店時間を過ぎてしまい、静寂を迎えた巨大な建物。
客が居なくなって慌しく片づけをしている社員達の目を盗んで店内に入り、
俺は赤也をつれて非常階段を駆け上がった。
「連れてきたいとこってここっスか?」
「ああ」
ここはビル内屋上から一つ階下の駐車場。
一部の壁がひび割れたといって、今ちょうど補強工事をしている。
誰も来ない絶好の場所だと数日前から密かに目を付けていたのだ。
工事用の幕をくぐると、それまで阻まれていた北風が吹き込んできた。
「うわっ寒っっ!!!」
「赤也、ほら見て」
「…わー……すっげーっ…」
眼下には、誰にも邪魔される事無く広がるクリスマスイルミネーション。
遠くには東京タワーも見えている。
ロウソクを模ったライトがここからでもぼんやりと見えた。
すっかり興奮した赤也は先刻からずっと「すっげー」と「キレイ」を連発している。
そんな嬉しそうな赤也の笑顔が見れて、ここまで駆け上がった十数階分の階段での疲れなど吹飛んでしまった。

「…………この光の数だけ人がいるんですよね…」
急にクールダウンした声でそうぽつりと漏らす赤也。
その表情に先刻の明るい笑顔は消えていた。
「どうした?」
「今日バイトしながら思ってたんっスけど…あそこに立ってると色んな人が行き交ってた。
色んな人が色んな生活してて、それで……何で俺たち出会えたんですかね。こんだけ沢山の人がいるってのに」
「出逢わない方がよかったか?」
どうせ別れる事が解っているのなら、という一言は何とか飲み込んだが、思わず呟いてしまった。
ずっと心に引っかかっていた言葉。
しかし赤也は再び笑顔で向き返ってくれた。
「だーから出会えなかった方が嫌だっての。何度も言ってんじゃないっスか。今出会えて、今一緒に過ごして、
それだけの価値があるから別れが解ってても側にいる事を選んだんですから」
俺が望んでいる、全ての言葉を聞いてしまった。
別れる運命なら出逢わなければいいなんて、もう二度と言いたくない。
今、俺が生きる意味は赤也と過ごすこの半年間を楽しむ事。

他は何もいらない。


「あ―――…雪だ………見て柳さん!雪降ってきたっスよ!!ホワイトクリスマスだー……」
そう言って無理してはしゃぐ赤也の横顔が泣いているように見えたのは、何故だろう。


 静かに落ちる雪を見ていた。
 最後のクリスマス。
 二人の涙でコバルトブルーに光っている。

endless end

 

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