『壇忍』前編



とってもとっても、綺麗な人なんです。
優しい笑顔が、忘れられないんです。

僕はどうしちゃったんだろう?
あなたの事が…ずっとずっと目に浮かぶんです。





壇は今日も調査の為に、他校にもぐりこんでいた。
今日の調査は、氷帝学園。
(う〜やっぱり広いです…調査、ちゃんと出来るかなぁ…。)
壇の持つノートはもう何冊目になるだろう。
学校ごとにデータをかき集め、ノートにしている。
しかし、氷帝に潜り込むのは初体験だった。

「おい!お前!どこの学校だ?」
「はっはいぃ!!」

早速呼び止められてしまった。
敷地内のテニスコート、その横にある木によじ登っていたら、流石に不審だろう。
しかも壇はバードウォッチング用の双眼鏡を必死で覗いていたのだから。
「降りて来い!」
「は、はい!すみませんです!」
怒鳴ったのは数名のテニス部員だった。
どうにも皆強面で、体も大きい。やはり厳しいトレーニングを積んでいるのだろう。
(ど…どうしよう…ピンチです〜!)
慌てて木から下りると、数名に取り囲まれる。
「おい…何見てたんだコイツ?」
「あ?あっちは…レギュラーコートじゃねぇか。」
「どっかのスパイか?」
「にしてはチビだな…誰かのストーカーなんじゃね?最近多いからなぁ…特に跡部さんは。」
(跡部さんにはストーカーが多い…と。)
壇は記憶のノートに書いておいた。後でちゃんとノートに書こう。
「どいつもこいつも犯罪まがいの事しやがって…オイこいつどうするよ。」
「ぼっ…僕は犯罪なんてしてないです!」
「あぁ?どうせビデオ取ったり写真取ったりしてネットで売ったりすんだろ?」
「こないだは跡部さんの家まで付けまわした奴が居るからな…。」
「おい…跡部さんのジャージ盗んだのって…コイツじゃね?」
「かもな…。」
「えぇっ?!」
どうやら大きく勘違いされているようだ。
と言うより氷帝のレギュラーの写真は売れたりするほど人気があるのかと驚く。
(凄いです…!さすが氷帝学園です…!)

「で、どうするよコイツ」
一人が壇の襟首をがしっと掴んで来る。今日は制服だったから、詰襟がとても苦しい。
「は、はなして下さい!」
「とりあえず…ボコって反省させとく?上に報告するまでもねぇよ。」
「そうだな、部長の手を煩わせるのは申し訳ないしな…おいチビ。」
「ち、チビじゃないです…。」
「もうウチに侵入したいなんて思わねぇようにしてやるよ。」
「…っ!」
木の後ろに突き飛ばされる。
壇は根に足を取られ、ひっくり返る。
「おい、バレないようにしろよ?」
行くぞ、と襟をつかまれ、奥の木の密集している場所まで引きずられた。
遠くからテニス部のボール音が聞こえるが、きっと声を出しても届かない。
襟を持たれたまま、上に持ち上げられた。
「ぐっ…!」
首が絞まってしまう。まるで首吊り状態だ。
そのまま誰かの蹴りが腹に入る。
「がっ…は…!」
「おいおい、あんま無茶すんなよー?」
「わーってるよ…だから腹殴ってるんだろ?」
「終わったら塀から外に放り出したらいんじゃね?」
「面倒だなオイ…。」
会話は遠くに聞こえる気がした。
地面に放り投げられ、何度か入る蹴りに気が遠くなる。
(助けて…!)
そう思ってしまう自分に泣けて来る。もっともっと男らしくて、大きくて、強ければ。
なんて駄目な奴なんだろう自分は。



「…何してんねん。」


ハスキーな声。変わったイントネーションに、壇は現実に戻った。
「お…忍足さん!」
「ここ、これはちょっと…!」
朦朧とする壇の目には、彼の姿はぼやけて見えて。
だが、周りが物凄く動揺をしているのはよく解る。
さっきまで自分を蹴っていた男の足は震えてしまっているし、皆顔色が真っ青だ。
(怖い人…なんだ。)
こんなに皆が怯えるなんて。

