「大石!遅いぞ!」
「ごめんごめん跡部…女の子が風船を木に引っ掛けていてね…言い訳だな、ごめん。」
「いや…お前ならありえるからいい…。」
二人を知っている人間が見れば卒倒しそうな二人組。
待ち合わせ場所は二人だけが知っている、熱帯魚店の前。
天気の良い休日に、彼らは待ち合わせをしていたのだ。
「ああ、新しい種が店頭に出てるよ!」
「アーン…?ああ、デカイな…ビラビラしてるし…。」
「とても綺麗じゃないか!金色だよ!」
「全く…そんなに魚がいいのかよ…。」
綺麗だ!なんて感激して水槽にへばりついている男。
そんな大石を見て跡部はため息をついた。
ここで待ち合わせるといつもコレだ。跡部からしたらソコまで魚に魅力は感じない。
「あ、ゴメン、嫉妬した?」
「…してねぇ!」
さらに言えば、恋人が自分を放って置いて、何かに夢中になるのも許せない。
そう、大石と跡部は恋人同士。全く普通のお付き合いをしているカップルなのだ。
お互いがあまりにも理想の相手だったと言える。
跡部の周囲は、派手な人間やちょっとクセのある人間が多い。
さらに言えば跡部本人も、かなり派手で。
普通の恋がしてみたい…と常々思っていた。
もうパーティーでの出会いやら、大掛かりなデートも楽しくない。
駆け引きよりも、純粋な恋をしてみたい。
(素朴な奴と…のんびりしてみてぇ…。)
そう思っていた跡部にとって、大石は完全に理想の相手だったのだ。
「跡部?怒ったかい?」
「…怒ってねぇよ。」
「そうか、良かった!この魚、金色に輝いている…ははっ君みたいだね!」
「…お、俺様と魚を一緒にするな!!」
少し赤くなって怒鳴る跡部に、大石はゴメン…と素直に謝る。
(こ…の天然!今のセリフがワザとじゃねぇってのは解るが!)
大石はとても幸せだった。
自分の理想のタイプが目の前に居るのだ。
綺麗なものが大好きな彼は、跡部が完全に理想に合う。
さらに、好みの性格もびっくりするほどバッチリだ。
ちょっとわがままで気が強い、性格。
「おい、いつまでここに居るんだ、アン?俺様を退屈させやがって。」
「ああ、ゴメン跡部。今日はテニスをするんだったね!」
「フン…ちょっとした息抜きだ。」
「よし、行こうか!」
跡部の手をぐいっと引っ張る。
慌てたのは跡部だ。
「お、おいっ!」
「あ…そっか、手を繋ぐのは禁止だったね。残念。」
「誰かに見つかったらどうする気だ…。」
「そりゃ大変…。」
二人の関係は完全に秘密。
それは決められたルールだった。
「全く…。」
きっと見つかったら、大事件になってまう。
氷帝でも、青学でも、だ。
遠く離れたテニス場。
ここなら誰にも見つからない。
「いくぞ大石!」
「そう簡単には、抜けないぞ跡部!」
テニスのラリーが始まる。
もちろん、跡部の方が上手いのだが。
二人で笑いながらラリーを追え、試合もして、笑い合う。
「強いなぁ、跡部は。」
「お前が弱すぎるんじゃねぇのか?アーン?」
「全く…ちょっとは彼氏にいい夢見させてくれよな。」
「な…、かれ…。」
「少し休もうか。」
笑いながら大石がベンチに向かう。
跡部もベンチの上に置いてあったタオルを取って汗を拭いた。
「ジュース買ってくるよ。」
「ああ。」
大石に言わなくても、きっと彼は自分の分も買って来るだろう。
跡部は苦笑して、その背中を見送った。
そしてしばらくベンチで涼む。テニス場には爽やかな風が吹いていて、気持ちいい。
「あれ?跡部…部長?」
「…?!」
振り向くと、見知った後輩の顔。
「鳳…?!」
「どうしてこんな所に居るんですか?!うわぁ偶然だなぁ!宍戸さーん!」
「なっ?!おいっ!!」
遠くから「あ〜?」と声が聞こえた。
そう、聞きなれたあの声はレギュラーの宍戸だ。
彼は更衣室裏からヒョイ、と顔を出した。
「跡部じゃねぇか!何でこんなトコに居るんだ?」
心底驚いた風に宍戸が駆け寄ってくる。
悪夢だ…と跡部はぐったりした。
(大石…帰ってくるなよ…!)
