「王様だ〜れだ!」
「俺や!」
「げっ忍足かよ〜!」
今日は雨。
いつもは使用する体育館も今日は別の部が先に予約を入れてしまっている。
つまり部活の時間を持て余してしまったのだ。
部室ではレギュラー達の不毛なゲームが始まる。
題して『男だらけの王様ゲーム』だ。
「ほなら…3バンが、女子の制服着る!!」
「マジかよ!」
「3番誰だ?」
皆がきょろきょろと見渡した。
「…俺だ。」
「げ、跡部…!」
跡部も複雑な表情で札を見ている。
誰もが跡部はワガママを言って断ると思った…のだが。
「で?制服はどうすんだ?アン?」
…意外と乗り気だった。
だってここは部室。どうせレギュラー意外誰も居ないし、来ないのだ。
「ジロー!女テニの部室へ行って来い!」
「え〜…。」
「…着替え中かもしれんで?」
「行く!俺、行く〜!」
「ったく…俺様のサイズなんかあるのか…?」
「あるんじゃないですか?」
そしてジローが部室を意気揚々と出て行った。
「テニス部の部室はどこなのだ…。これだけ広いのに地図も置かないとはけしからん!」
真田はうろうろと校内を歩く。
実はこの日、氷帝との練習試合の申し込みに来たのだ。
「やはり連絡をしておくべきだったか…。」
しかし、練習試合の申し込みを電話で済ますのも何だか礼儀に欠けている気がして。
真田はちゃんと出向いて来たのだ。
ふと見ると、部室のようなものが見える。とても綺麗な建物だ。
「テニス部…ここか。」
中から話し声が聞こえた。
どうやら何人かで盛り上がっているらしい。
トントン…
ノックしてみる。
とたんに中の騒ぎが静かになった。
トントン…
もう一度ノックする。
「誰や…?」
ドアを開けたのは忍足だった。
しかも用心でもしているのか、10センチ程だけ。
「俺だ、立海の…。」
「さ、真田ぁぁ?!!!」
「そ…そうだが…そこまで驚かなくてもいいだろう?少し失礼するぞ?」
「ちょっ!!!」
強引に扉を開け、中に入る。
真っ青な忍足が不審だったが、構わない。
「…?お前ら、顔色が悪いぞ?」
部室は綺麗に整頓されていて、全く不審は無い。
が、そこに居た連中は皆、そろいも揃って真っ青だった。
ふと、一番綺麗なソファーに座っている人物に目が行く。
「ん…?」
綺麗なストレートの真っ黒な長い髪。
前髪は切りそろえられていて、まるで大和撫子の見本のような。
「な…なにゆえ男子テニスの部室にオナゴが…?」
見ればどうにも、彼女は顔色が悪い。
だが、切れ長の目はとても印象的で、強い意思を感じる。
一言で言うなれば、絶世の美女。
氷帝の制服がまた上品に似合っている。
「え…えっとな!彼女は…跡部の…イトコやねん!」
「そ、そうそう!似てるだろ?」
忍足と宍戸が紹介をしてくれた。
真田はそれを疑わなかった。
「そう、か…跡部の…。あの、失礼ですがお名前は…?」
真田にとっては天恵に近い。
自分の理想の大和撫子がここに居る。
しかも突然の来訪者に驚く事無く、ただ黙って強い眼で自分を見ている。
(何と気丈な…!)
「あ、あんな、彼女は…喋られへんねん。」
「な、何…?!」
「彼女の名前は…えっと…跡部雪子…さん、や。」
(話せない…?!それなのにこの落ち着いた雰囲気は…!)
「おい…何で雪子なんだ?」
宍戸がこそこそと忍足に話しかけた。
「昨日読んだ漫画のヒロインや…。」
「…。」
「と、とにかくここを切り抜けるで!」
「…俺は真田弦一郎といいます。知らぬ事とは言え…失礼を働いて申し訳ない。」
真田がぺこりと頭を下げた。
相手があの跡部だとは知らずに。
(跡部…!何とか乗り越えろ!)
(くそくそ真田め…何でこんなにはらはらしなきゃなんないんだ!侑士のせいだ!)
(跡部先輩…頑張って!)
「…。」
跡部がすっとソファーから立ち上がった。
そのまま、優雅にお辞儀をし、ほんの少しだけ、微笑んで見せる。
そして、ゆっくりと、小さく首を振った。
素晴らしい演技だった。
誰がどう見ても、いい所のお嬢様だ。
その体の大きささえ除けば、だが。
(ナイス跡部!)
(凄いです!)
跡部はまた優雅に座った。
足は揃え、手もそろえる。
口元には優しそうな微笑。
跡部も必死なのだ、こんな姿の自分を見られる訳にはいかない。
「雪子さん…。」
(ああ…!雪子さん…!雪子さん…!なんと美しい響きか!)
氷帝メンバー唯一の誤算。
それは真田が恋をしてしまった事だった。
「えっと…ほんで、真田は何の用やったん?」
忍足も何とか早く真田を追い出そうと必死だ。
だが真田はもうそれどころではない。
「ああ、跡部に練習試合の話でちょっとな…それより…雪子さんは、テニスをされるのか?」
しまった。
跡部の横にはテニスラケット。
しかもいつものクセなのか、片手をグリップを握るように置いている。
明らかにマイラケットの仕草だ。
「えっと…その、少し…な。な?」
跡部は微笑んで頷いた。
(こわ〜!気持ちわる!!!)
「そうか…!」
真田が嬉しそうに輝いた。
「雪子さん…俺もテニスを少々嗜んでいるのですが…。」
(…少々?嗜む?何を言うてるんやこの男は。)
(おい…なんかヤバイ雰囲気じゃねぇか?)
「今度その…一緒に…テニスをして頂けませんか?」
(ええ〜?!)
あんまりな展開にレギュラー陣はのけ反った。
このままでは女装跡部の破滅へのロンドが見れてしまう…!
(ど、どないしょう…!)
誰もが固まった。
が、跡部はやりきった。
「雪子さん…?」
片手を肩に当て、悲しげにうつむき。
「…。」
弱々しく首を振って見せたのだ。
「雪子さん…肩が…?」
(ナイス…!跡部…!)
(あいつ必死じゃねぇか…。)
(跡部マジマジすっげー!)
「すまんなぁ真田…ちょっとこないだ肩を痛めたらしいねん…。」
忍足も悲しげにうつむく。眼鏡をそっと上げる演技など、芸が細かい。
「…雪子さん。」
(なんと儚げな…!)
「真田、とりあえず跡部は今ここに来てないんだ。」
「そ、そうだぜ!今日は生徒会が忙しそうだし…。」
「今日は部室に来ないと思うC〜。」
ショックを受けている真田にとどめだ。
「とりあえず…ちょっと今日は引き上げてもろてええかな…?」
「あ…ああ…。」
「一回生徒会室よってみたらええわ。な?」
「うむ…。」
忍足が真田をほぼ無理やり扉まで連れて行った。
「では…失礼する…。雪子さん…また…お会い出来たらと…。」
「はいはい…ちょっと俺らは話あるから、じゃあまたな。」
「じゃあな真田!」
無理やりに放り出した。
(雪子さん…か…美しい…!俺が…守れたら…!)
数十分後。
生徒会室で真田は跡部と会う。
何故か髪がボサボサで、疲労の色が激しい跡部に、真田は爆弾を落とした。
「跡部…雪子さんを、正式に紹介して欲しい…!」
跡部は口を開けて一瞬呆けた後、呟いた。
「あいつは…男だ。」
END