「…何してるんやって…聞いてるんやけど?」
誰もが黙ってしまっている。
「答えられへんわなぁ…。」
呆れたように囁く声に、悲しみも混ざっている気がした。
(この人…悲しいんだ。)
壇は地面に這い蹲りながら、その人を見ようとしたが体が動かない。
「忍足さんっ…コイツはレギュラーコートを双眼鏡で見てたんですよ!」
「そうなんです!コイツ、絶対怪しいでしょ?!」
必死で自分を正当化する声。
(違う…僕はただ…練習風景が見たくて…。)
「…せやからって…何でこんな事…せなあかんのん?」
今度こそその声はとても悲しそうで。
「こんな事…俺は跡部に報告せなあかんの…?」
「お…忍足さん…!」

その時、壇はふと気がついた。
声の主が悲しいのは、きっとこの部員達が好きだから。
そして部員達が恐ろしいのは、この声の主が悲しむ事だ。
(とてもいい学校です…氷帝…。)
部員がした行為は許されるものじゃないが、それはレギュラーを思ってのこと。
それがきっとこの声の主も解っているから、この事件を表ざたにしたくない。
きっとこれがバレたら部員達は停学だ。


「あ…あの…。」
必死で声を出した。

「僕…大丈夫です…僕…が…勘違い…させちゃって…ごめんなさ…。」
「チビ、お前…。」
体の痛みもさっき程酷くはない。
「大丈夫なんで…。」
「…。」
必死で起き上がって、ふと上を見上げる。
逆光で顔はあまり見えないが、少し離れた所にいる彼が小さくつぶやいた。


「すまん…。」


ソレが自分に向けられた言葉なのか把握できないまま、事は進む。
「ジブンらは…はよコート戻り。」
「え…?」
「ここは俺が何とかするから、はよ戻り。もう…暴力はせぇへん…な?」
「…はっはい!」
壇はゆっくり立ち上がった。思ったよりも、被害は少なかったらしい。
みぞおち等は殴られても一時期の呼吸困難等に陥るだけだと、誰かが言っていたっけ。
「ありがとう御座います!」
「すみませんでした!」
大声で彼らは謝る。
そして小さく、小声で壇に囁いた。
「ごめんな、チビ。勘違いしてたみてぇだ。」
そう言ったかと思うと、走って行ってしまった。
その場には彼と壇だけが残された。

壇の意識もはっきりとして来る。
「大丈夫か…ジブン…どこの子や?」
「あっそのっすみません大丈夫です!」
彼が近づいて来る。妙に緊張してしまった壇はあわてて大きく手を振った。

その拍子にふらりと、眩暈が。

「え、ちょお!」
「うわぁ!」
そのまま彼の体に倒れこみ、押し倒してしまった形になる。

「いっ…た…あ!す、すみませんです!」
「…っつ…。」
その時壇ははっきりと彼の顔を見た。
(うわぁ…カッコイイ人だなぁ…!)
黒髪はとても艶やかで、さらりと彼の顔にかかる。
薄く開かれた目は切れ長で、それでいて吸い込まれるような深い黒。
唇は少し肉厚で、全てのパーツが重なり、色気を醸し出している。
このままではずっと呆けて彼を見てしまいそうで。慌てて彼の上からどいて、横に正座した。
「だ、大丈夫ですか?!」
「あ〜うん…ちょおそこの眼鏡取ってくれへん?」
ふるふると頭を振った彼がこちらを見る。
(あれ…この人…!)
「も…もしかしてっレギュラーの方ですか?!」
「え…?」
(皆さんは『忍足さん』って…呼んでた…そういえばレギュラーの名前に…!)
壇は元の位置にノートを置いてきた事を激しく後悔した。
自分の記憶が正しければ、彼はレギュラーの『忍足侑士』だ。

