大きな総合病院のロビーで一人待たされ、大きく溜息を吐く。
会計を済ませている母親が振り返り近付いてくる。
聞こえないようにもう一度溜息を吐き、大きなテニスバッグを持って立ち上がった。
「まったく…こんな怪我が心配だったからテニスなんてさせるのは反対だったんです」
「はい」
部活中に怪我をして、電話でその旨を伝えたら会社から母親がやってきた。
どうせ仕事が忙しいのだからその秘書か部下が迎えに来てくれるだろうと思っていたから、拍子抜けした。
そして鬱陶しく思う。
心配して来たのではない。
小言を言う為にやってきたのだ。
診察結果は骨に異常は無いが捻挫のような症状なのであまり使わないように指示された。
試合中転んだ拍子に変な風に腕をついた結果がこれだ。
情けなくて笑いがこみ上げる。
「それなのに貴方ときたら…いいですか?これがいい機会です。テニスはもう諦めなさい」
何も答えられないでいると、今度は強く言い放たれる。
「返事は?萩之介さん」
「………解りました」
充分に間を置いたのは精一杯の抵抗。
悔しがる表情を見られたくなくて、俯いて髪で顔を隠す。
「それじゃ、私は会社に戻りますから。家まではタクシーを使いなさい」
「はい。お気をつけてお母様」
「あなたもね。早く帰りなさいよ」
財布から出した札を数枚手渡され、母親はロータリーから回ってきた会社の車に乗り込み行ってしまった。
それを見送ると、踵を返す。
ふと目に入ってきた会計カウンターに置いてある募金箱に先程の札を捩じ込み、階段へと向かった。
一気に屋上まで駆け上がりフェンス越しに広がる町を見下ろした。
「はぁ………」
本日三度目の溜息は、思わぬ返事を食らった。
「随分気前がいいんだね」
「え?」
「募金。五千円ぐらい入れてたよね?」
振り返り、声の主の姿を確認する。
一瞬女性かと思うほどに優しい面差しに、線は細いがしっかりとした体つき。
どこかで見覚えのある顔だった。
入院患者なのか、寝間着姿にカーディガンを羽織っている。
「正確には一万五千円」
「すごいボランティア精神」
「まあね」
確かに、カウンターに座った医療事務をする受付嬢に物凄いものでも見るような顔を向けられていた。
だが、ボランティア精神なんて持ち合わせていない。
ただ母親に事務的に支給された現金を使い、家に帰りたくなかっただけなのだ。
ゴミ箱に捨ててやろうかとも思ったが、どうせならばと目の前にあった募金箱に入れた。
心が篭っていようと、なかろうと、一万円は一万円なのだから。
「テニスで怪我でもしたの?」
左の腕から掌にかけて巻かれた包帯を見て、そう問いかけてくる。
テニス、と断定したのはこの大きなカバンを見たからだろう。
「…聞いてどうするつもり?」
「どうするって…暇だから話し相手になってくれたら嬉しいなって思ったんだけど…迷惑かな?」
「迷惑ってわけじゃないけど…面倒かな。答えるのが」
「ふふっ…君面白いね」
面白いなど、言われたのは初めてだ。
何が彼の琴線に触れたのかは解らないが興味を持たれてしまった。
「俺と似てる」
「どこが?」
「今の会話。俺も前に同じ事言ったんだよね。ここの看護婦相手に。
色々聞いてくるんだけど曖昧にしか答えてなかったら迷惑かな?って聞かれて。俺も面倒だって答えたんだ」
それで親近感を持ったというわけなのか。妙な縁だ。
「愛想のない患者」
「一応は外面良く振舞ってるよ。でも皆同じ事を聞いてきて時々すごく退屈するんだよね」
「あ、それ解る気がする」
「だろう?」
彼は恐らくここの医師や看護師などの事を言っているのだろう。
しかし自分の脳裏には家の事が過ぎった。
同じ様な着物を纏い、同じ様な顔で並ぶ姿の薄気味悪さ。