跡部はちょっと遠くの自販機の前に居るであろう彼にテレパシーを送ってみた。
「で、誰と来たんだ?」
(宍戸の野郎…鋭い所を突きやがる。)
「一人だ。気分転換にな。」
「一人…ですか?」
鳳が可愛そうな人を見る目で跡部を見る。
非常にむかつく目だったが、何も言えない。
「そうだ…悪いか?アン?」
「い、いえ…。」
だが、宍戸はそんなに甘くなかった。
「嘘つけ、明らかにラケットあるじゃねぇか。誰のだコレ?」
「お、おいっ!」
ヒョイと持ち上げられたラケットは大石の物だ。
よく見れば横にカバンまである。全て二人分。
まさかコレで一人で来たとは…流石に言えない。
「ん…?青春…学園…?おいコレ青学のカバンじゃねぇか。」
「余計な詮索はするなよ宍戸…。」
「はっはーん…。」
宍戸が嬉しそうににやりと笑う。
跡部は背中に嫌な汗を感じた。
「お前、青学にオンナが出来たな…?」
「そ、そうなんですか!?」
跡部は究極の選択を迫られた。
今、イエスと言えば宍戸達は納得する。しかしもし大石とばったり出会ってしまったら…終わりだ。
だが、ノーと言ってしまえば余計にあやしい。何故隠す必要があるか疑問に思われるだろう。
「ち…違うな。」
「じゃあ何だよ?」
「ゆ、友人と…来たんだよ…。」
「青学のですか?」
「…そうだ。」
何とか切り抜けなければ。
「友人…で、テニスをしている…?宍戸さん、解りますか?」
(解らなくていいんだ!クイズじゃねぇんだぞ!)
「いや…わからねぇ。だけどよ、跡部とテニスなんて…よっぽどの奴じゃねぇと…。」
(恋人とテニスをするのに本気でやりあってどうすんだ!)
「あ!解りました!」
「俺も解ったぞ跡部!」
「手塚しか居ネェ!」
「手塚さんですね!」
「…。」
跡部は大変複雑な気持ちに陥った。
まぁ確かに、普通はそう思うのかもしれない。
だがちょっとでも…大石っていう可能性があってもいいじゃないか…。
「何かかっこいいです!戦った二人だけの友情ですね!」
「熱いじゃねーか跡部…見直したぜ。」
「…。」
跡部はうんざりした表情で空を仰いだ。
「で?本当は誰と来てるんだい、大石…。」
「まさか本当に一人なのか?」
「不二…タカさん…。」
事件は別の場所でも起きていた。
大石は偶然にも、跡部の元に帰る際に不二と河村に会ってしまったのだ。
しかも何を言っても、河村はとにかく、不二を納得させられない。
「僕に隠し事なんて…酷いや大石…。」
悪魔は切なげにうつむいた。
それを見て河村が非難の目で大石を見てくる。
(いや、そんなに必死になって知りたがる事か…?)
「大石…青学は一心同体。運命共同体なんだ。悩みがあるなら…聞くよ?」
「タカさん…ありがとう。」
これじゃあもうラチがあかない。
「大石…もしかして彼女と来たのかい?」
「う…!」
不二が開眼した。
ここはどう切り抜けるべきか。
大石は一つしか思い浮かばなかった。
ダッシュである。
「あ!大石!」
「どこに行くんだ大石!」
二人を巻いて、跡部の元へ…!
