蓮二さんは恋愛で浮かれるタイプじゃないけど、恋愛に迷走するタイプやと思う。
ビブリオマンシー
うっかりと放課後の部活を3分遅刻しただけで、練習の後グランド100周だーって真田副部長に命令された。
何とか走り終わって、げんなりしながら部室に戻ったらもう他の皆は帰った後だった。
でも、待ってて欲しかった人だけはそこに居た。
「柳さん!!待っててくれたんっスか?!」
「ああ……少しな…」
部室の真ん中に長テーブル出して、パイプ椅子に座って何か書いてる。
またデータ整理してんのか?
何やってんだろうって肩越しに覗き込むと、ノートに膨大な量の数式が並んでる。
「なっ…何やってんっスか?!」
宿題…じゃねえよな。
どう考えたっておかしい。
小数点以下10桁の計算なんて初めて見た。
「確率計算だ」
「確率計算?何の?」
膝の上に何か分厚い本乗せてて、見下ろしてるけど…何見てんだ?
隣に座ってそれを覗き見る。
「魔法の杖?何年か前に流行りましたよね、これ。姉貴が買ってうちにもありますよ」
確かイエスノーで答えられる質問思い浮かべて、思いつきで開いたページに書いてある文章が占いの結果だってやつ。
下らねーって思ってたけど…何でこんなもんがここに?
「そこの本棚を整理していたら出てきた。誰かが置いていったものだろう」
「で…占ってみたんスか?」
100%否定されるの期待してたんだけど、意外な事に柳さんは変な顔して視線を逸らした。
あ、変な顔って事はないか。
何か考えてるっぽい複雑な顔。
一体どうしたんだ?
「…確率ってまさか…これの?」
無表情装おうとしてるけど、明らかに動揺が解る。
「占いとか信じてんっスか?」
だとしたらすっげー予想外だ。
そんなものただの確率論だって馬鹿にしてそうなのに。
「…あ」
そうか、それで確率計算してたのか。
けど何でだ?
そもそもこれに興味を持った事自体が意外なんだけど。
「信じている訳ではないが……悪い結果が出たら嫌じゃないか」
「それ信じてるっつーんですよ」
「…だから…その、どうしても嫌な結果が出て欲しくないから、いい結果のページを開ける確率を計算していた」
「それすでに占いじゃねえし!!」
この本ってそんな重苦しい占いする為のもんだったっけ?!
もっと軽く『今日は良い事あるでしょうか?』とか占うもんじゃねえの?
そんなヘビーなネタ持ってこられても困るだろ、これ作った人も。
「だいたいこういうのって、結果が良ければ信じて、悪かったらスルーして忘れちゃうもんなんじゃないっスか?」
「一度目に入ってしまえば気に掛かる」
「そうですけど…じゃ、何占うつもりだったんっスか?」
「え?いや…」
そんなにまでして開きたいページがあるって、すっげー興味あるんだけど。
閉じられる前に見てやる。
俺は本を隠すように覆っていた柳さんの上半身を無理矢理起こさせて開いているページを見た。
「ダイス占い、12の目…間違いなく答えはイエスです……って、何占うつもりだったんっスか?あ、立海の全国三連覇?」
「違う」
即答された。
まあそれは決定した未来だもんな。
今更占う必要もない。
じゃあ何だってんだ?
「…な…何っスか?」
すんげー顔してじーっと見つめられて落ち着かない。
あ、やべ…ドキドキしてきた。
「まさか…俺関連?」
「ああ…お前との事を占うつもりにしていた」
それでこんだけ確率計算してたのか?!
悪い結果が出て欲しくないから。
「っていうか何思い浮かべるつもりだったんっスか!!」
「そんなもの、お前とこれからもずっと一緒にいられるかに決まってるじゃないか」
さっきまでの動揺はどこへやら、さらりと言われてしまって今度はこっちが動揺する番だ。
待ってる間ずーっとぐるぐるそんな事考えて計算してたのか…
嬉しいけど……
「ちょっ…そういうのは占いじゃなくて俺に直接言えばいいじゃないっスか!」
「あ、そうか…それもそうだな」
勢いで思いっきり恥かしい事言ってしまったけど、柳さんはあっさりそれを認めた。
「これは占う事ではなくお前へのお願い事だったな」
柳さんは膝に置いていた本を閉じてテーブルの上に置いた。
そしてこっちに顔を向けて、言った。
思いっきり恥かしい言葉を。
「これからも一緒にいてくれるか?」
何でもない事のようにあっさりと言われたから、つられて俺も言ってしまった。
気持ちは軽いものじゃないけど、口から出た言葉は思ったより軽いもののように感じる。
「……間違えなく答えはイエス…っス」
でも、真実だ。
「まるでプロポーズだな」
頭に浮かんで消えた、一番恥かしい言葉をまたあっさりと言われてしまって、完全に白旗状態だ。
ちくしょう。敵わない。
悔しいから、こういうのは計算でも理屈でもないって事を教えてやる。
「折角だから俺が占ってみますよ。これからもずーっと一緒にいられるか」
「は?いや…しかし……折角お前が答えを出してくれたのだから今更嫌な結果は見たくないぞ」
「こういうのは直感っスよ。難しい事考えないで、自分で……切り開く!」
止めようとする柳さんの手が俺の手首に掛かると同時にページを開いた。
そしてそこにある文字に、思わず笑ってしまった。
「ほら、占いなんてこんなもんっスよ」
開いたページにあった結果、それは。
『答えはイエス ただし、愛する人の協力があれば』
結局は全部、自分達次第って事だ。