そして同じ内容を繰り返すだけの会話。
自分以外の全てが退屈で仕方ないのだ。
家を離れ、学校でテニスをしている間だけが唯一の息抜きだった。
それも取り上げられようとしているが。
「あ、ねぇ。その制服氷帝だよね?」
「え…?あぁ、そうだけど」
「俺立海のテニス部なんだ」
思い出した。
確か彼は
「立海大付属の部長…」
名前は忘れてしまったが。
いつだったかテニス誌に載っていたのを覚えている。
「幸村精市です。よろしく」
よろしく、と手を差し出される。
握手を求められているのだとその手を握り返した。
「氷帝3年の滝萩之介です」
「じゃ、同い年だ」
何故立海の部長がここにいるのだろう。
跡部が何か言っていたような気がするが、大して興味もなかったので聞き流していた。
こんな事になるのならちゃんと聞いていればよかった。
この状況で本人に聞くのは気が引ける。
もしも何か重篤な病気だったり怪我だったりすれば、傷付けかねない。
いや、相手が傷つこうが構わないのだが、こっちの気分が悪いではないか。
そう思っていると会話が続かず、沈黙が訪れた。
だいたい話し相手になれと言ったのはそっちなのだから何か喋れよ、と思う。
「何でここに立海の部長がいるんだ、って思ってる?」
「え?」
不意に心を見透かしたような事を言われ、つい動揺してしまった。
「やっぱり」
「何でそう思った?」
「言ったじゃないか、さっき。俺と似てるって。もしも俺が君の立場だったらそう思うかなと考えただけだよ」
それだけで解るものなのだろうか。
何か面白い物を見つけた子供の様な笑みを向けられ、思わず嫌味が口をつく。
「俺と似てるんなら相当性格悪いんだね、君も」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
やはり性格が悪いようだ。
「俺ね、病気なんだ。今は検査入院だけど」
あっさりと、幸村はまるで風邪引いちゃいましたという口調で言った。
病気と言っても色々とある。
軽いものなのだろうかと思ったが、次に出た手術という言葉に重篤なものなのだと思い直す。
「じゃぁ…テニスは?」
「全国までには治すよ」
そう言いきった幸村の横顔は清々しいほどにすっきりとしたものだった。
その顔が何故か憎く感じた。
今日、部活中に練習試合をした。
負けた結果、関東大会目前にして不遇のレギュラー外し。
そして母親からの最後通牒。
あとは逃げ道も無い未来が待っているだけだ。
いや、これはテニスを逃げ道にしてしまった天罰なのだろうか。
「まぁ俺に全国は関係ないし…」
「え?どうして?」
答える必要なんてない。
バッグを持って帰る体勢に入ると、相手も引きとめる様子もなくただ見ているだけだ。
ただ一つ約束を無理に取り付けて。
「その手の治療、まだかかるんだろ?」
「そうだけど…何?」
「だったらまた会ってよ」
否定を許さない口調だった。
きっと部活でもこの調子で支配しているのだろう。
うちの部長とはまるで違うタイプだが、同じく頂点に相応しい人物な気がする。
とりあえず頷いておき、その場はやり過ごした。
また会うかどうかはその時の気分次第だ。
翌日は休診日。
その翌日は家での定例会。
無理矢理出席させられた為に部活を無断欠席する破目になってしまった。
当然診察になど行けるはずもない。
次に通院したのは最初の診察から3日後だった。
思いつきのように言っていた事などもう忘れているに違いない。
そう勝手に思い込んで病院に向かった。
診察を終え会計を済ませて振り返ると、広いロビーの片隅にあの日と同じカーディガンが見えた。
まさかと思い近付いてみれば案の定。
「遅いよ。待ちくたびれた」
「…何してるの?」
「君を待ってたんだよ」
