ガーデンブライド

そういえばあの鉢植えは元気なんだろうか。
柳さんの事だから枯れさせるような事はないだろうけど。
そう思いながら、赤也が上の空でコート脇に立っていると後ろから衝撃が降ってくる。
「何をぼんやりしているか!たるんどる!!」
「っっってええええ……」
拳骨を握った真田が立っている。
赤也は殴られた後頭部を擦りながら睨み上げるがますます鋭い視線を向けられてしまう。
しかし菩薩のような微笑を湛え、救いの主が背後から現れた。
「どうした、赤也。また怒られているのか?」
「まっ…またって言わないでくださいよ柳さん!」
泣きそうな顔で訴える赤也を見て柳は小さな声を上げて笑う。
「弦一郎。あまり細かい事で怒るな。鬱陶しい」
「うっ…鬱陶しい?!」
素っ頓狂な声を上げ、怒りを露わにする真田を放って、柳はちょっと、と赤也を呼び寄せる。
これ幸いと赤也は柳についてコートから離れた。
「何っスか?」
「もらった鉢植えがな…」
「咲いたんですか?!」
「ああ」
プレゼントした時に小さな蕾はいくつか付いた状態ではあったが、まだ咲く様子はなかった。
ようやく咲いたのかと赤也は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「そうだ、写真を…」
「あっちょっ…待っっ!!」
携帯電話を取り出し、それで撮った写真を見せようとする柳を慌てて制止する。
「何だ?」
「実物が見たい!!」
「…は?」
「み…見に行って、いいっスか?」
鉢植えは口実で二人きりになりたいという赤也の見え見えの下心に、柳は思わず笑ってしまった。
「構わないが?」
「ほっほんとですか?!やった!!あ、けど……」
「どうした?」
「あー…いや、俺今日幸村部長に呼び出し食らってるんですよねー……」
昨日突然電話がかかってきて、明日部活が終わった後でいいから来いと赤也の都合などまるで聞かずに一方的な約束を取り付けられてしまった。
それに柳は驚いた顔を隠さない。
「何?俺もだ」
「へ?!」
「俺も昨日精市から連絡があった。見舞いに来て、渡したい物があるから、と言われた」
一体どういうつもりなのだと二人同時に首を傾げる。
だがどう転んでもあまり良い結果へ導かれる道ではなさそうだ。
赤也は気が重いと頭を抱えた。




ありがたくも部長様直々の呼び出しを無視する訳にはいかない。
赤也はあまり乗り気でないままに幸村の病室を訪れた。
唯一救いなのは、隣に柳がいるという事だろう。
柳はというと、久々に親友に会えるからか心なしか嬉しそうだというのに、赤也は浮かない表情のまま病室内に入った。
「久し振り、蓮二」
「ああ。具合はどうだ?」
「うん、結構いいよ。そっちは?もうすぐ関東だろう?」
「全く問題ない。今年も間違いなくうちが優勝だ」
「そう。よかった。赤也もいらっしゃい」
「あ…うぃっス」
急に視線を向けられ赤也はドギマギしながら微妙な返事をする。
そんな様子に幸村が笑いを漏らした。
「何硬くなってるんだ?」
「いや、何の用かなー…と、思って……」
柳の背後で硬い表情で幸村の様子を伺う。
だが幸村は薄く笑っているだけで何を考えているかが解らない。
それが余計に不気味だとびくびくしたまま言葉を待つ。
「あ、そうだ。蓮二蓮二、ちょっとこっち来て」
幸村は何事もなかったかのように赤也から視線を外し、柳に視線をやる。
そしてテレビ台になっている棚から綺麗に包装された箱を取り出した。
「はい、誕生日おめでとう蓮二」
それを柳に手渡し笑顔を向ける。
「精市…覚えていてくれたのか?」