「やったです!」

正座のままガッツポーズする壇に、忍足は眉をひそめて首をかしげる。
「なぁ…ちょとそこの眼鏡取ってって。」
「あ!す、すみませんです!」
壇は自分の後ろに落ちていた眼鏡を忍足に渡した。
忍足がそれを受け取り、眼鏡をかける。
(もったいないなぁ…すっごく綺麗な目の人なのに。)
壇はついじっと彼の顔を見た。
「なん?俺なんか付いてる?」
「い、いえ!その、とっても綺麗です!」
「は…?」
忍足は一瞬呆けて、それからふわりと笑った。
「ジブン…おもろいやっちゃなぁ…。」
(わぁ…。)
なぜその笑顔が儚げに見えるのだろう。
もっとこの人と話していたいような、もっと一緒に居たい気持ちになる。
「あ!そ、そうだ!その、ありがとう御座いましたです!」
「え…?」
「や、その、助けて頂いて…僕…こんなドン臭いから…へへ…カッコ悪い…。」
よくよく考えたら、何て情けないのだろう。
コソコソして、誤解されて、されるがままで、誰かに助けてもらえるまで何も出来ない。
それなのに、こうしてソレを笑ってしまっている。

ふと、うつむいた頭にふわりと手が降りた。
ポンポンと手を動かして、彼が微笑んだ。

「そうか?ジブン…カッコエエで?」
「え…?」
「あいつらの気持ちも、俺の気持ちも汲んでくれたんやろ?カッコエエやん?」
「…!」
壇は真っ赤になってうつむいた。かっこいいなんて言葉、言われた事がない。
彼の優しげな笑顔も、自分の頭を撫でる手も、全てがスローモーションみたいで。
(僕…どうしたんだろう。)
彼はのぞき込むように見つめて来る。
「ありがとうな…。」
「い、いえ…僕こそ…です…。」
よしよし、と忍足は頷いて立ち上がる。
壇もあわてて立ち上がった。

「ジブン、どこの学校のコ?こっから一人で帰れるか?」
「だ、大丈夫です!地図持ってますから…!」
「テニス、好きなん?」
「はい!大好きです!」
それだけは自信を持って答える事が出来た。
「ほんだら…。」
忍足が何か言いかけたその時。


「おい!こんな所にいやがったのか忍足。」


「跡部…!」
(うわぁ…跡部さんです…!)
堂々としたその風貌は、壇とは程遠い自信が伺える。
(かっこいいなぁ…。)
跡部はふと、壇に目をやった。そして眉をひそめる。
「おい…何だソレは。」
慌てて忍足が前に出た。
「このコは…その、なんや迷子やったみたいでな…。」
「アーン…?その制服…山吹だな。」
「え…?!千石とかがおるあの?」
忍足が驚いた風に壇を振り返る。
壇も緊張して固まった。
「は、はい…山吹中一年、壇太一です!」
ぺこり、とおじぎをした。ばれてしまったからには、正式に名乗って礼儀を尽くさなければ。
「へぇ…山吹やったんや…!」
忍足が笑顔でまた壇の頭を撫でた。
壇は何故か恥ずかしくて、顔を真っ赤にしてしまう。
それを見て跡部が眉を潜めた。

「で、道は教えてやったのか?」
「あ、うん…。」
「ならもういいだろ。行くぞ、忍足。」
「あっ…ちょお…痛いて。」
跡部が忍足の腕をぐいっと引っ張った。
されるがままに忍足は跡部の横に行ってしまう。

「あっ…あの…忍足さん!」
(行かないで…!)
忍足が振り向いた。
「その…ありがとうございましたです!」
彼は微笑んで、
「壇くん…俺も…ごめんな…。氷帝を嫌いにならんでな…。」
(ああ…こんな綺麗な人、知らないです…!)
壇はその瞬間、恋を自覚したらしい。


だけど。


「おい…遅いぞ。」
跡部が忍足を引き寄せ、腰に手を回す。
見てしまった。

彼は忍足のこめかみにスッとキスをし、こちらを見て微笑んだ。
罰の悪そうに俯いた忍足のその影が妙に色っぽくて。


そのまま二人は去っていった。





「忍足…さん。」
なんて綺麗な人だろう。
何もかもを許してしまうような、まるで絵画で見た聖母のような人。
そしてその人を力強く奪うのは、ナポレオンのような英雄だった。


壇は帰り道ずっと、キスをされた後の彼の表情を思い出していた。


自分がもっと…かっこよかったら。
男らしく、堂々とした人間だったら。

『ジブン…カッコエエで?』


忍足の声が頭に響いた。











《つづく》

やってしまったよ…?リアルに壇忍だよ…?(跡忍基準で。)
後半はちょっぴりエロな表現がありそうです。