馬鹿だ。
あんな口約束の為に一日中ここにいたのだろうか。
「ちょっと付き合ってよ」
「嫌だって言っても連れて行くんだろ?」
「ご名答」
やっぱり馬鹿だ。
そう言って連れて来られたのは病院内にある喫茶室だった。
入院患者も入れる場所だが食事制限などはいいのか。
そんな心優しい心配も他所に相手は窓際の席を陣取って手招きしている。
もうどうにでもなればいいと、それに従った。
「どうぞ」
一つしかないメニューを差し出され、先に注文を決めろと言ってくる。
「何頼むの?」
「俺は病院で出されるもの以外は水しか口にできないから」
やっぱり食事制限があるんじゃないかと思わず冷めた目で相手を見てしまう。
何の為に喫茶室に入ったんだ。
それに今から学校へ行けば午後の授業に充分間に合う。
何でこんなところで他校の部長とお茶しているんだろうと、急に馬鹿らしくなってきた。
「まぁいいや…じゃあ紅茶を」
注文を取りに来たウェイトレスにメニューを返し、正面を向き直る。
向かい合わせに座る幸村がじっとこちらを見ていた。
「何?」
「いや…手の調子はどう?」
「まだ少しかかりそうかな…骨は折れてないって言ってたけど」
「そう…じゃぁ暫くはテニスできないね」
暫くどころか、もう一生させてもらえないだろう。
一昨日、家に帰った途端ラケットを取り上げられてしまった。
抵抗する事も反抗も許されない中で、ただぼんやりとそんな事を考えていた。
「君は?入院ってまだまだかかるの?」
話題転換を含め何となく気になりそう切り出すと、幸村は一瞬凄く驚いた顔になり、すぐにまた笑顔を見せた。
「……何で笑ってるの?」
「いや、嬉しいなと思って。君、あまり俺に興味なさそうだったから。
そうやって聞いてくれるって事は少しは関心持ってもらえたのかな?」
「ただの社交辞令だよ」
そんな冷たい言葉にも動揺せず、幸村はただ微笑んでいた。
笑顔は見せているが、どこかこちらの出方を伺っている節がある。
警戒心の強いタイプなのだろう。
そういえば自分と似ているな、という考えと共に思い出された。
そういう事だったのか。
此間幸村の言っていた、俺と似ているという言葉は。
「社交辞令でも嬉しいよ。こうして訳も解らず連れてこられてもちゃんと会話に付き合ってくれてるし」
うちの部長のように威圧的ではないにしろ、どこか絶対的な態度を取られては断れない。
それを解って言っているのか、そうでないのなら始末が悪い。
俺と似ているなら相当性格が悪いと言ったが前言撤回だ。
俺よりも相当性格が悪いに、訂正しなければ。
己の名誉の為にも。
「明日退院なんだ。またすぐに戻らないと駄目だけど、とりあえず家に帰れるだけでも御の字かな」
「…ふーん……」
自分で聞いておきながら何だが、さして興味もない事なので軽く流しておく。
「もうこうやって無理矢理に振り回されずに済むから安心した?」
「ああ」
「…正直だね」
今度は苦笑いを見せた。
相手を伺うような嘘くさい笑みではない。
ようやく本音の片鱗を見たように思える。
丁度運ばれてきた紅茶を口に運び、一息置いてから言った。
「でも…もう少し話していてもいいって思ってるよ」
「へぇ」
「学校も違うし、思うようにテニスが出来ないって点では似てるわけだし。
普段誰にも言えないような事も喋れそうかなって思っただけだけど」
相手の方が一枚上手だという点でも、不本意ながらも自分と似ている部分があるという点でも遠慮なく喋れる気がする。
「そうか、よかった。同じ事考えてたんだ」
幸村の飲む水の入ったグラスの中で溶けかけた氷が涼しげな音を立てる。
夏が始まろうとしていた。
住む場所が離れている二人が会うのは決まって県境近くにある高層ビルの屋上だった。