と、コートに入った瞬間。
「…大石?」
「え?大石さん…?」
「…。」
何かをあきらめたように天をあおぐ跡部。
心底不可思議なモノを見る目の宍戸。
混乱した感じでおろおろする鳳。
立ち尽くす大石の後ろから、彼らの声が聞こえた。
「え…?氷帝…?」
「宍戸に鳳君に…跡部、じゃないか…。」
「青学…?」
「不二と…河村か!」
まさに一瞬即発の雰囲気。
不二は開眼してるし、宍戸は眉間に皺をよせて睨む。
大石はため息を付いた。もうこれはどうしていいのか。
(君が遠い人に見えるよ…跡部。)
(大石…どうしたらいいんだ。)
不二が真っ先に前に出た。
「大石…君…彼らに何か弱みを握られてるのか?」
すると河村が出て来る。
「許せないよ…よってたかって大石に何をしたんだよ!」
(俺は何もされてないんだけどなぁ…。)
(むしろされてるのは俺様なんだがな…。)
そんな事を言ったらコイツラはパニックを起こすだろうか、と宍戸と鳳を見た。
「何だとてめぇ…変な言いがかりはやめろよ!」
「そ…そうですよ!」
喧嘩っぱやい宍戸が前に出た。
そうなると鳳も必然と前に出て来る。
「おい跡部!これのどこが友人だって?!」
「どういう事ですか跡部さん!」
(ちょっと待てよおい。)
跡部は頭を抱えた。
どうにも鳳と宍戸には『跡部が苛められていた』とかそんな発想は浮かばないらしい。
「お前…大石をパシリにしてたのか?」
「跡部さん…まさか、そんな事しないですよね?」
それどころか。
どうも自分が大石を苛めた事になっているらしい。
流石の跡部も悲しくなって来た。
(まぁな…お似合いだとは思ってなかったけどな…?)
でもせめて、友人だって事ぐらい信じてもいんじゃないか。
大石も頭を抱えた。
どうにも、自分が苛められていると思われているらしい。
(そりゃあ…俺と君じゃあ…釣り合わないけど…。)
それでも、今までかなり上手く付き合って来たのだ。
もしかしたら相性がバッチリなんじゃないかって思うくらい。
(ごめん跡部…俺がもっと…男らしかったらなぁ…。)
(大石…俺がこんな性格じゃなかったら…。)
いっそバラしてしまおうか、と二人は思った。
だが。
「ま、青学の奴くらいどうでもいいけどよ。」
「そうですね、宍戸さん。」
「全く、嫌な性格してるよね、氷帝は。」
「もうちょっと普通の人が居てもいいものなのにな…不二。」
どうにもこの雰囲気、言い出せない。
「だいたいどうも青学はイケ好かないんだよな、イイ子ちゃんぶりやがって。」
「なんか偽善者って感じがしますよね…。」
「跡部、お前もそう思うだろ?」
「…ああ、そうだな。」
跡部は大石から目を逸らした。
大石は悲しそうに跡部を見ていた。
「大石…彼らの話に耳を傾けちゃ駄目だよ?彼らには大石の話なんて通じないんだから。」
「大石は優しくて正義感が強いから…気になったのかな?気にする事は無いよ大石…。」
「もし何か言って来たら…青学全員で相手になるからね。」
「ああ…ありがとう…タカさん、不二…。」
流れる微妙な雰囲気。
(もう言ってしまったら駄目なのかな…跡部、嫌がるかなぁ…。)
大石は悩んだ。
自分は全く構わないけど、跡部が嫌がるかもしれない。
「大石?」
河村が困った風に話しかけた。
「本当に跡部達と来たのかい?」
「う…。」
大石は跡部をチラっと見たが、彼はそっぽを向いている。
返答に困っていると宍戸が絡んで来た。
