カントリーロード



「あ、僕の彼女候補はっけ〜ん!!」
「…?」

妙な言葉からソレは始まった。
あまりの内容の言葉に眉をひそめて聞き違いか?と疑う跡部に、

「うわぁ〜理想の美人だ〜!よしっ!今日の練習試合、勝てたらあの人と付き合える!!」

追い討ちのように言葉が降って来た。
しかもどう見てもその指は跡部を指していた。
坊主頭のそのガキは、その日の練習試合の相手、六角の部長だったのである。


その日、葵剣太郎は準レギュラーの二年を軽々と押さえ、跡部にVサインを送った。





そんな始まりから二ヶ月程。
葵の猛アタックは氷帝メンバーが白旗を上げるまでに至っていた。
そして跡部本人も、もう諦めに近いものまで感じていたのである。
「あ〜と〜べ〜さぁぁぁ〜ん!!」
「…。」
自転車で猛スピードで自分に突進して来る少年。葵だ。
そのままキキーと嫌な音を立てて、彼は跡部の目の前に止まった。
「おいガキ…お前…どうやってソレで来たんだ?」
確か彼の家は千葉じゃなかったか?
その素朴な質問に対し、少年は元気いっぱいに答えてくれた。
「えっと…跡部さんと僕の愛車でドライブ〜なんつって★」
「…。」
「ああ!待って下さいよ!跡部さん!」
日本語が通じないようだ。跡部は聞かなかった事にしてすたすたと家路を急ぐ。
やっぱり車を呼んで帰るんだった。
今日は天気が良くて気候も気持ちがいいからつい、歩こうなんて思ってしまったがゆえにコレだ。
少年は少し早いスピードで歩く彼の横を自転車を蹴りながらついて来る。
「冗談ですよぉ〜、でもね、跡部さんと二人乗りがしたくって。千葉から来ちゃいました!」
「…氷帝学園生徒手帳34ページ…自転車通学の許可と禁止例について。」
跡部がさっとさし出した生徒手帳のページを葵は目を細めて見ている。
「ま、いいじゃないですか!法律じゃないし!」
「…ガキはきちんと寄り道せずに家に帰れ。」
「ええ〜!!」
せっかくここまで来たのにぃ〜と項垂れる少年に、ため息を付く。
それはまぁ、確かに努力は認めよう。ここまで自転車で来たのだから、少しぐらいは付き合ってやるべきかもしれない。
人として。
年上として。
「…どこに行きたいんだ?ぁあ?」
「っ…一緒に来てくれるんだ?!」
「俺様の気分が変わらないウチに早く言え。」
ぱぁっと笑顔になった葵に、少し間違った選択をしたか、とげんなりしつつ。
「えっとですね。緑が見える道です!」
「…みどり?」
怪訝な顔で振り向くと、葵がそうです!と自信満々に答えた。
「このあたり、何でもあってとっても便利ですけど…緑が少ないから。」
「…そんな場所知ってるのか?お前。」
「調べました!ありますよ、ちょっと郊外に行くと畑なんかもあるんです。」
そんな場所があったのか、と跡部は少し関心する。
長い間氷帝に通っているが、正直この辺りは都会に近い。畑なぞ、見ないが。
今日は天気がいい。風も気持ちいい。
「…帰りは?」
「家まで送りますよ!僕の愛車でね!」

「…仕方ねぇなぁ…ほら。」
鞄を渡すと、葵はそれをさっとカゴに入れた。
自転車の後ろには、ボロボロの座布団が縛り付けられている。
それに戸惑いながらも跨った。
「いきますよぉ〜!」
「…こけるんじゃねぇぞ!」



自転車の後ろに乗るのは、初めてだった。
しばらく葵の馬鹿な話を聞きながら、揺れる自転車に戸惑い、手の位置にも戸惑う。
「うわわっ!あとべさーん、僕の服、伸びちゃいますよぉ〜!」
仕方ないから目の前の服を掴むと、文句を言われる。
「うるせぇ…!どうしろってんだ…!」
「僕の腰に手を回して下さい!それで安定取れると思います〜!」
「チッ…そういう作法か…早く言いやがれ。」
仕方ないから葵の腰に手を回す。確かにそうする事によって安定が取れた。
「っわ〜興奮しそうっ!!」
「黙って運転しろ色ガキ!」
「いててっ…何も叩かなくても…乱暴だなぁ…。」


風が、髪を巻き上げる。
それが鬱陶しくもあり、心地良くもあった。
景色は少しずつ、田んぼや畑が増えていく。

遠くの家に夕日がかかり、一面の田んぼはオレンジに染まっていた。
電車の音、カラスの声、そしてきっとこの季節最後のセミの声。


(…悪くねぇ…。)


この穏やかな気持ちは一体何だろうか。
葵も同じ気持ちなんだろうか。


「…なぁ。」

「なんですか〜?」

「悪くねぇな、緑。」


そうですね、と明るい声が帰って来て、何となくほっとする。
今度自転車に乗ってみようか。



夕日はとても綺麗で。

葵の言葉が遠くに聞こえた。



「本当は跡部さんに海、見せたかったんだけどな〜…遠いから。」


「…時間が出来たらな。」



こいつはチビでガキでバカだが、自分の知らない事、どれだけ知っているのだろうか。
そう思うと、海に行ってやるのも悪くない、なんて思えて。


跡部は小さい背中の後ろでそっと笑った。







―END―

葵跡部で10のお題…結構軽くいけるかも。
っていうか読者全てを置いて行く勢いのCPです。



…すみませんオイラも若干置いてけぼりです。
あと素朴な疑問。跡部様は自転車に乗れるのだろうか… (by千葉)