普通は入れない屋上だが、顔パスで警備員が通してくれる。
なぜならここは母親の所有する会社だからだ。
「何かさ、高いところから見下ろしてると偉くなった気分になるよね」
「言う事が違うよ幸村…馬鹿とお偉いさんぐらいだよ?高い場所が好きなのって」
「それって俺が馬鹿と紙一重って事?」
「……自分がお偉いさんって事前提かよ…それ見下ろすじゃなくて見下すだって…」
会えばいつもこんな調子なのだが、不思議とお互い嫌な気分ではない。
何を言っても何が返ってくるのかがある程度予測できるからだろう。
そしてどこまで言えば相手が怒るか、機嫌を損ねてしまうか、そのボーダーラインが手に取るように解るからだ。
何度かここで会ったが、話す事は取りとめも無い事ばかりで、特に何も話さず二人でぼんやり空を見ている日もあった。
それでも特に気まずい思いはしない。ただ横にいるだけで、何も気遣う必要もない。
今日は何か喋りたい気分なのか、幸村はフェンス越しの眼下に広がる街を見下ろしながら小さく呟いた。
「……関東初戦敗退だってね…氷帝」
「当った相手が悪かったって事かな」
レギュラーを外されてから初めての公式戦は、接戦の末敗退という結果が待っていた。
ただギャラリーから見る試合はこんなにもつまらないものだったのかと、それだけが強く心を支配していた。
熱戦なんて、コートの上に立ってこそだと改めて気付いた。
だからこそ、自分をレギュラーの座から引きずり落とした彼はあんなにも固執していたのだ。
闘える場所に立つ事に。
「立海は順調に勝ち進んでるよね」
「うん…俺がいなくても大丈夫な……いいチームだよ」
そう呟いた幸村の一瞬翳った表情に気付いてしまった。
でも何も言わない。
それがどんな感情か、その一瞬で解ってしまったからだ。
「そういえばさっき…君のお母さんに会ったよ」
そして何も言わないこちらの感情も読み取ったように、幸村は話をすり替える。
嫌な話題だが。
「へぇー…」
「凄く綺麗な人だね。君にそっくり」
「……腹の中は真っ黒だけど」
「そんなところまでそっくりだ」
にっこり笑って言い切られてしまう。
反論できないのが、また腹立たしい。
「ここって会社のビルなんだよね?入っても怒られないんだ?」
「怒られるよ。でも交換条件出したから大丈夫」
「交換条件?」
「テニスを辞める替わりに、ここに自由に立ち入らせてくれって」
幸村の隣りに立ち、フェンスにもたれかかって眼下の人を見下ろした。
無数の人が蠢く交差点が気持ち悪くて今度は空を見上げる。
高い空に薄く雲が広がり風に流れている。
いつもよりも時間がゆっくりと流れている気がした。
「…辞めるって…テニス辞めるの?」
「辞める、じゃなくて…辞めさせられるが正解」
「どうして?」
空を眺めたまま、一拍を置いて話し始める。
話したいと思えたのは、幸村の目が好奇ではなく心配を映したものだったからだ。
「…うちさ…茶道の家元なのね」
「家元って…この会社は?」
「ここは母親のもの。実家はお爺様が当主。あと父親もやってる。伝統は男が守って経営は女が、ってのがうちのやり方なんだって」
「それは…随分とまたエキセントリックな家系だね……」
視線を空から幸村に戻す。
言葉とは裏腹に真剣な表情をしている。
やはり話して正解だった。
普通の人間なら、うちのお家事情を知れば凄いの何のというありきたりな感嘆しか口にしないのだ。
「そう思うだろ?一緒に住んでてもあの人たちの事は理解できないよ…ほんと」
「それがテニスと何の関係があるの?」
「兄弟や親戚より素質があるからって無理矢理させられてるんだよね…茶道。
ゆくゆくは…って腹らしくってさ、もし万が一にも怪我でもしたら大変だからって」