「当たり前だろ?まあ少し過ぎちゃったけど、大会で忙しいかと思って」
「ありがとう。開けていいか?」
「もちろん」
誕生日プレゼントを渡す為に呼び出したのならば、何故自分まで呼んだのだろう。
赤也は疑問に思いながら嬉しそうに包装を解く柳を眺める。
中から出てきたのはアクリルの箱に入れられたピンクのバラだった。
「箱に入ってるんですか?その花…あ、造花っスか?」
「いや、本物の花だ。プリザーブドフラワーといって生花を長持ちするように加工してあるんだ」
「へぇー」
柳の手の中にある一辺五センチ程の立方体の箱を赤也がまじまじと眺める。
「ごめんな。ほんとはもっと色々吟味して選びたかったんだけど病院じゃ売ってるものなんて知れてるから」
「いや、ありがとう。本当に嬉しい」
「そう、よかった」
プレゼントを渡した幸村の方が嬉しそうだと赤也は思った。
この人も自分と同じで柳を喜ばせる事が出来て、こんなに嬉しそうな笑顔を見れて嬉しいのだろうか。
そう考えて胸の奥がが焼けるような感情が湧いて出てくる。
二人の仲が良いのは前から解っていた事だ。
いちいちこんな事でイライラしていてはキリがない。
赤也は感情を飲み込み、嬉しそうな柳の横顔を見つめた。
「そんなに見つめたら蓮二に穴が開くよ?」
「えっ…」
微笑みながら幸村に指摘され赤也は慌てて目を逸らした。
「精市、赤也に用があったんじゃないのか?」
「ああ、別にないよ。赤也の予定押さえておけば蓮二も付いてくるかと思って。保険だよ、保険」
何でもないようにあっさりと言う幸村に絶句する。
しかしそれも、幸村らしいと言ってしまえばそれまでで、赤也も柳も何も言葉を返せなかった。
「赤也は何をあげたの?蓮二の誕生日に」
「えっ俺?!俺は……」
「カスミソウの鉢植えをもらった」
口ごもる赤也の代わりに柳が答える。
その様子は心なしか嬉しそうで、幸村はつまらなそうにふぅん、と小さく漏らす。
「どんなの?」
「ああ、写真を見るか?」
柳は鞄に入れていた携帯電話を取り出すと電源を入れて、画像を呼び出し幸村に見せた。
「ほら、これだ」
「へぇー…お前にしたらいい選択じゃないか、赤也」
「え?あ、はぁ…」
母親に相談してあげた物だなどと言えば格好悪いだろうか。
だがそれも真実なのだから仕方ない。
「ガーデンブライドか…蓮二の誕生花だ」
誕生花?何だそれは。
そんなのは知らないと赤也は目を見開き驚く。
しかし柳は知っていたのかさして驚いた様子もなく幸村の言葉を聞いている。
「赤也、こっち来てごらん」
幸村は沢山積み上げている本の中から分厚い本を取り出すと、中を開いて赤也に見せた。
そこにある大きな写真は、赤也がプレゼントしたものと同じものだった。
「…これ、俺があげたやつです!」
「ガーデンブライドっていう鉢植え向きのカスミソウだ。ピンクのカスミソウは六月四日の誕生花だからね」
「へぇーそうなんっスか…」
感心したように頷く赤也に幸村が驚く。
「何だ、知らずにあげたのか?」
「……すんません…」
「いや、謝るなよ。別に悪い事したわけじゃないんだ。結果として蓮二が喜んでるんだから、いいんじゃないか?」
幸村の言葉に柳の様子を伺うと、嬉しそうに顔を綻ばせ頷いている。
経緯はどうであれ、選択肢は間違えていなかった。
赤也はホッとしてもう一度写真に目を落とす。
「へぇー…誕生花って一つじゃないんっスね」
幸村がプレゼントしていたピンクのバラも、母親のプレゼントしていたあのいい香りのするバラも誕生花なのか。
という事は、解っていて母親は自分をけしかけたという事だ。
