1/2の涙

  あの人と過ごした六ヶ月間と
  あの人と別れてからの約十ヶ月
  どうしてだろう?
  アンタが居なくなってからの方が長いのに
  アンタと過ごした、たった六ヶ月が今では長く感じられる





閉店を知らせるBGMが鳴り響き、最後の客を送り出した。
クリスマス商戦に則って、例に漏れずバイト先のショッピングモールでも大々的にセールを行っていた。
奇しくも今日はクリスマスイヴ。
普段は神様仏様の仏様にすがって生きている奴らがこぞってこの季節になると、
何処の誰だかも解っちゃいない神様の御子とやらの誕生日を祝っているのだ。
ケーキを食べチキンを食べ、シャンパンを開けてクリスマスパーティー。
その恩恵を受けている身でありながら、何故か釈然としないのも事実だった。

そんな愚痴をこぼしていても仕事が終わるはずも無く、俺はぼちぼちと片づけを始めた。
裏方ではセール商品の入っていた段ボールが山積みになっている。
溜息は深くなるばかり。
渋々と段ボールを片付け、売場の片付けへと回った。
そしてふと目に入ってきたディスプレイ。
ガラスに遮られた僅かな空間の中に閉じ込められた小さなおもちゃ箱の様なオルゴールとあやつり人形たち。
子供っぽいそれは、あの人の落ち着いた雰囲気とあまりにかけ離れたもの。
それでも思い出してしまった。


あの人は俺と別れ、生まれ故郷へと帰ってしまった。
今何をして過ごしているのだろう。
今何を思っているのだろう。
どうして俺は、こんなにアンタの事ばかり考えているのだろう。


背後からする明るい声にハッと我に返ると、そこには一緒に働いているバイトの女の子たちが何人か立っていた。
この後飲みに行こうと誘っているのだ。
俺は笑顔でやんわりと断った。
するとどうだ。
恋人と過ごすのかと余計なお世話と野次が飛んでくる。
本当にいい迷惑。
一年前はあの人と過ごしていた。
この日をお前達とバカ騒ぎして過ごすなんて、今の俺には出来ない。
適当に言葉を濁してその場はやり過ごしたが、釈然としないわだかまりが俺の胸に残ってしまった。





一年前。
去年のイヴはあの人と過ごしていた。
同じ場所、この建物で。
意外だった。
クリスマスなんて、と思っているだろうあの人がこの場所でクリスマスイルミネーションを見せてくれた事は。
純粋に感動した。
だけど少し胸をかすめた隙間風。
お互い言葉には出さなかった、出せなかった。
最後のクリスマスだと。
あの後すぐに警備員に見つかってしまった俺たちは再び喧騒へと戻った。

「柳さんの地元ってどんなとこ?」
クリスマスに乗じて馬鹿騒ぎしている奴らを横目に、今まで聞けなかった事を尋ねる。
「海が目の前にある」
「それで?」
「そうだな…人口は少なくて海沿いの道を歩いてても1時間ぐらい誰にも会わない時がある」
「マジで?!」
「あとは…住んでる人は皆温かい」
「じゃーこっち出てきて都会の奴って皆冷たいとかって思ったっしょ?」
「そうだな。最初は…そう思ってた」
「今は?」
「お前の様なお人よしもいると解った」
「そりゃアンタ限定にだよ」

俺は誰にだって優しいわけじゃない。
あの日、困ってたのがアンタだったから手を差し伸べた。
それが今に続いている。
途切れる事無く。

柳さんはアクセサリーショップを見つけ、俺を連れて入ってった。
周りはカップルばかりだったが全然気にならなかった。
男二人でこんな日に、って店員の憐れむような視線も。
誰がどう言おうと、今俺たちは幸せなのだ。
柳さんはクリスマスプレゼントを用意していなかった事を気にしていたらしい。
俺はそんなの全然気にしていないってのに。
一緒にいられるだけでよかったのに。
柳さんは涙型のピアスを買ってくれた。
俺は一つしか穴を開けていないから、対になった一つは柳さんにあげた。
クリスタルで出来たそれは、繊細で俺なんかよりこの人のがずっと似合っている。
ピアス穴を開けていない柳さんは、それを大事そうに握り締めた。


店を出ると、雪は辺りを白く染め始めていた。
寒さに弱いアンタをこれ以上連れ回せない。

そう言訳して俺はこの人の家に押しかけた。






離したくない

離したくない

離れたくない


アンタを抱くたびに強くなる気持ちが苦しくて、苦しくて。
それでも僅かな希望を胸に俺はアンタを離さなかった。
もしかしたら、思いが変わる日がくるんじゃないかと。

気づいていた。
でも気づかないフリをしていた。
この人の決心が変わらない事なんて。




だけど俺は聞いてしまった。
情事に疲れ果てたアンタが眠っている時に呟いた言葉を。

赤也

赤也

赤也

夢に見ている俺とアンタは、何をしているの?





















仕事を終え、外に出ると、そこは去年と同じ雪景色。
左耳にはあの日もらったクリスタルの涙が光っている。
それを見る度、思い出すのはあの人の事ばかり。
そして今、アンタに聞きたいことは一つだけ。










君はどうしてるの?
誰と過ごしてる?
ひとりじゃない?

カッコ悪いけど、どうしょうもない気持ちが溢れる。
同じような言葉を、繰り返してる。



  ねぇ君はどうして 今何をしてるの?

endless end

 

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