包帯の巻かれた手をひらひらと見せつける。
納得した表情をする幸村が一瞬顔を顰めた。
「過度な期待は相手を潰す事もあるのにな…まぁ君ならそんな事ないだろうけど」
「まあね…ただ親の言いなりになるのはちょっと頂けないし、今まで反発してたんだけどさ…
レギュラー落ちしたのを是幸いと奪われちゃったや」
そして奪われて初めて知ってしまった。
自分がテニスを好きだという事を。
「本気でしなくても…ある程度出来たんだよ。テニスも茶道も」
「うん」
「けどある程度は所詮その程度だって…思わされた……」
技術が努力にねじ伏せられてしまった。
気がつけば誰も助けてはくれなかった。
努力を知らない自分には背中を押してくれる仲間がいないのだと思い知らされた。
今まで誰にも、心を開いていない親兄弟はもちろん、表面上の付き合いを続けている友人にさえ話さなかった心の内側。
その全てを吐き出した。
声にすれば自身、ショックを受けるかと思ったが、生憎とこの心はそんなに繊細に出来ていない。
ただ淡々と話す事を、幸村は最後まで真剣に聞いてくれた。
「このままいくと俺……何も残らないだろうな………」
「だったら必死にもがいて苦しんで…それで前に進むしかないよ」
「だよねー……」
「俺も…もがいて苦しんで、それでもやっぱりテニスは捨てられない」
勝ち進む立海が全国に行く事は必然だろう。
そうなれば、必ず自分を必要とする試合がくる。
その日の為に、そしてこれからの為に逃げずに手術を受けるのだと幸村は笑った。
しかし不安が残るものだ。
成功率が低いともいえないが、決して安全なものではない。
万が一を覚悟の上で手術台に上るのだ。
未来を見据える為に。
「俺にも出来るかな……恰好悪いぐらい必死に…」
「できるよ」
「何で言い切れるのさ」
呆れともとれる声で応戦すれば、幸村はまた笑顔を見せた。
胡散臭い笑顔ではない、苦笑いでもない、本当の笑顔を。
「君と俺は似てるから」
「でも俺は君じゃない」
「解ってる。けど君の気持ちは痛いほど流れてくる。俺の中に」
こうして同じ波長で話せる人が、この世にいる奇跡を感じた。
誰かに解ってほしかった。
声にしなくても伝わる気持ちと、声にした時初めて伝わる気持ちを。
幸村と出会って初めて気付いた事。
「……俺はずっと淋しかったのかもしれない…」
こんな簡単な事に気付く為に、随分遠回りした気がする。
というよりも、これが淋しいという感情だと初めて知った。
小さい頃一人で家に居ても、誰かが側にいてほしいなんて思った事もなかった。
近くに人がいると煩わしいとすら思っていた。
家族、お弟子さん達、そして友達。
「でも誰も側に寄ってほしくなかった」
「うん」
「煩わしい事は嫌いだし人付き合いはもっと嫌いだし、適当ににこやかに笑顔振りまいてれば一定距離以上近付いてこないし」
「俺も同じ」
間髪入れず断言できる幸村は、やはり人間性に問題があるようだ。
人の事を言えないが。
「でもその一定距離越えないと解らない事があるって…今のチームの皆に教えてもらった」
「……うん」
ここが違うところだろう。
彼はもうこの殻の突破口を見つけたのだ。
いつまでもこの内側にいてはいけないと気付いている。
目を逸らし続けるわけにはいかない。
「俺はもう部活は引退するけど…まだ辞めたくないよ、テニス」
「なら言わないとね…君の気持ち」
空が晴れ上がり、薄く広がった雲が風に消えた。
高い空に太陽が見える。
明日も晴れるだろうか。
毎日気温が上がっていく事が鬱陶しい。
初夏独特の蒸し暑さが更に不快指数を上げていく。
そんな中、再び屋上へ向かっていた。
あの高層ビルではない。
病院の、だ。
幸村はあの日を最後に入院した。