何故教えてくれなかったのだと一人ごてついた。
「赤也」
「何っスか?」
本を閉じて返そうかと差し出すと、幸村はそれまでの微笑みを消して赤也を見据える。
その棘のある視線に赤也は身を竦ませた。
「な…何っ何っスか?!」
「あの鉢植え元気ですか?俺見に行ってもいいですか?とか口実に使って蓮二の家に押しかけて迷惑かけるなよ」
「えっっっっっ!!!」
何故それを!と表情に出してしまい、瞬時にしまったと顔を逸らす。
しかし幸村にバッチリとその顔を見られてしまい、大きな溜息を聞かされる。
「はぁ…釘刺しておいてよかった」
「えっ…ちょっ…なっっ何っ…」
明らかに挙動不審となってしまった赤也を見ていられなくなり、それまで椅子に座って大人しく二人のやり取りを見ていた柳が間に入った。
「いいじゃないか、精市。それに赤也が来ると家族も喜ぶ。迷惑なんかじゃないんだ」
「ふーん…つまんなーいのー…結構上手くやってるんだ、二人」
「ああ、お陰様でな」
そろそろ帰るか、そう言って柳はテニスバッグを手に立ち上がる。
それに続き、赤也も荷物を持って幸村に一礼する。
「あ、赤也」
「はい?!」
「前に俺が言った事覚えてるな?」
「は…え?え?えーっと…」
どの話の事なのだと脳内をフル回転させて記憶を探るが答えが見つからない。
赤也は真っ青になりながら冷や汗をかいた。
「……蓮二傷付けたら…どうなるか、解ってるな?」
「あっ…あ!!」
以前この病院で同じ言葉で脅されたのだ。
その時の光景が鮮明に思い出され、ますます変な汗が止まらなくなる。
「赤也、解ったら笑顔で頷くんだ」
「もっ…もちろんっス!!」
赤也はあの時と同じように首が取れそうな程頷き誓った。
「絶対、絶対傷付けないし、大事にするし、えっと…大切にするし、ほんと、絶対幸せにしますから!!」
拳を握り締め必死に言う赤也に、一拍置いて幸村は大爆笑を始める。
真面目に答えているのに何だというのだ。赤也は不機嫌になり睨み返すが相手は笑いを止めようとはしない。
「あっは…本当に、あの鉢植えの名前通りになる日も近いかもな、蓮二」
「何を馬鹿な…」
「あーあ、ほんとつまんないの。まるで父親の気分だ」
珍しく照れた様子を見せる柳に幸村は満足気に頷き、じゃあねと手を振った。
病室を後にして暫くは会話もなく、病院前のバス停で漸く赤也が口を開く。
「あの、最後のあれ、どういう意味っスか?」
「……あれか?あれは……精市の性質の悪い冗談だ」
「は?意味解んねえ」
「帰ってから辞書で調べてみろ」
結局、その後もいくら頼んでも柳に教えてもらえなかった。
赤也は帰宅後、使用頻度の低い英語の辞書を引っ張り出し調べ始めた。
そして漸く理解すると、記憶に残る柳の照れた表情と相まって、今度は恥ずかしさに胸の奥が焼けるような思いをした。

霞草で花束を〜Air〜数日後ぐらい。
あと幸村様の台詞はチェリッシュに出てますよ。
ガーデンブライド=お庭の花嫁さん。
だから幸村様はお父ちゃんの気分になってしまったと。
1年越しにやっと赤也に教えてやる事ができました。
お前のあげたプレゼントって実はね…でへへ
って事を。
ほんとにこの二人はこっぱずかしいぐらいが丁度いいね。
ちなみに花言葉は
霞草(ピンク)→切なる喜び、親切
バラ(ピンク)→満足、愛らしい、温かい心
バラ(ダマスクローズ)→美しい姿
で、何となく蓮二さんっぽいぜとニヨニヨしてしまった。
何にせよ、蓮二さんお誕生日おめでとうございます!!

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