「そんなワケねーだろーが。なぁ跡部。俺達と跡部は偶然出合ったんだぞ?」
「え…?俺達と大石も偶然会ったんだけど…?」
(あ〜あ…もうどうでも良くなっちまった。)
周囲の目など知った事か。
跡部はさっと立ち上がる。
「大石、俺の飲み物は?」
「え…あ、あぁ、買ってきたよ。」
「おせぇよ…お前のは?」
「俺はいつものお茶だけど?君はいつもコレだったよね?」
跡部は大石からスポーツドリンクを受け取り、ぐっと喉に通した。
そしてベンチに戻り、大石にタオルを投げてやる。
「汗拭けよ…風邪引くだろ。」
「ありがとう、跡部。ジュース、ぬるくなっちゃったね。」
大石も跡部の意図を掴んだらしい。全くいつもの通りに話しかけて来る。
ベンチに座る跡部の横に座り、お茶を飲み始めた。
「おい…お前のはまだ冷えてるんじゃねぇの?」
「あ、コラ…仕方ないなぁ…。」
大石の飲んでいるペットボトルを奪い、口を付ける。
「バーカ…お前のモンは俺のモンだろ?」
「はいはい…全く、君にはかなわないな。ま、そこがいいんだけど…。」
大石の手がそっと跡部の額に張り付いた髪を振り払ってやる。
跡部も全く気にした風も無く、自然な笑顔だ。
「おいおいおいおい…どういう事だよコレ…?」
宍戸が困ったように一歩下がる。
「ちょっと…驚いたな…。」
跡部の態度はかなり親しげで、不二や河村はそんな彼を見た事が無かった。
まるで猫科の大きな肉食獣が懐いた感じだ。
「つまり…親友…って事ッスかね?」
「違うね鳳…アレは…。」
「ああ、親友にしちゃあ…ちょっと空気がアレだぜ?なぁ不二。」
「そ、そんな事ってあるのかなぁ…。」
いつの間にか4人はひそひそと相談を始める。
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。
「おい不二、お前聞きに行けよ!」
「嫌だよ。君こそ跡部と仲がいいんじゃないのか宍戸。」
「宍戸さんにそんな危険なマネさせないで下さい!」
「しょうがないな〜…。」
動いたのは河村だった。
人のよさげな笑顔で二人に近づく。
「ナイス河村!」
「タカさん…かっこいいよ。」
「頑張って下さい!」
どう質問するつもりだ…?と跡部は内心緊張していた。
まぁ、どう聞かれても、もう答えは決まっているが。
(来いよ…度肝を抜いてやるぜ!)
「あの〜、あのさ…跡部と大石って…どっちが上なのかな?」
「か、河村?!」
「…タ、タカさん…!その質問はまだ早いよ…!」
「そんな問題じゃないんじゃないですか…?」
跡部は固まっている。
だが、大石は笑顔で答えた。
「やだなぁタカさん…俺に決まってるじゃないか、はははっ!」
「そっか〜!良かったなぁ大石!はははっ!」
「素敵な彼女だね大石…祝福するよ。」
「いやぁ…ありがとう皆…。」
突如賑わい出す青学。
固まって身動きが取れない氷帝。
と、跡部の怒声が響き渡った。
「てめぇら!解ったらさっさとコートから出て行きやがれ!」
しかし相手は強かった。
「え〜折角なんだし、ダブルスやらないのかい?」
「実はこのテニス場、カップルだらけなんだよ…知ってた?」
「今のトコロ手塚越前ペアが一位だからな…真打ち登場だぜ!」
「しかも優勝候補ッスね…宍戸さん!頑張りましょう!」
跡部は今日、何度目かのため息をついた。
【END】
やっちまった…初の跡部受が…大石か…。
でも意外とナチュラルだった…。コンセプトはロミジュリ!
次は…ブン忍か、壇忍だ!!!