今度は検査ではない。
この暑さで体調を崩した為だ。
入れ替わり立ち代りやってくる立海のチームメイトが来なくなる頃を見計らい、見舞いにやってきた。
病室ではなく屋上で会おうと言われ、直接そこへ向かう。
幸村はあの日と同じ様に寝間着にカーディガンを羽織り、ベンチに座っていた。
「…どう?」
挨拶もなく、いきなりご機嫌を伺ってきた。
顔を見れば解るだろうと思いつつ、隣に座って唇の端を上げた。
「気分は上々かな」
「俺に会えたから?」
「とりあえずラケットは返してもらえたから」
「そうか」
説得する事一週間。
ようやくラケットは返してもらえた。
まだそれを握って練習すらさせてもらっていないが。
必死になって頭を下げ、懇願すれば母親は今までに見たことも無いような疲れた顔をして言ったのだ。
物分りのいい風を装う貴方がそこまで言うのなら認めましょう、と。
やはり親だ。何でもお見通しだった。
もしかしたら本心を見せるのを待っていたのかもしれない。
「まだちゃんと治ってないんだろ?」
「まあね。知ってた?捻挫って骨折よりしつこいんだって」
「いっそ折れた方が治りが早かったんじゃない?」
「…嫌な事言うね……」
右手にはまだ包帯が巻かれている。
まだ少しかかりそうだと医師に言われた。
「治ったら一緒にテニスやろうか?」
「考えとくよ」
「即答してくれないんだ?」
「いつ出来るか解らないしね…お互い」
「それを糧に頑張るんじゃないか」
じっとしていても汗が滲んでくる陽気。
直接降り注ぐ太陽と幸村の言葉が突き刺さる。
「じゃぁこのお願いは聞いてくれる?」
「何?無理なお願いは聞かないよ?」
「全然無理なお願いじゃないって。俺と付き合ってよ」
「嫌だ」
お願いではない。
語尾が上がっていないあたり、完全に命令ではないか。
「そこは即答なんだ。上手くやれると思うんだけどなー…俺達何か似てるし」
「だから嫌なんだよ…心の中全部見透かされてる気分になるんだよね、君といると」
楽だけど怖い。
男だとか女だとか、そういう問題が些細なものと思えるほどに怖いのだ。
全てを相手に曝け出す事が。
「まあいいや……」
「諦めてくれた?」
「まさか」
にっこりと黒い笑顔を向けられ、思わず後ずさった。
この男はやると言ったら、やる。
毅然とした態度で振り切らなければ、このままでは押し切られてしまう。
「先は長いんだし…ゆっくりと説得していこうかな。
とりあえず、俺の事は名前で呼んでよ。その方が仲良くなれそう」
「精市?」
「そう。俺はハニーって呼ぶから」
「名前じゃないのかよ」
先は長くない。
陥落寸前の最後の砦。
いつ崩れ始めるのだろう。
今年初めての蝉の声と、心の砦が崩れる音を遠くに感じる。
夏の日差しと相俟って、軽い眩暈を覚えた。
夏はこれからだというのに。
〜終〜
○やっちゃった感満載
○見事に接点がない……幸滝
○でも共通点は多いと思う
○性格の悪さ然り、何考えているんだか要素満載さ然り
○「いっそ折れた方が…」って鬼みたいな台詞は俺が過去に医者に言われた事のある実話
○滝は氷帝らしいお金持ちっ子設定。俺的ルール。
○「萩之介さん」「お母様」って会話が書きたかった
○お父様やお爺様は別にテニスは止めなくていいって思っている
○
けどお母様の権力が強くて口出しができない
○幸滝は百合CPだ(言い切り)
○乙女百合は姫早百合の事
○が、乙女なのは名前だけ。パワーはSSクラス
○りんご握りつぶせます
○その調子で押し切られますよ滝は
○お願いではなく脅しって言うんだよ、って誰も言えないんです…幸村には
○何で幸滝?って一番思ってるのは…(パァーチーン)俺だ!!(バサァ)
○次は峰っ子×氷帝の誰かさんを予定